8歳 / 日向ヒナタ誘拐未遂事件D
副題:スケールがつかめないのでSI単位系でお願いします。

「奴らが木の葉から出るのは3日の昼だよ」

 薪を腕一杯に抱えたコゼツが、足の指先で覆いを捲ってヨタヨタしながら洞窟に入ってきた。

「ありがとう」

 イプ5の報告が今入ったようだ――三日の昼か。使者が普通に走ったら、翌日の夜には火の国国境を越えて湯の国に入るだろうから、接触するとしたらそこだ……しかし使者ともなれば野営ではなく宿泊、少し厄介だ。
 この世界にはどうしてか時速の概念がない。勿論単位としては存在するが、様々なシーンで自由気ままに例えられており一般化されておらず、前世の感覚が染みついているわたしはSI単位系で実感したいのだ。よって今まで、色々な作業の傍ら『忍の足で○○日』や『通常の火遁の○倍』などの曖昧な比喩を変換する作業を進めてきた。速度や圧力、濃度は修正が終わって、今はジュールや電力などのエネルギーに移り最終的には『単位量あたりのチャクラがもたらすエネルギー』をジュールで変換したいと思っている。
 まず、ナルトあるある比喩その1『忍の足で○○日』、これは『中忍以上の大人の忍が戦闘用の体力を消耗させずに一日走り続ける場合進める距離』を指す。任務で巻物を運ぶとき、また他のチームの助力に行くとき、休憩を抜くと一日で走っている時間は11時間である。
 アカデミーの教科書には、『木の葉の里から火の国国境まで1日半かかる』としか載っておらず実際の距離は不明で、「※なお、アカデミー生はその倍〜三倍かかるので注意」というクソみたいな注釈が添えられている。わたしは腹立たしい気持ちで木の葉の国土地理院である「木の葉情報部地理局」に赴きデータを見せて貰い、木の葉の里から火の国国境まで直線距離が約1215kmであることを知った。

木の葉隠れから火の国国境H=約1215km
忍の足でHにかかる時間T(忍)=約16h
速度v(忍)
=H/T
=約75km/h

コゼツ(土)の速度v(コ・土)
=30m/s
=108km/h

v(コ・土)/v(忍)=1.44

 つまり、コゼツを中に入れたまま土の中を潜ると、『忍の足』の約1.5倍の速さで進むことができるというわけだ。
 お分かりの通り、意外と小さい。この世界の地図は教科書にも載っているが、木の葉の里が火の国の中でも結構北の方に位置するとはいえ、国境まで千キロ程度しかないというのは意外であった。何が小さいって、この星の半径だ。
 火の国を円に見做しても(見做せないくらいボコボコした形だが)直系3千kmにも及ばないし、確か大阪と東京が400kmくらいで、日本とアメリカの距離が約11000kmだから、火の国はだいたいオーストラリアくらいの面積になるのだろうか。そうすると、地図上で単純に見積もってもこの星の円周は2万キロ程度で、半径はだいたい3千キロ。地球の半径は6300kmくらいだったはずだから……体積換算でV=4/3πr^3、ナルト世界の『地球』体積は前世の地球の1/9しかないことになる。
 だが、もしそうだとしたら、重力があまりに大きすぎる。ナルトの世界でジャンプ力が凄いのはチャクラのお陰かと思っていたが、もしかして前世の世界より重力が小さいのだろうか?それとももしかして、こっちの世界での『1kg』は前世の1kgと違う……?
 勿論他にも考え方はある。地球型惑星の場合重力は概ね質量に比例するが、そうでない場合もあるので、一概に「重力が小さすぎる」とは言えない。要は密度の問題だ。
 また、アカデミーでもまるで世界地図であるかのように扱われている地図が、局所的な地図であるという可能性もある。ただそうすると、他の地域はどうなってんだって話になるし、ちゃんとした世界地図使えよって思うし、第四次忍界大戦で作られた感知水球はどこからどこまでを範囲として定めたのか気になる上、「これじゃあ一つの星だ」発言が謎になる。もしかしたらあの地図の外側にも少し土地があるが、あまり人が住んでいないから省略されている、なんていう隠し設定が出てくるのかもしれない。でも授業ではあれを『世界地図』だとしていたんだよなぁ……。
 それに、今回の計算はあくまでざっくりしたものだから、情報部の人に星の半径や地図の外側の話を聞けば明らかになるだろう。うーんワクワクするな、この計画が終わった後の楽しみができた。

「木の葉からも護衛が出るの?」
「国境までは」
「了解。うーん、霜の国まで行くと岩に近づきすぎるからな、やっぱり接触するとしたら湯の国だ。5にもそう伝えておいて」
「はいはーい」

 コゼツは、薪を紐に通して洞穴の上の方に掘った穴にひっかけて並べてつるしている。わたしは再びヒザシの身体に視線を戻して、簡易版心拍数測定器と血圧測定器を見ながら医学書を眺めて悶々と眉間を揉む。
 自死用の白装束に包まれた土気色の顔をしたヒザシは、唇が紫色で生気が失われているように見える。しかし額に刻まれた緑色の卍が、彼がまだ生きていることを示している。
 多分、何かしらの処置が適切でないせいで身体の調子がおかしいのだろう。本を見ながら素人がやればこんなもんだ……なんて言ったら医学部の友人に笑顔で殺されそうだけど、でもチャクラで強化されたナルト世界では病で死ぬとかあんまりないので大丈夫だって思うことにした。病で死ぬなんて精々うちは一族くらいだよね!

「ねえ、そいつ生きてる?」
「……呪印あるし」

 呪印をバイタルサインのように扱っているのは悪いと思っている。

「呼吸浅いしさぁ……やばいんじゃないの?」
「でもちょっと強い麻酔打ってるだけだし……ちゃんと栄養チューブも繋いでるし…」
「お腹空いたのかなぁ」
「麻酔打ってるのに物食べれるのかなぁ…」
「さあ」

 分からない。お医者さん……看護師さんって凄いなぁ(小並感)

「まあでも腹減っただけで死ぬわけないしなぁ〜」
「サエ昔ボクに言った言葉忘れたの?」

 コゼツの活動エネルギーがどこから来てるのか分からない、って言ったじゃないか、とコゼツは人差し指を立てながら呆れた様子で薪を紐に通している。ムウ、その台詞をコゼツに言われるとなんだか酷く自分が人外な存在に思えてきて納得いかない。
 そういえばなんだかお腹がすいた気がする。お弁当はあるけど、お菓子が食べたい。甘いものが食べたい。

「どこ行くのー?」
「コンビニ」
「土の中から行った方がいいよ」
「下見も兼ねてだからいいよ!コゼツはヒザシを暖めてあげて」
「暖めて……?」

 チャクラを足に溜めて凍った地面を蹴った。
 急こう配の岩肌を身体で落下速度を調節しながら滑り落ちて、だん、と蹴って木の上に着地した。黒手袋をした左手で気の先端を掴み遠心力のままにぐるりと一回転し、勢いで次の木に飛び移る。しん、と静まり返り緩やかな睡眠に入っている冬の森を、闖入者がざわめき揺らしていく。どうだ、迷惑しているか?
 凍り付いた針葉樹が音を立てると、瞬く間に周囲一キロに振動が伝播して鳥がパサパサと羽音を立て、獣は動きを止める。楽しい、楽しい。薄い積雪がコロコロ割れて転がり落ちる。
 冬の森の静けさは、軽やかで素敵な音を際立たせるので、とても好きだ。



 3キロ離れた宿場町まで、コゼツを入れれば100秒、地上から行くと5分。生き帰り合わせて20分ほどでわたしは洞窟に戻った。

「コゼツー?」

 洞窟内にコゼツがいない。まさかヒザシが目を覚まして脱走したか、と思いきや、日のあたらない奥の方に横たわる真っ白いものを確認してホッと胸をなでおろした。
 しかし目を凝らしても、パチパチ薪が弾ける音と、ぽた、ぽた、と点滴が落ちる以外動くものはないので、コゼツだけがどこかに出かけたようだ。あの子はわたしの命令絶対順守ではないが、やってくれと言われてやれないものはNO、できるときはYESをしっかり主張して、その通りに実行するので、YESと言ってそれを実行できないなんてことは今まで一度もなかった。
 コゼツに何かあったのだろうか?
 不安になって、ガンマを呼ぼうとしたら「サエおかえり〜」とどこかから声がした。

「コゼツいるの?」
「何、目の前にいるじゃないか」
「え……どこ…」

 暗闇の中に目を凝らす。ふと、足首を誰かに掴まれて、「イヒャァ」と変な声が出た。

「うわ、何やってんの?」
「何って、暖めてあげてる」
「暖めてっていうのはそういうのじゃない」

 ヒザシの顎の上まですっぽり覆う羽毛布団の中が、ごそごそと動いて、若草色の髪の毛がこんもり見えた。布団の中から手が伸びてわたしの足首を持っている。

「あったかいよここ〜ボクもう外出たくない」
「あっそう……」

 はぁ、と深くため息をついて布団のそばに腰を下ろし、鞄から干し芋と兵糧丸を取り出す。一本の紐に5枚の干し芋がつるされていて、それが2本で10両(=100円)。安くて栄養価の高いお菓子だ。

「それ干し芋?」
「ん、」

 一枚口に入れて、もう一枚を紐から千切り取ってコゼツに渡すと、彼はパクパク噛み始めた。肘を張っているのでヒザシの頬に当たっている。
 兵糧丸の方はすり鉢に入れてすり棒で粉々に砕いて、焚火にくべていたお湯を一杯くんでひしゃくの中に直接粉を溶き入れる。兵糧丸は、砕いて顆粒にし液体を抽出することでも経口摂取でき、体力が弱った忍には液体にして飲ますことで吸収を早めるらしい。しかしその効果はあくまで『吸収を早める』程度であり、液体にしようが粒状で飲まそうが治癒力に大差はない。それでも忍界大戦の時には、補給ポイントまで仲間の忍を背負って走りつつ休憩のたびに湯を沸かして兵糧丸を飲ませようとする忍が多く、哀しいかなその焚火の跡が追跡部隊に見つかって殺されることが相次いだそうだ。
 九九の掛け算をずっと覚えているように、アカデミーで習った基礎知識は大人になっても消えず、思い込みのように刷り込まれたそれが命取りになることもある。切ない。

「ヒザシの身体結構体温あるし、まだ死なないと思うよ」
「死んだら困るわ」
「でも息が浅い」
「それね」

 兵糧丸を溶いた茶色いお湯を、吸い飲みの中に入れて、ヒザシの口元に持っていく。しかし上手く口に流し入れることができなくて、一旦吸い飲みを地面に置いてヒザシの頭を抱え上げて膝の上に置いて、もう一度口元に吸い飲みを近づけたら今度は手がコゼツの頭に当たった。

「邪魔だよどけよ」
「寒いんだよ!横暴だなぁ」
「土の中にでも埋まってろ」

 コゼツを布団の中から追い出して、さて三度目のトライでやっとヒザシに湯を含ませることに成功した。だが、嚥下の動きが見えないので、本当に胃の中に入っているのか疑問である。肺の方に流れ込んでたらどうしよう。
 あまり多く流しすぎると今度は口の端からお湯が零れた。あれ?これやっぱ余計な事したんじゃね?待ってもう一度ちゃんと本を読みなおそう。

「人間は大変だなぁ」

 土の中に埋まったままコゼツがスルスルと近づいて、ヒザシの頭を抱えるのを手伝ってくれた。こうして時間をかけて兵糧丸液をお湯一杯分飲ませた後、再び頭を横たえて布団を被せた。
 3日の正午、雲隠れの使者がヒザシの偽装死体を持って木の葉を出立した。大体湯の国に着くのは翌日の夜だから、わたしは明日の朝こっちを出ればいい。アカデミーは1月5日から始まるので、それまでにギリギリ戻れるかどうか……というところだろう。
 問題は親にどんな言い訳をするのかだった。使者に接触するのは夜だから、どうしても一晩家を空けることになる。影分身は一定の距離離れると消えてしまうので身代わりに使えないし、かと言ってこの年ではまだ「ミクちゃんちに泊まるねー!」「また?親御さんにちゃんと挨拶するのよ!まったく、後でお礼を言うのはこっちなんだからねブツブツ……」では済まないし、仕方なくコゼツの別個体をわたしとコゼツに変化させて凌ぐことにした。面倒くさいので、ギリギリまで外で自主練した後は腹痛で部屋に籠って即寝てしまえと言い含める。まあどうにかなる。
 翌朝、ヒザシの身体をイプ2に収容し、コゼツと共に隠れ家を出発した。イプ5から、使者の一行が泊まる湯の国の温泉宿の場所を聞いていたので、帰還する木の葉の部隊と万が一のエンカウントを避けて、岩隠れの方から回り込むようなルートを取ることにした。

 因みに、ヒザシは麻酔中に飲ませたものを全て嘔吐してしまった。やっぱり余計なことだったらしい。窒息死しなくてよかった、一つ学んだ。
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