4歳 白ゼツC
 そして二か月後――コゼツは未だに生きている。おまけにわたしの身体へ出入り自由になり、身体の半分も綺麗に自動修復され、死にかけの状態から辛くも復活を果たすこととなった。うんこはまだ出ない。
 世間では第三次忍界大戦が終わり、戦争特需に湧いて狂乱のさなかにあった街の空気も、ゆっくりと穏やかなものに戻っていったようだ。コゼツとわたしは家と河原までの間なら二人だけで出歩いてもいいことになり、コスモスの咲く河べりでお話するようになった。

「まずわたしが立てたコゼツの身体にまつわる仮説は――」

@コゼツのチャクラ機構は植物
Aコゼツの自意識は人間
Bコゼツの生命活動を維持する仕組みは植物

「この三つね」
「ボクは人間だって言ってるじゃん」
「まあお待ちなさいよ」

@コゼツのチャクラ機構が植物であるという仮説について
1、コゼツは自分でチャクラを生成できない。
2、コゼツは他人のチャクラを吸収できる。
3、人間も動物も必ず大小チャクラを持っている。
以上の理由から、コゼツには固有のチャクラがないため人間ではないが、人のチャクラを吸収し自分の物にする特殊能力がある。吸収したチャクラを練り上げることはできないが、生命エネルギーとして変換できると考察できる。

Aコゼツの自意識が人間であるという仮説について
1、コゼツは自分を人間だと主張する。
2、コゼツは植物の仕組みについてよく知らない。
ここについては、白ゼツは無限月詠の犠牲者から生まれたので元々は人間であることからして自明。

「コゼツがうんちとか、水を飲む感覚とかに興味があるのは、今の自分の身体と自分の意識が噛み合ってないからではないか、と推測します。コゼツは自分のこと人間だと思ってるのに身体は人間じゃないから不思議なんだろうね」
「なるほど〜……」
「でここからなんだけど」

Bコゼツの生命活動を維持する仕組みは植物と同じであるという仮説について
1、コゼツは日光と水を必要とする。

「これは間違いないよね?」
「うーん、わかんない……水もサエと合うまでは飲んでなかったし」
「なるほど。じゃあ実験しよう」

 ということで、簡単な呼吸・光合成の確認実験を行うことにした。
 やり方は小学校の理科で行うものと同じ対照実験だ。水がない場合、太陽がない場合、そして肥料(これはコゼツにとって何が肥料なのかよくわからなかったので、とりあえず土から離した状態でコゼツを一定時間放置することで肥料がない状態を作り出した)がない場合で水蒸気量や二酸化炭素の量にどう変化が出たか調べる。
 まず実験開始前にコゼツの体重を測定し、日光が良く当たる河原または家の物置内に放置して6時間動かずにいてもらう。そして実験終了後、もう一度病院にあるグラムまでわかる体重計で体重を測定し、失われた水分量を求めた。
 次に二酸化炭素、酸素の量が知りたかったため――これは4歳であるわたしの立場や東雲家という一般家庭において必要な器具が揃わず、正確な数値として出すことができなかったので簡単な作業で確認した。つまり、コゼツにはスグリから借りてきた大きな透明のビニール袋に入ってもらいきつく密閉して密室をつくり、同じく6時間経った後そこでマッチを擦る。燃え方で二酸化炭素・酸素の量をなんとなく把握しようというわけだ。

「暑い……」
「がまんして。わたしも暑い」

 共同実験者として、わたしもコゼツが窒息死しそうになったらすぐ助けるために見張り続けているわけだが――まあ正直コゼツだし死なないでしょみたいな気持ちがある。

「サエは水も飲んでるし風が当たる!ボクはこの中蒸し風呂みたいになってるんだよ?」
「それより息苦しさはない?」
「…わからない、ちょっとあるかな……?」

 ちょっとなんだ。

「暇すぎるから何かやってよ」
「じゃあトランプでもする?」
「ビニールで遮られててできない!」

結局コゼツは、普通の人間なら窒息死するはずの密閉空間の中で6時間いても平気だった。

a-1,水を与えず日光の元で6時間放置する。
a-2,好きなだけ水を与えて日光の元で6時間放置する。
b-1,好きなだけ水を与えて暗所で6時間放置する。
b-2,水を与えず暗所で6時間放置する。
c-1,足の裏だけ土と接触させて水は与えず暗所で6時間放置する。
c-2,足の裏だけ土と接触させて水は与えず日光の元で6時間放置する。
c-3,足の裏だけ土と接触させて水も日光も与え6時間放置する。
d-1,ご飯と水と日光を与えて6時間放置する。
d-2,足の裏だけ土と接触させてご飯と水と日光を与えて6時間放置する。
d-3,足の裏だけ土と接触させてご飯と水を与え暗所で6時間放置する。

全ての実験のあとコゼツが覆われているビニール袋の中でマッチを擦ってもらった。

結果(1)失われた水分量
d-1=d-2=c-3>d-3=c-2=c-1>b-1>b-2=a-2>a-1

結果(2)コゼツの様子
腕相撲でコゼツの疲労度を測った。実験c、dについてはある程度互角だったが実験bとaは少し疲弊が見られ、東雲サエ(共同実験者)の方が強かった。

結果(3)燃え方
激しく燃えた……c-3,c-2
まあまあ燃えた…a-2,d-2
ちょっと燃えた…a-1,b-2,d-3
全然燃えない……b-1,c-1,d-1

 燃え方については正直一瞬のことだし、激しく燃えた場合と全然燃えない場合以外については少し微妙なところだったが、他の実験はだいたい有意な結果が得られた。その結果から推測した仮説が以下である。

Bコゼツの生命活動を維持する仕組みは植物と同じであるという仮説
1、コゼツは土と接触してる間は植物と似た性質(明所で光合成、暗所で呼吸)を持つ。ただし食べ物を食べると呼吸の割合が増える。
2、土と接触している場合水がなくても平気だが日光がないと活動が低下する。
3、土との接触がなく日光を浴びた場合植物と似た性質を持つが、活動が低下する。要追実験。

 以上から、つまりコゼツを生かすためには土の中にさえいればとりあえずはどうにでもなるものの、日光が足りないと活動が低下し省エネモードになる。また土との接触=コゼツにとっての食事、つまり根粒菌による窒素固定のような役割を果たしているのではないかと推測した。

「でもこれっておかしくない?」
「おかしい……」

 コゼツは約一か月にわたる実験から解放され、今やのびのびとリビングでクッションを抱きしめオレンジジュースを飲んでいる。ユキは台所で帳簿?の管理をしていて、ユズリハは服屋さんで働きに出ていてスグリも大工の仕事で外出中だ。
 さて、これだとコゼツが以前死にそうになった理由がわからない。この結果だけ見れば、土との接触と少しの日光だけあればコゼツは光合成と呼吸で生きていけるはずなので、食べ物も水もあり更にいつでも土に潜れた環境でなお衰弱していった理由はてんでわからないのだ。

「あとは、チャクラを吸収すると元気になるってことだけだね」
「そうだねー。うーん、なんでだろう……。ま、元気になったんだから別にいいけどさ」

 なんとなくヨシヨシと頭を撫でたら「なにしてるんだ」とばかりに真顔で見つめ返される。植物にわたしの愛撫は伝わらない……。

「……コゼツも暇そうだし、これくらいにしとこっか」
「え?うん。…え?いやボクは別にそこまで細かく知らなくてもいいし……」
「あああ、コゼツがわたしの中に入って元気になる前にこの実験をすればよかった!そうすれば、チャクラを吸収する前と後で比べられたのに」
「めんどくさいことするなホントに」

 テーブルの上にはユキがさきほど出してくれた、出来立てのヨモギスコーンが置いてある。家の庭で採ったよもぎのスコーンで、めっっっっちゃくちゃ美味しい。涙が出るほど美味しくて少し前世の、元気だったころのお母さんを思い出したのは内緒だ。

「あ、うんこの話だけど結論コゼツはうんこしてるよ」
「はぁ〜〜?!ボクうんこしたことないんだけど!」
「それはコゼツがうんこだと思っていないだけで……」

 そろそろこの実験の内容も説明しておこうと思って、コゼツに光合成の仕組みを図解で説明した。センターは物化選択だし生物分野の知識は高校二年くらいで止まっているので苦労したけど、まあカルビンベンソン回路の途中はてきと〜〜に誤魔化したので大丈夫だ。
 コゼツの髪の毛や体の一部が薄っすらと緑がかっているのは恐らく葉緑体があるからとか「出たようりょくたい」、地中深くで生活できることからして、他の植物と同様呼吸と光合成を使い分けられるからとか「ボクそんなことしてたんだ……」、他の植物が根で行っている窒素固定をコゼツは土との接触で行っているんじゃないか?とか。
 コゼツは自分のことをうんこしないと思っているがそれは違っていて、植物は元々老廃物があまり多く生成されないため体内に蓄積して葉っぱが枯れると茎から離れて土に還る。よってそれがうんことも言える。また、要らない水蒸気は常に気孔から放出されている。

「結局うんこしてないんじゃん」
「でも髪の毛抜けるでしょ?あれが植物で言うところのうんこだと思う。あと、今も肌から出てるやつ…うんこじゃなくて、尿だけど」

 わたしは一息ついて、そわそわとスコーンを手に取り一口かじった。美味しい。よもぎの独特の香りがして、生地は外側はサクッ、中はほろりとしつつ少しもちっとパンのようなコシがある。そっか、さっきユキが「ちょっと失敗しちゃったかもしれないの〜…パンみたいになったかも」と悲し気に笑っていたのはこのモチッと感だ。
 いや全然めっちゃ好き。むしろ、口の中の水分全力で奪い取ってくる正規のスコーンよりも好きかもしれない。最高、美味しい!

「お母さんスコーン美味しい!」

キッチンに向けて叫んだら、「ほんと〜?」って声が帰ってきて、すぐそこから顔が覗いた。「美味しい?」と聞くので、二人で「うん」と言ったら「たくさん召し上がれ」と帰ってくる。
 ユキを見ていると、なんでだろう、全然似ていないのにお母さんを思い出した。
 さて、ここまでで三つの仮説を立ててきたが、最後、結局白ゼツとコゼツは何の違いがあるのだろうか。命とかいう漠然とした概念について考えるのは苦手だけど、結局こいつは普通に一人の人間として考えていいんだろうか。

「命の話をしよう」
「は?」
「コゼツの命の捉え方なんだけど、イメージとしてはカビとか、群体の……あ〜、だめだ具体的な名前出てこないけど、こう、一個の細胞でも一人だし、十個の細胞でも一人みたいなやつ」
「なにそれ」
「そういうのがあるんだよ〜〜クッソ〜何も思い出せない!とにかくそういう、つまりわたしはコゼツ一人で一個の命と捉えてる」
「……ボクも実はスグリから借りた植物図鑑読んで考えてたんだけどさ」――コゼツは寄りかかっていたソファのお尻の方から図鑑を取り出した。最近なんか読んでると思ったらそんなの読んでたのか――「ボクは、ボクも含めて白ゼツっていう“群れ”で一個の命だと思う。元々大勢の人間の集合体だし…無限月詠でチャクラ吸い取られてるからチャクラがないのも納得だろ?ボクは失敗作だからテレパシー使えないけど、元々は全員で同じ意識?を共有してたから、本来はボクも命の一部。これがボクの考え方かな」
「うーん……」

 わたしがゼツの胞子…所謂無性生殖で産まれた別個体を一個の命として換算したのには、五影会談での水影のセリフがある。彼女やあそこにいた連中は、みんなして白ゼツを”死んだ”と思っていた。あの場には感知タイプもいたというのにである。感知タイプの忍とやらが何をもってして生と死を区別しているのかは不明だが、ソレがただの木偶人形で傀儡のような機械だとしたら“死んだ”とは思わないはずだ。あの時白ゼツは確かに”死んだ”のだ。
 勿論、食パンに点々とついた黒カビの一部を殺したからってそのパンのカビ全てが死んだわけじゃない。あんまりにミクロな話になるから難しいけど……少なくとも、チャクラを練ることはできないが“死ぬ”ことができる白ゼツたちは、確かに機械や土くれなんかじゃなくて一個の命なのだ。チャクラを持たない動物というのが適切か。

「よし。なんとなくわかってきた……コゼツってわたしの家に来てからお菓子食べたよね。今もスコーン食べてるし」
「食べた。……失礼だけど、あんまり美味しくなかったよ。味感じない」
「それはコゼツが元々人間を食べてるからだよ!お母さんのお菓子は美味しいんだから。…人間の残りかすでできてるコゼツは、食べたものを自分たちの身体として全部吸収できるんじゃない?だから人間を食べてもうんこでない」
「ああ〜」
「でも、お菓子やジュースは人間じゃない。まー人間は吸収出来て菓子はできないのもはおかしいけど……もしコゼツの身体の中に老廃物が溜まってたら、そのうちうんこでるんじゃないかな」
「えええ〜!?本当?!」
「うん。もしうんこ出たら、コゼツの身体の仕組み?構造?が変わってきてるってことだと思うから……それまでしばらく経過観察!以上!」
「おお〜……ボク、生き残れる気がしてきた」

 でも待てよ、うんこの穴がない。口から吐くのかな…と、コゼツは不安そうに胃のあたりを撫でている。心配しなくてもきっとよくなるよ、という気持ちを込めてポンポンと肩のあたりを叩いてやると、「でもこっちの方が回復早そうだからまた失礼しま〜す!」といって抱き着いてきた。

「ダメ!いまからトイレ行く!」
「えッうんこ?!」

 ひとまず目下の問題はコゼツの健康管理と、あとはコゼツを中に入れたままトイレに行かないことだ。



 この年の終わり、お母さんと買い物に出かけた先でイタチを見た。
 竹下通り……かな?感覚としては。そんな感じの、大人には理解できないくだらないものがおもちゃ箱のように詰め込まれた裏商店街の一角で、忍ベストに警務部の隊服を着たフガクさんは少し浮いていてすぐに分かった。フガクさんは小さな男の子の手を引いていて、くりくりの黒いおめめに髪の毛を後ろで結わえたその姿にわたしはつい、足を止めた。
 うちはイタチ。もうすでに背中に団扇の紋章を背負っている。
 そして、近くで話す警務部隊の人との会話により――「イタチくんももう4歳になりますか」――初の同期メンバーを発見したのであった。

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