A

Aの摂動

5.2 ホグワーツ特急と組み分けの儀式

「アウロラ、気分が悪いのかい?」

 スコーピウスに顔を覗きこまれて、自分が立ち止まっていることに気が付いた。「大丈夫」と答えて、さっきまでアルバスとスコーピウスが何の話をしていたのか――確か入る寮がなんとか――思い出そうとする。
 どこかで「あれ、アルバス・ポッターじゃない?」という声が聞こえる。それを聞いたアルバスはつまらなそうに顔を伏せて先を歩いていく。スコーピウスがその後ろを追いかけ、アウロラはスコーピウスの後ろをついていく形になる。

 真っ暗なホームをぞろぞろ歩いて船着き場に誘導された一年生たちは、各々ボートに乗り込み黒々とした湖に漕ぎ出した。

「心配ないよ。きっと楽しく過ごせるさ」

 スコーピウスはアルバスの隣に座り、向かい側でひざを突き合わせるアウロラに笑いかけた。

「少なくとも君にはそうだ。きっとね」
「……ありがとう。でも本当に大丈夫、わたしが心配なのは電波が通じないことだけだから」
「え?もしかしてマグルの機械を持ってきたの?」

 アルバスが片眉をあげて食いついた。アウロラは肩をすくめてポケットから最新型のスマートフォンを取り出し二人に見せた。この船の先導をしているのは《監督生》で、監督生には生徒に罰則を与える権限を持っているとスコーピウスに教えてもらったので見つからない程度にチラッとだけだ。

「海外でも使えるように設定してある……はずなのに、さっきからずーっと圏外。丁度ホームが分数になったあたりからずっとなの」
「せっかく魔法を学べるのに、そんなの持ってきてどうするの?」

 アルバスは不思議そうに聞いた。アウロラも少しそんな気持ちになりかけていたが、頷くのは癪な感じがして「ホグワーツの中を生中継して……動画を撮って、配信してお金を稼ぐ」と言い返した
――勿論、魔法の存在をそんな簡単でつまらない方法で世界にバラすなんてことは絶対にやりたくない。話を誤魔化そうとしたら話題がこういう流れになってしまっただけだ。
 アウロラはスマホをポケットにしまった。仮にマグル界にリークするとしてももっとユニークで面白いやり方がいいし、そもそも今のところ、魔法の存在を世界に証明しようだなんていう気持ちにはさらさらなっていない。何故自分がそう思うのか、不思議なことに本当にわからないけれど、魔法という特別な力のことは力を持たない人には内緒にしておきたい。そもそもホグワーツからの手紙には、『電子機器を使うと故障する』と書いてあったので電波が通じないでは済まされないようなひどい影響が出て動画撮影どころじゃなくなる可能性がある。
 ただアウロラは、それでもスマホを持ち込みたかった。

「ほらほら、湖に身を乗り出さないで!マーピープルに食べられてしまうよ」

 監督制がニヤッと笑いながら注意した。黒いローブから黄色いフードがのぞいている。皆そわそわしている。
 黒々とした湖を進むと、山の稜線の隙間から星々の輝きに似た美しい城が姿を現した。あちこちのボートからわーっと歓声が上がる。それはおとぎ話の中でしか見たことがないような、大きく立派な古城だった。背後の深い群青色の夜空に溶け込むような黒い影がスコットランドの霧深い山間で聳え立っていて、窓や渡り廊下の合間からところどころ漏れる橙色の光が建物の輪郭を幻想的に浮かび上がらせている。
 誰に言われなくても、あれがホグワーツ魔法魔術学校の校舎であることがわかった。アウロラは思わず感嘆のため息を漏らした。先程まで感じていた憂いが揺れて、期待と興奮で心臓が痛む。或いは、この城がわたしの人生に何か変えようもない黒い影を落とす予感で……。
 一年生は船から降りると、大きな玄関を潜って広間を通り、階段を登ってこれまた大きな両扉の前まで来た。「少しここで待っていてね」と言って監督生がいなくなり、しばらくすると深みのあるワインレッドのローブを着て、フワフワした毛が生えた円柱型の帽子を被った男の人が来た。

「えー、んんっ、はじめまして。私はネビル・ロングボトム、魔法薬学の教授です。これから皆さんを大広間に案内して、そこで組み分けの儀式を行います」

 組み分けの儀式……?
 汽車の中で二人が話してた、入る寮を決めるやつか。儀式とは随分大げさだ。

「ホグワーツでは組み分け帽子が皆さんの入る寮を決めます。これから七年間を過ごす寮を決める大事な組み分けですが、きっとどの寮に入っても楽しく過ごせると思います。因みに、私はグリフィンドールの寮監です」

 ロングボトム教授は、少しふくよかな頬をピンク色に上気させてニコッと笑いかけると「じゃあついてきて」と大広間の扉をあけた。

 大広間には四つの細長いテーブルが並び、その両側にぎっしりと色とりどりのローブを着た生徒たちが座っていた。「見て!空にろうそくが浮かんでる!」「天井に夜空が見える!」――生徒が叫ぶ。一年生は部屋の真ん中を通り、先生たちが座っている檀上の方まで誘導される。
 人混みの中で例の女の子と目が合った。艶やかな黒髪に浅黒い肌、切れ長の瞳のあの子――リアナだ。
 リアナと同じ寮になれたら……と少し想像したが、すぐに嫌だと思った。とにかく嫌だ。

「ねえ、あれアルバス・ポッターじゃない?」

 もう三回くらい聞いたヒソヒソ声がまた聞こえる。
 こんな風になるのは絶対に嫌だし、わたしは絶対父親の正体なんて言わないでいよう……アウロラはそんな見当違いなことを思った。

「アルバス・ポッターだ」
「ポッターの子が同級生だ!」
 はい、四回目。
「あの人と同じ髪だ!そっくり同じ髪だ」

 壇上の前で行列が止まるや否や、生徒たちは口々に喋りながらアルバスを取り囲む。

「わたしのいとこよ」
 ローズの澄んだ声が響き渡り、一斉にみんなが振り向いた。
「ローズ・グレンジャー・ウィーズリーです。はじめまして」

 ローズは挨拶しようと進み出た生徒たちの手をうやうやしく取って、人好きの良い笑みを浮かべる。アルバスはため息をつく。

 帽子を被る前に、"帽子から"の自己紹介があった。
『グリフィンドールは勇敢なひと』『我を忘れて振りかざす』とか、『スリザリンは世渡り上手』『合理と知性とはき違え』とか……そんな内容だ。性格占いのようなことを独特な拍子で歌うものだから(帽子が歌うというのは比喩ではなく、本当に歌った)、歌が終わるまでそれが寮の特徴を説明していたことに気が付かなかった。
 おまけに、"彼"の英語はオリバンダー老人ともタメを張るほどの古めかしいクイーンズイングリッシュだったので余計にアウロラの耳を素通りしてしまう。お陰で重要なことを聞き逃したと気づいたときには時すでに遅し、”組み分けの儀式”は始まっていた。
 まず副校長のポモーナ・スプラウト教授が羊皮紙を開き、生徒の名前を読み上げる。

「ポリー・チャップマン!」

 呼ばれた生徒は壇上に置かれた椅子に座り、先生が帽子を被せる。短い人で一秒以内、長い人で数十秒間の時間が過ぎた後、帽子の割れ目が寮の名前を叫ぶ!

『レイブンクロー!!』

 叫ばれた寮の生徒たちは拍手して、歓迎して迎え入れられる……こんな感じだ。

「ローズ・グレンジャー・ウィーズリー!」
『グリフィンドール!』

「リアナ・ジューン・パク!」
『グリフィンドール!』

 ローズとリアナはグリフィンドール……。リアナが片手を上げてグリフィンドールの机に向かい、それを大喜びで迎え入れるローズの姿が目に入った。
 リアナってやっぱりかっこいい。
 何故かはわからないけれど、グリフィンドールに入る子は特別喜んでいるように思える。いつもツンとして澄まし顔のローズでさえ、グリフィンドールと叫ばれたときは歓声を上げて大喜びで寮のテーブルに着いた。でもリアナは口元で軽く笑うだけ……彼女は余裕がある。

「スコーピウス・マルフォイ」

 スコーピウスの番だ。
 スコーピウスが少し緊張した面持ちで椅子に座り、険しい目つきの組み分け帽子を数秒間被った。

『スリザリン!』

 スコーピウスは結果を聞いて僅かにほほ笑み、スリザリンのテーブルに向かった。
 スコーピウスはスリザリンね。寮の説明の歌で色々……グリフィンドールは勇敢だとかスリザリンは狡猾だとか言っていたが、本当にこの帽子を被るだけで性格がわかってしまうならなんだか嫌だ。

「アウロラ・アウリュム・シャフィク」

 わたしの番だ。
 アウロラは不安でかちこちになりながらゆっくり檀上に登り、椅子に座った。そのとき教授席に座っていた老齢の女性――マクゴナガル校長先生が目を細めて優しく微笑むのが見えて、恥ずかしくなり、素早く視線を逸らした。

『どれどれ……フム……』

――頭の中で声が聞こえる!!
 アウロラは思わず傍に立っていたスプラウト先生の方を仰ぎ見た。しかし帽子が勝手に動いて首を動かして予期した方向には動かない。

『これはこれは、我が創設者サラザール・スリザリンの末裔とな……負けず嫌いで好奇心が強く、目的の為なら手段を選ばない……ともすれば出藍の誉れとなる道もある……ここまでくればもう君の寮は決まっておる』

――ちょっと、待ってください。末裔って誰のこと?

『サラザール・スリザリン!ホグワーツを創設した伝説の魔法使いの一人であり、恐らく君のご両親がその末裔のようだ』

――両親!
――両親はわたしとは関係ない。そういうので選ばないで、わたし自身を見てよ!

『勿論だとも!君は、それ抜きにしてもスリザリンに向いている……臨機の才があり決断力に優れており、優れた知性に強い興味を持っている……レイブンクローも良い、勿論グリフィンドールも……』

――待って、グリフィンドールはちょっと……グリフィンドールはちょっといやだ。
 リアナと同じ寮に入るのだけは耐えられない。アウロラは何故か強くそう思った。

『 おや、確かにグリフィンドールはベターではあれどベストではない!君には可能性がある、どの寮でも偉大な魔法使いになる素質が十分にあるが……しかしそれならばやはり、この寮でこそ真価を発揮するだろう――』
『スリザリン!』

 帽子が叫ぶと、スリザリンのテーブルが拍手した。スコーピウスが嬉しそうにアウロラの名前を呼んで手招きしている。
 グリフィンドールのお祭り騒ぎを思うとわたしにはスリザリンくらいの温度感のほうがいいかもしれない。そう考えながらスコーピウスの隣に座って、「よろしく」と言った。

「アルバス・セブルス・ポッター」

 広間が少し静まり返った。興奮に浮かされた気持ちでアルバスが帽子をかぶるのを眺めながら、頭の中で帽子に言われたことを思い出した。
――サラザール・スリザリンの末裔……負けず嫌いで好奇心が強く、目的の為なら手段を選ばない……この寮でこそ真価を発揮する――……。
 わたしの両親のどっちが末裔だろうと関係ない。でもきっと父親のほうだ。アウロラは何故かそう思った。思案にふける中、アルバスの頭で歪んだ口を大きく開けた帽子が『スリザリン!』と叫ぶ。アウロラは先程までの流れに則って拍手した。

――しかし、拍手したのはアウロラだけだった。
 完璧な静けさの中で間抜けな拍手が1人分だけ響き渡り、「えっ」と驚いて思わず手を止めた。

「スリザリン?」
「うわーっ!ポッターの子が?スリザリンに!」

 声のさざ波が聞こえる。どうやら何か意外性のあることが起こったらしい――それも――とびっきり意外なことが。
 壇上のアルバス自身も、帽子をかぶる前より青白い顔になって動揺し、視線を宙に彷徨わせている。
 ただ、他の生徒と全く違う反応を示したのはアウロラだけではなかった。スコーピウスはニコニコした笑みを浮かべてアルバスを見て、パッとアウロラを見て、またアルバスを見て、「すごい、僕たち三人ともスリザリン!」と小さな声で叫んだ。

「僕の隣に来て!」
「ああ、うん」

 アルバスは、観衆の注目を一身に浴びながらスコーピウスの隣――アウロラとは反対側――に座った。かなり落ち込んでいるように見える。多分、これって落ち込んでるってことだと思う。

「僕、君たち二人が同じ寮で嬉しい!これから改めてよろしくね」
「よろしく」
「うん……」

 アルバスは俯きがちで、あまり他の生徒と眼を合わせようとせずにいる。それに他の生徒も、アルバスの方を見ている割には面と向かって挨拶しようとしない。
 アウロラは、アルバスが檀上の方を向いているのを見計らってスコーピウスに耳打ちした。

「アルバス……どうしたの?」
「どうしたのって?」スコーピウスは一度とぼけた。
「元気がない、気がする。それにさっきの……」
「ウーン、そうかも、ちょっと元気ない……それは――たぶん、スリザリンに入るのが嫌だったんだ」

 スコーピウスは、アルバスから完全に顔が見えないくらいに首を傾けて、こっそり囁いた。アウロラは、その言葉でなにか理解できたわけじゃなかったけど(むしろ何も分からないけれど)、数回頷いた。
 アルバスは、本当はスリザリンに来たくなかった?
 汽車の中でスコーピウスと仲良くしていたように見えたし、スコーピウスもアルバスが来てくれてあれだけ喜んでいたけど……それとは別に理由があるのだろうか。


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