取るに足らぬ出来事

※モブありです


1皿1800円+飲み物というのは学生には痛い出費だったけれども、悔いはない美味しさだった。その内任務に出たら給金も出ると聞くし、頑張って稼ぐのだ。このアップルパイを食べるために頑張る…とモチベーションにしてもいいかもしれない。
ミズキがそんなことを考えていると、頭の上から彼女を呼ぶ声があった。顔を上げると中学の頃に話したことのある1年先輩の男だった。ミズキの驚く顔を見て彼はぱっと笑った。

「やっぱりミズキちゃんだ、久しぶり」
「ご無沙汰してます、偶然ですね」

彼が五条不在の席に腰を下ろし、その距離の詰め方にミズキは少々抵抗を覚えた。
彼の方は居直っているというか、さも当然のように実に堂々としている。

「ミズキちゃん高校外部行ったんでしょ、何てとこ?」
「宗教系の人数少ない高校なのでご存じないと思います。…あの、友人が帰って来るので席を」
「お友達が帰ってきたら一緒に話そうよ、折角卒業以来なんだし」
「先輩もひとりでいらしてるんじゃないでしょう?」
「俺の方はいいからさ」

何だかいやに強引だな、とミズキは椅子に座ったままもぞもぞと後ずさりしたいような気持がした。思い返せば中学の頃から、家が裕福らしいこの先輩の横柄さは彼女の家長に通ずるところがあって、あまり好きではなかった。

「とりあえず連絡先聞いていい?中学の頃教えてくれなかったから地味に傷付いてたんだよね」
「それは何と言うか、すみません、家の方針で」

いずれ五条悟に嫁ぐ為という名目で、異性との交遊を極端に制限されてきた身である。当時は窮屈に感じたこともあったけれど、こういった手合いを断るには良い建前だったと実感するところだ。
さて今回もその方針継続で行こうかと思っていたところでミズキの肩に大きな手が乗った。

「ミズキただいま、その男、トモダチ?」

見上げると五条が立っていて、言葉としては一応ミズキへの問い掛けの形をとっているけれど、明らかな作り笑顔を先輩に向けていた。ミズキはすぐに『トモダチ』という響きに含まれた棘や、五条から滲み出る苛立ちを感じ取った。サングラスに遮られて目元の表情は見えなくても、ありありと不機嫌。
自分が離席している間に他人が座っていたら当然いい気はしないだろうとミズキは申し訳なさを覚えた。
不機嫌を察知したのは五条の席に腰を下ろしている男も同じのようだけれども、彼の方は申し訳なさを覚えるよりも好戦的に応じるタイプであった。

「俺はミズキちゃんの中学の頃の1コ上。そっちはさっきただの友達だって紹介されたけど合ってる?」

あからさまな煽りに五条の纏う呪力が波立ったことを、ミズキは肩に置かれた手から感じ取った。目の前の男は非術師であるが故に、大きく開いた猛獣の口に頭を突っ込んで笑っているに等しいこの状況をちっとも理解していないのだ。このままでは怪我人、最悪死人が出るという危機感からミズキは席を立った。その肩を五条が抱き寄せた。

「ミズキ隠すことねぇだろ、婚約者とデートだって言ってやれよ」

「こ、…ハァ…ッ!?」と動揺したのは男の方だった。真偽をミズキに確認するような目をしていたので彼女は必死に頷いた。

「ごめんなさい悟さん、もう行きましょう」
「ん、じゃあな、1コ上の先輩クン。あっちで君のツレっぽい子が待ちぼうけしてたぜ」

五条の親指が指す方を見ると言葉通り、怒りの籠った目でこちらを刺す女の子がひとりでテーブルに着いていた。
ミズキは男を冷たく見下ろし、「最低」と言い残して五条の腕を引きその場を立ち去った。五条はニィッと笑って男にひらひら手を振りながら腕を引かれるままにさせ、背後でバチン!と頬を張る音が響くタイミングに被せて「ハァー災難だったなー」と声を発した。

ミズキは勇み足でしばらく歩いた後ある時ぴたりと止まり、溜息をついてしょんぼりと背中を丸めた。

「…ごめんなさい五条さん、せっかく一緒に来てくれたのに」
「まーもらい事故みたいなもんだろ」
「せっかく美味しかったのにー…って、いうか、私、食い逃げ…!?」
「もう払った」
「え、…え!?うそお金、」
「いーってそんぐらい。それよりまた付き合えよ」
「でも」
「店は気に入ったし邪魔がいねぇ時に来ようぜ」

先程の作り笑顔ではなく少し悪戯っぽく笑った五条に対して、ミズキは少しの間迷う表情を見せた後でふっと緩めて「ありがとう」と笑った。

「それよりさぁ呼び方なんだけど」
「はい?」
「五条とか悟とか安定しねーじゃん。いい加減固定しろよ」
「じゃぁご「悟なハイ決定」

言ってさっさと歩き始めてしまった五条に追い付いてミズキが隣に並んだ。
盗み見た彼の横顔には既に、不機嫌の影は見当たらない。彼女からしてみれば不思議だった。付き合いで来た店で飲食代を持って、面倒な煽り屋に遭遇して、『それよりさぁ』で言い出すことが名前の呼び方ときた。
これじゃあまるで、と考えそうになった可能性をミズキは頭を振って消した。あり得ない。
五条はもうすっかり切り替わって、足運びすら楽しそうである。

「せっかく出て来たんだし買い物してこーぜ。アクセサリーでも買ってやろうか?ほらあの店とか感じいいじゃん」
「知らずにティファニー入ろうとしないでもらえます?」
「え、朝メシ食うとこなのあれ」
「うーん何から説明しよう!とりあえずリーズナブルな地区に移動して買い物して、夜はレンタルDVDですね!」
「お、いーね俺の部屋来る?テレビでかいぜ」
「レンタル代と持ち込みお菓子は私が持ちますからね!」
「サンキュー」




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