8歳 / 夜の葦A
副題:頭が真っ白になると細かいことは覚えていられない

「こんばんは〜〜〜!お休みのところ失礼しますー!」

 第一印象は笑顔が大事!
 ぐるぐるが作った仮面の下、前世の接客バイトで培った最大級の笑顔を浮かべて天井から顔を出すと、明日の道のりを確認していた4人の男たちは驚き飛びのいた。

「なっ……?!」
「貴様何者だ!」

 よっこいしょ、と床に降り立つ。男たちの中の一人、一番背が低く使者一行の隊長だった男は、わたしから距離を取って腰を落とす。

「隊長、こいつガキですよ」
「子どもだからと言って侮るな……気配を感じなかった」

 それは厳密にはあなたの感知能力が低いからだと思ったが、何も言わずに彼らと向き合い、一手目の攻撃が来ないことを確かめる。出会い頭にやり合い始めては、交渉の為に腰を据える機会を作る前にわたしがアッサリ殺されてしまうので、ファーストコンタクトは重要だ。

「わたしはとある組織からの使いです。あなたたちと交渉したくて、今日はお邪魔しました。えっと、どうぞ座って下さい……(?)」
「馬鹿を言え。……組織からの使いだと?貴様よく感知してみれば、ただのガキじゃないか」

 侮るなと部下に言っておきながら、わたしに対しては”ガキ”と声をあげるのは、ハッタリか、それとも本当にしょぼい雑魚だと看破したからなのか。どちらにせよ時間をかければ分かってしまうので、すぐに種明かしして彼らの興味を引かねばならない。

「それは話を聞いてからにしてください。本題入りますね」
「チッ、こいつ……隊長、!」
「動くな!」

――残念、隊長の指示を待たずに部下の二人が腰を落としてチャクラを急激に練り始めた。隊長の隣にいる男が補佐の役割を担っているようなので、恐らく副隊長。既に掌に手裏剣を10枚用意して、足にも何かチャクラを溜めているようなので接近メイン。彼らの後ろで押し入れを背に腰を低くしているのが二人いて、そのうちの左側のスキンヘッドの男は槍を扱うようだがこの部屋の中では上手く立ち回れないだろう。右側の小柄な男はまだ隊長の指示のまま動き出す気配はない、むしろ妙に”今いる位置”を保とうとしている。
 副隊長とスキンヘッドの男がわたしの捕獲を試み始めている。そう判断して、心の中でイプ2に浮上命令を出した。

「いないいない、ばぁぁぁ〜〜〜!」
「うわぁ!」

 ……やっぱ白ゼツたちって脅かすの上手いなぁ。わたしだったらあの反応は引き出せない。とんだエンターテイナーだ。
 後方の男たちの丁度真ん中からイプ2が顔を出し、反射的にスキンヘッドの男が槍を振ったが、しかしイプ2もその程度は予想していたようで軽く躱す。槍の先端が空気を切り裂いた後、押し入れの壁がぺろりと剥けた。ひぃぃ、強そう。
 このまま白ゼツとわたしで前後を挟むのもいいが、前後を両方取られているというのは忍としてとても不安定な配置なので、特に実力がかけ離れすぎた相手に対しては下策だ。どちらかを消そうとしてくる前に、イプ2を敢えて自分の隣に来させて――畳の上に頭だけ出して、プカプカ上下しながらイプ2がわたしの方へ滑るようにして近づいた――彼らと改めて向き合った。

「……どうやら本当に話がしたいだけか」
「話を聞くんですか?俺たち全員でかかれば、こいつら殺すのはわけないですよ」
「そうだ。なら、話を聞いてから殺すのでもいいだろう」

 挟み込むのをやめたせいでこちらの目的が伝わったらしい、隊長と呼ばれた男は手を広げて部下を制し、目を細めながら唸った。スキンヘッドの男は渋々槍から手を離し、副隊長は手裏剣を袖の下に仕舞う。

--ヒザシ吐いて。
--分かった。

 畳の床から上半身だけを出したイプ2が、口を大きく開けて人の身体を吐き出し始める。そのなんとも奇妙な様態に、男たちの目は釘付けになり、足、腰、手、と順に現れる身体が頭まで出てきたところで大きく驚愕した。
 隊長は、感情を抑えているつもりかもしれないが、子供であるわたしの眼から見ても混乱に陥ったことがありありと分かる。彼は部下に目くばせをして、一番後ろに控えていた小柄な男に押し入れの中を開けさせた。
 そこには頑丈そうな寝袋――死体袋が術式札を貼りつけられて横たわっている。なるほど、小柄の男が攻撃体勢に入らなかったのは、押し入れの中にある寝袋を守るためか。

「どういうことだ…?!それは、」
「これは本物の日向ヒザシです」
「まさか……!ではこの死体はフェイク…?!木の葉のやつ、裏切ったか!」
「待て、早まるな!まずはこの、”組織の使い”だとかいうガキの話を聞こう」

 わたしは、まず今回の事件が白眼を手に入れんとした雲隠れの策略であることを指摘し、そして木の葉が取った苦渋の作戦が”死ぬと白眼が封印される呪印の仕組みを利用して、双子の死体を渡し、白眼を里外に流出させない”というものであったこと等、まず”史実ではどうなっていたのか”という事の顛末を説明した。
 まだ事態が飲み込めていない部下の二人に対し、隊長と副隊長は、話を聞くにつれて顔を苦々しく歪めていった。

「……呪印と双子か。とんだトリックに騙されたものだ」
「我々が”死体”を要求したことを木の葉は逆手に取ったわけですね。あれは確かに死体だった。しかしまさか、分家の者には全員こんな呪印を掛けて縛っていたなんて……」
「フン、才溢れる一族に恵まれるのも考え物だな。瞳術が他国に漏れぬよう躍起か」
「酷いことをする奴らですね。木の葉隠れ、平和で温い里だと言う人間もいるが、やはり雷影様のおっしゃっていたことは真であったか……闇が、深い」

 雷影、なんか木の葉について言ってたぽいな。まー忍の闇の代名詞ダンゾウと、里の父兼プロフェッサーヒルゼンの二枚看板だって知っていれば、一筋縄ではいかないと思うのも分かる。

「なるほど木の葉の取った手はよく分かった。だが、”そうなるはずだった”とはどういうことだ?お前が今持っているその死体が、日向ヒアシってことか?」
「いいえ、違います。では続きを説明します。――わたしたちが介入しなければ、あなたがたが今持っている死体は日向ヒザシのものである筈だったのですが……実は我々も我々で別の作戦を実行中でして、偶然ですが、あなたがたが宗家の娘を誘拐したタイミングとばっちり重なってしまいました」

 こくりと唾を飲み込む。シンと静まり返った部屋に、廊下を行き来する女中の足音やどこかの温泉で湯を浴びる水音が聞こえる。大の男が4人控えている狭い部屋の中で、まだ10歳にも満たない少女の声がところどころ震えながら響いているのが、とても変な気分だった。まるでファンタジーだ。

「”その死体”はわたしが用意した日向ヒザシの偽物です。あなた方に、白眼と引き換えにとある取引を持ち掛けるために、木の葉の眼を欺いて偽物の死体と入れ替えたんです。彼らは、自分たちの作戦が上手くいったと思っているでしょう。実際日向ヒザシは死んでおらず、ちょっと衰弱してますが頑張って生かして持ってきたのが”これ”です」
「では、それが本物のヒザシだと?証拠はあるのか」
「額の卍呪印があることが何よりの証拠ですし、まだ息があるので、記憶を探るなりなんなりすればすぐに分かります。白眼も封印されていない状態でまだ右目に残っています」

 小柄な男は、顔を紙のように白くさせたまま、押し入れの中から死体袋を取り出して、チャックを開ける。ヒザシそっくりの死体と、イプ2が吐き出したそれを見比べて、「何から何までそっくりだ」と言った。
 だが、忍の世界で死体は情報の宝庫であり、それゆえに価値が高い。死体の精巧な偽装を作ることなどどの里でも行っているから、逆にこのような里を揺るがす大事でも木の葉という大国の眼を誤魔化すことは容易ではない。隊長もそう考えたらしく、まだ何か慎重に考え込んでいる様子で、口を閉じた。

「確かに……こっちのは呪印がない。そうか、日向の分家には呪印という分かりやすい死のサインがあるからこそ、騙されやすかったのか」
「奴らも馬鹿ではない、そんなフェイクに引っかかるものか!」
「ですが、この白眼確かに本物です。チャクラの色も嘗て見た日向ヒザシのそれだ…」

 小柄の男が片手印を結び、目に力を込めながら本物のヒザシを凝視している。わたしは、白眼でもないのに、チャクラを目で見極める手段を持っているのか、凄いなあと思ったが、よくよく考えるとこんな大きな任務を宛がわれるくらいだからこの4人全員が一芸に秀でた優秀な忍であるのは何もおかしなことではない。
 隊長は、口をむっと結んで何事か思考に時間をかけていたが、ふう、と鼻から息を噴きだしてゆっくり頷いた。

「隊長、まさか、」
「……取引の内容を聞いていなかったな」
「乗るんですか、コイツの戯言に?!」
「話を聞くだけだ、そう焦るな」

 ”話を聞くだけ”と言っているものの、隊長が取引に対して乗り気であることは明らかだ。副隊長は引き留めたがっているが、隊長は威圧するような眼でわたしを見て、顎をしゃくった。
 先ほどまでじわじわと滲んでいた汗は冷えて、鳥肌が立っていた。ガンマの皮膚が身体中を覆っているお陰で寒さはないが、気持ちの悪い湿った感覚がわたしの身体の全体を包み込んでいるようで不快感がある。

「……取引内容は簡単です。こちらは生きた日向ヒザシと白眼を渡す。その代わりあなた方にはわたしたちと手を組んで頂きます」

 四人全員の眼がわたしを注目し、殺気が部屋の中に満ちる。隊長の喉元がこくりと上下した。天井につけられた蛍光灯の明かりが額に反射して、そのにじみ出た汗の一粒一粒まで鮮明に見える。

「――手始めに、雲が今回行ったことを全て、我々からの要求だったことにしてください。実効期間は5年」
「そんな交渉に乗ると本気で思っているのか?」

 副隊長はとうとう我慢ならなくなったのか、虎のように眉間と鼻に皺をよせて怒鳴り、腰の刀を抜いた。だが、隊長はそれを制する素振りはない。これ、やばいか?失敗か?床の中に沈むにはどんなに早くても1秒かかるので、もしも彼らが切りかかってきたり攻撃してきたら、まずはこの手足を使って自力で距離を取らなければならない。
 隊長は、さっきまで浮かべていた大量の冷や汗はどこへやら、脱力したように肩から力を抜いてため息をつくと、前がかりの副隊長の背中をポンと叩いて、「落ち着けサライ」と言った。

「お前たちが何を考えているのか知らないが、我々雲隠れはどのような犯罪組織と手を組むこともしない。雷影様は、敵と味方をはっきり区別し、白黒つけたがるお方だ。もしも貴様らと雲隠れが通じていることが他国に知れれば、我々の信用は地に落ちる。それは、双峰天を突き、雷雲轟く千年前から続く、我が雲隠れの先祖が守り抜いてきた伝統と思想に著しく反する行為だ」

 うわぁ〜〜〜………。まじか。
 読みが外れた。ショックだった。
 わたしは先ほど”雲隠れと手を組みたい”と言ったが、本当に手を組みたいと思っていたわけではない。不可能そうな提案をまず先にして、その後”手始めに”で繋げた部分が本命の要望だ。だから、完全に手を組むことはできないけど、その要望のみなら取引してもいいよ、みたいな答えを期待していたのだ。
 しかし断られたならば仕方がない。落ち着け、と秒速100回くらい自分に言い聞かせて、内心の動揺を悟られまいと務めながら、「そうですか」と言葉を繋げた。

「あなた方にメリットの大きい取引だと思ったのですが……、えっと、非常に残念です。取引不成立となれば、日向ヒザシの白眼は渡すことはできないので、わたしは帰ります」
「フッ、やすやすと返すと思うのか?」
「いや、わたしに戦闘能力はないし、逃げ足もあまり早くないので、すぐ殺されちゃうと思います……」
「…………」
「でも白眼だけは渡しませんよ。この命を犠牲にしても、こいつらに持っていってもらいます」

 副隊長の白い眼がギラリと光る。パチパチ、と細かい破裂音が聞こえて彼の身体の周囲に青白い光が見える――雲隠れらしく雷遁使いか。
 しかし、隊長が今度こそ彼を止めた。

「――だが……我が雷影様の教えはそれでけではない。あの方は犠牲を受けたまま食い下がるお方ではないし、我々は、いや、俺は、仲間の無念を決して無駄にはしない。この任務の為に大事な仲間が死んでいるのだ、どうあってもこの任務成功させると決めている!」

 隊長は、開いた掌をギュッと握りしめて、横に振りかぶる。
 おいおいやばいよやばいよ、これ、もう逃げた方がいい?にげる?

--イプ2、ヒザシ飲んで。
--分かった。
--逃げる準備できてるよね?
--いつでもいけるけど、まだ待とう。ボクの暗躍センサーが”退避は早計だ”って言ってる。
--そのセンサーどれくらい信用度あるの?
--でも……そうだね、ちょっと様子がおかしい。

 様子がおかしいだって?それ、面白い時に使う言葉じゃないのかよ。

「隊長……?」

 だが、コゼツの言う通り隊長は攻撃体勢に入ることなく、ポケットに手を入れて何かを取り出した。一瞬、武器を手に取るのかと警戒し心のクラウチングスタートをキメそうになったが、彼の掌に収まっていたのは黒い眼帯――ヒナタを誘拐して殺されるために用意されたと思われる、使者の遺品だった。
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