意地悪な人

 翔さんの睡眠は浅い。よく夜中に起きているようだし、うなされていることも少なくない。そんな時は、私が隣にいることを伝えたくて服や指を握る。すると翔さんは少しだけ安心したような顔になってまた眠りに就くから。私も安心してまた眠る。
 朝、あまり食べることに関心のない翔さんのためにしっかり朝食を作る。一緒にいないと翔さんはすぐに食べるのを後回しにしてしまうから、最近はお弁当も作るようになった。いつもより早く起きてそんなことをしていると、寝室から翔さんが出てきてまず私の存在を確かめるように後ろから抱き締めてくる。

「……おはよ」
「おはようございます。お弁当作ったのでちゃんと食べてくださいね」
「うん、ありがと」

 翔さんは寝起きでも容姿は完璧だし美しい。少し乱れた髪も、わざと外しているように様になっていて。ロンTとジャージをこんなに完璧に着こなす人はきっと翔さん以外にいないと思う。

「すずちゃん、今日も世界で一番愛してる」

 毎朝言われても慣れない甘い言葉に頬を赤らめると、翔さんは「可愛い」と言って耳から首筋にキスを落としていく。ここでの私の反応によってはこのまま……ということも充分にありえるから反応を間違えてはいけない。

「私もです。翔さん、危ないから離れてください」

 ちゃんと翔さんの言葉に応えつつも、正当な理由をつけて翔さんに離れてもらう。これが私の今までの経験から導き出した最良の反応だ。……そうだった、はずだ。けれど今日の翔さんは違った。

「じゃあ一旦火を消そうか」

 そう言ってお味噌汁を温めていたコンロの火を消してしまう。私のお腹に回した手は服の中に入り込んできて素肌を撫でる。あれ?あれ?と思っている間に、翔さんのほうを向かされ唇を奪われていた。

「……すずちゃん、俺をあしらおうとしたでしょ」
「えっ」
「悪い子」

 口角を上げた翔さんは簡単に私を抱き上げ、リビングのソファーに降ろす。私を見下ろす翔さんは相変わらず美しくて完璧で、でも瞳だけは欲望をしっかり滲ませていて。どこか浮世離れしている翔さんの私だけに向けられる人間らしい感情を、喜ばしく思っている時点で私の負けだ。分かっているから焦らさないで早く、

「すずちゃん、今日一限からじゃないっけ?」
「っ、意地悪、」
「意地悪なんかしないよ。前にも言ったでしょ。こんなに可愛い子に意地悪なんかしないって」
「でも、」
「俺はすずちゃんに選ばせてあげるだけ。一限に出る?それともこのまま……」

 プチンと外されたブラウスのボタンが頼りなく揺れる。やっぱり意地悪だ。下心なんかないような甘い微笑みの下に、一番人間らしい本心を巧みに隠している。今日も私は美しくて完璧で色っぽい恋人に翻弄されるしかないのだ。

「一限に出る」
「……」
「って、言ったらどうしますか……?」
「さぁ?出られない理由を作るくらいしか思いつかない」

 結局私に選択肢なんてなかった。目の前で揺れる柔らかい茶色の髪をくしゃっと握る。それが合図かのように、翔さんは私の唇に甘いキスを落とした。

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