宵闇

高専前のバス停は始発に近く、俺とミズキさんの他に客は乗っていなかった。
バスの走行音と時折車内放送があるだけで、信号で停まればエアコンの音が聞こえるぐらいに静かだった。
俺はこの方がいいが、ミズキさんにとってはもうちょっと気恥ずかしさを誤魔化す雑音があった方が良かったのかも知れない。
相変わらずミズキさんが顔を背けてるせいで白い首が見えて、どうにも美味そうで目に毒だった。髪の間から覗く耳も、頬のラインも、何もかも美味そうだ。
その美味そうな耳に口元を寄せた。

「あんた可愛いな」

ボソッと抑えた声で言うとすぐさま面白いほど耳が赤くなって、思わず笑った。いつだったか、つい口を滑らせてこれと同じことをミズキさんに言った気がする。その時にはつい口から出た浅い感想だったものが、今はもう心底それしか思い浮かばない。俺はこの人が可愛くて仕方がない。

調子に乗って照れさせたせいで、バスを降りてからも普通に接してもらえるようになるまで結構時間がかかった。



早めの夕飯を済ませて高専に帰った頃には、日が落ちて西の空にオレンジ色が僅かに残るだけになっていた。電灯の少ない高専内の道を、ミズキさんの手を取って足元に注意を促して、寮へ歩く。
それまで楽しげに話していたミズキさんが急にぼんやりとして、西の空に残る日の名残を眺めているから、「疲れましたか」と声を掛けると首を振る否定が返ってきた。

「違うの、ごめんね」
「違うならいいです」

ミズキさんはまた足を動かしながら、消えかかったオレンジ色に目を向けた。

「これくらいの色の空が好きなの」
「…それは何か理由があって?」
「任務が終わって報告書を出したらこれくらいの空になってること、多いんじゃない?」
「まぁ…そうですね」

意図が読めずに曖昧な返事をした。ミズキさんが任務に出ることは無いから俺や他の術師のことを言ってるんだろうが、それが空の話とどう繋がるのか。
ミズキさんは消えゆくオレンジ色を惜しむように見ている。

「工房の窓から西の空が見えるのね。だから、今日は伏黒くん来てくれるかなぁって思いながら見てた」

西の空はもう物を見る助けにはならないほど暗くて次の電灯もまだ遠いから、ミズキさんの表情はあまり見えなかった。俺はそれが見たくて仕方がなかったけど、反対に俺の表情をミズキさんに見せるわけにはいかなかったから、これで良かったってことだ。
どんな情けない顔をしてるものか、自分で分からない。

「そうやって待ってるとね、本当に来てくれるの。甘いものそんなに好きじゃなさそうなのに、ちょっと恥ずかしそうに可愛いお菓子を持って、私が喜ぶと安心したみたいに笑ってくれるのね」

繋いでいた手を離してミズキさんの両頬を捕まえてキスをした。我慢は出来なかったし、正直あまりするつもりも無かった。
可愛い、触れたい、守りたい、奪いたい、すべて本心だ。
宵闇に隠れてキスをしてる間に西のオレンジ色はすっかり失せた。ミズキさんの小さな手が俺のシャツを握っている。

唇を離すとミズキさんが浅く息を吐いて俺の鎖骨辺りに頬を寄せた。

「…すみません」

堪え性なくがっついたのと、暗いとはいえ屋外ってので。
今まで公共の場で引っ付きあう奴等を見て精々迷惑としか思わなかったものが、まさか自分でそれをやることになるとは思ってなかった。
俺に寄り添うミズキさんの手を握った。

「ミズキさん」

耳元で呼ぶと、握った手がぴくりと動いた。

「…今日、部屋行っていいですか」

本当は少し、駄目だと嗜めてほしい。ガキがみっともなくがっついてるのは、自分で分かってる。でももう、触れたくてどうにかなりそうなんだ。
俺の首元で、ミズキさんの柔い髪が頷きの分だけ揺れた。


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