5歳 ユズリハ@
「あ、おかあさん、おかあさん」

 せっかくイタチを見つけたんだ、話しかけよう!と思ってユキの手を引いた。ユキは左手に何かの紙や通帳のようなものを入れた鞄を持ち、大通りの方に向かって歩いていたがわたしに手を引かれて「なあに?」と聞く。「なあに?」と聞いているが顔は完全にわたしを見ておらず、早くその目的地に行きたいとばかりに歩みは止まらない。

「おかあさん!あっちに行きたいです」
「どうしたの?トイレ?どこか痛い?」
「トイレじゃないし痛くない!けど、あっちに、あのー」
「後でいこうね、お母さん今ちょっと急いでるの」

 くっ!母は強し。
 子どもの我儘に全部付き合っていたら幾ら時間があっても用事が済まないとばかりに、ユキはニッコリ笑いかけてまた歩き出した。

「ね〜ね〜、あの子とお話したいの」
「え?」

 流石にここまで主張するのは珍しいと思ったのか、ユキは少し面倒くさそうに「どの子?」と尋ねて、わたしと同じ目線に屈んだ。わたしの手が指さす方には、警務部隊の二人と話し込むうちはフガクと彼に手を引かれたイタチがいる。
 ユキは、「あの子?」と改めて聞いた。「あの、警務部隊の……肩にうちわのマークがついてるお父さんと一緒に歩いてる男の子?」

「そう!」
「あぁ………そうねぇ、」
「おかあさん、ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」

 せっかくの原作キャラとの初コンタクトだ。(コゼツはカウントされない)逃す手はあるまい!
 ユキの手が少し緩んだ隙に脱兎のごとく駆け出した。往来を少し渡るだけでイタチの元には辿り着くが、後ろから「こら、サエ!」とユキの声が追いかけてくる。
 ユキの声がフガクの耳にも入ったのか、彼は口をつぐんでちらりとこちらを見て、数手遅れて話し込んでいた二人の警務部隊員も身体を傾けた。

「ねえねえ、」
「こら!サエ、勝手に手を離しちゃだめって言ってるでしょう」

 イタチに声をかけるところまであと数歩、というところで身体をユキに捕まれて、イタチはわたしを一瞥したもののフガクの忍服をぎゅっと掴んで腰の後ろに隠れてしまった。「申し訳ありません、うちの子が……」「いえ、お構いなく」ユキは深々と頭を下げてわたしの二の腕を引く。

「ふがくさんて、わりといい声だよね〜」
「何を言ってるのあなたは……いきなりどうしたの?いつもはこんなことしないのに」
「だって友だちほしくて……」

 こうして、第二村人発見とはならずにイタチとお喋りすることは叶わなかった。イタチ、引っ込み思案なのかな?フガクお父さんにぎゅっとひっついてて、すっごく可愛かったな。



 東雲サエです。そろそろ五歳になります。今は日曜日の午後三時で、ユキは皿洗いを、ユズリハは居間で洗濯物畳みを、コゼツは編み物に取り組んでいます。
 そしてわたしはというものの、ソファでだらだらしながら絶賛現世に帰りたい衝動で郷愁に浸っていた。

「コゼツくん上手じゃない!お姉ちゃんより上手かも!!」
「嘘ばっかり。ボクはわかるんだからね」

 コゼツとユズリハはすっかり姉弟だ。コゼツはできることが少ないので、試しにと思ったユキに編み物を寄越された。今は床に体育館座りしながら毛玉から毛玉を錬成している。つまり全然編めていない。

「はぁ………………………………」

 親に会いたいな。妹に会いたいな。研究室に行きたいな。フランス旅行に行きたいな。スマブラやって酒飲みたいな。映画見たいな。ラーメン二郎行きたいな。マックのシェイク飲みたいな。今マックいくらなんだろうな……もっと値段上がってんのかな…てか景気良くなったのかな。最低賃金いくらなんだろう。

「………………………………………………………………………………………」
「うるさいよサエ」
「なにも言ってない!!!!!!!!」
「沈黙がうるさい」
「うわ〜〜〜〜!パソコン欲しい!右手にあいふぉんがない!つらい……もうむり死ぬ」
「フン」

 コゼツは鼻で笑った。わたしは暴れた。ユズリハはそんな二人をニコニコしながら眺めるだけで、うんともすんとも言ってくれない。パソコンもアイフォンも知らない単語だから、最近小さな子供の中で流行ってるのかなぁ〜くらいに思ってるんだろう。
 思えばコゼツが現れたり現れたと思ったら死にそうになったりで忙しかった。今になって現世が恋しくなったんじゃない。ただ、忙しさにかまけて有耶無耶になっていただけで最近それが落ち着いてきたから思い出したのだ。あの文明の利器を。便利が極まった結果逆に不便になったみたいな、せわしなく世知辛く冷たい、でも案外なんとかなる世界を。
 今までの生活様式が変わることにこんなにストレスを感じるなんて知らなかった。禁断症状が激しすぎて死にそう。あ、洗剤のいい匂いがする。ユズリハがソファに腰かけたらしい。

「サエちゃん、我慢しなきゃだめだよ。お母さんもお父さんも、わたしも、いっぱい働いてるけど今は戦争が終わったばかりだからね。みんな大変なの、ごめんね」

 心を苛む郷愁はたちまち罪悪感に様変わりした。

「Oh……はい、ごめんなさい」
「よしよし、偉いね!」
「はい、わたしは偉いです……」
「なにこいつ」

 あれだけ優しくて元気なユズリハがお金の話をするときだけこういう優しい顔をした。そのせいで、ノリであっても「あれほしいな」「これほしいな」とか言えなくなってきていた。彼女の目がいけない。けしからんのだ。その、”わがままきいてあげられなくてごめんね”と言いたげな瞳を見るとわたしは顔を覆いたくなる。

「わたしも早く働きたいなー」
「あはは!まだ早いよ。贅沢はさせてあげられないけど、サエちゃんはまだたくさん遊んでいいんだからね」
「でも、コゼツを一緒に住ませてあげたいってお願いしたのわたしだし…」

 コゼツをこの家で養ってほしいと去年ユキとスグリにねだった。東雲家はそこまで裕福な家庭ではないのに、彼らはもうその準備はできていましたとばかりに“新しいお布団買ったわよ”と言ってくれたのだ。
 ぐう聖…。姉も両親もぐうの音もでないほど聖人だ!

「それは大丈夫。母さんたちね、元々この子をうちで引き取ってしまおうかって考えてたんだよ?知らなかったでしょ」
「そうなの?」
「そうよ。ねえユズ」
「ねー!」

 ユズリハとユキが目くばせしてニコニコした。なんかすごくムズムズする……とりあえず二人が尊いということしか分からない。呟こう、“尊い”っと。ストーリーでもいい。でもリンゴのマークの高度文明利器がない。

「コゼツのこと家族にしてくれてありがとう」
「いいのよ、サエちゃん」
「サエは全然わがまま言わないからね。大人だし、頭もよくて……でもわたしお母さんだから、サエがなに考えてるのかすーぐわかっちゃうんだから」

 ユキは台所から顔を出して笑った。わたしは恥ずかしくなってソファの上でうつ伏せになった。
 コゼツがなんだか居心地悪そうに床の上で小さくなった。

「……オセワニなっております」
「いえいえ」
「コゼツくんもわたしの弟だもんね〜!」
「うわ、やめて」
「ダメダメ、母さんだってコゼツくん抱っこしたことないのよ?すぐ嫌がって逃げちゃうの」
「よーし!コゼツ抱っこチャレンジ!!!」
「うわぁああああ」

 コゼツは本気で逃げだした。その後20分たっぷり、ユズリハはコゼツを追い回して遊んだ。



 さて、どれだけあがいたところで愛すべきウェラブル端末もLaptopもAudioTechnicaのイヤホンも手元に現れるわけではないので、別のことをしよう。わたしはこの前イタチを見かけたおかげで自分の”年”が分かったので、九尾事件に備えて色々対策を立てておくことにした。
 今のところのTo Do Listはこれだ。

@九尾事件で家族を守るための防空壕を掘る。
A覚えている限りの年表の作成。

「よし」

 ノートに日付を書き、二つ箇条書きした。これはコゼツに自分の仮説を説明したときのノートで、後に姉のものであることが発覚した。

「なにこれ?また何かするの?」

 コゼツは身の危険を感じたかのように少し眉間に皺をよせた。違うよ。もう実験しないよ。

「何をするにしても、書くことから入るのがいいと思います」
「"何を"するの?」

 コゼツは依然胡乱な視線を向けてわたしを見ている。彼は今テーブルから乗り出してみかんを食べていて、もうすっかり東雲家の一員だ。そう、コゼツは最近ずっとみかんばっかり食べているのだ。そのせいか指先が少しオレンジ色に染まっていた。

「今はまだヒルゼンが火影だけどそろそろミナトになるのね。そのあとに、」
「お前ごときが火影を名指しかよ」
「出た〜〜白ゼツ特有のたまに口が悪くなる奴〜〜〜〜」
「ボクはまたビニール袋の中で6時間もカラッカラになるのはゴメンだからね」

 くるくる、と鉛筆を回した。失敗して部屋の隅にすっとんでいった。

「何してんの」
「ペン回し失敗した」

 イタチ真伝をさらっと読んだときのことを思い出そう。わたしは今4歳で、同い年のイタチは4歳の時にフガクに連れられ職場見学(戦場視察)に行っている。でもその時カカシは何歳で何をしていたのか?リンはいつ死んだのか?長門はどうしているのか?など、主人公たちの動向意外はかなり記憶があやふやだ。この家族を確実に守るためには、九尾事件、木の葉崩し、ペイン襲来、第四次忍界大戦の四つがいつ起こるのか正確に把握する必要があり、年表の作成は必須事項である。
 しかし記憶の底をある程度浚って、はぁぁと大きなため息をついた。全然覚えていなかった。そもそも一話始まったときの主人公って何歳だっけ?12?カカシいくつ?あっオビトが死んだのが31歳なのは覚えてるから……カカシってオビトと同い年だっけ。

「だめだ〜全然覚えてない」
「何を思い出そうとしてるのさ」
「これから起こる様々な事件を……」
「…………」

 コゼツはもはや呆れていた。わたしが知る余地のないはずの様々な知識を持っていることに疑問を持つのをあきらめたらしい。そして、わたしが未来に起こるであろう事件や、会ったことのない人の事情などの情報を知っているていで話すようになった。

「まあ、ボクのこと信用しきってないからあんまり喋らないんだろうけど……手伝えることがあったら言ってね。ボクも力になりたいし」
「……コゼツには元より力になってもらいたいと思ってるよ」

 わたしは、防空壕、の文字をトントンとペンで叩いた。

「この家の真下に穴を掘って欲しいの」
「穴なら掘れるよ。時間はかかるけど」

 意外に即答された。

「いいの?大変じゃない?コゼツ、ミラクルチャクラパワーがあるわけじゃないし……」
「ミラクルチャクラパワーってなに。……ボク土の中なら自由に動けるんだぜ。土を自由にできるってこと」
「防空壕って言っても、この地盤とか立地?とかを考えてなんかこううまくいくようにしてほしいんだけど……」
「適当すぎじゃない?」
「とりあえず掘って、なんかぐらぐらしてきたらスグリに任せればいいよ」
「適当すぎじゃない……?まあ、確かにスグリ大工だからね。オーケー、”なんかこううまく”できるように頑張るよ」

 やった〜。こんなにするっと行くなんて思ってなかった。

「……でもなんでいきなり?木の葉が戦場にでもなるの?」

 コゼツはみかんの皮をギュッと小さく潰してテーブルの上に置いた。昆虫のような黄色い瞳がこちらを見る。

「戦場にはならないけど、この家が危険になるかもしれない事件が起こる。九尾事件っていうやつで、九尾が里で暴れるの。妖狐の九尾、わかる?」
「あ〜、マダラがちょっと言ってた気がする……ビジュウってやつでしょ?」
「そうそう!よく知ってんじゃん。それで里の人たちが少なからず犠牲になるから、スグリたちを守りたくて」
「ふーん……」

 コゼツは何か言いたげな顔をした。

「その九尾事件ってのはこの家以外にも被害ありそうだけど、それはいいの?ユキの友だちのうたたねさんとか、スグリの大工仲間とか」
「うーん、うん……いいっていうか、わたし一人の力じゃどうにもならないし……」

 正直実感がないというのもある。
 実際里の中で生活していると、あと一年くらいで九尾が来る!というイメージはまるでわかなかった。緊急地震速報が鳴っても「あ、」で終わるような感覚だ。木ノ葉の里は想像の数倍広い。いくら九尾が来たからって、火影邸や阿吽の門から遠く離れたこの場所まで災禍が及ぶかといわれると「まあなんとかなるんじゃない?」と思ってしまっていた。

「まあ九尾事件っていうほどだから、余程の災害なんだろうけどね」

 コゼツは勝手に納得したようだった。わたしはうん、うんと頷いた。
 ただユズリハは絶対守りたい。ユズリハ絶対守るマンだ。
 
「わたし気づいたんだけどかなりシスコンかも」
「シスコンてなに?」
「姉妹に多大な執着を抱いていること」
「えぇ〜。気づいていなかったことに驚きだよ」
「コゼツくん!防空壕づくりは非常に重要な任務である。貴君がその任務を無事全うすることを祈っているッ!」

 コゼツは薄い黄色の瞳でにやにや笑って、ボクに任せなさーい!と親指で胸を指した。
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