殉職したソープ嬢共の代わりにソープ嬢の扮装をしている男2人が狼狽しているのを尻目に、土方さんに引きずられるようにして店の玄関前に連行される。ぶっきらぼうに黒くて長いシルクの帯状の布を渡された。
「これ使え」
「ネクタイ、ですか?」
「ああ。これならコスプレの一部って誤魔化せるだろ」
「ありがとうございます」
なるほど。衣装とほぼ同色のネクタイだから確かに上手く谷間を隠せそうだ。上司の気遣いに少し涙が出そうになりながら、ネクタイを締める。うん、ネクタイの割には案外短いから、衣装に馴染んでる。
「その、悪かったな。谷間に手ェ突っ込んだりして」
「いえ、あたしこそ、蹴落としたのはやりすぎでした。すみません」
「元は俺がしでかした事だ。お前が謝るな。……すまなかった」
「土方さんが謝るなんて明日はデイビー・クロケットの雨ですか」
「なんで俺が謝ったら核砲弾の雨になんだよ。おかしいだろ。……まあいい」
彼は安心したように入り口のドア付近にもたれかかって、煙草に火をつけた。紫煙を深く吸い込んで、ため息のように吐き出す。いつもの光景だ。あたしの格好がおかしいけれど。
「あのおっさんにも困ったもんだ。将軍連れて夜遊びだって昨日の夜にいきなり言い出してな。お前と連絡がつかなかった時はどうしてくれようかって思ってたが、お前がキャバ嬢として中に潜り込んでくれたのはありがてェ」
確かに、元攘夷浪士が既に紛れ込んでいる。しかもソイツは特大のトラブルメーカーときた。どうせ女の子の斡旋を頼まれて引き受けたんだろうけど、とんでもない面子を揃えてくれたなホント。お妙さん一人でも正直手に負えるか怪しいのに、その上一癖も二癖もある人間が……。酒を飲む前から頭が痛い。
「信頼に背かないように最大限努力します」
「必ずできるって言って欲しいんだがな」
「できない約束は可能な限り避ける主義なんです」
土方さんに白い目を向けられてもこればっかりは譲れない。努力はするさ。その努力が、真っ二つに割れて今まさに水が轟々と流れている堰の切れ目に土のうを一つ積み上げる程度のものであっても。
改めて考える。あの面子を自分が操縦できるだろうか。いや無理だな。そんなもん考えるまでもない。超帰りたい。今からでも表の警備に回れないかな。せめて予防線くらいは張りたい。
「まあいい。俺達は表を護る。お前は中を頼んだぞ」
「その、酒の席ですから、トラブルがないとは言えないのですが、店の者が粗相をしでかした場合、あたしの責任になるのでしょうか」
「そんなにヤバい面子なのか」
店の中にいる奴らを思い出す。知らない人間もいるけれど、ヤバいで済む面子じゃない。それだけは確かだ。
お妙さんだけが本職のキャバ嬢。それ以外は正直アレだ。しかしその本職とて、一応客である近藤さんに対しても容赦のない鉄拳を浴びせているあたり、正直不安要素でしかない。しかも彼女らはあたしの操縦できる範囲の人間じゃない。あんなの歴戦の猛獣使いでも無理だ。顔色で状況を悟ったのか、あたしの肩を叩いた。
「……頑張れ」
「お願い見捨てないでください!あたしあんな連中制御できません!」
「やれる。お前ならきっとやれる。俺は信じてる」
「逃げるなァ!!」
しがみついたが逃げられた。こうなったら最終手段だ。三十六計逃げるに如かず。思い立ったが吉日とばかりに扉を押し開こうとガタガタするも、つっかい棒で押さえつけられているせいで、押しても引いても逃げられない。さすが我が上司。部下のやりそうな事を先回りして防いでいる。でも今ばっかりはその先見性が恨めしい。
しかも隙間から棒を叩き斬ろうとしたら土方さんの予備の刀で押しのけられた。無線で「裏口から桜ノ宮が出てきたら取り押さえて店内に戻せ」って通達してる。もしかして蹴落とした事まだ怒ってます?
絶望して殉職者複数名発生の魔の階段を下りる。滑り落ちる事はなかった。不幸な事だ。
可能な限り連中が座っているテーブルには近寄りたくないので、時間稼ぎでしかないとわかっていても、店長と殉職した嬢達の診察を行う。全員息はしている。あの落ち方で心配なのが頚椎だが、それも大丈夫そうだ。よかった。
「すみれちゃんこっちこっち〜」
「はーい」
死にそうな気分で万事屋の旦那達とすれ違う。彼らも状況を理解しつつあるらしい。他の面々は……これは全く理解していなさそうだな。指摘するが吉か、せざるが吉か。少し考えて、しない方がいいかな、と判断した。この人達は頑張ったら空回りするタイプだ。相手が将軍だと知ったら必要以上に頑張って、雪道でノーマルタイヤかつ1速発進の乗用車のように空回りするに違いない。
というか、松平公気付いて。トークで気付いて。コイツらほぼ全員ド素人だから。なんなら状況を理解して戻ってきた約二名は性別的に嬢でさえないから。ヤバいって気付いて今からでも別の店行ってお願い。願い虚しく会話は続いていく。ちらりとソープ嬢の方を見ると、奴らもそれなりに焦っているようだ。
「じゃあ将軍様ゲームぅぅはっじめるよ〜!!」
ドンドンパフパフーなる効果音が聞こえてきそうな口調でゲームの始まりが告げられた。その声の主はもちろん松平公。つーかこの人いっつもキャバでこんな事してるのか。そもそも将軍がすでにいるのに将軍様ゲームってなんか妙だな。松平公は進行役ってなら大丈夫か。
そんな超絶楽観的な予想は一瞬にして裏切られた。松平公がくじを差し出すなり彼に向かって飛びかかる女豹共。松平公が宙を舞っている。よし、これで警官の証言者は自分しか居なくなったな。いざとなったら適当な奴に責任を押し付けよう。医療過誤やらかしたとか討ち入りでしくじったならまだしも、こんなしょーもない事で詰め腹切らされるのは真っ平ごめんだ。
ぐじの取り合いになって殴り合う猛獣、そして仕切り直したくじ引きでも起こる争奪戦をぼんやり見ながら、最後のくじを引いた。将軍ではなかった。将軍を引いたのは、将軍様、ではなく万事屋の旦那。まああの女子共よりはいいかな。
「えーと、じゃあ……4番引いた人、下着姿になってもらえますぅ」
なんか女子っぽく喋ろうとしているのが割とキモい。つかなんでみんなスルーしてるの。新八くんの方はまだしも、旦那の方は明らかに骨格おかしいでしょ。でも格好の是非はさておき、この命令は正しい。見て楽しめるから将軍じゃなくてもお得ではある。
……マジモンの将軍が4番を引いてさえいなければの話だけども。
――酒の席ですから、トラブルがないとは……。
言霊なのか、自分の言った事が現実になっている。しかも野郎2人は島流し待ったなしの言動を繰り広げている始末。よし、万が一責任を問われたら全部この男のせいにしよう。
正直この場から全力で離脱したい。そりゃ将軍引いてご機嫌なお妙さんは目の保養だ。彼女の下した命令「3番の人がこの場で一番寒そうな人に着物を貸してあげる」っていう命令も的確だ。流石は本職。不安要素とか言ってすみませんでした。
……ただし、これも、将軍が3番でさえなければ、という条件付きだ。しかし前のも今回のも、将軍を引いた人間は責められない。将軍の間の悪さが原因だ。
紫髪のお姉さんに万事屋の旦那言うところのもっさりブリーフが被せられる。確かに、彼女の格好は寒そうだ。あたしは土方さんの上着着せられてるしね。
隣の席で繰り広げられるフリーダム言動には歯止めがかからない。なにが「あっちの方は足軽」だ上手くねーんだよ。打ち首獄門ものだよそれ。しかもお姉さんはブリーフをくさいと言う始末。将軍がとても気の毒になってきた。なんとかとりなしても横から追い打ちがかかる悪循環。将軍だぞ。侮辱罪になっても知らんぞ。
「ちょっとォ、先生何とかしてくださいよ!」
「4人分のストリキニーネと2人分の首を用意すればいいんですね」
「何するつもりだァ!」
「女衆の毒殺分と、下手人の死体、そして全ての責を負って腹を切る人間1人で手打ちとする案です。ちなみに、下手人は新八くん、腹を切るのは万事屋の旦那です」
「自分だけ生き残ろうとしてる?!」
いやもう自己保身に走りますとも。何をしても状況は悪化する一方。自分の想定よりもずっとひどい状態で涙もちょちょぎれるというものだ。もういっそ将軍以外の全員を……?そんな世にも恐ろしい考えに至りそうになっている時に、女子の黄色い声が上がった。
「!!アイツらまた」
「もうどうにでもな〜れ」
「先生!希望を捨てないでください!」
「そうよ!私の時代が来たからには、全てを救ってみせるわ。という事で銀さんとセッ」
「番号で言えや!」
ふざけた事を抜かそうとした彼女の脳天に、お妙さんの踵落としが直撃した。全てを救う事と、彼女と万事屋の旦那が性行為に及ぶ事に、何の因果関係があるというのだろうか。つーか、ここで公開プレイするつもりだったの?格好の時点でだいぶアレだったけど、この人、変態?
「私の願いは一つ。トランクスを――。5番の人はトランクスを買ってきてください」
それは将軍にとって救いに等しい命令であっただろう。……将軍が5番でさえなければ。
もうなにも言う気になれない。首をそらして天井を仰いで脱力する。きらびやかな照明が今は鬱陶しい。
わかっている事は、将軍がトランクスを買いに外に出たため、事態はこの店に留まらなくなってしまったという事だけだった。
気力はもう尽きかかっている。けれど、自分の使命は、将軍の護衛だ。ならば、最後まで遂行しなければならない。何もしてなかったに等しいけれど、外に出た将軍が暴漢に襲われる事だけは防がなければならないだろう。
将軍の後を追って走り出した。彼は意外にも足が速い。なんとか店の出口で追いついて、キャバ嬢達と合流した。
「何をしておいでになられるのですかそんな格好で!!」
後ろから戦車で追っかけてくる隊士の指摘はごもっともだ。ホント、なんでこんな事になってるんだろう。
「おい桜ノ宮!!お前何やってたァ!!」
「酒の席ですから、トラブルもありますよ!!そう申し上げたはずです!!!」
「トラブルのレベルですむかァッ!!こんな醜態を一般市民に見られたら幕府の威厳が失墜するぞ!!」
「そんなもんとっくの昔に堕ちきって今じゃ地殻突き破ってますよ!!」
戦車の上で仁王立ちする土方さんと口論を繰り広げる。あたし悪くないし。あの場でどうしろってんですか。言葉はともかく、あのゲーム自体に悪意はなかった。全員フォローしようとはしていた。しかし、フォローすればそれ以上の災難が将軍に降っかかった。もうあたしにできる事なんてなかった。
「つーかなんでああなった!?」
「それは上様のくじ運の悪さに言ってください!」
「あんなくじなんていくらでも作為的に引かせられるだろ!」
「あの面子、あの面子をご覧になった上でそれを仰るのですか!?」
そうこうしている間に、前の方で動きがあったようだ。今度のくじ引きでは、全てのくじを将軍にして、やっとこ将軍が将軍を引けたらしい。
そして下された命令は――。
「おい桜ノ宮、何のつもりだ!?」
「副長。悪く思わないでください。なにせ――」
抜刀して反転し、追われていた戦車に向かって突撃する。後ろからはキャバ嬢が各々の戦闘態勢を取っている。土方さんが目を見開いているのが、暗闇でも分かった。
「将軍様のご命令ですので」
夜のかぶき町に、男達の悲鳴と轟音がこだました。
*
結局、上様が川に投げ捨てられて、将軍様ゲームはお開きと相成った。最後のは柳生さんのせいだ。いや、彼女の男性嫌いを甘く見ていたあたしのせいでもあるか。いやそれにしたって触れただけで投げ飛ばしたくなるレベルはちょっとやばいだろう。
まあなにはともあれ、上様も酒の席での出来事として全てを流してくれたから良かった。誰にも腹を斬らせずに済む。自分は何があっても腹を斬らないように立ち回るつもりでいたけれど。最低だと自分でも思う。でもこんな状況で切腹だけは納得いかなかった。誰かが腹切らなきゃ回らない物も世の中にはあるのです。
沖田さんから缶コーヒーを受け取って、プルタブを持ち上げる。マズいけれど、疲れを誤魔化すならこのくらいがいい。
「あー疲れた」
「お疲れさまでした。アンタ目ェ開けて寝てたのかってくらい役に立ちませんでしたねィ。上様をあんな目に遭わせて」
「いや、あの連中をどうにか出来ると思いますか」
「まあ、アンタには無理でしょうね」
「でしょう?」
バカとバカが奇跡のコラボレーションしたおかげで大変な事になった。もう二度とやらない。お金積まれたってあんなのやるものか。
「あの場であたしにできた事なんて、誰に詰め腹を切らせるか調整するくらいですよホント。力技が通用しない人間の相手は金輪際したくない」
「上様の器の広さに助かったってわけかィ」
「そ。いや、くじ運以外は素敵な、いいお方でした」
「ま、傀儡だけどな」
空を仰ぐと、濃紺の空を飛ぶ船。飛行灯が明滅する。
多様な価値観があふれるこの時代。もはや人々が仰ぐのは江戸城ではない。誰も崇敬の念を抱かない空の城で、彼は一体何を思うのだろうか。……わからないな。
でも、次に彼がまた遊びに出る事があれば、お付き合いするか。
……今度は将軍様ゲーム抜きで。
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