知りもしないで

ミズキさんがコンビニで荷物を受け取る時は必ず俺が同行すると決めた。ミズキさんは遠慮したが俺が受け付けなかった。
一度釘崎も一緒に行くことがあって、その時に「伏黒あんたアサシンの目ぇしてるわよ」と言われた。仕方ないだろうが。辛うじて平静を保ってるのは、あのコンビニ店員の男を事件以来見なくなったからだ。どうなったのかは知らない。

付き合い始めて2ヶ月と少しの週末、ミズキさんとほぼ初めてデートの約束をした。それまで日用品の買い出しだとかちょっとした用事で高専から出ることはあったが、俺もミズキさんも外出に意欲が薄く、部屋で本を読んだりただ一緒に過ごすことを好んだからだ。

当日、連れ立って高専前のバス停を目指して敷地内を歩いている時にふと気付いた。現在地、この辺りは、俺が寮の窓からミズキさんを初めて見かけた場所だ。数ヶ月しか経っていないのに随分前のように感じた。あの時ミズキさんは、今と同じように他所行きの服装で、隣の五条先生に腰を抱かれていた。
我ながらガキだと思うが面白くなくて、あの時五条先生の手が置かれていたミズキさんの腰に目がいった。毛ほども残っていないはずの残穢がそこにわだかまっているような気がして、上書きするように触れた。

「伏黒くん?」

ミズキさんは驚いたのと恥ずかしいのが混ざった顔で振り向いたが、俺の顔を見てすぐに表情を変えた。「どうしたの?」と心配そうに。情け無い。

「何もないです」
「嘘、辛そう」

ミズキさんは自分に向けられる愛執、欲望、薄汚い下心には滅法鈍い。それなのにこんな気付いてほしくない幼稚な嫉妬は(内容は理解しないまま)しっかり拾ってしまうのだからもどかしい。
ただ、少なくとも今俺がすべきは、駄々をこねてミズキさんを困らせることじゃない。

「あっれぇ、ミズキと恵?」

タイミングが良いのか悪いのか、鳥居を抜けてきた五条先生の場違いに軽薄な声が響いた。
しばらく出張で不在にしていたこの人が今ここに鉢合わせるってのは、少なくとも俺には嬉しいことじゃなかった。
目隠しで視線は追えないものの、先生はミズキさんの腰に置かれた俺の手を一瞥して「2人でお出掛けかな?」とやや含みのある声色で言った。

「そうなの。丁度良かった、悟くんに聞きたいことがあってね」

ミズキさんは俺の手をそのままにさせて、五条先生に向けてにっこりと笑った。

「いいとも、何でも聞いてごらんよ」
「悟くんの大事な生徒さんに手を出しちゃってもいいかな」

アイマスク越しにも五条先生が目を見開いたのが分かった。その後、口元がニィッと笑った。

「…へぇ、いつも何が欲しいか聞いても言わないミズキが珍しいね?」

ミズキさんの腰に置いた手が緊張する。でも、離すのはどうしても嫌だった。

「可愛いミズキのお願いだから叶えてあげたいんだけど、どうしよっかなー?そんなに欲しいの?恵じゃなきゃダメ?」
「お願い悟くん、すごくすごく好きになっちゃったの。伏黒くんじゃないといやなの」

堪らずミズキさんの腰を引き寄せた。薄い肩が俺の胸に触れて、いつもの甘い匂い。目や喉や心臓から何かが溢れそうな感覚がした。見下ろすミズキさんの顔は穏やかに微笑んでいる。
五条先生が「そっか」と笑った。

「仕方ないなぁ、ミズキだから特別に許すんだからね?恵を好きにしていいよ」

そこでミズキさんが俺に顔を向けて、その目は悪戯っぽく光っていた。

「聞いた?伏黒くん、好きにしていいって」

もうあんたなら俺に何したっていいですよ、とは五条先生の前では言うまい。
ミズキさんが俺を選んでくれたことの多幸感に頭がクラクラ揺れるようだった。

ただ五条先生は、今どんな感情でいるんだろうか。目隠しで目元の表情が読めない、と思ってたら先生がアイマスクに指を掛けて首に引き下げた。意外にも、さっきまでのミズキさんと似た、穏やかな笑顔をしていた。

「ミズキ」
「うん」
「楽しんでおいで。恵の傍にいるんだよ」
「うん、…悟くん、あのね」
「うん」
「ありがとう、もう大丈夫だよ」

ミズキさんが言うと五条先生はふっと笑って、ミズキさんの小さな頭をわしわしと撫でた。

「すこーしだけ先に行っててくれるかな、勿論結界からは出ないでね」

ミズキさんが許可を求めるように俺を見るので、俺はミズキさんを捕まえていた手を浮かして軽く頷いて見せた。
とととっという具合に、尻尾を揺らすようにミズキさんが去った後の空間へ、五条先生が「あーあ」とわざとらしい溜息を落とした。

「とうとう取られちゃったかぁ。まさか恵とはね」
「…返しませんよ」
「可愛い教え子の宝物を取り上げたりしないよグレートティーチャーゴジョウは」
「心にもない」
「ハハッ辛辣ぅ」

五条先生は遠いミズキさんの小さな背中に、眩しそうな眼差しを注いだ。
「恵」と俺を呼んだ声は風の音に紛れてしまいそうに小さかった。

「『死んで勝つ』と『死んでも勝つ』は全然違うし、あの子の傍にいるならそれでも不充分だ」
「………」
「生きて帰る、これ必須ね。あの子、寂しがりのうさちゃんだから」
「はい」

五条先生は俺の背中を強かに打って「さぁ行け若人!」と芝居がかった声を放った。俺は先生に頭を下げてからミズキさんを追った。




「伏黒くんごめんね」

結界の端で待っていたミズキさんの背中に声を掛けると、振り向いて開口一番がこの謝罪だった。

「だって体調悪いんでしょう?今日は出掛けるのやめる?」
「まさか。すこぶる元気ですよ俺は」

我ながら『元気』って言葉が似合わないとは思うが。
ミズキさんは俺の目の中に隠し事や嘘を探すようにじぃっと見ていて、どうやら嘘じゃないと認めてくれたようで淡く笑った。

「じゃぁ行こっか。でもやっぱり悪いとか部屋がいいとか、遠慮なく言ってね?」
「ミズキさんと部屋にいんのは好きですけど、今日は出るんでしょう。それに今から部屋でふたりになったら多分手ぇ出すんで」
「て…っ!?」
「これでも我慢してんすよ。知っといてください」

ミズキさんは赤くなって口をはくはくと動かした。ここまで初心だと心配になってくるが、可愛い以外の感想が出てこない俺も大概阿呆だ。

あと少しで来るはずのバスの気配を探していると、ミズキさんが俺のシャツの裾を引いた。

「…今日帰ってきたら、……えっちなことする?」

……………は?

俺が、身体中の血液がその場で止まったみたいに硬直していると、ミズキさんは自分で言ったことに耐えられなくなったと見えて「ごめん忘れてっ」と早口で捲し立てた。
その細い腕を掴んで赤くなった顔を半ば無理矢理俺に向けさせた。

「…言いましたね」
「え…ぅ、」
「覚悟しとけよ」

バスが来てドアが開いた。先に入ってミズキさんに手を差し出した。

「ほら乗りますよ」

ミズキさんの白くて小さくて柔らかい手が俺の手に乗った。引き上げて窓側の席に座らせてから隣に詰めると、まだ赤い顔を俺から背けて隠してる様に笑いが出た。

一度前後に揺するようにしてからバスが動き出した。

全く、五条先生に堂々と俺のことを『すごく好き』なんて言えるくせにコレは恥ずかしいのか。

さっきのことを、俺がどれだけ嬉しかったか知りもしないで。どれだけ愛しく思ったか知りもしないで。


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