リヴストック

「それでね、『正妻を据えるまでに六眼や無下限を持つ子を生めたら、一生を保証してやる』ですよ!?」
「完全に殺していい案件」
「ですよねー!」

硝子と並んで湯舟に身体を浸しながら、反響する浴室内に向けてミズキは吠えていた。

ミズキは五条・夏油と連れ立って寮に帰った後しばらく、自室に引っ込んで本日の衝撃的な出来事を咀嚼して腹に収め、夕飯の後で硝子を風呂に誘った。自室では、たまに五条が予告なく訪ねてくるので内密な話をするには不安があったためだ。さすがに、女子寮の風呂には彼も来ない。
硝子は夏油から駅でのことを聞いていたから、ピアノの一件の手前でミズキに起こった『何か』についてだろうと予想を立てつつ、知らないフリで「改まってどうしたの、いいよ」と応じたのだった。

湯舟の中に並んでミズキから聞かされた内容には、硝子もさすがに面食らった。呪術界の特に御三家とその周辺が一切クリーンではないというのは既知の事実だったけれど、ここまで堂々と人権侵害されるといっそポカンとしてしまう。

「サラブレッドの種付けかよ家畜扱いしやがってって感じです!」
「あはは、ミズキのそういう時々口が悪くなるとこ好き」
「私はいつでも硝子さん好きですよ」
「可愛いやつめ」
「えへへ」

硝子の手がぽんぽんと頭を撫でるとミズキはくすぐったそうに笑った。
長風呂前提でぬるくした湯が肌に柔らかい。

「それにしても、もう消化してんだね。偉いね」
「ハッキリ言われたのが初めてだっただけで、内容的には家長から言われ続けてきたことと大差ないかもって思って」
「どいつもこいつもクズ」
「ほんとそれです」
「よく真っ直ぐ育ったね」
「母の昔からの用心棒さんがいるんですけど、ずーっと可愛がってくれて。私の人としての比較的マトモな部分はその人由来です」
「いい子いい子」
「えへへ」

硝子はミズキの家庭に救いがあったことを素直に嬉しく思った。この優しく美しい心が雨ざらしになって損なわれていたかもしれないなんて、あんまりじゃないか。
そして、優しいこの子がクズ(※硝子視点)のために心を痛めているのって正しくないな、と思った。

「ミズキが何の役にも立ってないってのはさ、違うと思うよ」
「…いいのかな、だって不公平です」
「立場が違うのはミズキのせいじゃないし、五条の見通しが甘かったってだけ。家柄エグいのだけはちょっと同情せんでもないかな」
「逃げようがないですもんね」
「そーね。…で、今回のことがあってもニセ婚約解消しようと思わないってことは、邪推するけど」
「あ、ぅー…ですよね」

ミズキは上半身を軽く揺らしてから両手に湯を掬い、ぱちゃんと顔を浸した。
湯から上げた顔がほんのり赤いのを視界の端に捉えて、硝子は口角を上げた。

「…正直よくわかりません。でっでも!内緒にしてくださいね!?ここまでの話も含めて!」
「当然言わないよ。あと基本五条をお薦めはしないけど、ミズキが好きなら思うままにすればいいんだよ」
「おもうまま…」
「そ。チロル鳥の求愛まだ続いてんでしょ?脈あったりしてな」
「まさかぁ」

実際のところ『あったりして』どころかなのだけれども、硝子は首を突っ込むつもりはなかった。ただ心内で『精々苦労しろザマァ』と五条のことを罵っていた。





夏油は見る気のないテレビ番組を眺めるフリをしながら、女子棟の扉を気にしている五条を観察していた。談話室のソファは、大男ふたりが遠慮なく座ると実質占領されてしまったような格好だった。
夏油が自室に引き上げようとすると五条が歯切れ悪く引き留めるというのを2巡した時点で、夏油は見守りをする腹を決めた。彼には勿論五条の目的が見えている。
硝子が通りかかるのを待っているのだ。
風呂の後でミズキが談話室に顔を出すかは五分、しかし硝子は煙草のためにほぼ確実に談話室を通る。ミズキから何か聞いていないか問い詰める腹だろう、硝子が口を割るかは別として。

そこへ大方の予想通り硝子が現れて、五条が気のない風を装って呼び止めた。硝子は「なに」とだけ言った。

「…お前……今まで風呂かよ、長ぇな溶けるぞ」
「うるさい、ミズキと裸の付き合いしてんの。羨ましいだろ」
「それは否定しねぇけど」
「だろうなキッショ」
「悟」

硝子の煽りに即応じようとする五条を、夏油が制止してやった。恐らくこのままでは夜が明けても望む話題には持ち込めまい。
硝子が隠しもせず溜息を吐いた。

「どーせ『ミズキから何か聞いてないか』でしょ、言うわけないじゃん」
「…何か聞いたのかよ」
「まぁね。別にもう本人も消化してるしいいんじゃない」
「ピアノの奴に何か言われたってことかよ」
「ピアノ…あぁ音大生?さぁ、南の島に行きたいって話になったとは言ってたけど」
「ハァ?」
「もういいだろ煙草行く…五条ちょっと立って」

納得していない顔のまま五条がソファを立ち硝子の前にやってくる間に、彼女は煙草を一本取り出し口に咥えた。談話室は当然禁煙である。

「手、出せ」
「ハァ?」
「いいから」

五条が右手を出すと硝子はライターで火をつけて深く吸い込み、溜息と一緒に煙を吐いた。「おい」と五条の声が咎める色を帯びた。
硝子が口から煙草を外して五条の手のひらに近付けるとさすがに彼もギョッとして手を引き、警戒範囲外になった五条の脛を硝子が蹴っ飛ばした。

「イッッッテェ何しやがる!」
「あー腹立つ」
「ア゛!?こっちの台詞だわ!!」
「クズだってプレゼンしてんのに」

硝子は煙草を口に戻してスタスタと談話室を出ていった。
後に残された五条は痛みの余韻が残る脛をさすりながら硝子の出ていった後のドアを見て、捨て台詞の意味を考えていた。
夏油は窓を開けて、誰かに気付かれる前にと煙を逃した。笑いそうになるのを必死に堪えながら。




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