8歳 / 夜の葦B
副題:隊長が心配で仕方ない副隊長……うん、かわいい!

 マダラがオビトから輪廻眼を奪いながら全ての真実を教えてやった時、彼は何と言っただろうか。何故オレだったんだ!と憎しみとも哀しみともつかない、やるせない顔で聞いたオビトに、マダラはどんな言葉をかけたか。

――お前は心の底から人に優しく愛情深かった。老人介護は得意だっただろう?リンへの、仲間への、火影への、忍への深い愛情……いったん堕ちてしまえば、それは逆にこの世界への深い憎しみへと変わるからだ。そういう奴ほど…。

 そういう奴ほど、の後何を言おうとしたんだろうとずっと思っていた。そういう奴ほど『操りやすい』?それとも『騙されやすい』?
 俺のように、という言葉を飲み込んだのだろうか、なんて単行本片手に思案したのが懐かしい。
 それを今ふと思い出した。

「それは……ガレキの…」
「…………」

 隊長格の男は黒い眼帯を握りしめて激しい葛藤をその黄金色の瞳に浮かべていたが、ぐっと瞼を瞑って再び開いたときには、冬の湖面のように静まり返っていた。

「取引に応じる」
「な、本気ですか?!」
「あいつは死んだんだ……その見返りは何としても手に入れる。こいつらが介入していなかったら、今頃俺たちは封印された白眼を前に項垂れるしかなかったんだぞ……!俺は誓ったんだ、雷影様にこの任務の隊長を仰せつかったとき、なんとしても成功させると……!」

 副隊長は何か言おうと口を開くが、隊長のがんとして動きそうにない気迫に押されて首を空振る。

「……こいつらから、奪いとってしまえばいいのでは?」
「そうですよ、わざわざ律儀に話に乗る必要もない!それかせめて雷影様に伺いを立てるべきです……!」
「そんな間は与えてくれないだろう」

 冷たい視線が投げつけられたので、もちろん、と頷く。

「勿論、手を組むという話は無しだ。手を組む、というのがどの程度までかは分からないし、組織の目的が不透明だからな。だが、『実効期間を設けて手を組んでいたという事実を作る』、という後者の要望のみならば、受けないこともない」
「それは逆に俺たちが有利すぎて――」
「いいですよ」
「……いいのか?」

 あー……、なんか間一髪でのぞんでいた方向に転びそうだ。まだクラウチングスタート切らなくてもよさそうである……が、以前足はスターティングブロックにセットされたままだ。On Your Mark,笛の音は果たして鳴るのか。

「……つまりどういうことです?」

 スキンヘッドの男が質問した。小柄な男が少し呆れた顔で、「だからな、」と説明している。このスキンの男、見た目はゴツイが、イプ2が現れたときも「うわぁ」って可愛い驚嘆の声を上げていたし、今回は話についていけてないし、案外ボケキャラなのかもしれない。

「なるほど……。今のところ、俺たちに実害はないんだし、いいんじゃないですか。自分は賛成です」
「ノロイ!お前まで!」
「自分も隊長に従います。力づくで奪ってしまってもいいとは思いますが……多分、このガキは運搬用や交渉用の使い捨て。命と引き換えに強力な忍術を仕込んでいてもおかしくない」
「そうだ。今このガキを殺すのは恐らく難しくないだろう。だが、あの慎重な木の葉を欺く死体のフェイクといい、ここまで追跡してきた技術といい、ありていの組織じゃないのは確かだ。逃走手段くらは、用意しているだろう……そうなったらもう追いつけない」

 どうやら、ダンゾウの裏四象封印的なものがわたしの身体に仕込まれていると邪推しているようだ。勿論疑いすぎだが、コゼツたちの明らかに異常な性質を目の当たりにしたことで、過分な推測を招いているらしい。これ、隊長がカカシだったら殺されてたな……やっぱりこの交渉は何かがダメだったんだ。賭けの要素が強すぎる。
 隊長は最後に、副隊長の眼を見て頷いた。副隊長だけは感情に流されずに「大体、今回の作戦は……!」「雷影様の命に異議を唱えるのか?!」「そうではありませんが……しかし…」などと言って食い下がっているが、じきに僅かな諦観と共に苦々しい表情が広がっていく。
 これまでの会話を鑑みるに、この隊は、仲間想いで感情的な反面自里のためなら危うい判断もしてしまう少し目を離せない隊長と、どんな時も公平で冷静に隊をアシストしつつも、隊長の熱い心に惹かれてしまう副隊長によって回っていると見える。下調べでイメージした雲隠れの気性は当たらずとも遠からず、見通しは五分といったところか。
 隊長は眼帯をポケットにしまいこみ、「それで?まさか口約束だけってことはないだろう」と品定めするようにわたしを見た。

「はい。まず、貴方がたに口裏を合わせて欲しいのは、”我々に日向ヒアシを殺したいから協力してくれと頼まれた、その見返りに白眼を手に入れる手筈になっていた”って事実です。真実は雲以外の人間には伏せて、当然後に木の葉に追及されたときもそう喋って下さい」
「それはさっき聞いた。オレたちが取引内容を破ったとどうやって判断する?白眼さえ頂いてしまえばどうにでもなる」
「この日向ヒザシには、白眼が一つしか入っていません。もう一つは――」

 イプ2が吐き出した眼球保存瓶を受け取って見せる。

「ここです。この取引には発効期間を設けます。正確にはお伝えできませんが、恐らく5、6年になると思います。こちらから連絡したらその時点でこの取引は終了、つまり満期となった時点で残りの白眼をあなた方に渡し、その後は真実を誰に伝えようと構わないものとします。ここに、」

 わたしは上着の胸元から巻物を取り出し、横に持って紙の端を少しばかり垂れ下げて、中身を見せる。

「今喋った内容が記されています。これはただの誓約書で、法的な効力も強制力もありませんが――雷影にこのことを伝えるときにでも、使ってください。二枚あるので、代表者の方に血判をお願いします」

 ポイ、と放り投げると補佐の男が隊長の前に腕を出してそれを捉える。クルクルと丸まっているそれを広げて、細工がないか調べると隊長に差し出した。
 こいつマジで隊長のこと好きか。お前あれだろ、隊長が熱さに任せて取り返しのつかない失敗しないかいっつもヒヤヒヤしてるクチだろ。
 隊長はクナイで親指を傷つけて、めいめい誓約書に血判を押すと片方を丸めてわたしに放る。忍同士の取引で、このような血判書が取り交わされることは滅多にないが、封印術や呪術のなかには対象者の血さえあればある程度の縛りを施すことができることは知られている。

「では、日向ヒザシを手渡します。存分に調べてください」

 イプ2にもう一度ヒザシを吐き出して貰って、隊長とわたしの間の畳に置いた。素早く後ろの二名――小柄な男とスキンの男・ノロイがそれを引きずって、検分する。「この白眼、本物です」と小柄な男が言い、呪印隠しの布を解き額を確認の後、脈拍、呼吸、チャクラなどを手早く診て、「生きています」と続けた。

「チャクラが乱れているようですが……」
「日向一族は点穴から自由にチャクラを放出できるので、眠らせるのも一苦労なんですよ」
「それにかなり衰弱しているようです………眼からの出血が激しい」

 あっ、眼からの出血……ヒザシの顔色が悪かったのはそこかぁ!

「生きているなら問題ない、ヒザシを頼む」
「は」

 小柄な男は何かの札をヒザシの身体の中心線に合わせて貼り、片手印を結んだ。
「よし……いいだろう。雲隠れの上忍、ミノイの名に懸けてこの取引は順守する。だが、貴様らが我らが雲隠れに刃を向けたと分かれば、このような取引即刻破棄するから覚悟しておけ」

 おん。……ン?そうなったらそうなったで、雲隠れは順当に木の葉の恨みを買うことになるけど、分かって言ってるのかこいつは。

「いいですよ……雲に用はない。我々の標的は唯一つ、木の葉です」

 こいつらに喋った内容の中でただ一つの真実だったからか、自然と口調に力がこもった。向こうは妙にしたり顔で目を伏せた。
 さて、もうお話し終わったんだけどなんて挨拶して帰ろうか……と悩んでいるうちに無言のまま変な空気が漂った。少し焦っていたら、「じゃあボクら帰りまーす!またねー!」とイプ2が元気に手をあげて、自分で動くより早くコゼツが身体の主導権を取り床の中に潜った。
 終わった。
 これで全部終わった。

--後ろから追ってくる様子はない。300メートル離れたけど、彼らはあの宿から動く気配はなくまずヒザシの容態を診てるよ。雲に至急鷹を飛ばしたけど木の葉には飛ばしてない。

 足のつま先からつむじにかけて、鳥肌が一気に立ち上って身体がぶるりと震える。ガンマを着ているせいで、皮膚は妙に湿って変に熱い。熱いのに寒くて、風邪の予兆のように悪寒がする。

--サエ?

「なに?ウッ、げほっ、か、ぐっけほっ!うっ」

--エッ?!

 口と鼻の中に土が入り込み、呼吸困難で身体を固く縮める。コゼツがすぐに地表に出てくれて、上半身を土の上に出したまま荒々しく息を吐く。
 土の中に居るのに、間違って息をしてしまったのだ。

--大丈夫?どうしたの、いきなり。

「ごめ、ケホッペッ、うわばっちい」

 うわ何やってんだわたし〜!
 鼻の中が湿った土の匂いで満ちている。誤って口で呼吸した途端視界が暗くなって、土の中に埋まっているような状態になったんだけど、どうしてだろう。『呼吸していないときに限り、コゼツを中に入れて土の中を動ける』……ということなのかな。何故。息を吐くことはできるのに吸うことはできないなんて変なの。

「ごめん、終わって気が緩んだみたい……」

--家に帰るまでが作戦だってサエが言ったんだろ〜?

「うん、ちょっと、間違えた……うえ、土が口の中にも…わあ!服が汚い!」

 パンパンと服を叩き、首の中や手首、靴の中に入り込んだ土も払う。

--あっ!
--うん?
--組織名を言うの忘れてた!!!
--あー夜の葦ね。

 せっかく考えたのに……!っていうかあの人たちもさあ、名前くらい聞いてよ!彼らに渡した条文の末尾に『夜の葦』ってサインしてあってよかった。
 その後は気を緩ませることなく、3分に1度浮上するリズムで隠れ家まで7時間コゼツ急行に乗ったが、家に帰るまで我慢できなくてそこで寝てしまった。ヒザシを暖めるのに使っていた布団が丁度良く、焚火の番をイプ2に任せると、コゼツと一緒に潜り込むと3秒で寝落ちした。



 鈍い振動で目が覚めた。
 入り口の覆いが外されていて、薄暗い外の景色が窓枠のように切り取られている。イプ2が焚火に鍋をくべて何かをかき混ぜており、立ち上る白い湯気と、何かの雑炊の匂い。隣にいたはずのコゼツがいない。

「あ゛……い゛まなんじ………」
「5時半だよ」
「ヴ、そう……、………5時半?!」

 ばっ、と布団を蹴り上げると土埃が舞い、冷水のような空気がキンキンと身体を締め付けて縮み上がる。

「うわぁん、寒い、寒い」

 壁に掛けてあったはずのわたしの外套がない。ふと視線を落とすとイプ2がコゼツの外套を着ているではないか。

「なんであんたがそれ着てんの。てことはわたしのはコゼツが着てるんだなぁ!もう!」
「そうだよ」
「じゃあそれ貸して!」

 お前らは寒さを感じないだろう、と言わんばかりにムッとした顔で手を突き出すと、イプ2は素直に外套を脱いだ。うっ、その下は裸か……なんだか身ぐるみ剥いだみたいで悪い気がするが、こっちも寒いんだ、仕方ない。

「これを作る材料を取りに行くのに、裸じゃまずいだろ?だからアイツの外套を借りたら、今度はアイツがサエのを借りた」

 イプ2は焚火の上に無理矢理乗せた鍋に、味噌を溶いている。あなたの味噌はどこから?あとその具もどこから?でもありがとう、めっちゃ美味しそう。

「あ……ありがとうございます……あれ、ガンマいつの間に消えたんだろ」
「一回目の息継ぎの時に剥がれただろ〜忘れたの?」
「忘れた」

 あれ?つーか眠くね?全然疲労取れてないんだけど……今からアカデミーとかありえない。

「サエ〜〜〜!起きろー!」
「もう起きてる」
「あ、起きたのか。なんか顔凄いよ」
「朝シャンしたい……1限サボりたい…あ〜〜〜〜さぼりたい………」
「ベータが、朝6時までに戻ってこないと具合が悪いからアカデミー欠席することになるって言ってるよ」
「はいはい戻ります戻ります」
「できた!山菜雑炊!」

 イプ2の作ってくれた雑炊を食べて、少し元気になって、コゼツを中に入れて部屋に戻った。
 オメガシリーズの身代わりと交代した次の瞬間、母親が部屋の扉を開けた。卵粥と飲み物が乗ったお盆を持っているので、わたしが風邪ひいたと思っているようだ。しかし、泥や埃まみれになった掛け布団を見て目を丸くし、「燃えただのなくしただの言い張ったかと思えば、一体どこで、どうすれば掛け布団がこんなになるの!大体、布団を”なくす”奴がありますか!」と朝っぱらから怒られたのだった。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -