4歳 白ゼツB
副題:文章力がないので実地名で表すことしかできない。

 東雲家の前の通りを郵便局前まで下り、そこからさらになだらかな石畳を西の方に下ると大きな河に突き当たる。木の葉の里中央付近を南北に縦断するその川は、元をたどれば火の国北部にある紫雲山脈から湧き出た雪解け水で幾つか枝分かれした一つであり、里を通りすぎるとずーっと南部の海にまで繋がっている。
 その河沿いの道を、遠く岩壁にそびえる顔岩の方にしばらく歩いていくとニュータウンめいた住宅地は次第と鎌倉の小町通りのような商店街の街並みに変わる。そこを、火影岩を10時の方に北へ進むと大通り、つまり“あうん”の門から火影邸に繋がる道に出る。

「今何時だっけ」
「夜の一時……ユキたちに、黙って出てきちゃってよかったの?」

 背中に背負ったコゼツに聞かれて、「うーん」と答えた。だいたい、ユキたちってわたしが抜けだしたこと気づいてた気がするけど気のせいかな?

「あの親が大事なクセに、なんでこんなことしてるんだよ……」

 コゼツがぼやいた。
 戦争中とあって、夜の木の葉はまるで戦火が飛び火しているかのようにあちこちに電気がついていて明るかった。特に大通りは人通りが激しく、ラッシュの新宿駅ほどではないにしろ午前七時の地元の駅前レベルには忍が大勢行きかっている。
 まず、今まで碌に街の中を歩いていなかったからしょっぱな盛大に迷った。わたしの実家は田んぼと畑と謎の林と山しかないクソ田舎で、最早コンクリートで舗装すらされていない細い畦道をちんたら自転車で走るような高校生だったんだけどそのせいか?都会生まれの人なら初めての街並みも迷わない……?でもやっぱりGoogleMapもろくな看板もない里では迷うのも致し方ない。
 ただ、木の葉というのはあまり高い建物がないので上から眺めて明るいところを目指そうと思い頑張ったらなんとかうまくいった。今は住宅地の群れから伊勢のおかげ横丁のような小道を見つけ、そこから木の葉の小町通りを抜けひときわ明るい大通りに辿り着くことに成功している。

「フー、ここまで来たしあと少しで病院が見つかるはず……っ」
「サエって本当に考え無しだよね。なんでもっと前もって計画立てないの?せめて日中に道くらい確認してから行動しなよ!」
「思い立ったら吉日っていうでしょ」
「ただの気分屋なだけだね」

 コゼツを背負いながら、時折病院はどこだろうときょろきょろしながら歩いていると、すれ違う大人――中には子供もいた――からチラチラと視線を感じる。当たり前だ、4歳児が、同じく4歳児くらいの包帯が巻かれた子供を背負っているのだから、目立たないわけがない。

「本気で病院に行くつもり?」
「うん」
「……ボクは人間だけど、普通の人間じゃないんだよ。サエも知ってるだろ?誰も治せやしない」
「そのことなんだけどね」

 わたしは、背中を丸めているせいで斜め下の石畳を眺めながら一度言葉を切り、唇をなめる。

「コゼツは、たぶんチャクラを吸収するんだよ」
「知ってるよ……。でもチャクラで生きながらえることができるのは、ボクがちゃんと個体として完璧の場合……。母体や他の個体と違って、色々な器官が未成熟のままだから……、このまま死ぬのは抗いようのない事実だ」
「そんなこと言わないでよー…」

 わたしははあはあと息を切らせながら明るい夜道を歩いた。コゼツを背負っているのに、耳元に聞こえるかれの吐息は川のせせらぎほどもない、静かなものだ。……そう、静かすぎる、呼吸音がめちゃくちゃ小さいのが気になるんだけど……ねえ大丈夫?生きてるよね?クッソこういうとき医療忍者の友だちがいれば〜〜〜〜!

「大蛇丸!お客様のなかにっ、大蛇丸様はいらっしゃいませんかーっ?!」
「え」

 いきなり叫びだしたせいで、隣をすれ違った忍ベストの男が振り返った気配がしたが無視だ。わたしとしては別に、この呼びかけで本物の大蛇丸が出てきても何の問題もなかったけれど、しばらく待っても偶然コゼツの身体を調べて治してくれるイベントは発生しそうにない。

「声が小さかったか……っ」
「オロチマルってやつがなんなの?」
「そいつはコゼツを治せる可能性がある。代償としてちょっと蛇っぽくなるかもしれないけど……」
「げぇっ、それはいやだ」

 明確な拒否反応に思わず笑った。“口からゲロゲロとキモい奴”と宣ったのは案外黒ゼツからの受け売りとか学習ではなく、白ゼツに元々備わっている生理的な感覚だったのか?まあ気持ちはわかるけど。

「むりするのやめなよ。……それで、ボクが、チャクラを吸収するからなんだっていうの?チャクラを吸収できても、所詮、サエみたいな人間に、なれるわけじゃないんだよ……」
「この世界では、チャクラって万能なんだよね。ホント、チャクラさえあればなんでもできちゃうっていうか。瞬間移動とか手から雷とか謎の時空間に飛んだりとか、余裕。幽体離脱もできるし、月も作れるし、人も蘇る」
「で」
「だから結構チャクラさえあればどうにかなるんだと思う」
「チャクラ万能理論は失敗の元だと思うけど……」
「それで、コゼツって元々外道魔像と柱間細胞から作られた存在なんだっけ?その辺あんまよく覚えてないんだけど」
「はぁ?!」

 じっと静かに話を聞いていたと思われたコゼツが、そこで伸びあがって反応した。

「あ、そうに見せかけていて、実は違ったんだっけね。実は過去の無限月詠の犠牲者を黒ゼツが取り出したもので、人間の慣れの果ての集まりみたいな感じなんだっけ」
「えッ、?!なんで?!」

 尚も驚き、首に回された腕に無意識なのか力がこもった。首を左右にぐるぐる回して、首元が苦しいよ、と言外に示すとそれを感じ取ったのか腕が緩む。

「あってる?その辺マジであんま覚えてなくて……興味もなかったし…」
「うわああ……。えー、なんで君が知ってるのさ?!」
「それは……わたしが機関のエージェントから追われる未来から来たラボメンの一人だから」
「…………」


 一度足を止めて、はあ、と息をついた。疲れた。見かねた近くの大人が「大丈夫かい」と声をかけてくれる。「ハイ、あの木の葉病院ってどこですか」と聞くと、その大人は分かりやすいように道を教えてくれて、運んでやろうかと手まで貸してくれようとしたので、結構です、ありがとうございますと丁寧に断った。

「……4歳ってこんなバテるんだね」
「普通の4歳児はまず誰かを負ぶったりできないからね〜」
「そうなの?子育て未履修だからわかんなかった」

 耳の後ろで紡がれる声は、アニメで聞いた白ゼツそのものだ。だから、自分が子供で、背負っているコゼツも子供だってことを忘れそうになった。その独特な、嘲笑っているのか楽しんでいるのか聞き分けのつかない、掠れて無機質なのに、妙に抑揚のついた声。

「サエって只者じゃなかったんだね。失敗したなぁ」
「失敗って?」 失敗って、こやつやはり何か腹に一物抱えていたのか?

「君がどこまで知ってるのかもう分からないし、どのみちボクには何もできないから言うけど……さっき言った、外道魔像と柱間細胞から出てきたように見せかける〜っていうくだりで、ボクはマダラに作られた。正直ボクも自分がどんな風にできたのか覚えてることは少ないけど、とにかく地中に沢山いるよ。でも……マダラがなんか弄ろうとしたのか失敗作が量産されて」
「はあ」

 マダラさん……慣れないことすんなよ、お前体育会系だろ。そーゆーのは理系に任せろよ。

「マダラがなんにもしなければ普通にスルッと出てこれたのに、何しようとしたのか、とにかくボクやボクみたいな“偏った”個体がいくつか産まれちゃったわけ。マダラはそいつらを適当に廃棄しろって黒ゼツや本体に命令して、ボクも一緒に捨てられたんだけど、土の中を移動することはできたから死ぬ前にちょっと遠くに行ってみよ〜〜って思って、母体から離れた。それであとは前話した通りだよ」
「うん」
「それでも一応本体の一部だから裏切る気はなかったんだ。本体の一部っていうか、うーんうまく言えないなこの感じ……ボクも“本体”なんだ。だから、ボクと本体の考え方が違うっていうのは、本来あり得なくて……」

 コゼツは若干4歳児の見た目ではあるが明らかに大人と同じかそれに似た語彙力を持っている。これは本体である白ゼツの中身がそのままインプットされているからだけど、それでもたまにうまい言葉が見つからなくて悩むことがあった。だが今はそれを差し置いても、コゼツ史上で一番言葉を選びあぐねている。

「うーん、とにかく、君がいたらこっちの計画が頓挫しかねないのに、ボク本体にテレパシー送る機能持ってない。だから失敗したってこと」
「そっか……」

 背中でしゃべってくれている話の内容が気になって何度か足を止めてしまったが、気づけば木の葉病院の前だ。駆け足で玄関に入っていく者、仲間同士で肩をかして歩く者、あのビュンッて空を飛んで移動する忍者っぽいアレで病院の中に入っていく者……わたしの隣を生気の抜けたような白い顔をした忍ベストの少年が通り過ぎて、ここにいたら邪魔だと気づいた。
 コゼツはまだ黒ゼツの仲間、少なくとも裏切るつもりはなかったのだ。だが今の状態だと何もできないし、特に計画を頓挫させそうな重要な情報を握るわたしを止める手立ても、連絡する手立てもない。もしかして、もうあとは流れに身を任せようと思っているのかな。それとも元気になったら本体の元に戻るだろうか。

「……病院ってお金いるんだっけ」
「え、本当にボクを診せる気?」
「だって………」

 そこで、コゼツは言葉を止めてくったりと瞼を閉じた。そしてなんと、わたしの身体の中に徐々に入り込んだ。

「エッ?!?!?!何?!」
「えっわかんない」
「嘘つけこの野郎!なんか入ってきてんだけど!」
「本当にわかんないんだよぉ!なんかさっきから、肌がくっついてるなーって思ってたけど」

 思ってたなら言え!!とりあえずあんまり人に見られると不味いと思い、慌てて病院敷地内の庭から裏の方に回って木の傍にしゃがみこむ。「急患二名!」僅かに開いた窓から聞こえる看護師さんの声。塀と植木の間で陰になったそのあたりで、ずずずず…と背中からわたしの身体に沈んでいくコゼツを慌てて振り落とそうとした。

「ちょっ、うわ、えっ」
「うわ〜〜」
「うわーじゃない!何勝手にわたしの中に……?!」

 服を引っ張ろうとして背中に指を回したら、コゼツの頭は肩のあたりにあるのにわたしの背中に指がつく。どうなってる?胴体部分だけわたしの身体に入ってるの?!

「あ、サエの中なんかあったかい……」
「は?!えっち!」
「なんで?!」

 何が”サエの中あったかい”だふざけんな!
ぶらぶらしていたコゼツの足もいつの間にかどんどん短くなっていって、あーもう、もうなんだこれ。「ボク“えっち”なことなんかしてない」「っていうか、“えっち”なことって正直あんまりしらないんだけど……」と言葉を濁すコゼツをよそに暗い木陰で背中から腰に掛けてべたべた触ると、ああ、そこに負ぶっていたはずのコゼツはおらず、足元には彼が着ていた服が落ちているだけだ。

――ボク、人の中に入れるんだね〜!すっげえええ!

 コゼツの声が頭の中に直接響いてくる。これじゃ肝心のコゼツを診せることできなくなったし、いやむしろ今度はコゼツがわたしの体の中に入った影響を医学的に検査してほしい。結局診てほしい人が変わっただけで依然病院に行く理由はなくなっていないので、わたしは今度こそ木の葉病院の玄関をくぐった。


 その後立て込む病院で申し訳なさげにしてもらった検査によって、どこもおかしなところはない健康体だという結果が出た。検査の最中ずっとコゼツはわたしの中に入ったままで、(せっかく病院に来たんだから出ておいで!出ろ!)と心の中で呼びかけても(なんか眠くなってきたしいいや〜……)と言って全然出る気配がなく最後までコゼツの診療はしてもらえなかった。

――も〜、葉緑体検査しろよ!
――ようりょくたいってなに?
――植物が緑色なのは葉緑体があるからで、葉緑体の中に、カロチノイドとか〜〜なんだっけ、クロロホルム?クロロ……クロロルシルフルがいるから緑に見えるんだって。
――植物じゃないし緑じゃないだろボクは……

 病院内は血みどろの大惨事、かと思いきやそこまでではなかったが、廊下の待合椅子で顔の右側をバーナーで炙ったような傷跡に包帯を巻きなおしている人がいたり、松葉づえをついている人も少なくなくて、救急治療室があるのかわたしたちが診て貰った部屋の奥にひっきりなしに担架が運ばれていた。こんな忙しいときに来ちゃってごめんなさい、と謝ったら、医療忍者と思しきベストを着た先生ならびに白衣の女医は、「気にしないでいいのよ」「ここは木の葉の病院なんだから、里の人全員が行きたいときに来る権利があるからね」と優しくしてくれた。

「ちゃんとおうちに帰れる?おうちの人は一緒に来ていないみたいだけど」

 診療室を出るとき声をかけられたので「大丈夫です」と慌てて答えて急いで部屋を出た。ユキもスグリもそこそこの心配性だし、それでなくても4歳児が勝手に家を出たなんてことが表ざたになったら、前世じゃ親の監督不行き届きも疑われる事態だ。それだけは避けたかった。
 しかし帰宅した我が家の電気はばっちりついていた。

「サエちゃん!もう、夜は、絶対に出歩いちゃだめだからね!お母さんたち、すっごく心配したんだから!…聞いてるの?サエちゃん!今はお外は危ないから、出て行っちゃだめって言ったでしょう!わたしも、無暗に外出ちゃだめって言わないから、お外に出たかったら一言お母さんたちに教えてね?!」
「はい、ごめんなさい」

 結局怒られたってばよ…。
 グヌヌヌヌ。深夜二時過ぎ、わたしはリビングに正座させられて、カンカンに怒っている母と無事で安堵している父の前で叱られた。「この子は随分発達が早いなあなんて思っていたけど、お母さん、サエちゃんにはサエちゃんのペースがあると思って今まで我慢してきたのに!こうやってお母さんたちを心配させるようなら、他の子と同じようにいろいろ我慢させることになっちゃうけど、いいの?!」……すみませんでした。
 梅干しのような顔をして「ごめんなさい、もうしません」と謝るわたしを、隣で同じように正座させられるコゼツはクスクス笑っている。ユキは「コゼツくん!!」とすかさず声を張り上げ、コゼツは「え」みたいな真顔でユキを見た。

「あなたもね!もううちの家族なんだから、お母さんの言うことはきくこと。いい?!」
「え?」
「返事!」
「ハイ。……え?」

 コゼツが“不可解だ”と言わんばかりの眼をしてこっちを見てるがしったことか。お前も二人からの叱咤を甘んじて受け入れろ、このアロエヤロー。
 ユキの雷がようやく止むと、今まで隣でニコニコと八の字眉毛で笑っていたスグリもようやく口を開く。

「まあ、まあ、二人とも無事でよかった。こうしてお母さんが心配するから、これからどこかに行くときは必ず報告するんだよ。最悪どこに行くかまでは言わなくてもいいから、せめて出かけるときは“行ってきます”帰ってきたら“ただいま”、これはちゃんと守ること」
「はい。心配かけてごめんなさい」
「ちょっと、どこに行くのかも言わなきゃだめよ」
「まあそこはその〜、そのうち二人とも色々……ねえ?」
「なに、色々って!ユズリハはちゃんとどこに行くかまで教えてくれたのに!」

 コゼツはしばらく二人がちょっとした口喧嘩をする様子を眺めていたが、ゆっくりと視線を下に落として神妙な顔で自分の膝小僧を眺めていた。
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