3歳 白ゼツA
副題:番組の途中ですが、ここでわたし的ナルト三大推しキャラを発表します。

 堂々の1位!柱間大好きマダラさん、続いて愛され火影と言えばこの人!卑劣様もとい2代目火影千手扉間がランクインするわけだが、その第3位が個人的に長らく空席だった。
 空席というと些か語弊がある。なんせ、“推し”という概念は四次元的測量によって定められるものであるからして、刻一刻とその状態は変化するのだ。つまり“推し”でないキャラもある確率で“推し”になりうるため、それは“推し”でないとは言えない。しかし“推し”は明らかに“推し”である。この感触を、一体どのように言い表せば適切なのか?
 推しを定義する個人的次元は@顔の良さ・立ち振る舞いの好みといった外見的次元A声・皮膚の冷たさ・眼差しのそそがれ方といった想像的次元Bキャラクターの生い立ちやものの考え方といった物語的役割、そしてCその日その瞬間の“わたし”の感情遷移――つまり時間的次元――である。特にCの、時間という次元が入ってるのが厄介で、これにより席次を決めるのは非常に困難なものとなる。
 ナルトはキャラが多い。それも様々なところにグッとくるポイントをもったキャラが山ほどいる。連載十五年の間にいったいどれほどの愛着湧く素晴らしい忍が生み出され、そして消えていったことか……どんなにマイナー人気を持つキャラでさえ一人は必ずファンがいるのだから、再不斬と結婚を誓った“わたし”が翌日には大蛇丸の実験体になっていたとしてもそこに矛盾など生じない。
 さて、前述した推しキャラTOP2からお察しのとおり、わたしは(少なくとも忍者漫画会社に華麗な就職を決める前は)創設期とうちは一族に愛を捧げている。しかし前提としてナルトのキャラはだいたい全員好きで愛着があるので、3、4位が50人くらいいる感覚だ。娘を敵と見間違える大人版サスケ君か、お身体に”触り”ますよ鬼鮫さんか、最後の最後にヒルゼンの子供のころを思い浮かべちゃうダンゾウさんか、はたまた同窓会気分で忍界大戦に参戦しちゃう初代火影千手柱間か……。まず暁のメンバーが全員殿堂入りじゃん?顔がいいもん。
 みんなの推しは誰ですか?まだ生きていますか?TWD(ウォーキングデッド:海外ドラマ)ばりに推した推しが全員死ぬ友人Aのように、皆さんの推しが健やかに今を生きていることを祈ります。
 閑話休題。しかし、忍者漫画会社4年目の今である。この、わたし的空席の第3位――せめぎ合う数多の推しの中で、そのランキングをぐんぐん駆け上がっている人が――失敬、植物がいた。

「ねえ〜〜〜!便意ってどんな感じって聞いてんだろーー?!」
「知らない!」

 原作読んでたときから思ってたけど、うんこうんこ五月蠅いよ!小学生みてえなこと言ってんじゃねえ!
 廊下をドタバタと走る私の後ろから、トタトタとついてくる白い物体がいた。植物。真っ白の肌に薄い黄緑色の髪の毛をしたツルボラン亜科アロエ属によく似た雄木。

「ママァ〜〜〜!コゼツがぁぁぁー!」
「あーそうやってお母さんにばっかりひっついて」

 かわいこぶった声でユキのエプロンにまとわりつくと早速嫌味が飛び出した。

「……。本当にさ、あんたいい加減にして?本当に」
「サエってそっちが素だよね。いっつも、猫かぶりやがってさあ」
「……ちょっとこっち来て。お母さんに聞かれたくないから、内緒話したいから!」
「リビングにはお父さんがいる」
「じゃあトイレでもなんでもいいから!!」
「えぇ〜〜〜?!うんこ見せてくれるの?」
「ンなマニアックなプレイは薄い本でもゴメンだってばよ」

 洗いたてのワンピースを着た白ゼツが、にんまり笑いながら追いかけてくる。
それわたしの服じゃん。お母さんよその子に娘の服着せるってどうなの?しかも男の子に!こんな得体のしれない奴に!
 一体どうしてこうなったのか?まずは1年前、あの小さい白ゼツを発見した日に遡る。


 わたし歴:2歳児8カ月目。小さな白ゼツを発見して少しお喋りをしてからというもの、アイツは毎日のように庭に来てはわたしに話しかけてきた。しかも、ご丁寧に両親の離れた合間や不在の時を縫って、「ハーローー!」ってやってくるのだ。最初は何を考えているのか色々と推測を立て見たものの、なんだか慣れてしまって、それに大人から子供に戻ってしまった退屈も後押しして、気付けば土からゼツを引っ張り出して家に上げて絵を描いて遊んだりするようになった。
 確か、マダラに拾われたオビトはリハビリをしながらゼツとも一緒に生活していたはずだ。このゼツと呼ばれる生命体は、子供から大人まで楽しめる不思議な雰囲気を持っていて、それはこの2歳のわたしも対象だった。ゼツは面白かった。それに、原作のゼツよりも凶悪成分が薄らいでいて、ただのやんちゃで下品な男の子みたいだった。
――いや、そもそも原作の白ゼツに“凶悪さ”があっただろうか?人間が持つような欲望、野望、黒ゼツの母へ抱く想いのような、“理屈で天秤にかけられないような、他の倫理や価値観などとは到底比べようのない人情”のような人間らしさが、白ゼツには果たしてあっただろうか。
 原作の白ゼツの定義は、正直あまり覚えていない。オビトが黒幕かと思いきやマダラが…黒幕かと思いきや黒ゼツが…カグヤが…とか繰り返していたせいですっかり忘れてしまった。たしか…”外道魔像と柱間細胞から偶発的に産まれたように見せかけて、実は過去の無限月詠の犠牲者を黒ゼツが引きずり出したもの”……たしかこんな感じのはずだ。本人たちは植物ではなく人間だと主張しているが、そのあたりも不明である。

「何してんの?」
「見てわからない?ご飯を食べてる」

 白ゼツは親や姉のいない瞬間を針で縫ったように正確に測って現れるが、その話題はだいたい食事や睡眠、排泄についてだった。ある時はサツマイモ粥を食べているときに「何食べてるの?」ある時は煮リンゴを食べているときに「なんでリンゴを温めてるの?」ととにかく煩い。
 幼児特有の熱を出して寝込んだ時は、締め切った窓の向こう側にひょこっと顔を出すだけだったが、快復してから質問攻めにあった。

「病気なおったの?」
「治ったよ」
「なんで病気になったの?頭が熱くなるとどうなるの?冷たくなる病気もあるの?」
「タンパク質は熱に弱いから熱くなりすぎると良くない。でも病気はもっと熱に弱いから、身体が耐えられるとこまで熱を上げてなんとか病気だけ退治するらしいよ」
「ふぅん……冷たくなる病気はないの?」

 こういう知りたがり君、クラスに1人はいるよなとつい意識を過去に飛ばしてしまった。そういえば自分も理科の先生に質問しまくっていたので苦い気持ちだ。

「質問の多い植物くん。宮沢賢治作」
「サエはボクに質問ないの?」
「注文の多い植物くん。宮沢賢治作」
「ねえ」
「……すこぶる興味があるけど今はお絵かきに忙しいので、またあとで」

 大抵適当にいなしていた。白ゼツは、ふてくされたり笑ったり、無言で庭をぐるぐる回ったり、バタフライのように土の中を泳いだりして様々な反応を見せた。

 わたしは白ゼツに絆されつつあることに気付いていた。
 捻くれ理系女子大生のわたしでこれなんだから、きっとオビトなんてひとたまりもない。リハビリに励むオビトの手助けをして、話し相手になって、ちゃんと走れるようになったら一緒に喜んで……白ゼツのそういった態度にオビトは心を許してしまったんだろうなと、無邪気な笑みを眺めながらつい同調した。そもそもオビトは、あの闇を抱えたカカシを光属性に変えるほどの逸材であり、マダラをして「本来優しい子だ」と言わしめたほどだから元来気さくな性格なのだ。31歳にして拗らせ男という点に目をつむれば、素直に人の好意を受け止めるタイプだから余計警戒心が解けたのだろう。
 例にもれずわたしも、白ゼツへの警戒心がどうしても緩んでしまうことに抗えなかった。段々、それでもいいやと思い始めてきて、その頃にはもう彼のその魅力が好きになり始めていた。

 しばらくして3歳になった頃、ユキとスグリは家に誰かが上がりこんでわたしと一緒に遊んでいると知ったらしかった。実は乳幼児の生態に無知なわたしは知る由もないが、普通の2歳児はまだ「ぶーぶ」とか「わんわん」とかしか話せないし、謎の友人の痕跡を消そうと努力することもできない。当然両親は陰で大層驚き心配しており、「お菓子をあげるから、今度はわたしたちにも紹介してくれないかな?」と言ってきた。そこで漸く、敢えて対応を避けてきた問題に直面せざるを得なくなった。
――原作キャラ、しかも明らかに敵の中枢近くに居るモノを、一般人であるユキとスグリに接触させていいものだろうか?ただ娘を可愛がっている無辜の民が、わたしの気まぐれで被害にあってしまったらどうしよう?
 白ゼツは死体を食べる。人間の身体に潜伏することもできるし、勿論殺すことも可能だろう。白ゼツは黒ゼツと離れた場所でも繋がっていた気がするし、黒ゼツはカグヤの子としてこの忍世界を大昔から操ってきた正真正銘本物の黒幕だから、間違いなく彼らに常識的な倫理や価値観は通用しない。
 この白ゼツは原作に出てきた白ゼツ本体とはまた別の存在のようだ。でも人間のフリをするのが上手いし(この前誤ってハサミが刺さった。アイツ泣いてた。こっちは原作知識でお前らが簡単に分離したり復活できること知ってるんだぞ)身体の大きさだって既に5歳児くらいはある。純粋な腕力だけでもたかが3歳児が対抗する術はない。
――でも退屈しのぎにこれ以上の面白コンテンツはない。こいつは是非話し相手に欲しい。
 わたしは危機管理と好奇心を天秤にかけてじっくり一晩悩み、幾つか事情聴取をとってから判断することに決めた。

「コゼツ、コゼツ」

 白ゼツは自分のことを子ゼツと自称したが、わたしはコ、にアクセントをつけて、コゼツと呼んでいる。そしてなぜかコゼツはわたしが呼びかけるといつも数秒で地面から姿を現す。その日もそうだった。

「なあに、サエ」

 お昼を食べた後のお昼寝タイム、寝入ったフリをして姉とユキの眼を誤魔化したあとコゼツを中庭に呼んだ。

「お母さんが、コゼツにお菓子をくれるから、こんど親がいるときにおいでだって」
「へえ」

 コゼツは表情の読めないにやにやした顔をしている。
―――いや、これはにやにやしているんじゃなくて、元々ゼツたちの顔の造形がこのように配置されているだけだとわたしは知りつつあった。ゼツは眉毛がないし、のっぺりした顔をしているから、目を見開いて口角をあげるだけで笑っているように見えるのだ。今は別に、そこまで笑っていない。

「幾つか聞きたいことがあって」

 まず、ここに来る前ユリには、今の時代を確認してある。
 今は“三代目火影・猿飛ヒルゼン様の時代”。四代目は?と聞いたら、「里の一大事に不謹慎なことを言うもんじゃありません、ヒルゼン様は十分お元気なんだから」とのことなので、間違いなく第一期ヒルゼン政権――もとい第三次忍界大戦の時代だ。
 もしかしたら神無毘橋の戦いあたりかもしれない。カカシ写輪眼ゲット前か後かはともかく、マダラも黒ゼツもぴんぴんしているのだからまさに白ゼツ跳梁跋扈だ。 “彼がここにいる目的”の把握は急務だった。

「なぁに?」
「コゼツって……人間を食べるよね?」

 コゼツの生態について話題を振ったのはこれが初めてだ。今まで、細かな情報を持っていることは濁してきたから、コゼツは驚いておかしくないが――わたしが仁王立ちしている目の前で、彼は土からその奇妙な色合いの身体を全て出して縁側の淵に腰かけた。
「食べるよ」――いつもの調子で言う。拍子抜けした。コゼツは淡々と「ボクのことなにか知ってるんだな〜って思ってた。だから驚かないよ……“知ってる”ってことについては“すこぶる興味がある”けどね」と答える。
でもその後、ぐぐっと伸びをして、首をぐるぐる回しながら少し切ない様子でこう続けた。

「――でも、ボクはもう長くないから。食べても食べなくても死んじゃうんだ」
「えっ」

 あまりの事実にびっくりした。びっくりしすぎて、つい、服の中に隠していたライターが滑り落ちる。多分ポケットから先端が見えたんだろう、コゼツの視線がちらりと落ちたが構わず続ける。

「どういうこと?植物が死ぬってことは何かの疫病?」
「ボクは人間だけど(コゼツはここをことさらゆっくり強調した)、本体から分離した胞子なんだよね。でも失敗作。ちょっと栄養がいきわたらなくて、大きくなる前に分離しちゃった。だから成長できないでこのまま枯れちゃうんだ〜」
「え、エェー。…てか枯れちゃうっていってるしやっぱ自意識は植物なんじゃん」
「まちがえたの!今のは間違えたやつ、言い間違い」

 コゼツはあっけらかんとしている。「だから食べても意味ないんだぁ!別に食べられるけどさ!あはは!」といつもの調子で高笑いする。
 コゼツの言うことは話半分に聞くのが無難と思っているが、この話の真偽はいかに?
 嘘だろうか。もし嘘だとしたら、わたしの興味を誘って身内に入り込み何かをしようとしていて――そのオーダーは黒ゼツまたはマダラから出ているということになる。今すぐ殺すべきだ。そのための準備はもうしてきた。3歳児に用意できるものは僅かだったが、油をしみこませた麻袋を頭にかぶせて(アロエにひっかかってすぐには脱げない)ライターをつけるくらいのことはできる。
 そして真実だとしたら、コゼツはあと少しで死んでしまう。
 あははと笑うコゼツの、大きく開けたピンク色の口の中からまだ生えたてのような白い乳歯が綺麗にならんでいるのが見えた。

「じゃあコゼツは何のためにここにいるの?」
「うぅ〜ん、まあかいつまめば人間観察ってヤツ?黒ゼツもよくやってたし、どうせ死ぬならちょっと世界を見てみようと思って。ためしにマダラがよく話してた木の葉にきたのさ」
「それで偶然うちの庭に?」
「そうそう、忍の家に忍び込むとたまに気づかれたりしたけど、ここはどうかなと思ってみてたら子どもがいてさ」

 サエのことだけど、と言って肩をゆらしてくすくす笑った。その直後に、いきなり何もかもが面倒くさくなって一気に身体から力が抜けた。

「……コゼツのことがわからない」
「なになに〜?急に」
「嘘じゃなければいいのに……。そうすれば……コゼツと友だちになれる、友だちになりたいのに」
「………」

 ついに思っていたことを言ってしまった。わたしは、なんだかもうどうでもいいような、あーあという気持ちで上を向いて、でも本当にコゼツのこと結構気に入ってるからしょうがないよなと、こんなに面白そうな生き物がいるのが悪いんだよなと開き直り不貞腐れて視線を戻す。
 コゼツは妙に黙り込んでいる。

「でも嘘じゃないってことは、死んじゃうってことでしょ?」
「たぶん」
「それって………」

 ざりざり、と足元の園芸用砂利をいじった。「それってなんかなあ」と呟いた。コゼツはやっぱり黙っていて、アロエの外側をぽりぽり掻いた。
 しばらく考えて、彼を二人に紹介することに決めた。そうしてコゼツは正式に親の承認の元、東雲サエ初めての友だちになった。


 ユキとスグリとの顔合わせの前に、コゼツの、どう見ても人間じゃないぐにゅぐにゅした顔の半分を隠すために包帯を巻いてカモフラージュし、またアロエのトゲトゲはしまってもらった。それ、しまえるものなんだ。ガクのような、アロエのような、ハエトリソウのようなそれは鎖骨周りにスルスルと収納されたのでまた一つ不思議が増えた。
 コゼツのことを、ユキとスグリがどう受け止めたのか分からないが、第三次忍界大戦中という里の情勢が味方して身分の詮索はされなかった。大方、家の人が戦争に行っている里の子、または大戦特需で行商に来ている商人の子、とでもあたりを付けたのかもしれない。13歳になった姉は服飾系の仕事をし始めたらしく、毎日遅くに帰ってくるようになりあまり構ってくれなくなったが、たまの休日はわたしの面倒を任されるのでコゼツと一緒に三人で遊んでくれた。
 コゼツが最初にユズリハと会ったときは面白かった。わたしの口からよく姉の話を聞いているからかユズリハを見るとすぐに誰なのか理解したけれど、陽気な笑顔を浮かべてアメリカ人みたいに片手をあげて挨拶した。

「やあお姉さん!」
「ブッ」

 オレンジジュース噴いた。

「うわ、なに?いきなり」
「いや今のはあんたが悪いって!」

 わたしの口から霧吹きのように噴出したオレンジジュースがスプレー缶のようにコゼツに降りかかって文句を言われたがしかし不可抗力だ。なんでいきなり「やあ」?ここはマイアミか。

「サエ、強い水遁遣いになれるよ」
「え??水のないところでこれほどの水遁を?……ってダメだ自分で言って耐えられん」
「コゼツくん初めまして〜!サエのお姉ちゃんの、ユズリハです。よろしくね!」
「ヨロシクヨロシク〜!!」

 水のないところでこれほどの水遁を?一度言ってみたかった台詞をまさかこっちの世界に来てから言うことができるなんてオタク冥利に尽きる。ごめん…すみません……千住扉間のナルトスネタで自分でつぼに入り笑っているわたしを尻目に、コゼツとユズリハは初めて面と向かって言葉を交わした。ユズリハが、床に座ってお絵かきのまねごとをするコゼツの目線に併せてしゃがみこんでにっこり笑うと、コゼツは少し躊躇ったあとおずおずと手を差し出した。

「…握手」
「ああ!握手ね、よろしく〜仲良くしてねぇ」

 ユズリハは、コゼツの小さな手をそっと握って小さく上下に振る。姉の満面の笑みがわたしは大好きだ。

「コゼツくんっていうんだよね。ちょっと不思議な名前だけど、素敵だね」
「イエーイ!褒められた」
「よかったね」
「実はここだけの話、これみんな同じ名前n「シレンシオ!(HPの呪文:意味『黙れ』)」」
「ん?なになに、聞き取れなかった。サエちゃん友だちのお話を遮っちゃだめだよ」
「ユズリハ、お絵かきして?」
「サエちゃん、お姉ちゃんの話きいてますかー?」
「お絵かき!」

 コゼツはこんな風に、まるでわたしの“一線”を試すかのように際どい発言をして反応を確かめる真似をした。特に姉の前で顕著だったので、そのたびにその悉くを駄々っ子のフリをしてやり過ごした。
 「いないいない、ばあ〜!」に合わせてトゲトゲを出すコゼツあれば姉の顔にしがみつき視界を遮り、かくれんぼで鬼をする姉に「ここだよ!」と声をかけて地面から平気で顔を出すコゼツあれば「もどれぇぇぇぇ」と土の中に頭を必死で埋め戻し、コゼツくんは好きな食べ物あるかな?と優しく聞く母に「死体かな」と答えるコゼツあれば「バンシタイツァイだって!」とモンゴル料理で誤魔化し。地道な努力であった。
 よく両親には「サエは普段とってもいい子なんだけど、たまに頑固になるなあ」なんて言われたりして、挙句「コゼツくんは大人しいけど将来賢い子になりそうだね」なんてコゼツが褒められた。涙ぐましい努力が日の目を見ない現実に、職場のストレスチェックもイエローを叩き出しそうだ。だが如何せん3歳の身では酒も飲めないし、ストレス発散の方法など数学の公式をおもむろにメモしたり証明したりして自分賢いアピールで親と姉の気を引くくらいしか捌け口はない。流石天下の忍者漫画会社、「わが社の福利厚生に精神的ストレスケアなど含まれぬ」とは、噂にたがわぬブラックぶりである。


 コゼツの命が長くないというのは本当らしく、2歳8か月くらいで知り合ったコゼツは4歳になる頃あんまり動かなくなっていた。肌の色合いや瑞々しさもなくなり、大人しくなり、萎びていくのが目に見えて分かった。
ゼツって本当に枯れたりすんのかな。

「お母さん、コゼツが元気ない」

 母親にそう主張して、言外に病院に連れて行ってくれとお願いするが、普段ならすぐに「あらあら、大丈夫?」って言ってコゼツのそばにしゃがんで額に手を当てようとするその人が今回は様子が違う。母はわたしを近くに呼んで、リビングから台所に移動した。
 コゼツはやけに水と日光を欲しがり、今もちゅーちゅーと水をストローから吸いながらテラスの縁に腰かけて庭を眺めている。

「あのね、今は大きな戦争中で病院はどこもいっぱいなの。それにね……お医者さんは、大事なお仕事から帰ってきた人を、たくさん診ないといけないからね」

 悲しそうな顔で言うユキに「そうなんだ……」と答えながら、自分の想像が半ば的中していたことを確認できた。
 どこから来たのか分からない、明らかに親のいない、そして木の葉の住人とは思えないような不思議な肌の色をしたコゼツ。わたしはアレの正体を知っているが、母はやはり戦争孤児か里外の行商人の子だと思ったのだ。だからあまり詮索せずに「仲良くしてあげてね」と笑いかけた。コゼツは別の国の子である可能性が高いが、孤児院にはいま空きがないし、簡単に病院にかかることもできない。木の葉の里に身分による待遇の違いは表面化していないが、一応ここは忍里であるからして一般人は忍を育て、忍に守られている存在で、つまり別の国の子供を、「大怪我をして命からがら前線から帰ってきた忍の皆さんより先に診てください」なんて言えないのだろう。
 背中に母の視線を感じながらリビングに戻って、テラスの縁で日光を浴びているコゼツのところに駆け寄った。

「コゼツ、治療してもらおうよ」
「ムリだよ〜ん!もう、母体から完全に切り離された。情報が来なくなったから、そのうちに動かなくなると思う」
「だから、それをどうにかしてもらいに行くんだってば」

 コゼツに人間と同じ治療が効くかどうかなんて、今考えたところでわかるわけがない。それなら医者でも医療忍者でも、獣医でも、植物学者でもいいからコゼツを診せて回るしかないじゃないか。
 非常に幸運なことに、わたしは今やるべきことの見通しが立っていて、やるべきことが決まっている。“やるべきことが決まっている”という状況は実に珍しく素晴らしいことだ。

「どんなふうに死ぬのかなあ」
「他のコゼツが死ぬとこ、みたことないの?」
「あるよ。個体によってバラバラだね〜、塵になるのもいれば人間みたいに死体になって、気づいたらなくなってるのもいる」
「そう」

 コゼツはまた水を飲んだ。

「食事する必要ないって言いながら、お水は飲むんだね」
「ばかだなぁ。うんこは出ないから感覚分からないけど、水は飲めるじゃん!」
「ああ、水を飲む感覚ね……そういうのってあらかた慣れたと思ったけど?」
「サエがやけに美味しそうに飲むから、ついボクも飲みたくなるみたい。必要ないのにさ、不毛だろ」
「わたしのせいにしないでよね」

 きっと、元の世界ではいたはずの妹がいないから、という理由もあったと思うし、自分がコゼツの身体に対する生物学的な興味もあったと思う。それでも、ボクは死んじゃうんだよって言いながら、水をごくごく飲み続けているのを見ているのが辛かった。
――君が水を飲みたいと思う衝動はきっと好奇心であって、三大欲求じゃない。だからいくら水を飲んだって、わたしたちが水を飲むときに感じる”クゥゥゥ生き返ったぁ〜〜!”ってやつは分からないんだろう。うんこも同じ。まさしく不毛だ。
 内心の呟きとは裏腹に、心のもう一方の隅ではコゼツのその様子がまるで“生きたい”と訴えているように見えた。

 4歳になった次の日。
 わたしは親の厳しい目をかいくぐりコゼツを背中に負ぶって、夜でもバタバタと忙しい病院に向けてこっそり家を出た。

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