愛しい

 この容姿を、自慢するより嘆くことのほうが多かった。

「お願い、私を抱いて」

 縋り付いて泣き崩れる女性を見下ろしながらため息を吐く。すずちゃんに嫌がらせしたり俺のストーカーをするほうがまだいい。徹底的に冷たく出来るから。

「……ごめん。大切な人がいるんだ」

 彼女は確か、店の常連客だ。毎日のようにお店に来て話しかけてくる。何となく彼女の気持ちは分かっていたけれど、ここまで思い詰めているとは思わなかった。

「私、あなたじゃないとダメなの。一度夢の中で私を抱いてくれたでしょう?それからあなた以外じゃ感じないの」

 夢の中だと分かっているのに、彼女は現実の俺に縋り付く。今まで何度となく言われてきた。

『あなたと関わればおかしくなる』

 と。好き好んでこの容姿になったわけじゃない。鏡を見て顔を変えようかと何度も思った。鏡は嫌いだ。この世で一番醜いものが映るから。

「……何て言われても、俺は彼女以外抱かない。俺はいい男じゃない。だからお願い。俺なんかのために泣かないで」

 苦しい。俺はただ純粋に、好きな人と普通の家庭を作りたい。誰も傷付けず、ただ好きな人のそばで笑っていたいのに。どうして俺はこんなに沢山の人を傷付けてしまうんだろう。


「翔さん?」

 気付けば目の前にすずちゃんが立っていた。俺に縋り付いて泣いていた彼女はもういなくて、代わりに雨が降っていた。

「濡れてる」

 すずちゃんの小さな手が額に張り付いた前髪をそっと退かす。好きなんだ。君のことが。純粋に、普通に、誰よりも、君のことが好きなんだ。

「俺なんかじゃ、君を幸せにできないかもしれないね」

 今まで沢山の人を傷付けてきた。完璧な容姿だと人は言う。でも中身は完璧には程遠い。ボロボロの布で包まれた臆病な子どもみたいだ。
 すずちゃんはふっと微笑んだ。この子はいつも予想外の反応をする。その笑顔に見惚れていたら、髪を撫でていた手が頬に滑った。

「翔さんは、何も心配しなくていいんです。一緒にいたら私が勝手に幸せになるだけ」
「すずちゃん……」
「完璧じゃなくていいから、弱くていいから、私のそばにいてください」

 容姿が完璧だと言われてきた。でも完璧って何だろうと思っていた。だって俺が鏡を見るといつも、歪んだ顔の弱そうな奴が泣きそうにこっちを見ているから。君の目に俺はどう映っているだろう。少しでも幸せそうに笑っていたらいい。

「……愛してる、すずちゃん」

 俺が君の全てを受け入れられると思っているのと同じように、君もそう思ってくれているなら。何も怖くはない。俺の全ては君のもの。心の底から君を守っていきたいと思っている。
 抱き寄せた体の温かさを感じながら目を閉じた。背中に手が回る。こんなに愛しいと思うのは、生涯すずちゃんだけだ。

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