綺麗なままの贈り物

何ともバツの悪い、会いたくない時に限って鉢合わせる…と思ったが、そういえばこの人は担任の教師なので学内で会うのは当然だった。あまりにも教師らしくないので忘れがちだが。
五条先生はいつも通り軽薄な態度でヒラヒラ手を振った。

「あっれぇ恵、絶賛反抗期継続中?」
「素です」

高専の中には売店がここしかないから、職員も生徒も入り乱れる。俺は先生を無視して店子の中年女性に小銭を渡した。五条先生の手には、自販機で買えない紙パックのいちごミルク。

これが素だとは言い返したが、素よりも不機嫌寄りなのは否めない。ミズキさんを見れば五条先生が、五条先生を見ればミズキさんのことが頭にチラついて落ち着かない。

代金ちょうどを渡したはずが、店子さんが何か差し出すので見るとおにぎりだった。

「経営不振で今日を限りに廃業するそうで、昨日連絡があったんです。最後ですからどうぞ、先生も」
「…どうも。いただきます」

五条先生にはフルーツサンドが手渡された。いちごミルクとフルーツサンド、視覚情報だけで胸焼けがする。先生の甘党ぶりを店子さんは把握している。思えば売店はいつもこの人だった。
そこへパンダ先輩と狗巻先輩も来て、同様に今日限りの廃業告知と焼きそばパンとおにぎりがそれぞれ手渡された。

「パンダくんに会えなくなるのは寂しいわぁ」
「上野に来ればいつでも会えるぜ」

店子さんはカラカラと笑った。本気で上野のパンダに話しかけたりしないことを願うばかりだ。
それにしても後釜探しは大変だろう、このパンダのくだりに馴染んでもらうことも含めて。売店を出たところで五条先生は、学長の交渉で新しい業者はほぼ決定していて、繋ぎ期間は差し当たり麓のコンビニに打診しているらしいことを話していた。…コンビニってそんなにフットワーク軽いか?
とにかく、生活に大きな変化は無いってことだ。


午後、訓練を兼ねて2年の先輩達とペナルティ(五条先生の喜久福を取ってくる)付きの鬼ごっこに興じて、どうにかその罰を免れたところだった。そこへグラウンドの横を通りすがった姿が遠目にもミズキさんだと分かった途端、横から釘崎が「ミズキさーんっ」と大きく呼んで駆け出した。
釘崎とは思えない純真そうな笑顔で、鬼ごっこのペナルティを課せられたとは思えない速さで、釘崎はミズキさんに駆け寄って捕まえた。
俺の部屋にミズキさんを案内したのをきっかけに懐いたらしく、釘崎から「さっさと紹介しなさいよ」とクレームを食らったのは昨日のことだ。

その内に釘崎がミズキさんを真希さんのところまで連行して、3人であれこれ話し始めた。
何となくその様子を眺めていると、ニヤついた声で横槍が入った。

「めーぐーみーくんっ」
「焼きたらこ?」
「………何すか」

そのニヤついた声の出所はパンダ先輩と狗巻先輩だった。

「ミズキさんこっち見ないかなーって顔してるぅ!」
「しゃけ!」
「え、伏黒あの人好きなん?」
「全員やめろ黙れ…」

思わず手で顔を覆った。何故俺が体を張って娯楽にならなきゃいけないのか。
ひしひしとストレスを受けていると「伏黒くーん」とミズキさんの声が俺を呼んだ。見ると、ミズキさんが真希さんと釘崎の間に入って3人手を繋いで歩いてくるところだった。

「みんなお疲れさま。見て見て、両手に花なの」
「真希さん伏黒のヤツ『花なら真ん中のひとりしか見当たりませんけど』みたいな顔してますよ殴ります?」
「おーいったれ野薔薇」

俺は何も言ってない。手口が当たり屋のそれだ。
しかし改めて見ると、両側2人の表情の物騒さに挟まれていながら、ミズキさんがにこにこと花のように笑っているのは事実だった。

「今度の日曜日にね、真希ちゃんと野薔薇ちゃんと3人でお買い物に行く約束をしたのよ」
「いいっすね、楽しんで来てください」
「伏黒あんた笑えたのね、表情筋生ゴミに捨てたんだと思ってたわ」
「釘崎お前マジで黙れ」

少なくともこんな喧嘩の叩き売りをしてくる花なんてあって堪るか。
そこから、手を繋いだ3人が口々に喋る(と言っても7割釘崎)ことを整理するに、ミズキさんを着せ替えして遊ぶのが主な目的らしかった。

「だってミズキお前、放っといたら同じのしか着ねぇもんな」
「こんな美人なのに着飾らないなんて駄目ですよミズキさん!」

俺は僅かな違和感を得て、ミズキさんを見た。
ミズキさんは困ったような顔で笑っていて、そこへ、いきなり背後から長い腕が現れてタイヤでも被せたようにミズキさんの首をぐるりと囲った。

「楽しそうな話してんね?僕も混ぜてよ」

背後からミズキさんを抱き込んだ五条先生は、ミズキさんの頭上から覗き込んで何やら含みのある笑顔を作って見せた。含みがあるというのは、見上げるミズキさんの顔が引き攣っているのでそう思っただけだが。ミズキさんの白い喉がこくりと上下して、「さとるくん」と呼んだ。

五条先生はミズキさんを抱き込んでるのと逆の手で、カードを1枚ミズキさんの目の前に持ってきた。

「真希と野薔薇、クレジット渡すからフルコーデしてあげてよ」
「マジか豪遊しましょ真希さん!」
「破産させるぞ」

ミズキさんの眼前にぶら下げられたカードは黒く光っているから、何着買えば破産に至るのかは正直見当がつかない。
つーか相変わらず近ぇな畜生と思いつつ周囲の手前睨むだけに留めていると、ミズキさんは肩を縮ませて先生の大きな手を逃れた。珍しく目が泳いでいる。

「わっ私!硝子さんのメスを!引き取りに!行くところだったの!真希ちゃん野薔薇ちゃんまたね…!」

あからさまに逃げていったミズキさんを見送ってから、五条先生は「あーあ逃げられちゃった」といかにも残念そうに言ってみせた。

「おい馬鹿目隠し、お前ミズキに何しやがった?何すりゃミズキがあんなキョドるんだよ」
「人聞き悪いなぁ、真綿でくるむように優しく接してるだけさ」

呆れた顔の真希さんが五条先生を詰問する間に、宙ぶらりんだったブラックカードを釘崎が毟り取った。
五条先生はいつもの目隠しでいつも通り表情が読めないが、少なくとも口元はいつものように軽く笑っていた。つまり表面上は至っていつも通りだった。ただほんの僅か、髪の毛1本ほどの苛立ちみたいなものが、一瞬覗いたような気がする。

そうだ、さっき抱いた違和感の理由。
五条先生が次々貢ぐならミズキさんは服飾品には困ってないはずだ。転売するような人じゃないから保管してるだろう。貰った服が趣味に合わないから着ないってのも、ミズキさんの行動としてしっくり来ない。
さっきの焦り様を見るにミズキさんは貰った服を着ないことを五条先生に隠しているつもりだったのだろうが、五条先生がそれに気付かないとは考え難い。何せ、五条先生なのだから。

それから適当な二言三言を残して立ち去る五条先生を、俺は追って隣に並んだ。先生は驚いたようだが立ち止まることはせず、暫く無言で並んで歩く奇妙な状況。やがて先生が先に口を開いた。

「どうしたの恵、僕とお散歩したくなっちゃった?」
「…アンタ何がしたいんですか」

ミズキさんの命を救って、高専に引き入れて、ベタベタと親しく接して、俺を牽制して、身代わりを抱いて、使ってもらえない贈り物をして。
不親切な情報量をした俺の問いに五条先生は一拍黙って、それから緩く笑って「何のことかなぁ」とトボケた。

「じゃあ質問変えます。ミズキさんは使おうとしないのに何故アンタは贈るのを辞めないのか」

ザリッと先生の靴底がひときわ強く地を踏んだ。


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