8歳 / 白眼取引計画C
副題:辛子高菜入り博多ラーメン最強。異論は認めない(認める)

 今日待ち合わせたのはいつもの忍組手をやるためではなく、病院に忍び込み日向ヒザシを眠らせるための薬を手に入れるためだ。当初は人の少ない夜に決行するつもりだったが、薬品が保管されている部屋が当直部屋の近くであると発覚したので、人が多い昼間に変えた。医療忍者は感知タイプの人間が多く、どうしたってわたしごときじゃ完全に気配を消すことはできないなら、気配を感づかれても不自然でない昼間にしようと思ったのだ。木の葉を隠すなら森の中だ。

「サエ、すぐに行く?病院」
「あー、ううん。その前にご飯食べようと思って……もう食べた?」
「まだ!あぁ〜〜よかった」 

 今日はお弁当がない。昨日の夜から、母が姉の家に泊まりに行っているからだ。
 不在のときの夕食は、おかずが作り溜めしてあるからそれを食べろと言われたので、これはお父さんに腕を振るうときがきたか?と密かにやる気を出したわたしであったが敢え無く母に却下された。母にとっては、わたしが腕によりをかけて朝食やら手作り弁当やらをこさえることよりもお小遣いを渡して外で食べてくれる方が有難いらしい。

「お昼どこで食べよっかー」

 コゼツは基本的に主張が乏しくて、大体わたしの言葉に合わせるが、母手作りのマフラーをぴっちり巻いてその中に鼻を突っ込んでいる様子からして選ぶ余地はないと思われた。

「よーしラーメンね」
「ラーメン……」

 黄色い瞳がきらめく。”一楽”の白い暖簾を探して2人は中に入った。
 うわ〜〜〜〜!ナルトファンなら一度は夢見る一楽ですよ!!
 ラッシャイ!ってオッサンが声をかけてくれたが……名前なんだっけ。

「え〜〜っとなんだっけな……」
「とんこつラーメン、チャーシュー……2枚!…いい?」
「え、いいんじゃない?足りるんでしょ」

 コゼツは鞄の中からお財布を取り出して小銭を一回数え、念入りにもう一回数えて頷いた。

「じゃあボクはそれで」
「あいよ!」

 妙に慣れた様子で注文するコゼツの隣に座り、ナルトがお気に入りだったメニューを思い出そうと頭を捻っていたら、間をおかずふたたび暖簾が捲られた。1つ椅子を空けた隣の席に座る2人は、間違いない、チョウザといのいちだ。

「シカクは忙しいらしいな」
「ああ〜なんだかな、この前の任務で――……」

 なんかホイホイ任務内容のこと喋りだした。いいんだろうか、こんな情報ダダ漏れで……金曜夜の新橋は各会社の内部情報がホイホイ飛び交っている、なんて聞いたことがあるが、一楽もまた同じなんじゃないか。と思った。テウチさんが他の国のスパイだったらやばいじゃん。いやまて、もしかしたらテウチさんが根ということも……?!ふぉ〜〜わたし考えすぎ!

「おじちゃん!味噌ラーメン一つ」
「あいよ!」

 ナルトが好きなメニューには味噌が入っていたような気がしたので味噌ラーメンにした。しばらくコゼツと喋っていたらラーメンが出てきて、喜々としてそれに飛びつきしばし無言で麺をすする。うむ、まずスープから。まろやかだけどちょっとピリッとした味噌と、油っぽくない感じが好みだ。気になる麺の方は……太さは普通、ストレートというより縮れ面、ゆで方は固めではないがコシがある。
 わたしはですね〜……博多ラーメンみたいな細めストレートな固麺が好きなんだよ。逆に家系にありがちな、魚醤と脂がゴテゴテしたスープに太麺っていう組み合わせはあんま好きじゃない。二郎も一回行ったけど、好みではなかった。ラーメン自体好きだからアレも好きなんだけどね!ニンニク一杯入れるの好き。
 一楽のラーメンは昭和っぽいわけでも学食っぽいわけでもないが、万人受けする美味しさだった。こういう縮れ麺もいいね!うむ、これはアリ!学生の頃博多ラーメンっていうか細めんとんこつばっか食べてたし、新しい趣向に目覚めるのもいいかもしれない。そんな感じでほくほく食べて、芯から温まり腹も満たされて、大変いい気分で店を出た。
 出る間際に、「お疲れさん」と言って暖簾をくぐる自来也とすれ違った。チョウザといのいちが驚きつつも嬉しそうに迎える声が漏れ聞こえていたが、少し歩くとそれは雑踏に紛れて消えた。
 自来也って基本的に木の葉にいないイメージがあるんだけど、そういえば普段何やってるんだろう。大蛇丸を追いかけているんだっけ?綱手を探していたんだっけ?忘れた。戦争が終わってから木の葉を出て、外で旅だかなんだかしていたような……戦争中は木の葉にいたよね?第二次忍界大戦のときは長門達の面倒を見るために一時期雨隠れに常駐していたはずだ。

「本当にどこかの森から直接潜って行かなくていいの?」
「うん」

 今回は今までの侵入と違って、堂々と玄関から病院に入り、隙を見て部屋の中に潜り込むと決めている。『木の葉病院』と書かれた看板が見え始めると少し緊張したが、日向家訪問とイプ1のヒザシ潜入が成功した事実が僅かながら自信と落ち着きをもたらしていた。
 木の葉病院に来るのは四度目だが、いつも大盛況だ。いいんだか悪いんだか分からないが、中は妙に活気があって、不謹慎という名のついたベールで覆い隠された不幸の匂いはない。
 受付の前に並んだ椅子に座る人たちは殆どが忍で、腕や足がない者や片目に眼帯をしている者など痛ましい怪我が見られた。”死んだらそれでしょうがねえ、命貰えただけで儲けもんだ”と誰かが喋っている。わたしとコゼツはまだ8歳で、額当てもしていないとなると木の葉では子どもとして扱われるため、病院内を数歩歩くだけで少なくない視線を集めた。しかしわき目もふらずに歩いていくと、次第に視線は散らされて誰も興味を払わなくなった。
 薬の保管庫は西棟三階にあり、既にその部屋の床にイプ2が潜んでいる。コゼツがイプ2とイプ4からの情報を随時受信しているので、合図を待って隙を見て侵入する手筈になっている。

「ラッキー、サエ、今は誰もいないってよ〜」
「了解」

 西棟三回に直行して、人の眼を盗んで階段近くのトイレに入った。黒手袋をして息を整え、コゼツの中に入って床に潜った。

--うえぇ、トイレの床に潜るのってきもい……
--うんこの中を通るわけじゃないんだからいいだろ〜?
--良くないし!キモい!

 想像したらたちまち全身に鳥肌が立つ思いがしたが今はコゼツの中に入っているので確認しようがなかった。ふざけんな。

--イプ2さん、今いける?
--いいよ〜!ボクが外見張ってるから、合図出したらすぐ潜ってね。
--今次の患者診始めた。たぶんその部屋に用はなさそうだからすぐ来て
--了解

 目指す部屋は、かかりつけ医が常駐している診療室とは扉一枚隔てたすぐ隣にあり、看護師も頻繁に出入りするためタイミングを見計らうのが何より重要だ。わたしはゆっくり床の上に顔を出して、病院内に響き渡る足音にビクビクしながら素早く浮上した。
 ”扉側にある壁際の棚の一番下段、右から二番目の扉の中”に麻酔薬、大きい冷蔵庫の中に普通の麻酔薬、反対側の壁際のガラス棚の中に空の注射器、そして棚の一番上段に乗っている段ボールの中にチャクラの流れを阻害する弛緩剤。予めイプ4が調べて教えてくれた薬の在処だ。
 こういうときに足で何かを引っかけてガシャーン!とか音を立てるのがお約束なんだろうが、そんな凡ミスはゴメンだ。慎重に近づいてまずは麻酔薬が入った戸棚を引く。

--『油目紫蘇麻酔薬S』……Sってなんだ。サイズかな?

 小瓶が紙の箱に入っているが、印字された文字の下に小さく”S””M”と書いてあって、どっちか分からないから両方新しいものを手に取って袋の中に入れた。
 ゴチン!

--ッヒィィィィィ………!?

 袋の底が床についていたことに気付かなくて、薬の瓶の底が床に当たった。耳をそばだてて隣の部屋の気配を探る。青年医が、『兵糧丸ばかり食べていませんか?暗部の方はいつもそうなんですよねぇ、困ったもんですよ。いいですか?あれは確かにバランスの取れた栄養食ですが〜〜〜』と呆れ交じりに説教している声が聞こえる。看護師はどこにいるんだ?

--大丈夫だよ、こいつは暗部の人間がそろって同じ症状で病院にかかることにノイローゼになってて、そのストレスを発散することに夢中だから。
--アリガトウ……

 ゆっくり戸棚を占めて、腰を上げると袋の中で瓶同士が擦り合い”こちり”と音を立てた。もういやだ。袋の上部ではなく袋ごと瓶を持ち直して、素早く机を回り次は冷蔵庫を開ける。この麻酔薬は通常使われる麻酔薬に数滴垂らして使うものなので、『麻酔薬A』とでかでかプリントされたパックを一つ掴んで同じく袋に入れる。冷蔵庫を締めて、ガラス扉の前に移動し静かに扉を開けてプラスチックの袋?に入っている空の注射器を取り、同じく袋の中へ。あ、この注射器授業で習った奴だ。
 さて、最後は戸棚の最上部だ。足にチャクラを溜めて棚を垂直登りしようとしたが、寸でのところで思いとどまり、踏み台を引っ張ってきてその上に登り、背伸びする。チャクラを練ったら気配に気づかれてしまう。
 天井すれすれに詰まっている箱の一つを引っ張り出した。『白眼専用点穴阻害薬』と、まんまの名前をつけられたその弛緩剤は予め注射器に詰められた状態のようで、細長く軽い箱が整然と並べられている。それを四本掴み取り、袋の中に入れた。

--サエ!
--は、はい?!

 急に名前を呼ばれて驚いたせいで、箱を掴んでいた手が外れる。慌てる間もなく無理矢理コゼツが入れ替わり、段ボール箱がぐらりと棚の上で傾くのがスローモーションになって見える。イプ2が天井からぐいっと顔を出してわたしから袋を奪い口の中に押し込んだところで、視界は壁の中に沈んだ。

「二番ね!」
「はい!」

 勢いよく扉が開け放たれ、女性看護師がきびきびとした動作で部屋に踏み入るのと同時に、逆さまに回転した段ボールが床に落ちた。

「わっ……え?!」

 扉の右側にある冷蔵庫を開けようと手を伸ばしていた女性は、音に反応してパッと振り向き目を丸くした。だが、今はこの段ボールを片づけることより優先しなければならない仕事があるようで、すぐに冷蔵庫の中を漁って何かを掴みまた勢いよく扉を閉めていった。

--もう用はない?
--ないよ!だから急いでトイレに行って……ッ!息が持たない!
--コゼツ線トイレ行き、発射しまぁ〜す!ドア閉まります!
--ころすぞ

 緊迫感のあるタイミングでわたしが常日頃使っているネタを披露する癖、本当に頭にくるので後でがっつり注意してやろうと心に決めた。女子トイレに戻り、来る時と同じように床の上に頭を出して周囲を見渡すと、どこの毛だかわからない毛が汚水と一緒に排水溝のふちをふよふよ漂っているのが見えて再び鳥肌が立つ。

「うぇぇ……」

 コゼツは、「ボク一旦男子トイレに行くよ」と言って床に戻る。腹の中から震えあがるような気持ち悪さにぶるっとしながら、女子トイレから出て――鏡の前で少し髪をいじった――廊下でコゼツと合流する。前から白衣を着た医者が歩いてきて、自分の身体に何か怪しいものがくっついていないか、ギクシャクしながら腕とかお腹を確認したが、医者は何も言わずにすれ違い通り過ぎる。窓が開いている踊り場にさしかかったところで、外から冷たい風が流れ込んで来て深く深く息を吐いた。
 少しやらかしたが、薬がなくなっていることにはいずれ気づかれるんだから、あの程度のミスは許容範囲だ。
 バクバクと跳ね回る胸に手を当てて、息を大きく吸って吐いて、コゼツに説教してやろうと思ったころにはもう病院を出ていた。

「一旦家に帰るから、イプ2にもそう伝えて」
「はーい」
「あっ、胃の中で瓶のふた空いたり零れたりしてないかな」
「袋に入ってるから大丈夫じゃないの?」
「あーうん。あの子の胃を心配したんじゃなく薬の残量の方を心配したんだけど」

 戦利品をすぐ確認するために、その日はそのまま家に帰った。両親が二人とも不在というのは気が楽で、わたしの部屋の中でゆっくり落ち着きながら薬を並べ、図書館や情報部で写してきた文献と照らし合わせてその用法をもう一度確認した。

「やっぱりこれ、飲まなきゃダメなの?」

 イプ2が物凄く嫌そうに下瞼をひくつかせる。

「だって隠しておく場所がないし。……まあ、段々量が増えてくるからいずれちゃんとした隠し場所を作らなきゃなーとは思ってるよ。地下室じゃなくて木の葉の外に隠れ家を作るつもり……なので、仮置き場としてコゼツたちの胃はまだまだ使います!」
「…………」

 イプ2はコゼツと目を合わせ、2人して神妙な顔で頷くと、渋々口を開けてその袋を飲み込んだ。
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