男子禁制に非ず

週末、俺が寮の談話室への戸を開けようとしたタイミングで真希さんの怒声が飛んだ。

「ハァ?今からかよ!?せめて1時間前に言えっつの!」

戸を開けてみると他には誰もいなくて、怒声はスマホに向かってのものだった。真希さんは部屋着じゃなく外出するつもりだったのが分かる服装で、そんな時に電話1本で呼ばれれば怒鳴りたくもなるだろう。
「畜生」と悪態を吐いて通話を切った真希さんが通りすがりの俺を発見して、悪い笑顔を作った。

「いいとこ来たな恵、ちょっと代わってくれよ」

真希さんには世話になってるし特に今日予定があったのでもなし、急な任務を代わるぐらいやりますよ、という意味で「いいですよ」と俺は言ったんだ。




「あれっ伏黒くんだ。お出掛け?」
「………真希さんの代打です」

普通に考えて交代するなら任務だろ。何故ソウマさんの買い物に付き添う方を俺に振るんですか真希さん。
心の中で抗議すると、想像の真希さんが意地悪く『ケヒッ』と笑った。違うこれじゃ両面宿儺だ。
当然事情の分かっていないソウマさんが首を傾げているところへ、彼女の電話が鳴った。補助監督の車に乗って手が空いた真希さんが、ここまでの事情を話しているらしかった。ソウマさんはフムフムと従順に話を聞いた後で、「伏黒くん、真希ちゃんが替わってって」と俺にスマホを差し出した。

「恵?急に悪ィな」
「…そう思ってる人の所業じゃないでしょ」
「まーまー頼むよ。結構マジな頼みなんだぜ」
「どの辺がですか」

真希さん曰く、ソウマさんは類稀な『呪霊引き寄せ体質』で保護対象に指定されているのだと。更には特級クラスの呪具を製作及びメンテナンス出来る呪具師は極めて稀、そのため高専の結界を出る時には必ず術師が付き添う決まりになっているのだそうだ。
確かにこの話は、急な任務に出ようっていうあの場で落ち着いて出来るボリュームじゃない。
そしてこの同行にしたって、護衛の任務といえば任務なわけだ。

「…分かりました。今日は俺が護衛に付きます」
「おー頼んだぜ。ま、楽しめよ」

楽しめと言う割には自分の方が楽しそうに、真希さんは通話を切った。俺はスマホ画面を裾で軽く拭いてソウマさんに返却した。

「…なのでソウマさん、すみません今日は俺が護衛です」
「うーん…お休みなのにごめんね伏黒くん」

しくった。護衛される本人の前で代打を渋るような発言はすべきじゃなかった。
微妙に遠慮な雰囲気になってしまったのを、ソウマさんが「よしっ」と言って区切った。

「ごめんね合戦はお終いにしよう、今日はお世話になっちゃうね!せっかくだから伏黒くんの行きたいお店も行こ」

明るく笑った彼女は俺の苦手な善人に違いなかった。ただ不思議と居心地悪くは思わなかった。
バスと徒歩で最寄りのショッピングモールに向かう間も、喋りすぎず黙りすぎずポツポツと緩やかな会話をさせてくれるソウマさんはきっと、対人距離の取り方が上手いのだろう。

今更だが服装を見ると、初対面の作業着とは違って休日に出掛ける女性然としたものを着て、髪も下ろしていて、やっぱりこの人は美人だと再認識した。商業施設の中を歩いていると、すれ違った男が何人か振り向くのが分かった。

「そういえばね、伏黒くん」
「はい」
「私が買い物してる間は、他のお店見ててもいいからね?」
「それだと護衛の意味ないでしょ、一緒に入ります」
「私は全然構わないんだけど、伏黒くんはこういうの平気?」

…と言ってソウマさんが指さしたのは、女性ものの下着売り場だった。

「…そこで待ってるんで、ごゆっくりどうぞ」

玉犬を1体出して護衛に付け、俺はそのやたらカラフルな店に背を向けて待機したのだった。
しばらくして店から出てきたソウマさんはすっかり玉犬を気に入ったようで、喉元の毛並みを何度も優しく撫でて上機嫌だった。

「伏黒くん、この子すっごく可愛い、ちゅーるあげたい」
「式神なんで普通のもんは食いません。あと一般人には見えないんで撫で方は控えめに」
「そうだよね、そうなんだけどね、可愛くって」

まぁ、気に入ってもらえたなら何よりだ。下着屋の中で玉犬が蠅頭を3匹食い殺した手応えがあったからそこそこグロいところも見たと思うが、本人が気にならないならソレに越したことはない。

その後はソウマさんが早めの昼飯に誘ってくれて、何だかんだ押し切られて奢られ、大手ハンバーガーチェーンのカウンター席に並んで座った。
俺の行きたい店を聞かれて本屋と答えたところから本の趣味の話になり、好きな作家だとかジャンルが一部被っていると分かって思いの外話が弾んだ。
ソウマさんは始終ニコニコと楽しそうにして、出しっ放しの玉犬を時折撫で、膝に頭を乗せさせてまた喉元の毛並みを優しく梳いていた。

ハンバーガーショップを出た後は本屋に行って最近読んで面白かったものを紹介し合ったり、ソウマさんが化粧品の店でハンドクリームを買ったり(仕事柄手が荒れるので手放せないそうだ)、その他にも少々買い物をして帰りのバスに乗った。
高専に着くまでの間もあれこれと会話が続いて、今日の初めの微妙に遠慮な空気はあれきり再発しなかった。

「伏黒くん、今日はありがとう。すごーく楽しかった」

寮の前まで帰ってきたところで、ソウマさんが笑顔で俺に小さな紙袋を差し出した。
何かと思いながら受け取ると、「好きじゃなかったらごめんね、後で食べて」と。見ればクッキーが入っていた。
礼を言って手を振り合って別れた後、結局ほぼ1日出しっ放しだった玉犬の頭に手を乗せて労った。ソウマさんの引き寄せ体質というのは本当らしく、ひっきりなしに寄ってくる蠅頭や呪霊を黙々と噛み殺し続けて、トータル何匹になったのかは俺も覚えていない。しゃがんで目線を合わせてやると、一瞬かすかに花の甘い匂いがした。日がな一日ソウマさんに撫でられて、ハンドクリームの匂いを貰ってきたんだろう。

玉犬を引っ込めて寮に入ると、談話室で任務帰りの真希さんと今朝ぶりに再会した。俺は咄嗟にクッキーを隠した。

「お、恵今日はありがとな」
「…いえ」
「その様子だと楽しかったみてぇだな」

真希さんがニッと笑った。
どこまで把握してんだこの人は…と思いながら、否定するのも変で、「…まぁ、」と濁して俺は部屋に引き上げるしかなかった。

部屋に戻ってから、あぁ、と遅れて気付く。あの匂いはラベンダーだった。


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