8歳 / 日向ヒナタ誘拐未遂事件
副題:緊張しすぎると心臓が働きすぎて疲れる

 12月27日は静かに幕を開けた。
 昨夜は午前2時を過ぎてもなかなか寝付けず、最悪のコンディションで朝食の席につきひきわり納豆を混ぜているわたしに比べて、3秒で寝落ちしたコゼツは元気いっぱいで、父にコーヒーを淹れたり、母に玄関床にある木箱の中からミカンを取ってくるよう頼まれたり早くもきびきび動いている。

「なんだサエ、セレモニーが楽しみで寝付けなかったのか」
「サエにもそんなところがあるのね」

 雲隠れとの同盟締結と同時に取り交わされる和平条約締結は里をあげて祝うように火影からお達しが出ている。うちの両親は大通りに出て使者を迎える花道を作ることこそしないが、今日はお祝いだからって豪華な夕食を作るつもりでいるらしく、2人とも仕事は休みだ。昨夜はその夕食の手伝いをわたしたちに頼んできそうだったから、わたしは先回りして『今日は友達と大事な予定があるからお手伝いはできないかもしれない』と伝えてあった。

「あー、まあそんな感じ!全然寝れなかった〜…今日は午後から用事があるけど、その前に自主練行くから8時に家出るね!」

 一週間前から言ってあったことをもう一度言って、苦笑いして味噌汁を飲む。母は、「はいはい」と言って弁当箱を用意すると昨日の夜作っておいたらしい卵焼きを切り分け始める。
 今日はわたしが皿洗いの日だったので、緊張と寝不足でげっそりしながら仕事を終えた後、持たされた弁当箱と水筒をリュックに詰めてコゼツと一緒に家を出た。「折角のお祝いなんだからちょっとはゆっくりすればいいのにねぇ」という母の声が、窓から漏れて風にのって聞こえてくる。
 さて、今日は午前中自主練して雲隠れの使者の顔を見に大通りに出て、その後ヒザシを安置しておくための『隠れ家』に行ってそこで作戦の最終確認を行う。
 先日病院に薬を盗みに行った帰り、コゼツと別個体たちに”隠れ家になりそうな場所を見つけておいてほしい”という旨は仄めかしておいたのだが、そこまで緊急性の高い案件ではなく、来年になるまでに見つけて貰えればいいやと思っていた程度だったので、この短期間で手に入るとは予想外の朗報だった。早すぎて困るものでもないし、今日の午後そこを見にいって、今からでも使えそうなら積極的に利用していこうと思っている。
 それに、日向ヒザシを偽物と入れ替えた後、そのままずっとイプ1の身体の中に入れておいてもよかったのだが、もしも薬の効きが弱くて目を覚ましてしまったら怖いので、どうしようかと悩んでいた。ヒザシを眠らせている間彼を放置(監禁ともいう)しておく場所として、家の地下室は精神衛生上あまりよろしくなく、コゼツの一体に監視を任せておけば取り敢えず安心できるようなセーフゾーンが手に入るなら、それに越したことは無い。

「木の葉に着くのは11時なんだよね。まだ結構時間あるな〜」
「奴らが泊まってる宿は火の国の中だ。今朝出発したからまだ時間があるよ」

 ポストの回収に向かう郵便局の配達員とすれ違い、香ばしいバターの匂い漂うパン屋の前を通り過ぎてなだらかな石畳を降りていくとのどかな景色にあくびがでた。
 平日でも休日でも、朝の出勤ラッシュがない木の葉の里は、戦争さえしていなければ本当に平和だ。

「ねむい。歩くのだるい」
「土潜る?」
「いい………。あー、2キロ以上徒歩っておかしいよね。里の形を円だと見なしても半径5キロはあるんだよ?なんで電気通すくらいの技術はあんのに電車やバスはないんだろ。仮に電車は無理でも、自転車くらいならあってもよくね?」
「なまじ足が速いから交通手段が発達しなかったんじゃないの」
「えーそれは適当すぎない?里内だけならまだ分かるけど、国の領地と領地を結ぶ公道すら馬と人力車しかないんだよ。監視カメラや無線があって、電気も通ってるのに、おかしいよ。ねえおかしいよね?」
「あーもう、分かったよ。おかしいねぇ」
「うんおかしい」

 さっきからずっと同じ話を繰り返している。眠い。
 コゼツには少々前の世界の技術について喋ってあって、彼はそれを「未来の技術」だと思っているので偶にこういう「コゼツは理解できていない未来の技術による謎の単語」が会話に出てくるが、彼はもうそのことにつっこまなくなっていた。

「そんなに気になるなら、サエが進言してみればいいじゃん」

 わたしは「そりゃ〜…」とモゴモゴ言い淀み言葉を躊躇う。

「交通手段を増やすことで国内の流通を云々それが後々火の国の国内総生産を云々的な提案はしてみたいけど……わたしその辺詳しくないっていうか専門じゃないから適当なこと言えないなって思うと…」
「サエってたまにそれ言うよね。専門とか専攻してないとか……実際条例を作ったりプロジェクトを進めるのは国の偉い人たちであってサエじゃないんだから気にすることないでしょ。」
「まあそうだけど…」
「矛盾してるよねー、国や里に対して意見を出すことはそこに住む人たちの持つ正当な権利だ!とか言う癖に、いざ自分が何か言おうとすると間違ってるかどうか気にするんだもん」
「そうだけど………」
「だいたい、サエの専門ってなんなの?」
「うぅう……」

 眠くてぼーっとしてるからってなんか色々とずばずば言われてね?最後の一言がまた凄くつらい。わたしごときが専門とか前世の友人が知ったら鼻で笑うわ……うう…。

「わたしの専門は一応高分子物性、というか、高分子化学というか……」
「未来の忍者はそんなことしてんだー、ボクそういう勉強はあんまり興味ないな」
「そ、そっかぁ………難しいからおすすめしないぞ…」

 朝からテンションだだ下がりだぞくそー。
 普段なら軽快にピーチクパーチク開くわたしの口も、コゼツの無邪気な質問と起きぬけの低血圧でもって今日はもったりと重い。河川沿いの道に出て、透明な水がキラキラ輝くのを眺めながら大通りに向かって足を進める間、詮無いことをひたすら考える。コゼツは黙って隣を歩く。
 むっつりと黙ったまま早朝の散歩は爽やかで良いものだったが、突然面倒臭くなってコゼツと演習場まで競争した。雲隠れの者が木の葉に着くまでの3時間、2人で身体を動かした。



 雲隠れの使者のそばには地面の中か壁の中に常時イプ5が潜んでおり、定期的に動向を教えてくれる。また、日向ヒザシの中にイプ1、ヒザシの家の家政婦の中にイプ3、かかりつけ医の中にイプ4がいるので、日向側の情報収集環境も完璧だ。
 わたしは雲の使者の顔をチラッとみたあと、イプ2が見つけたという隠れ家に向かった。
 コゼツに運転を任せて土の中から里を出て、二回息継ぎをしたあと着いた場所は、高い山の中腹に亀裂が入ってできたものと思われる、小さい洞窟だ。

「どう?いい感じでしょー!」

 腰に手を当て胸を張るコゼツの頭をポンと撫でて、まず洞穴の入り口から外を俯瞰した。次にぐるっと後ろを向いて、光の届かない洞窟の奥まで歩き、壁をぺたぺた触って天井を仰ぎ見る。

「息継ぎの回数で分かる通り、ここは里から12km離れてて忍がよく使う道からも結構遠いよ。ここから3km離れたところに宿場町があるから、何か入用になったらそっちに行けば”誰か”に見つかることも少ない」
 
 壁はひんやりと濡れていて、氷のように冷たい。更に奥に踏み込むとついに真っ暗になったのでライトを口にくわえて照らし出すと、洞窟内はボコボコと不規則に突起があって進みにくく、奥に入るにつれ地面が斜めに下がって奥の方には水が溜まっているようだ。
 びちゃん、と足が音を立てた。わたしはそこで手前に引き返した。
 なるほど、この辺一帯は冬には雪に覆われ遭難者も出るような厳しい山岳地帯であり、そんな火の国と林の国を隔てる大きな山脈の一つを形成するのがこの標高3100mの鳳来山だった。
 忍がこの山脈を越えたいとき、普通は山の中に作られたトンネルを進むか(迷いやすい上盗賊が出るので使われない)、西に曲がって岩隠れの方から進むか、東に曲がって雲隠れの方から進むか、選択肢は三つしかない。よって、崖の真ん中に口を開けて中腹から裾野までを一望する景観の良い南向き角部屋でも、誰かに見つかる可能性は限りなく低い。

「………めっちゃいいじゃん」

 両物件です。クソ寒いけど。
 土の中を移動できるコゼツと一緒なら、寒さも高さも、一般人には”死の山岳地帯”と呼ばれていたとしても関係ない。
 わたしは早速入り口付近に荷物を下ろして薪を集めてきてもらい、携帯燃料で火をつけて暖をとった。こういう秘密基地に来たらまずは作戦会議と洒落込みたいけど、まずは別個体たち念願の”隠し穴”を作るべく、クナイを取り出して穴を掘る場所を選定する。壁際の隅にクナイを突き立てて、梃子の要領で壁に切れ込みを作ると岩の破片がパラパラ落ちた。うむ、隠し穴ってどうやって作ればいいんだろうな?普通に……掘ればいいのか?
 この洞窟は灰色の泥に白や黒の細かい鉱物が混ざったような岩石層と黒茶色の土層に挟まれるように出来ていて、前者の岩石にはへき開があり鋭いもので刺したとき鋭利な破片を作ってパラパラ裂けることが特徴だ。後者の土層は火の国の山で頻繁に見られる固い地層である。こういう知識もアカデミーの野営授業や忍基礎で習う。
 わたし岩石学の知識はないので、クナイで傷つけられるような岩とか耐震強度やばくね??この洞窟実は崩れやすいのでは?って思ったんだけど、さっき奥に入ったとき大きく成長した鍾乳石を見つけたので大丈夫と判断した。今までも崩れなかったんだからきっと今後も崩れないさっていうアカン建築理論だ。

「コゼツちょっと木取ってきてくんない?太いやつ」
「いいよ、中を補強するの?」
「それもしたいけど、その木でここの……穴に蓋したい。なんかそういう風に作れる?」
「えぇ、平たく削るってこと?ムリだよ道具もないし……」

 コゼツは口をとがらせて下の森に降りて、次に上がってきたときには細い枝をいくつも抱えていた。

「板を削りだすよりも柔らかい木の枝を編んだ方が楽だ」
「わ〜〜ありがとう」

 コゼツは洞穴の壁に背をもたれて、胡坐をかいて、木を編み始める。わたしはクナイでガツガツと岩を砕いて穴を掘り、それがあらかた完成すると忍具を広げて磨いたり、チャクラを練って影分身の練習をして時間を潰した。
 洞穴の中はとても静かで空気が綺麗だった。結構標高が高いから息苦しいものだと思ったけれど、昔富士山に登ったときにように感じた酸素の薄さを感じることはない。高山病とは気圧が低く血中酸素濃度が下がっているところに、更に運動で酸素を消費するせいで発症するものだったはずなんだが、今は特に運動していない上チャクラがあるので標高の高いところに来ても不調を感じにくいのだろう。チャクラがあるからとにかく何かしら強化されているのだ。チャクラ凄い。
 風が洞窟の中に入り込みオーオーと鳴くような音をたてている。時々木々がざわめき葉が擦れあうと、沈黙ではない静かさがある。
 チャクラを練るために座禅していた筈なのに、気づいたらウトウトと舟をこいていた。コゼツはいなくなっていて、枝で編んだ四角い蓋が壁に立てかけてあった。

「アイツは木を持って下に降りたよ」

 地面からイプ2が顔を出してそう言った。
 今までかき集めた色々な資料をガンマとイプ2の口から吐き出してもらい、洞穴に簡易的に作った穴にその資料を全部入れて、枝で編んだ蓋で上を覆う。更に壁の上の方にもへっこみを作って、野営道具のランプを引っかけてつるしたら、なんということでしょうあの殺風景だった洞窟が暖かなぬくもりを感じるアンティーク調の隠れ家に早変わり(早口)なんだか楽しくなってしまって1人ふふふと笑みをかみ殺す。秘密基地!楽しい!!
 コゼツが作ってくれた枝を組み合わせた蓋を穴に結び付けて開閉してみる。蓋についている紐を隠し穴に作った細い穴に通すとそれが蝶番の役割を担い可動式になっているらしい……ご丁寧にまぁ。器用だ。コゼツって案外こういう繊細な仕事が似合っている。父の手伝いをやっている間に、こんなことも覚えたのだろうか?
 一様に編みこまれた蓋をまじまじと見ていたら、崖を駆け上がる足音がして彼が戻ってきた。

「やっぱり寒いな。ここの入り口、何か覆いが欲しいよね」

 木材がゴトンと鈍い音を立てて落ちる。
 コゼツは、『父の仕事手伝いの必須アイテム七つ道具』の一つ巻き尺で洞窟の入り口を測り、同じく七つ道具の一つバインダー付きメモ帳に数字を書き込んでいる。もう大工になったらいいと思うよ。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -