ありふれたヴァニラ・アイスクリーム

「店の前でパン食ってるだけじゃん」
「店内で齧ったら摘まみ出されますよきっと」

そもそも謎演出が多いし、オードリー・ヘプバーンの美しさを鑑賞するための映画なのだ。注意、個人の見解です。



DVDレンタルショップを経由して寮に戻り、ミズキは意気揚々夏油と硝子を鑑賞会に誘ったけれど、ふたりは生暖かく曖昧に笑って「パス」と言った。

「恨まれるのは避けたいからね」
「馬に蹴られるのはイヤ」

夏油は颯爽と出掛けていったし(寮の門限は過ぎている)、硝子は喫煙所へ行ってしまった(未成年の喫煙は法律で禁止されている)。
ふたりの参加を当て込んで大量に買い込んだアイスクリームやスナック菓子を持ってミズキはしばし途方に暮れ、仕方がないと気持ちを切り替えて五条の部屋をノックした。生返事と共に顔を出した五条に「これ」とお菓子がたんまり入ったレジ袋を差し出すと、彼は受け取りながら浮かない表情の理由を尋ねた。

「夏油さんと硝子さんにフラれました。お菓子買いすぎです」
「何だそんなことかよ、俺が食うっつの」
「この量を」
「成長期ナメんなよ」

「それより入れば」と内心緊張している五条が促すので、ミズキは少し畏まって「お邪魔します」と言いつつ入室したのだった。
事前に五条が夏油と硝子のふたりに「絶対断れ」と念を押していたことを、ミズキは知らない。

そうして五条から渡されたクッションに座りベッドに凭れて映画鑑賞が始まった。五条はそこそこ我慢強く映画を眺めていたけれど、『朝食を』という題名が独り歩きした末の誤解が解けるともうすっかり興味が失せてしまったようで、ミズキが冷凍庫へ仕舞ったスーパーカップを出してきて、カレースプーンで大きく食べ始めた。
頭キーンてならないのかな、と思いつつミズキがみるみる削られていくアイスの土地を眺めていると、ふとスプーンが止まり紙のカップが僅かに歪んで、「お前さ」と出し抜けに五条が零した。

「中学まで彼氏とかいたわけ」
「まさかぁ」
「…マジで言ってる?」
「マジですよ」
「今は」
「ないない」
「…ふぅん」

「興味なさそうっ」と言ってミズキはからから笑った。
大きなテレビ画面にはいつの間にかエンドロールが流れている。
五条は紙カップの角に残っていたアイスの崖をスプーンで掬って口に入れ、少し汗をかいた容器を床に置いた。そしてまた「お前さ」と切り出した。

「…俺のこと恨んだりしねーの」

ミズキはぱちくりとして五条を見たけれど、彼は珍しくミズキの方を見ないでエンドロールを眺めていた。

「どうして?」
「どうせ俺との結婚の為とかって色々制限受けてきたんだろ」
「まぁ、そうですね」
「なら」
「悟さんが望んだことじゃないでしょ?悟さんがいなければきっと禪院のひとが相手だったってだけです。『念のため』とかって写真見せられたことあるもん」
「…どの道クソだな」
「悟さんは私を軽蔑しますか」

五条がミズキを見ると、言う内容にそぐわず彼女は軽やかに笑っていた。

「…それこそお前の望んだことじゃねぇだろ」
「でも私、悟さんでよかったって思ってますよ。友達になれて…私異性の友達って初めてです。それに今まで周りに『見える』子なんていなかったから、イマイチ心を許せなかったっていうか」
「まぁ、高専に来る奴等なんて皆そうだろ」
「皆そう、って居心地いいなぁ。友達とお菓子たくさん買って映画とかお喋りってちょっと夢だったんです」

照れたようにミズキは笑って、テレビ画面を見た。エンドロールも終わりに近い。
五条は背後のベッドに腕を乗せ、ミズキの華奢な肩をぐいと抱き寄せた。彼女の不思議そうな目が自分に向くのを把握していながら、否、把握していればこそ、ミズキの方を見られないまましばらくの沈黙。それからぽつりと「…うるせぇな」と言った。ミズキは笑った。

「何も言ってませんよ」
「視線がうるせぇ」
「肩の手は何ですかね悟さん?」
「うっせぇ寒いんだよアイス食ったから。それにトモダチイナイちゃんは知らねぇだろうけどな、友達ならこれぐらい当然なんだぜ」
「嘘っぽいけど否定する経験値がない」

いつの間にかエンドロールは終わり、メインメニューの画面に切り替わった。五条はミズキとは反対側に置いていたリモコンを摘み上げて、本編の再生を選んだ。

「続けて何度も観たい映画じゃないような」
「…最後見逃した」
「ふぅん」

ミズキはリモコンを床に置いたばかりの五条の手を捕まえて口元に寄せ、ハァっと息を吹きかけて両手でさすさすと撫でた。
五条の目が丸く見開かれてミズキを見るので、彼女は画面を指して「ほら、観なくちゃ」と言った。

「寒いって言ったでしょ」
「…ん」

五条はもう少しミズキを抱き寄せて、柔い髪の頭に頬を寄せた。
そのまま映画がもう一周する頃にはミズキはすぅすぅと寝息を立てていて、彼女を自分のベッドに寝かせると五条は隣の夏油のドアを叩いた。
いつの間にか音もなく帰宅していた夏油は渋々五条を迎え入れ、興奮気味な様子の五条から今日一日の出来事について仔細な報告を受けた。

「はー…マジでしんどい。好き過ぎてしんどいって思ったことある?俺ぜったい結婚する」
「初めて彼女のできたティーンエイジャーは皆そう言うんだよ。君ら付き合ってないけど」
「うるせぇな、付き合うどころか婚約してるわ」
「偽装だけどね」
「成人までに本物にするし」
「はいはい頑張って。毛布貸すから床で寝てくれよ」
「あー今ミズキが俺のベッドで寝てんだよなマジ興奮する。写真撮ったら起きるかな」
「…毛布貸すの、やめようかな」




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