グスク

『星漿体』と呼ばれる適合者たる天内理子と同化することで、天元がより高次の存在になる過程をリセットする、それまで星漿体を護衛する。一般の呪術師がそうそう受け持つことのないような重大任務の只中に、五条と夏油は身を置いていた。
任務に当たる中で天内理子の側近女性、黒井が誘拐され、誘拐犯からの指定で五条・夏油・天内の3人は沖縄へ赴くこととなった。沖縄行きは明日、今晩はホテル宿泊となる。

急ぎ沖縄への航空便を押さえ遅い夕飯を済ませた席で、そこまでの任務の経過を夜蛾に電話報告しようとした夏油の手を、五条が制した。

「夜蛾センに報告だろ?俺がする」
「悟が?正気かい?」
「失礼だなマジだよ」

報連相のすべてを軽視(あるいは無視)する親友を夏油は胡散臭そうに睨んで、それでも本人が言うのだからと一応引いた。
五条は機嫌よさそうに携帯を手に席を立ち、夏油と天内から少し距離を取った。

「あーもしもし夜蛾先生?そー。まぁ色々あって明日沖縄行くからさぁ、那覇空港の護衛に1年全員寄越してほしいわけ」

夏油の溜息。今回の要点である『色々あって』の部分については、後で自分から夜蛾に連絡を入れることになりそうだ、という意味の、溜息。
同時に五条の狙いを察して、通話を終え戻ってきた五条を呆れ顔で見上げた。

「ミズキを沖縄に呼びたいわけね」
「んんーそういやアイツも1年だったかもなぁ」
「誰じゃそれは」
「悟の好きな子だよ」
「何とそれは…気の毒に」
「気の毒って何だシバくぞ」

まぁいい、と夏油は気分を切り替えることに成功した。元より自分でするつもりだった報告だ。
それに、少し前ミズキに何かが起こった様子だった時に彼女が『南の島に行きたい』と話していたらしいことを五条が覚えていて、沖縄行きが決まった時点でミズキのことを連想したのだろうことは想像に難くなかった。
あのガキ大将が健気になったものだ、とまた夏油の親心が発動した。





「彼女ならいませんよ」

沖縄に到着早々七海の携帯に五条から着信があって、「あー七海着いた?場所言うからミズキこっちに寄越してくれる?」に対して七海は顰めっ面で答えた。

「彼女なら昨日から3年生と別任務に就いています」
「ハァァ!?ざっけんなよどこ行ってんだよ」
「長野県の山奥です」
「それで昨日から連絡つかねーのかよマジないわ」
「知りませんよ」
「相手誰」
「本人にどうぞ、では」

七海は一方的に通話を切って溜息を吐いた。昨日沖縄行きを申し渡された時点で大方の予想はついていた。
五条は一方的に通話を切られて盛大に舌打ちした。何とも間が悪い。相手は誰だ畜生羨ましい、と嫉妬の勢いそのままミズキに電話を掛けようとしたのを、任務中なら迷惑だしどうせ圏外だと夏油に止められた。
五条は昨晩夜蛾へ1年生派遣の要請を出す際に、私情丸出しでは通らないと踏んでミズキの名前を出さなかったし、夜蛾は五条の私情を察した上で五条がゴネると踏んでミズキの不在を伝えなかった。その事情が夏油には透けて見えた。

「残念だったね、悟」
「ザマァ見ろじゃ」
「クソガキ殺す」

五条は腹いせに天内のソーキそばに大量のコーレーグスを投入し、黒井が彼を殴って自分のソーキそばと交換してやった。




昼間のふざけ様が全て嘘ということはないけれども、五条は彼なりに任務の遂行に死力を尽くしていた。昨日沖縄行きが決まった時点から術式は解いておらず、眠ってもいない。付き合いの長い夏油でなければ気付かない程度ではあっても、五条の目元には薄らと隈が出来ていた。

「悟、今日は私が夜を見るから少し休め」
「ハ?冗談余裕だわ」
「高専まで持たない、無謀だよ」
「誰に言ってんだか。まぁそのためにお前がいんだろ、頼りにしてんぜ」

夜、天内と黒井を部屋に届けた後、その廊下で五条と夏油は立ち話をしていた。
五条の消耗は明らかだったけれど、彼が譲りそうにないこともまた明らかだった。結局夏油が折れて、彼等は女性2人の部屋を挟む両室へ別れて入ったのだった。

部屋に入ると五条はシャワーを済ませ、ラフな服装でベッドにどっかりと座った。ペットボトルの蓋をパキッと回したところで携帯から着信音が響き、ひとりの部屋で思わず機嫌悪く「ア゛?」と携帯を睨んだ。
開いて画面を見ると知らない番号で、3秒ほど迷って応答を押した。開口一番「誰」とだけ言った声は存分に不機嫌だった。

「…ごめんなさい、ミズキです。悟さんですよね?」

ペットボトルを落としシーツが少し濡れて、五条は「おわっ」と声を上げた。

「あっごめんなさい、今だめでした?」
「や、平気だけど…ミズキ?」
「はい。ミズキですよ」

五条はとりあえず水をサイドボードに安置し、携帯を一度耳から離し番号を見直して、すぐ耳元に戻した。

「…何この番号」
「ごめんなさい、迷惑でした?」
「そうは言ってねぇだろ、…俺が何回掛けても繋がんねーのにムカツク」
「夏油さんがね、ホテルに電話くれたんです。悟さん今晩は寝ないで護衛するんでしょ?」

五条は、夏油が今日も夕飯の後で夜蛾に報告の電話を入れていたことを思い出した。その時にミズキの宿泊先を聞いたのだろう。言われてみればその手があった、というところだ。
そして彼は親友の温情をありがたく受け取ることにした。

「…そんじゃ、何か目ぇ覚めるような話して」
「ハードル高いなぁ…えぇー…?」
「メシとか風呂は?」
「済んで、もうベッドです。慣れないお布団って新鮮でワクワクしません?」
「しねーよ。あーだから映画の時俺のベッド占領したわけね」
「それは…っすみ、ません、でしたけど!」
「またのご利用をお待ちしてますってな」
「もー…チロルチョコあげるから許してください」
「俺発だろソレ」

ミズキの方もベッドにいるらしい状況に、五条は落ち着かない気分がしてにじりと身体を動かした。彼女が自分の隣に寝転んでいるのを想像すると、触りたくて手が疼くような気さえした。
勿論声色には出さないけれど。

「そっちどんな任務?どーせ雑魚だろ」
「んー…級数はたぶん2と3なんですけど、出現条件が厳しそうで。時間帯とか人数の縛りなら私すぐ分かるから、多分ピンポイントに行かないと出てこない系ですね…ざっくり方角はわかるんですけど…」
「引き篭もりかよメンドクセー」

ミズキの探知系の術式は、出現条件の厳しい案件に重宝される。だから出たらお前が祓えよクソ、と五条はどの先輩の同行か知りもしないで内心悪態を吐いた。

「窓さん情報では最近特定のキャリアで電波障害がひどいらしくって…なら電波塔?ってなって、ただそれだと山用の靴とか…レンタル屋さんがあったから予約とかして」
「うん」
「ローファーでいける範囲まで今日は見ようって…登ったらですね」
「うん」
「仔鹿見ました、わたしはじめて、とってもかわいいです」
「ふーん」
「さとるさんは?」
「俺は誘拐犯余裕でボコって沖縄観光」
「ふふ、さすがぁ」
「お前いま壮絶に眠いだろ」
「ねむくないですよ…?」
「酔っ払いは自分じゃ酔ってないっつーんだよ」
「あしたもいるかなぁ、こじかちゃん…かわいいんですよ」
「…そっち行きてぇなクソ」
「さとるさん山すき?」
「阿呆、真性の阿呆」
「あのね、さとるさん…けがしないでくださいね」
「お?…おー」
「さとるさんがけがするの、いや」
「…お前結構俺のこと好きだろ」
「すきですよ…」

五条は妙な声を上げそうになった口を自分で抑えた。ミズキは今にも寝落ちそうな声で、言う内容に自覚があるのか怪しい。

「だいすき…ふふ、ないしょですよ、硝子さん…」
「…ん」
「いつか…さとるさんがけっこんするまで、すきでいるって…きめたんです」

それきりミズキは沈黙した。五条の携帯は微かな寝息だけを届けている。

五条はしばらく空いた方の手で顔を覆っていた。
言いたいことは色々あった。
俺の方が好きだわ馬鹿とか、お前こそ怪我すんなとか、ちゃんと布団掛けて寝てんのかとか。しかしもう相手はすやすや夢の中。通話を切ってしまうのが惜しくて、サイドボードに通話中のまま置いた。

五条はベッドを降りてからからと窓を開け、ベランダに出た。夜風が心地良かった。
しかし、『何か目ぇ覚めるような話して』とは確かに言ったけれども、眠れなくなる話をしろとは言った覚えねーぞ、と頬を緩ませた。




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