番外:掻き乱されてるようじゃ駄目だ

繁忙期でもないのに任務が立て込んで、ミズキさんに随分会ってない…と思ってカレンダーで確認すると、たった3日間のことだった。
自分が3日と空けず誰かに会いたくなるなんて、ミズキさんに会う前なら考えもつかない。

任務を終えて日の暮れかかった中を、ミズキさんの工房目指して歩いた。歩いている内に早足になって、その内に走り出した。
腹の減った犬みたいだ。
大人しく寮に戻って、ミズキさんが仕事を切り上げるのを待ってた方が賢いのは一応分かるのに、それでも早く会いたい一心で高専の中を駆けた。

目指す扉の前まで辿り着くと息を整えてノックした。

「おかえり伏黒くん」

扉が開いてミズキさんの顔が覗いて、ただ3日ぶりってだけのくせに、心臓の辺りで何か溢れるような感覚がした。
が、

「恵おっかえりぃー」

ミズキさんの背後で立ち上がってヒラヒラ手を振った五条先生に、悪いとは思いつつ苦々しい感情が湧いた。見れば、テーブルの上にはマグカップがふたつ。それなりに長居してたらしいことが分かる。

「…何で先生がここにいんですか」
「やだなー教師が校内にいて何が悪いの」

校内に、じゃない。ミズキさんの工房に、だ。
俺の声が低くなったのを感じ取って、ミズキさんの不安そうな手が俺の袖を引いた。

「あのね、次に作る呪具に術式を付与したくて。協力してくれそうな術師を紹介してもらってたの」
「ってのを口実にミズキとお茶してたよね」
「口実ってなに、もう」

ミズキさんは何度言っても聞かない子どもを嗜めるような顔をした。
実際のところ術師の紹介を頼むなら五条先生はそこそこ適任だろうし(真面目にやってくれれば、だが)、ミズキさんは純粋に呪具の話をしてたんだろう。
だが先生の方はどうか。どうせ俺を揶揄ってるだけだとは分かっていても、面白くはない。

五条先生はマグカップを大きく傾けて中身を飲み干すと、いかにも愉快そうに俺の頭をぼすぼす叩いて工房を出ていった。

「伏黒くん、コーヒー淹れようか」

五条先生のマグカップを片付けながら俺に笑いかけてくれたミズキさんの顔を見られなかった。
今自分がどんな顔をしてるのかは分からないが、ミズキさんに見せたくはない。餓鬼みたいな嫉妬をしている。
俺が黙ったままなせいでミズキさんが不安がってる。取り繕え、内実がどうであれミズキさんに対しては余裕を見せろ。

「伏黒くん?」

覗き込まれるともう駄目だった。
さっきまで五条先生はここでこの人と2人でいて、この綺麗な目を見てた。電話でも立ち話でも済むことを口実にして。
五条先生がミズキさんに手を出すつもりは無いことぐらい分かる。でもそれは大切に思うあまり手を『出せない』のであって、願望が無いのとは話が違う。
ミズキさんが俺を選んでくれてからも、俺の中にはミズキさんを先生に掻っ攫われる不安がずっと消えない。

ミズキさんの両脇を持ち上げて机に座らせた。膝を割ってその間に立つ。目線の高さが揃った。
ミズキさんの目が戸惑ってる。あるいは少し怯えてる。
辞めろ。

「ふし、」
「黙って」

唇を押し付けた。
いつもはゼリーみたいに柔い唇が緊張と怯えで強張っている。
辞めろ、この人を護るんだろ。

「んーっ、ま、ぅ…っん、ンッ、」

ミズキさんの手が俺の肩を叩いてる。口の中で『待って』を言われたのが分かる。
なのに俺は止まれなくて舌を挿し入れてミズキさんの口内で好き勝手した。クソ餓鬼、クソ野郎、辞めろ!頭の隅では警鐘が鳴るのに辞められない、ミズキさんが苦しそうな声を漏らすのが気持ちいい。

その時、俺の肩を必死に叩いてたミズキさんの手が背中に回って、優しくトントンと、子どもを寝かしつけるような仕草をした。途端に氷水を被ったみたいに目が覚めてミズキさんから離れた。気持ち悪い動悸がする。この名前を知ってる、罪悪感だ。

机に座ったミズキさんから数歩後ずさった。

「…すみません、最低だ」
「伏黒くん」
「頭冷やしてきます」
「伏黒くん、待って」
「顔向け出来ねぇ」
「恵くん」

名前を呼ばれると罪悪感が増した。
俺はさっき、ミズキさんが俺のせいで必死になって苦しそうにしてるのを気持ちいいと思ってしまった。
ミズキさんが机から降りて俺の前に立ち、俺の頬に触れた。いつものミズキさんの甘い匂い、鼻の奥がツンと痛んだ。

「恵くんとキスするの、好きだよ」
「…今のはキスなんかじゃねぇ、ただの八つ当たりだ」
「それなら今からキスしてほしいな」
「………」
「あとね、私には恵くんだけって信じてほしい」

クソみたいな嫉妬と八つ当たりの挙句に慰められて、自分の未熟を思い知る。大人になりたい。ミズキさんを安心させられる大人、五条先生に嫉妬せず余裕でいられる大人に。
でもそれは寝て起きたら変わってるようなものじゃなくて、こんなクソみたいな思いを噛み締めて腹に収める地道な作業の末にしかないものなんだろう。

ミズキさんがさらに一歩寄って、背伸びをして俺を抱き締めてくれた。
柔らかい、細くて小さい、簡単に壊れてしまいそうなのに、苦い思いを腹に収める作業を何度も経て大人になった人。

「…ミズキさん」
「うん」
「ごめんなさい」
「いいよ」
「キスしていいですか」
「嬉しい」

やっぱり、ミズキさんの唇はゼリーみたいに甘くて柔らかい方がいい。苦しそうな声より気持ちよさそうな方が、俺も気持ちいい。





翌日、久々に五条先生が俺らの体術の指導についた。勿論思う存分投げ飛ばされて、体術の授業ってよりは受け身の練習みたいな格好になったが。
3人がかりで畳み掛けても簡単にいなされて釘崎は既にダウン、虎杖も肩で息をしてる。虎杖がまた派手に投げ飛ばされた直後に先生の死角から一発くれてやろうとした蹴りを掴まれて俺もその場に倒された。

「うんうん、受け身は上達してきたね!」
「イヤミっすか」

五条先生は目隠しを外しもせず、息も乱していない。

「ほらほらぁ、可愛いミズキを護るんでしょ?立った立った」

あからさまな煽り。
それでもミズキさんの顔を思い浮かべると不思議に心が凪いだ。甘い匂い、『信じてね』、ゼリーみたいな唇。
こんな軽い煽りに掻き乱されてるようじゃ駄目だ。

「言っときますけど」

口角が上がる。
やってやるよ。

「ベッドじゃアンタの知ってる万倍可愛いぞ」

五条先生の目が目隠しの下で見開かれた。
ぐいっと親指が目隠しを押し上げて、現れた目にはかすかな嫉妬が見えた、気がした。




***


ネタポストより『普段は冷静な人が嫉妬ややきもちで女の子にがっついてしまうお話』
伏黒くんはがっついた後シュンとするの早そう。

ネタ提供ありがとうございました!


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