羽化したばかりみたいだ

「前にも言った通りミズキさんが覚えておくには値しないことです。害にしかならない。思い出せない不安とか居心地の悪さはあるでしょうけど、その記憶が欠けたままで問題は起こりません。俺がずっと…、………五条先生がいんのに俺の意味なんて薄いのは分かってます。客観的にもミズキさんの中でも、俺の負けは分かってんだ…でも俺は俺の私情であんたを守るし『守りたい』っ思うのをはぐらかすつもりもない!」

自分の口が何を言ってるのかてんで分からない。発した音が耳から入って他人の言葉みたいに淡々と頭に運ばれてて、ただそれも処理落ちしたみたいに鈍間だ。その間にも口が新しいことを勝手に吐き出してしまう。頭が過熱している。

「誰にも…ッ触らせて堪るか!あんたが五条先生を好きでも俺が諦める理由にはなんねぇんだ」
「ふ、伏黒くん、まって」
「歳下のガキって理由で振られんなら5年後にもう1回告白するしそれまで何が何でも彼氏なんか作らせねぇからな!」

完全に勢い、頭の悪い駄々をこねるガキそのものだ。よりによってこんなヤケクソで喧嘩を売るみたいに言うつもりじゃなかった、最悪だ。
頭の中がとっ散らかって収拾がつかない。

「伏黒くん…、」
「何すか」
「う、嬉しいから、少しまって…」

は?

急にストンと熱が抜けたみたいに頭が静かになった。空の瓶にコインが一枚落ちたみたいにミズキさんの言葉が落ちてきて、即座には理解出来ないそれがカランと踊るような感覚がした。
ミズキさんの両手が俺の胸を押した。頬が赤らんで、目は泳いでいる。すぐにミズキさんは両手で顔を覆い隠した。
今、何て言った?

顔を覆ったまま、ミズキさんのくぐもった声が言った。

「伏黒くんもしかして…私が悟くんを好きだと思ってる?」
「……はい、まぁ…」

ミズキさんの両手が膝に降りた。見えるようになった顔は落ち着きを取り戻しかけていたがまだ少し赤い。

「じゃあまず、そこの誤解を解こう、ね…。何から話そうかな、えっと…」

ミズキさんは暗闇を手探りするように話し始めた。中2の冬から始まる話。
ミズキさんにとって最後の肉親だった祖母が亡くなって、遺してくれた呪符で呪霊をしのぎながら、ミズキさんは途方に暮れていた。呪符の効果は長くて3日、それが尽きれば確実に死ぬ。万一生き残ったとしてもどうやって生きていくのか見当もつかない。そこに現れた五条先生が、呪符の効果範囲の外でミズキさんを取り囲んでいた呪霊を一掃した。ミズキさんを保護し、無理矢理書類上のことを誤魔化して高専に入学させ寮に住まわせた。

「そんなだからね、好きっていうか…何だろ、崇拝に近かったかな。白い髪と真っ青な目が嘘みたいに綺麗で、呪霊を簡単に一掃して、生活の全部を与えてくれて『もう大丈夫だよ』って…神様って本当にいるんだ、みたいな感じだったの。その内にね、その…悟くんには、女の人がいっぱいいるって知って勝手にショック受けたりして。親の不倫を知った子どもみたいだよね」

その女の人達が選ばれる基準については、ミズキさんが気付いてないようで安堵した。

「2年くらい前だったかな…五条家の幹部だっていう人が訪ねてきてね。五条家屈指の結界術師を付けてやる、衣食住も保証するから五条家専属の呪具師になれって言うの。悟くんが怒って追い返しちゃったんだけど…悟くんがあんなに怒ったの、後にも先にもあの時だけだった」

五条先生の怒り様を、ありありと思い浮かべることが出来る。そしてミズキさんがいるのが高専の東京校でなければ、五条先生のお膝元でなければ、禪院か加茂が同じことをしたとしても不思議はない。

「それでね、何となくだけど…悟くんが特定の女の人作らない理由って、女の人のためなのかなって思ったの」
「…かもですね」

女の人のため、じゃない。ミズキさんのためだ。
ただそれをミズキさんが知ることを、五条先生は望まないだろう。俺も望まない。

「今はもうとにかく、自分に出来る恩返しをしようって思ってるよ。私、術師としては全然ダメだったけど呪具を作るのは出来るから」

だから俺や真希さんが、つまり五条先生の教え子達が、自分の作った呪具を使ってくれるのがとても嬉しいのだと言ってミズキさんは笑った。綺麗で温かくて尊い笑顔だった。

きっと、崇拝していたのは五条先生の方だ。
ミズキさんは、傷のひとつも付けたくない、温かくて柔くて尊い『さなぎ』だ。羽化を待ち望むような、さなぎのまま守っていたいような気持ちを、五条先生も抱いているんじゃないかと思った。

ふと傍を見ると、出しっ放しだった玉犬がミズキさんを慰めるように頭を擦り寄せた。ミズキさんが「ありがとう、優しい子ね」と寄ってきた頭を撫でた。

ただ、ひとまずミズキさんが五条先生を好きだってのは本人の否定を得られたから良しとして、俺が喜んでいいのかはまだ確定していない。話がひと段落して安心してるミズキさんには悪いが。
俺が呼ぶとミズキさんは寛いだ笑顔を返してくれた。

「俺はミズキさんが好きです」

五条先生とミズキさんの心温まる話、で終わらせるのは出来ない。
ミズキさんは『そうだった』みたいな顔で緊張して、また赤くなった顔を俺に向けた。

「…伏黒くんが好き」

綺麗で、柔くて、尊い。
ミズキさんの笑顔は羽化したばかりみたいだ。


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