夢か現か幻か | ナノ
Throw down the gauntlet
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真選組屯所の一角には窓がない部屋がある。隊士が行き交う廊下からスチールの引き戸一枚隔てたその部屋は、じめじめと湿り気を帯びた陰気な雰囲気が漂っていた。

陰中陰な雰囲気はどこから来ているのだろうか。窓がないという空気の流れのためか、それとも中で遂行される業務か、あるいはただの錯覚か。ここでの仕事をする度に考えるけれど答えは出そうにない。

ここは解剖室。近藤さんと土方さん、そしてあたしはそこで死体を囲んで話をしていた。

衛生隊長の仕事には解剖も含まれている。主に浪士絡みの不審死が担当だ。目の前の台の上でまな板の鯉のように横たわる全裸の死体もあたしの担当だ。生きた人間も斬るし切る仕事だけど、死体を切るのは好きじゃない。死んだ人間には悪いけれど、なにせ死んでるから臭い。どのくらいかというと、しばらく服や体から臭いが取れなくなるくらい。ガウンを着てようが手袋をしてようが問答無用で臭いはこびりつく。マジヤバイから。

焦げた肉の匂いや消毒薬の臭いは手術室も似たようなものかもしれないけれど、古くなった脂やホルマリンの臭いなんてそうそう嗅げるものじゃない。土左衛門や腐乱死体なんてもう泣けてくる。もう慣れたし、仕事だからちゃんとやるけど。

「こいつぁヒデーな」

死体を覆っていたゴザをめくりあげて死体を一瞥した近藤さんはそう漏らした。ひどい状態の死体というものは色々見てきたけれど、この死体はその中に並べても何ら遜色のないものだった。

「ガイシャの身元ですが……歯の治療痕はありません。指紋をデータベースと照合しましたが該当するものは見つかりませんでした」
「つー事で細かい素性は確かめようがねェ。手がかりもない上に死体が壊れ過ぎてる」
「……やはり、また奴か」
「間違いねェ。人間業とは思えねェ巨大な斬り傷、そして鍔元からちぎり取られるようになくなった被害者ガイシャの物と思われる刀。――人斬り千兵衛。奴の仕業だ」

人斬り千兵衛。かつては幕府の役人を対象にした辻斬りで悪名高かった凶剣だ。しかし何があったか、近頃は仲間であるはずの攘夷浪士を斬っている。一体何のつもりかは千兵衛のみぞ知るといったところだ。

「ダニ同士で潰し合ってくれるのは結構だが、気になんのはコイツさ」

土方さんの右手が被害者の刀を取り上げる。本来であれば二尺三寸前後あったはずの打刀は、はばきから10センチほど残して食いちぎられたようになくなっていた。少なくとも真剣での斬り合いの中でこうはならないと、この場にいる全員が分かっていた。わざわざそうする意味も分からない。

土方さんは妙な噂を聞いたという。千兵衛は組織を離反する前に刀身から誂えまで真っ黒な、出所不明の刀を手に入れていたらしい。その刀を手に入れてから千兵衛はおかしくなり、刀に執着し話しかける様子まで見せていたのだという。

千兵衛が実のところどうなのかはあたしも分からないけれど、刀を手に入れてからおかしくなった人間はすぐ近くにいる。千兵衛も土方さんのように妖刀を拾ったのだろうか。それにしても、何故人は曰く付きだとか真っ黒いとか明らかにおかしいものを拾って使おうとするのだろうか。あたしは絶対にそんな物は使いたくない。

近藤さんは土方さんが示唆した可能性には懐疑的だけど、あたしは有り得そうだなあと思ったりする。

「土方さんが掴んだ妖刀の類じゃなくても、エクスカリバー星人みたいな天人の線もあると思います」
「エクスカリバー星人?」
「流動金属体を自在に操る吸血性の天人です。刀剣に化けて様々な惑星で戦争に参加していたそうです」
「へェ詳しいなぁ」
「調べましたから」

土方さんの件でありとあらゆる刀について調べていた時に行き当たった情報の一つがエクスカリバー星人の存在だ。確か、同族食いのエクスカリバー星人もいたような。名前はマガナギとか言ったっけ。

「そういや最近総悟のやつも刀手に入れてたな。相当気に入ってるみてーでアイツも刀に話しかけてたぜ。もしかしたらアイツも、急に辻斬りとか始めちゃったりして」

「な〜〜んてな」と近藤さんは豪快に笑うけれど、昔妖刀に散々な目に合わされた土方さんからすれば全く笑えないだろう。魔剣の存在を知るだけのあたしでも引きつった笑いしか出てこない。

噂をすればなんとやらで、開いた扉から姿を見せた件の沖田さんはなんか見覚えのある男にお縄を頂戴しつつ、とんでもない許可を土方さんに求めてた。

ナニアレ?

「……え?何?今の何?」
「誰か連行してましたね」
「バラすって何!?今一瞬見えたの何!?」
「わいせつ物に見えました」

あたしの答えを聞く前に近藤さんと土方さんは走り出した。あたしも諸々の装備を剥いで後を追いかけた。

土方さんや近藤さんの叫びをかき消すように男の野太い叫びが屯所にこだましている。たどり着いた土方さんの部屋を見て絶句して現実逃避した。

赤い。赤い見慣れた液体が、土方さんの部屋に飛び散っている。それはどうやら万事屋の旦那の肛門から刀を引きずり出したためらしい。

一般的に肛門に入るのは――いやそもそも入れる場所じゃないんだけど――直径4センチのものが限界とされている。身近な例でいえば大体コロナミンCの瓶くらい。デカビタは無理。打刀の剣先付近の長さ・先幅は約2.2センチで剣先付近の峰の厚み・先重は約0.5センチだから、まあ入らなくはない。

でも、いくらエクスカリバー星人といえど刃物をデリケートな肛門に入れようと思う人間はそうそういない。いないけど救急にやってくる患者さんには稀にいる。良い子の皆はお尻に刃物とかビンとか入れて遊ぶのはやめようね。最悪の場合は旧ユーゴよろしく内戦にまで発展するぞ!

「俺達は何を見せられたんだ」
「万事屋の旦那に刺さってた真剣を無理矢理引き抜いている様子ですね。出血多そうなんで歩狩ポカリでも飲ませないと」
「冷静だなオイ!」
「自分の本分に集中する事で、目の前の惨状から目を逸らしているんですよ分かってください……」
「つーか俺の部屋どーしてくれんだアイツ」
「また障子と畳の張替えですね。お疲れ様です」
「そもそも何でこうなった!?」

三人でヤンヤヤンヤやりつつ土方さんの部屋の障子に耳を当てて状況を探る。なんか修羅場ってる気がする。喧嘩の仲裁でよく見かける現場になってるこれ。元カレと今彼の争いめいてる。

気がつけば周りの隊士達も部屋の前で聞き耳を立てていた。いやだって気になるでしょ。仲間が色恋沙汰らしき騒動を起こしているとなったら。沖田さん隊の中では若い方だからなんだかんだ気にかけてる人多いし。勿論あたしも野次馬半分心配半分だ。

障子の向こう側では舌戦で完勝した今彼の沖田さんが元カレの旦那を追い払おうとしていた。そこで何の脈絡もなく障子を突き破って肌を刺す、痛みに似た感覚。殺気だ。逃げろという本能に逆らわず跳躍して障子から離れる。空中に浮いた足裏と縁側の板張りの床が空気によって分かたれ、別の床板と仲睦まじくするその直前、風が吹き抜けた。

障子を突き破って飛び出してきたのは万事屋の旦那と沖田さんだ。万事屋の旦那が木刀でもって沖田さんに襲いかかり、沖田さんは納刀されたままの刀で防いでいる格好だ。万事屋の旦那の後を追いかけて、新八くんが土方さんの部屋から出てきた。

「アンタら大勢で何やってんのォォ!!盗み聞き!?」
「だってあんなわいせつ物連行してたら心配になるじゃないですか」
「心配だったらアレ止めてくださいよ!」
「確かに、腐っても民間人相手に警官が抜刀はマズいですね。――沖田さーん、債権回収できなくなるから旦那殺しちゃ駄目ですよー」
「テメーごと債権消したろかクソアマ!!」
「すみません、駄目でした」
「アレのどこで止められると思ったんですか!?」
「コイツそもそも止める気ないぞ」
「超タチ悪いなこの人!」

いやー、あの二人を言葉で止められるわけナイナイ。かといって実力行使なんて無理無理のカタツムリ。抜刀した沖田さんだけでも手に余るのに旦那もとか命がいくつあっても足りない。

「何のマネですか旦那」
「冗談じゃねーぞ。ケツにフタしたまま帰れっかよ。ただでさえ便秘気味だってのによ」
「じゃあ俺が腹でもかっさばいて腸ごと引きずり出してあげましょーか。安心してくだせェ。ウチには腕の良い医者がいるんで、腸くらいきっと元に戻してくれますよ」
「やめろ総悟!」
「銀さんも!!」
「二人共早まらないでください!消化器官の損傷って術後も大変なんですから!」
「てめーら、特にそこの大ボケ娘は黙ってろ!!人間の出る幕じゃねーんだよクソガキャ!!」

黙ってろと名指し同然に言われてしまったので二人のやり取りを黙って聞いている事にする。

聞いている間にあれよあれよと決闘の流れになっていた。本来であれば沖田さんを止めるべき上長はどいつもこいつも旦那との決闘経験者という事で、局中法度の存在を棚上げして決闘に乗り気。勿論あたしも私闘をやらかして、しかもそれを旦那に知られているので表立って反対はできない。

決闘の日時が決まる中、沖田さんは強者との命の取り合いに口角を釣り上げていた。

*

見廻りに出る沖田さんの背中に呼びかける。

「沖田さん、決闘なんて受けちゃって大丈夫なんですか?」
「なにがでィ」
「相手は万事屋の旦那。攘夷戦争で白夜叉として名を馳せた猛者ですよ。オマケに超がつくドS。一歩間違えなくてもニートのゴミクズ野郎ですよ」
「すみれさん、旦那に何の恨みがあるんでィ」
「貸したお金が帰ってこない」
「信用ゼロの相手に金貸すアンタの責任だろィ」

間違いない。反論の余地がまるでない。そもそも返してもらえる事を期待して貸してるわけじゃないからいいんだけども。いやー、それでも毎度毎度財布代わりにされると遊び半分で作った爆竹食らわせたくなるね。肩をすくめると、呆れたようなため息が降ってきた。

「……こんな時でもねーとマジの旦那とやりあえねーだろ」
「そうですけどね」
「折角の機会だ。逃す手はねーぜ」

こうなったら何を言っても無意味だな。沖田さんのやりたいようにやらせるしかないか。

「それにしても、旦那の刀も沖田さんの鞘もエクスカリバー星人だったんですね。ちょっと安心しました」
「何だと思ってたんでィ」
「イマジナリーコンパニオン」
「いっぺん死ぬか」

左右のこめかみがゴツゴツした拳に挟まれる。尖った部分が食い込むので大層痛い。痛みの中でふと思う。そういえば、前に覗き見た沖田さんの記憶の中で、悪さがバレた沖田さんが近藤さんや土方さんにこんな感じで折檻されていたな。こうして人はお仕置きされる側からお仕置きする側に回るのだなとしみじみ思った。

「じゃあ見廻り気をつけて」
「そっちも夜道に気をつけな」

沖田さんの背中はいつもと同じ、飄々とした態度がそのまま表れたものだった。この分ならきっと大丈夫だろう。勝手に安心したあたしは医務室に戻り、仕事を片しにかかった。

しかし、夜も更けてやがて朝になって、未決済の書類の山が完了の書類の山に変貌したその後も、沖田さんは屯所に帰ってこなかった。
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