あたたかい光を抱け(終)
ミズキさんの真っ白な身体に触って、境目が分からなくなるぐらいキスをして、普段より高い声で恵と呼んでもらった。自分の名前が尊いものに思えたのは生まれて初めてだったけど、頭が白飛びするような快楽に飲まれてミズキさんにそれを伝えることは出来ていない。
「めぐみくん、好き」
ミズキさんは甘えた声で、あるいは泣きそうになりながら、あるいは息を切らして、あるいは慈しむみたいに、何度も何度もこの一言を聞かせてくれた。
「…痛くなかったですか」
正直途中から自分の快楽のことばかりで、ミズキさんのことを充分気遣えたのか分からない。
見た限り気持ち良さそうではあったが、女性は気遣いから演技をすることがあると聞く。
ミズキさんは枕に顔をうずめてしまった。
枕に接した横顔から、ちらっと目だけが俺の方に向いた。
「…私、どう見えた?」
「理性が焼き切れるぐらい可愛かったです」
「そ…っ!いう、のじゃ、なくって!」
「気持ち良さそうとは、思いましたけど」
ミズキさんが耳の周りの髪を引き寄せて、既に枕にうずまって半分しか顔の見えない顔をさらに隠すような仕草をした。
「…じゃぁ…見たままです…」
理性が焼き切れるぐらい可愛いです。
「あのね、伏黒くんは指輪って恥ずかしい?」
後始末をして服を整えベッドで抱き締めると、出し抜けにミズキさんが言った。
恥ずかしくはない。慣れるまで少し照れくさいかもしれないが温かい気持ちがするだろう。それを伝えると、ミズキさんは安心したように笑った。
「良かった、じゃぁどの指がいいかな、今度調達するね。そこから多分ひと月もあれば、」
「ちょっと待ちましょう思ったのと違う」
「うん?」
うん?じゃねぇんですよ可愛いですけど。普通薬指だし一緒に選んだりするもんじゃないか?付き合ってて指輪ってそれ以外あるか?
ミズキさんは俺の言わんとすることが分かるとあたふたとして、ミズキさんの側の意図を説明してくれた。
「あのね、私金属に触れて呪力を蓄積させる体質だから、…だから私が毎晩指輪をつけて寝て翌朝伏黒くんに渡したら御守りになると思うの」
「御守り」
「そう。伏黒くんは手が大事でしょう?」
確かに俺は術式の特性上、手が重要になる。戦闘中に指が欠損して影絵が組めなくなるのは致命的だから、確かに手指の保護は有難い、が。
「何でミズキさんがいんのにひとりで指輪着けるんですか俺は…」
「ご、ごめんね…?夜に充電して朝渡せばってそればっかり考えてて…」
「ミズキさんらしいですよある意味」
ミズキさんの頭上で溜息を吐くと、俺の腕に枕しているミズキさんは少し申し訳なさそうに身じろぎした。それから、自分の背中に回っていた俺の手を身体の前に持ってきて、何か仔猫でも眺めるように撫でたり角度を変えたりした。
「綺麗な手」とミズキさんは言った。
「私…伏黒くんの手、好きだな。指が長くって、関節の様子とか男の人なんだけどとっても繊細で綺麗」
俺は見慣れた自分の手より、ミズキさんの方が余程綺麗だと思う。それにそんな末端より俺を見てほしくて、捕まってた手でミズキさんの頬を捕まえて上向かせた。
「俺の手のことも指輪のことも、一旦置いときましょう。それより呼び方間違ってんだよ」
至近距離に見た綺麗な目が恥ずかしそうに逃げて、ミズキさんの頭がじりじりと俺の首元に埋まった。
「…恥ずかしいから…えっちのときだけ恵くんって呼ぶ…」
クッソ可愛くてキレそう。
任務を終えて報告書を提出すると、山並の向こうに引っ掛かって僅かに残った空のオレンジ色ももうじき消える頃合いだった。
歩きながら、拳を握り込んで薬指の金属の輪を確かめた。
結局、手指の保護を目的にするならとのミズキさんの主張で、俺は左右の指に指輪を嵌めている。
呪力を込める前の現物を買いに行った先で、女物をひとつと男物をふたつ買い求めた時の店員の「は?」は忘れたいが忘れ難い。ただ御守りとしての効果はテキメンで、どんな任務でも手首から先には傷を負うことが無くなった。あと、俺の隣で寝るミズキさんが親指に指輪をして『充電』してくれてる様を見るのが、とても好きだ。
宵闇の中を歩いている内にいつの間にか歩調が早くなってきて、小走りになって、待ちきれず走り出していた。
暗い中に立つ蝋燭みたいなオレンジ色の光が見えてくる。その中に飛び込むために走っている。
扉の前に着いて、叩いて、乱暴にならないようにゆっくり開ける。すると大抵ミズキさんは、手を擦り合わせてハンドクリームを馴染ませながら、いつものスツールから立ち上がって俺を迎えてくれる。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
抱き締めるといつもの甘い匂いがする。
ミズキさんはいつだって、羽化したばかりみたいに柔らかい。
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