夢か現か幻か | ナノ
Poop and bluff
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数々の浪士との戦いによって天性の才能が更に磨かれ向かうところ敵なしの沖田さんに相対するのは、一線から身を引いたようだが未だに実力は健在な万事屋の旦那。勝負の行方がどうなるのか、気にならないはずがない。ならないはずがない、のだけど。そんな個人の欲求が通らない場面というものは多々存在する。

間に呼び出しを挟みながら溜まっていた仕事を片付けていたところで、朝早くから急患が入った。路上で昏倒していた浪士だという。面倒事になりそうな予感だ。手早く済めば決闘の野次馬に行けるんだけども。昨日のうちに旦那の血が清められた土方さんの部屋の障子を開ける。てっきりまだ着流しなんだろうと思っていたら、意外にも彼はきっちりと隊服を着付けていた。

「土方さん」
「おうすみれ、丁度いいところに来たな。千兵衛が路上で昏倒していたとたった今通報があった」
「あれ、奇遇ですね。こっちも急患だからと呼び出されていて、それが路上で昏倒していた浪士だっていうんですよ」
「なるほどな。お前用心棒代わりにされてないか」
「そう思います」
「まあいい。俺は聞き込みの連中を指揮するから、お前は最善を尽くせ」
「分かりました」

そんなやり取りをしてからしばらく。すっかり暮れに近づいて、空は茜色に染まっている。白衣を脱ぎ、真選組の制服に袖を通し、衛生隊長として千兵衛がいる病室に足を踏み入れる。

恐ろしい人斬りの病室とあって用心しながら踏み入ったのだが、ひと目見ておかしいと分かった。千兵衛は新たな登場人物・あたしに目もくれず、虚空を見つめて何事かをつぶやき続けている。土方さんが声をかけても同じだ。心神耗弱と判定が下りそうだ。これが演技なら名優賞を狙えるだろう。

「意識は取り戻しましたがずっとこの調子で。傷のせいでしょうか」
「傷は脳まで達しちゃいねェ。寸分違えば今頃コイツも棺桶の中だ。昨夜千兵衛とモメてる真選組隊士を見かけた奴がいる。……一突きだったそうだ。人斬り千兵衛を一撃、それも皮一枚で命を拾い上げ制するようなマネできる奴ぁアイツの他にはいるめェ」
「……沖田さん」
「そうか、あのドSによっぽど恐ろしい目にあわされて……」

本人がいないのをいい事に、隊士達は言いたい放題である。皆して沖田さんのことを一体何だと思っているのだろうか。いやドSなんだけども。

土方さんの見立てでは、千兵衛が壊れたのは昨日や今日の話ではないのだという。だがしかし、自分も経験者だからわかるけれど、この状態では人斬りなんてできるわけがない。……土方さんの言いたいことが分かった。この人は刀に取り憑かれた自分の経験から、千兵衛も似たような状態にあったのではないかと疑っている。

妖刀に似たものといえば……エクスカリバー星人の中に同族食いの魔剣がいるという話があったな。

「獲物はどこにある。コイツの持ってた刀だよ」
「い、いえ、捕縛したときから鞘だけ残して見つかっていませんが」

あれだけ呼びかけても一切反応がなかった千兵衛が、隊士の言葉を聞いて悲鳴を上げた。もう食われるのは嫌だと懇願している。そういえば、エクスカリバー星人の中でもひときわ恐れられているのが、魔剣なのだという。銘をマガナギ。マガナギは同族だけでなく持ち主の魂すらも糧にすると聞いた。

「――魔剣マガナギ」

耳ざとくあたしの呼んだ名を聞きつけた千兵衛は病室の外にまで突き抜けるような奇声を上げた。

「やめろ!!!!呼ぶな!!!!」

隊士の一人が半狂乱の千兵衛を抑えにかかるが、男一人が本気で暴れているのを抑えきるのは無理。鎮静剤が必要だ。あたしは躊躇わずナースコールを押した。

「つ……次に食われるのは、アイツの番だ!!」

アイツ。脳裏に浮かぶのは拵から刀身に至るまで真っ黒な刀を肩に担いで夜道を歩く沖田さん。虚像の中で振り返った沖田さんは歪んだ笑みを浮かべていた。

持ち主の魂すらも糧にする同族食いの魔剣。それをとんでもない人間が手にしている。行く末は大魔王かな。

「ひっ……人斬りは……あの男だ!!」

その言葉を聞くと同時に、土方さんは病室を飛び出した。あたしも彼の後に続く。

「クソ、嫌な予感が当たっちまった!!」
「ごめんなさい土方さん、あたしその刀の事を知ってました。でもあたし……」
「悔やむのは後だ!とにかくアイツを止めるぞ!単車の鍵貸せ!」
「はい!」

土方さんが危惧するところはよく分かる。魔剣を拾ったのは沖田さんだ。彼が魔剣に乗っ取られれば、止められる人間は誰もいない。魔剣は飢えを満たすまでその凶剣を振るい続けるだろう。

土方さんが運転するSRの後ろに乗って決闘現場に急ぐ。あっちには野次馬の隊士がいるはずだから、頭数だけはなんとかなりそうだ。頭数を揃えたところで、あの人と自分達の強さを補うに至るかは分からない。土方さんとあたしがタッグ組んでも沖田さんに勝てる気はしないしなあ。……でも、これは可能性を見落としたあたしのミスだ。ならあたしが最後まで責任を取らないと。

最速で河川敷の会場に降り立ち、人垣を分けて沖田さんの背中が見える位置に出る。

「沖田さん!!聞こえますか!?」
「一足遅かったか」

沖田さんが沖田さんじゃなくなった。脳裏をよぎる沖田さんのお姉さんの顔。足元の地面がなくなったような錯覚に陥る。膝から力が抜けて地面に屈しそうになるのを、膝を叩いて無理くり立った。

「確保ォォォ!!」

土方さんが指示するままに、沖田さんの背後を取り、首筋に刀を突きつける。ただでさえ強い人間が、百戦錬磨の妖刀に乗っ取られた事でどうなるのか。マガナギの答えを聞いているだけで、こちらの優位性が揺らいでいるような気さえする。

「斬れるのかい、アンタ達に仲間が。俺は斬れるよ、何だってな」

振り返りざまの殺気。生存本能が剣先を引っ込めさせた。直後に風が吹いたかと思うと、周りの隊士から刀が消えていた。先日、どこぞの攘夷浪士の死体の得物が食いちぎられるようにして壊れていた事を思い出す。あれはいわばエビフライのしっぽ。つまり食べ残しだったのか。

これが、同族食いの魔剣。

曲がりなりにも剣士の端くれだ。勝ち筋が見えないと一撃を見て理解できた。でも戦う理由だけは憤怒のように体中を駆け巡っていた。例えば、魔剣の切っ先が土方さんの眉間に突きつけられている事だったり、自責感であったり。第一、この男は、沖田総悟は。

「鈍を取りこぼしたか」
「皆さん下がっていてください。――邪魔です」
「すみれ!?」

河川敷に砂が舞う。あたしが剣先で河川敷の細かな砂を巻き上げたからだ。

「目潰しか」

砂塵は一閃で切り裂かれた。だが、混ぜ込んだ爆竹は見えないだろう。銃声を思わせる派手な破裂音が河原にこだました。加えて砂煙の中に混ぜ込んだ石を跳ね返した事で、相手はこっちが発泡したと勘違いすることだろう。

他の皆の刀が食われたあの一撃で分かった。確かに勝ち目はない。でも魔剣は沖田さんのスペックを活かしきれてない。なら、沖田さんに勝てない自分でもどうにかねじ込めるかもしれない。

距離はおよそ3メートル。あたしの足で5歩。これが魔剣に攻撃を当てられるラインだ。ありもしない銃弾を警戒して一瞬構えた隙をついて一歩前進する。あと4歩。

「拳銃なんて持ってないからそう身構えなくてもいい。ただの爆竹だ」
「――小癪な!!」

振り下ろされる切っ先を躱し、一歩踏み込む。下からすくい上げるような一閃。服を犠牲に更に一歩。残り2歩。

あたしの首を狙う横薙ぎの太刀筋を刀の柄で跳ね上げて逸らし、もう一歩踏み込む。あと一度前進すれば届かなくもない。

無造作に柄がぼろぼろになった刀を投げた。「無駄だ」と笑う魔剣は一振りで愛刀を食らう。

「自ら刀を投げ捨てるとはな!!」

高らかに笑った魔剣はあたしの手の中を見、その顔は一転して強張った。拳銃を持っていないと言ったのは嘘だ。立て直す暇を与えずに至近距離で撃つ。すべての弾が必殺。もちろんそれは相手が並の使い手であればの話。まがりなりにも沖田さんの体を使ってる魔剣相手では通用しない。あたしの事を度外視して弾丸をはたき落とす剣。命中弾はゼロ。

しかしそれこそが狙いだった。最後の弾丸を撃ち落とせば、魔剣は振り抜かれた状態になり、この瞬間の彼は身体のどこにも自由な場所がない。つまり、一瞬動けなくなる。彼が切り返すほんの少しの間。魔剣の間近に迫っているあたしには、それだけで十分だった。

右手を握り込み、見知った顔めがけて抉りこむように打った。皮膚が、脂肪と筋肉が、骨が激しい音を立ててぶつかり、魔剣の体が宙に浮いた。少々打ち込みが甘かったけれど結果オーライ!!

地面にぶつかった見知った背中。思ったより華奢な体にマウントをとり、胸ぐらを掴む。

「貴方が黙って魂食われるタマか。黙って他人に勝負預けるようなタマか。こんな風にあたしなんかに殴られるタマなもんか。土方さんだって妖刀の支配に打ち克ったんだ。貴方に出来ないはずがない。――戻ってこい沖田総悟!!」
「………………クク」

殺気。自分の胴体と首が泣き別れになるビジョンがはっきりと見えた。魔剣の上から飛び退くだけでなく、大きく体を後ろに逸す。鼻先の皮のほんの少し上を通り抜ける鉄の風。胴狙いだったら避けきれずに死んでいた。

「その銃で撃っていればよかっただろうに、殴るだけとはな」
「加減したつもりはない」
「しかも拳の入りが浅い。その甘さが命取りだ」

ゆらりと魔剣が立ち上がる。あたしはそれを黙って見ている他なかった。

「いい加減鈍は食い飽きた。おまえたちは黙っていればいい」

刀は食われた。拳銃弾ももうない。踏み込みから遠ざかるようにバックステップを踏んでも胴を斬られるだろう。似蔵の時とは比べ物にならない深さだ。これ死ぬかもなあ。でもまだ諦めたくない。諦めたくないけれど、望む結果には届かない。

「総悟ォォォ!!」

近藤さんの声は魔剣の剣を止めるに至らない。だが、あたしと魔剣の間を通った物体が魔剣の注意を逸した。べちゃりと嫌な音がした方向を見ると、とぐろを巻いた排泄物を顔面にぶつけられたお気の毒な人……土方さんがいた。

「オイ、相手間違ってねーか。オメーさんの相手は俺だろうよ」

排泄物が飛んできた方向に目を向けると、エクスカリバー星人の脇差を構える万事屋の旦那がいた。

排泄物を投げた張本人はかっこよさげに構えているが、その脇差には土方さんの顔面にぶち当てられたのと大差ないものが刺さっている。可哀想に。ただの刀ならまだしも、アレもエクスカリバー星人だったはずだ。本気で死にたくなるだろうにそれをこらえてよくもまあ。

「相手間違ってんのはテメーだろォォォォ」

魔剣のターゲットから完全に外れた事によって安堵し、それから耐えられない眠気に襲われた。身体から力が抜ける。でもまだ立っていないと。

「アイツ絶対殺す!!」

顔面にアレをぶつけられた土方さんの魂の叫びが少し遠い。

「てめーらも真剣勝負に手出しは無用だぜ。寝不足の小娘はさっさと布団で寝てな」

ああ、そういえば、ここ数日寝てないわ。そう思い出したのは目を閉じて意識が落ちるその間際だった。
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