手のひらの上

許可を得て初めて抱き締めると、腕の中から甘い匂いがして、柔らかくて、心臓が馬鹿みたいに跳ねた。
思春期のガキががっついてると思われたくない一心で辛うじて色んなことを我慢してるが、そんな時に限って宿儺顔で笑う真希さんの顔が思い浮かんだ。

ーーー色形手触りに希望がありゃ聞いてやるぜ。

…頼むから黙っててもらえませんか真希さん。

ミズキさんが俺の首元に柔い髪を擦り寄せた。

「あのね伏黒くん、私のことを思って秘密にしてくれてるんだって分かるんだけど…えっと、この前何があったかざっくり教えてもらうことって…?」
「駄目に決まってんだろ」
「で、ですよね…」
「何で知りたがるんですか、良いこと無いって言ったでしょ」
「ほとんど覚えてないんだけどね、ひとつだけ、『伏黒くんじゃなきゃやだ』って思ったのだけ覚えてて…何があったのかなって」

………、……畜生無理だろこんなん。
誤魔化すためにちょっと痛いぐらいの加減でミズキさんを抱き締める腕に力を込めると、腕の中から悲鳴が上がった。

「ごっごめんなさいちょっと痛い、痛いよ?伏黒くんおーい伏黒くーん!?」
「痛くしてんすよ反省してください」
「うん反省します反省してる!以後慎みます!」
「大体アンタ男を舐めてんですか、最初に買い物付き合った時だってほぼ初対面の俺に下着屋に入るかなんて」
「あっ」
「何すか」
「…何でもないです」
「言え」
「痛い痛いっ許して、あのね!いま、あの時買ったやつだなぁって思、痛ぁ!?」

わざわざ言うってのは(言わせたのは俺だが)見ていいと判断するぞと喉まで出かかって飲んだ。
見れば触りたくなるし触れば戻れない確信がある。半ばヤケクソの告白をして奇跡的に実ったその場で性急に事を進めるのは、さすがに情けなさ過ぎる。
頭の中で『我慢』の字がゲシュタルト崩壊するほど念じてから、意を決して腕の力を緩めた。ミズキさんは心なしかシュンとした様子で、窺うように俺を見た。

「あ、あの…ごめんね?伏黒くん」
「……いえ、俺も言い過ぎました」
「好きだよ、仲良くしてね…」

ミズキさんが膝で立って俺の首に抱き付いた。…可愛過ぎてキレそうなんて感情は生まれて初めてだった。耳元の声にゾクゾクするし、布一枚を隔てた下で『あの時買ったやつ』とやらに包まれている柔らかさを頭が勝手に想像した。
この人はどうしてこうも的確に多方面から俺の忍耐を崩しに来るのか。猛獣の前で昼寝どころか自ら口に入っていくような。
恐らくあの軽薄な恩師がミズキさんを長らく神棚に置いとき過ぎたせいだろう。
内心が荒れ過ぎてむしろ冷静な頭の隅でそんなことを思いながら、ミズキさんの背中に手を回した。

しばらく抱き合った後、ミズキさんが「遅くなると良くないね」と言ったのをきっかけにして、どうにかミズキさんを放した。
一応送ってくと申し出たものの断られ(何せ帰る先は女子寮だ)、部屋の戸口で分かれた。ミズキさんが部屋に着いたら連絡をくれる約束をさせて。

ミズキさんがいなくなった途端に寒々しいほど静かになった部屋の中で、ついさっきまでの夢みたいな出来事に現実味を見出せなくなった。素っ気ない床の上にマグカップがふたつ残っていて、それでようやく、ミズキさんは本当にさっきまでここにいて、俺を好きだと言ってくれたと実感することが出来た。抱き締めさせてくれた。

その時、机の上でスマホからメッセージアプリの受信音が鳴った。ミズキさんにしては早過ぎると思いながら見ると、真希さんと釘崎とのグループチャットに招待された通知だった。嫌な予感がして5秒迷って一応参加した。この面子だと、無視すると実力行使に出られる可能性が高い。

(熱烈だったわね)
(良かったじゃねーか恵)

嫌な予感は大抵当たる。ダメ元でしらばっくれてみたが、真希さんと釘崎を楽しませるだけだった。
聞けば、今日の日中は買い物の傍ら、ほぼ『ミズキさんをけしかける会』だったそうだ。高専の生徒と恋愛することを躊躇ってたミズキさんに、「ミズキさんは教師じゃなくて呪具師だから」とか「恵は絶対お前にベタ惚れだから勝ちは確だぞ」とか色々吹き込んで菓子を買わせ、夜になって俺の部屋に送り込んだ。送り込んだ後、隣の虎杖の部屋に押し入って壁に耳を当てていたという。

(虎杖はどうしてんすか)
(どっか行っとけって追い出したわよ)
(何で誰かを可哀想にしなきゃ生きられねぇんだお前)
(ア?)
(アンタは幸せになってんでしょーが)
(ミズキの抱き心地どうだった?)
(最高に辛いですよ可愛過ぎてキレそうで)
(ムッツリが…惚気てますよ真希さん…!?)
(今年度面白事件グランプリ)
(殴りますよ)

ここでミズキさんから部屋に戻った連絡が入った。文面すら愛らしくて荒んだ心が癒された。
丁寧を心掛けて返信している途中で、もはや虎杖の部屋を占拠する必要のなくなった2人がグループチャットを解散していた。是非解散してくれ。そして二度と戻って来るなミズキさん以外は。

ミズキさんに返事をした後は、とりあえず気の毒な虎杖に詫びて、もう部屋に戻れることを教えてやった。


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