気付く

「うん。だから田所さんに色々頼んで……、あ、田所さんってあのフロントの人ね。奈子ちゃんが起きたらご飯とか、色々無理させたからマッサージとか、後、俺が帰ったら一緒にディナーも」

 帰る時の、フロントの人の困惑した様子の理由がようやく分かった。確かに、三木村さんから言われてるって言ってた。お金も貰ってるって……

「わ、私、聞こえてませんでした、その、ホテルで待っててって。三木村さん、先帰ったと思っちゃって、私も早く帰らないと迷惑になると思って……」
「何で迷惑なの?あー、でも、そっか。よかった、聞いてなかったのか。俺嫌われちゃったのかと思ってめっちゃ落ち込んだ。この店にも全然来てなかったし。もう俺に会いたくなかったのかと……」
「ち、違います!仕事が忙しくて、来る時間がなくて」

 三木村さんは心底安心した顔で、その場にしゃがみ込んだ。私のことでこんなに落ち込んだり、不安になったり、安心したり。全部に驚く。

「仕事から帰ったら、奈子ちゃんと一緒にご飯食べて。それから一緒にお風呂入って、ちゃんと告白して、彼女になった奈子ちゃんと甘々イチャラブえっちして。そんな妄想しながら仕事してさ。あんだけ濃厚なえっちしたから振られることはないだろって思ってた俺が自意識過剰だったのかと思った」

 告白?彼女?信じられない言葉の連続にまたまた驚く。あんぐりと口を開けていると、突っ立ったままの私を見上げ、三木村さんが手を握った。

「俺じゃダメ?俺の彼女になるのやだ?」
「えっ、え?」
「この前は無理って言われたけど、今も無理?俺、奈子ちゃんのこと大好きだから、奈子ちゃんに彼女になってほしい」
「ええええ?!」

 大好き?三木村さんが、私を?この世の全てを手に入れられそうなイケメンが、どこにでもいそうな地味女を?

「いや、あの、私じゃ釣り合わないと思います!」
「何で?奈子ちゃんが可愛すぎるから俺じゃ物足りない?」
「逆逆逆逆ー!」

 全然信じられない。まさか、まさか今をときめく人気俳優が私を好きだなんて。

「俺、奈子ちゃんのこと大事にするよ?ねぇ、だからお願い。俺のこと好きになって」
「そんな、私、三木村さんに大事にされる価値ないです。だって三木村さんは大人気の俳優さんで、そんな人がまさか私を好きだなんて……」
「俺、俳優の前に男だよ。奈子ちゃんのこと大好きな、ただの男」
「……っ」

 ようやく、気付いた。三木村さんの悲しそうな顔を見て、ようやく。
 三木村さんは人気俳優だからと決め付けて、三木村さん自身を見ようとしなかったのは私だった。この人は本当に、セックスした人の名前を忘れるような人?あんなに愛しげに、何度も可愛いと囁きながら名前を呼んでくれたのに。
 あんなに必死で私を求めてくれたのに、私のことを軽いと見下すような人?
 動けない私が眠りやすいように体を拭いたりシーツを取り替えてくれたりした人が、本当に私を置き去りにする?

「ごめんなさい……」

 私はとても失礼なことを思っていた。まだ三木村さんのこと、ちゃんと知らない。テレビの中で誰よりも輝いていて、優しくて、甘くて、ちょっとえっち。そんなことしか。でも私に向けられた優しさは、全部全部本物だった。それは分かるから。


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