8歳 / 予感
副題:アカデミーのこととかすっかり忘れてた

 忘れ物を置いてきたような気分だ。
 こんなにあっさり終わってしまっていいのか、わたしは何か大事なことをやり損ねていないのか。
 アカデミーでも家でも、ふとした時にぼうっと手を止めてしまうことが増えた。

「ヒザシってもう死んじゃったかなぁ」

 土日、忍組手の練習を10本やって、休憩を10分取っていたらコゼツがぼやいた。

「さぁ、どうかな。眼は早めに取り出すと思うけど、わたしの証言に嘘がないか脳の中を調べると思うし、すぐに殺す必要がないならしばらくは生きてるんじゃない?なんで?」
「ボク、けっこーヒザシ好きだった〜」

 ごろん、と芝生の上に寝転がり、色の薄い青空をただ仰いでいる。

「へぇ……どういうとこが?」
「だって、ヒザシのお陰で体術うまくなったんだよ?こうやって、体術のみだったらサエには負けなしなんだから、クだって感謝の気持ちくらい持つよ」
「あー」

 そうなんだ、ちょっと意外。
 一月の風はまだまだ冷たくて、冷えた汗が瞬く間に体温を奪っていく。身体の血管が無意識に収縮したように感じて、ぶるっと肩を縮めて立ち上がる。断熱効果を自在に操れる忍術があったらいいのになぁ、取り込むカロリーを全て身体の燃焼のみに使用できて燃費がいいし、いつでも温かいんだろうな。

「あの白眼どうする?」
「あーそうあれね!できれば一度装着してみたいんだけど、知り合いにヤブ医者でもいない限り無理だから……まだ保留」
「自分で抉って、ぽいってくっつければいいじゃん」
「やだよ!痛いじゃん!それに普通は他人の眼を移植できないんだからね?!」

 何言ってんだこいつ……自分の眼を自分で抉るとか無茶振りやめろよ。
 コゼツに恐れおののきながら、時計の長針がきっかり14時を指すのを見て、顎をしゃくった。さあ、2セット目だ。



 1月も2月も、飛ぶような速さで過ぎていった。白眼取引計画が成功したかどうか、今は分からないが、わたしもコゼツも怪我はなく以前と同じ生活に戻ったことに安心して、気が付いたらもう3月に入ろうとしていた。
 イプ3とイプ4はそのまま家政婦と医者の中に入れたまま日向を監視してもらって、イプ5には雲の使者一行の隊長――ミノイに”ついて”貰っているが、目立った動きはない。
 ネジは順調に原作開始時点の彼へと人格形成が進んでいるようで、街で目が合っても冷めた目で無視された。わたしはわざわざネジに絡んでいったりしなかったけれど、コゼツはにんまりと笑みを浮かべて「久しぶり〜!元気?」とわざとらしい明るい声で近寄るのでネジは機嫌を急降下させた。ネジに駆け寄ろうとするコゼツに「悪趣味だよ、」と言って止めようとしたが、彼はわたしを一瞥するだけで気にした素振りはなく、「お父さん死んじゃったらしいね」と続けた。
 周囲にいた忍は、ある者は気まずそうな顔で俯き、ある者はコゼツを非難するような目でちらっと視線をよこす。割って入る人はいない。ここで何か言ったところで、ネジの気持ちが晴れるわけでもヒザシの為になるわけでもないと、分かっている顔だった。木の葉の忍は誰かを失うことに慣れている。
 だから、コゼツに対して炎が渦巻くような苛烈な瞳を向けたのは、ネジだけだ。

「オレに何の用だ」
「元気かなって思って声かけただけだよ。また組手しようよ!」
「お前のような凡人など相手になるか。不愉快だ、消えろ」
「えぇ〜!まだボクに勝ったことない癖にー」

 中に割って入ることもできないし、話が終わるまで少し離れたところで2人の様子を眺めながら、わたしは、コゼツはどうしてネジに絡むんだろうと、既視感のあることを考えた。
 コゼツは、見た目は8歳だが中身は違う。老人……とも言い難いし、成人男性とも言い難い、なんていうか年齢の枠には嵌らない性格だ。白ゼツは無限月詠の犠牲者を引きずり出したものだっていうのが今分かっている(思い込んでいる)事実なので、それに基づいてコゼツのイメージを”多くの人間の集合体を分割したうちの一つ”としているが、彼の感受性や思考、優先順位などは未だ謎に包まれている。
 コゼツは基本的にわたしに従う。ユズリハを助けたいという気持ちと、その計画に乗ってくれるし、従うだけじゃなくちゃんと意見も言う。こういった彼の行動は、わたしが完全に心を許す相棒の座に収まるためであり、いずれ黒ゼツ――彼の主がピンチになったときにわたしを裏切るためであると考えられる。勿論、そうでない可能性もかなりある。
 前者の場合、コゼツのやるべき仕事はわたしに取り入ることのみなので、それ以外の無駄な関係を築く必要はないから、たまにコゼツがやらかす謎の絡み――その行動原理は彼個人の欲求に依るだろう。
 つまり、”けっこーヒザシ好きだった”ってのと同じで、”けっこーネジ好きなんだよね、からかいたくなっちゃう”ってことなのだろうか。

「お前にオレの気持ちなんか分かってたまるか……!」

 ネジが空掌でコゼツを突き飛ばした音で我に返って、顔をあげると、コゼツが地面に尻もちをついていてネジが歯を食いしばって睨んでいた。眼の縁にピキピキと血管が浮き出ている……白眼を発動させたようだ。

「お前みたいな……、!」
「………」

 ネジの口が、言葉にならない何かをかみ殺す。

 お前みたいな――じ ゆ う な や つ に。

 白い肌を赤く上気させた少年は、ぐるっと踵を返してその場から走り出した。
 コゼツとネジ、そしてわたしを中心に小さく群衆が出来ていたが、野次馬というよりも子供らの喧嘩を見守る大人が多かったので、ネジがいなくなってしまい自然と散っていく。

「おい、何の騒ぎだ!」

 誰かが通報したのか、一歩遅く警務部隊が数人人垣を割って出てきた。わたしは、ちょっと喧嘩しちゃっただけです、と誤魔化し笑いをしてコゼツを引っ張り起した。どこかで見たことのあるうちはの男は、多分その人もわたしの顔をどこかで見たことがあったのだろう、眼を僅かに開いて、「そうか、ならいい」と声を落とした。
 男は、コゼツの腕に手を伸ばして、くるっと後ろを向かせて尻のあたりをパンパン叩いて――さっき転んだときに砂埃がバッチリついていた――「気を付けるんだぞ」とだけ言ってまた群衆の中に消えた。



 3月に入って二週目に入った月曜日、授業が終わった後担任の先生に呼び出されて空き教室に行くと、そこでとんでもないことを聞いた。

「あー、東雲さん。キミ卒業試験、受けるか?」

 と、唐突……!?

「受けます!」

 何の準備もしていないのに、1秒で即答した。先生は、答えが分かっていたように、うん、と頷くと窓から外を眺めながら頬を指で掻く。

「以前は、焦らなくてもいいと言ったんだが、あれはキミを卒業させたくなくて言ったんじゃないんだ。今は時代の流れっていうかー、えー、飛び級はあまりさせない方がいいっていう意見が上層部で出てるみたいで、先生たちにも例外を除いて普通に12歳までアカデミーに通わせるようにという指示が出ていた。でも、職員会議に名前を出してちょっと話し合ったら、実力も申し分ないし卒業試験を受けさせようということになった」

 27歳中忍の先生は、外に向けていた視線を戻して、わたしより低い視線にしゃがんで頭を撫でる。しゃがむとき、突き出たお腹が少し窮屈そうだったが、中忍ベストは頑丈にできているようで何かが弾け飛ぶことはなく、よかった、と思った。

「東雲さんは下忍になりたか?」
「はい、すぐにでも」
「実は、アカデミーを卒業できたからって。すぐ下忍になれるわけじゃない。これは本当は言わない約束なんだけど……」

 下忍合格試験(?)って、生徒には内緒ってことになってたんだ。知らなかった。

「なんで早く下忍になりたいのかは分からないけど、焦ってはいけない。焦ったら必ず失敗する、そして一度忍になってしまったら、失敗は死を意味する」
「はい、肝に銘じます」
「先生、応援してるからな。命を大事に、頑張れよ」

 にこっと笑みを浮かべて、肩を叩かれた。この人にはあまり思い入れもないが、2年間様々な授業を教わってきたという縁はあるので、素直に「ありがとうございます」と言っておいた。
 当たり前と言えば当たり前だが、卒業試験を受けられるのはわたしだけだったので、コゼツは来年もアカデミーだ。3月15日の卒業試験に向けて準備を始めたが、過去問集を解いて忍術をざっとおさらいしてみた手ごたえから言って、あまり心配する必要はなさそうだった。
 日向ヒザシの眼を刳り貫いた感覚が指先に残っている。
 それがなくならないまま、試験に臨み、火影や試験監督の前で分身の術を披露した。猿飛ヒルゼンは、わたしが部屋に入ってくると眼を少し見開いて驚き、改めて受験者一覧に視線を落としてニコニコしていた。この人にニコニコされるとどうしてもこっちもニコニコと笑みを返さざるを得ないから、やっぱりすごいなって思う。
 一週間後の22日、合格者が張り出されて『東雲サエ』の名前を見つけ、両親には大層褒めてもらった。そんな感じで、あっさりとアカデミーを卒業した。
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