甘い檻
*「甘い毒」すず目線です。初めて会った時、少しだけ翔さんに似ていると思った。ふわふわとした空気とか、甘い声とか。素敵な人だと思った。でも、まさかあんなことになるなんて。
「君のことが好きで好きで仕方ないんだ」
彼は私をデスクに組み敷いてそう言った。私がさっき淹れてあげたコーヒーの入ったマグカップは床に落ちて割れる。訳も分からずされるがままだった私はその音にようやく我に返った。
「は、は、離して、ください……」
「どうして?君も俺を見てたじゃない」
「それは……」
翔さんに、似ていたから。そう、私はこの人を見ていた。きっと翔さんを見るみたいに。
「私、彼氏がいるんです」
「ダメ。俺のこと見て」
……言うことまで、翔さんみたい。でも分かっている。この人は翔さんじゃない。顔は全然似てないし、匂いだって違う。私が好きなのはこの人じゃない。翔さんだ。
「……無理です」
「……」
「私は彼氏のことが……」
「……そう。なら無理やり奪うしかないね」
熱かった瞳が一瞬にして冷たくなって。手首を拘束する彼の手がギリギリと食い込んだ。
抵抗しても男の人の力に敵わないのはよく学んでいる。私に出来るのは、なるべく自分の体を傷付けないように逃げること。だって自分の体に傷が付いたら、翔さんが悲しむから。
私は近くにあったバッグの中の携帯をバレないように取り出した。さっき香穂から電話がかかってきたから、着信履歴の一番上には……
「すず!!」
たまたま近くにいたらしい香穂は私からの着信を取り電話の向こうから聞こえる音を不審に思ったらしい。すぐに駆け付けてくれた。
「……そう」
結局翔さんはとても悲しそうな顔をした。全部私のせいだ。彼のことを見てしまったから。熱く、とろけるような、翔さんを見つめる瞳で。
「ごめんなさい……私の、せいです……」
「すずちゃん」
翔さんは私の腕を掴む。そして極上の笑みで言った。
「俺のしたいこと、全部していい?」
「えっ」
ふわりと抱き締められる。翔さんの大きな手が頭を撫でて、耳元で囁かれたのは。
「そしたらすずちゃんの浮気未遂、許してあげる」
翔さんに似ていたからとは言え、見ていたのも連絡を取っていたのも事実。この人は私のことはすべてお見通しなのだ。逃げられない。この状況に、私は欲情して、また思う。私は絶対に、逃げられないのだ、と。
***
「すずちゃん、またイくよ」
「あっ、ああっ、んっ」
腰をしっかりと掴まれて、強制的に快感を引き出されて。
「はぁっ、イく……っ」
ドクンと中で震えたのは何度目だろう。意識が朦朧とする。苦しい。でも、揺れる翔さんの瞳が切なくて、悲しくて。
翔さんの精子がいっぱいでお腹が苦しい。それでも翔さんはまた腰を振る。涙が一筋溢れた。
「すずちゃん」
「すずちゃん」
何度も何度も、翔さんは私の名前を呼んだ。朦朧とする意識の中、その度に私は翔さんに抱かれていることを強く認識して。
……逃げたいと、思ったことはない。このふわふわとした優しく甘ったるい檻の中はとても居心地がいい。もしかしたら、危ないだとか、逃げた方がいいと、言う人はいるかもしれないけれど。私にとってこの腕はなくてはならないものなのだ。それはきっと、死ぬまでずっと。
「かけ、る、さ……」
翔さんの愛情はとても重い。もしかしたらそのうち押し潰されてしまうかも。でも。
「もっと……もっと、ちょうだい」
それを求めてしまう私も、充分狂ってる。
「……はぁ、ほんと、すずちゃんは可愛いね」
翔さんはこの世のものとは思えないほど美しく微笑んだ。
体が反転し、上半身はシーツに押し付けられてお尻だけ突き出す恥ずかしい格好で一番奥まで突かれる。苦しくて、少しだけ痛い。それ以上に気持ちよくて息ができない。
不意に翔さんが体を倒して私の耳に唇を寄せた。包まれる体温にまた愛しさが募る。
「……すずちゃん、君には幸せになってほしいんだ」
それは優しいようで、甘い毒。離す気なんて更々ないくせに。
シーツを握る手を大きな手が包み込む。律動が激しくなると同時、私は深く意識を飛ばした。