8歳 / 白眼取引計画A
副題:睡眠不足が続くと悩み事が増える!

 プレゼンもどきをしていると、前世での胃が痛くなるような発表を思い出して自動的に腹痛になる気がする。でも実際腹痛になってくれるわけじゃないし腹痛になっても発表から逃げることはできない。

「はい」
「はい、コゼツ君」
「(i)か(ii)かで成功率がかなり変わるのに、賭けはヤバイんじゃないの?」

 クッ!一番弱い部分にグサッときた。やっぱつっこまれますよね……。

「日向ヒアシは実の弟にも呪印を使って痛めつけるようなヤツなんだろ?イプ3はまだその場面を見たことないらしいけど……薬殺じゃなくて、呪印で殺すかも。あの呪印の発動条件は”相手の秘印部を白眼で見る”だから、呪殺だったら必然的に死の直前にヒアシが同席することにもなる」
「うむ……」
「それに、なんで自死は独りのほうが”尊重”してることになるの?」
「えーそれはわたしのイメージっていうか……だって、普通罪人でもないのに自死の瞬間を家族や誰かが見張るなんてことってあるのかな?」
「逆に、自分から命を差し出して戦争を食止める、みたいな重要な役目のときは暗部が監視するんじゃないの?ヒアシがヒザシを逃がすかもしれないし」
「あぁ〜………あー、あぁ、うん」

 待て待て待て、うん、確かに。ヒザシから進んで自死を申し出るわけだから、ヒルゼンならきっと屋敷から監視を引かせたがるだろうが……里の一大事と考えると、念には念を入れて監視の暗部を配置するかもしれない。そうされたんじゃ手詰まり感が強い。あ、ってことは、ヒナタが誘拐される前に(i)か(ii)かこっちで決めておかなきゃいけないのか。監視のある日向家で入れ替えは無理だし、うわ〜厳しいなー。

「次回までに検討します」

 研究発表してるみたいだけどコゼツ教授は優しいからまだ幸せだ……でも言ってることは検討必須だな。ノートにメモした。

「他に質問等ございましたら挙手をお願いします……」
「はい」
「ふぇぇ…。はいコゼツ君」
「薬物の中身を入れ替えるのは家政婦に変化したボクの役目?」
「そうだね。それか、かかりつけ医の中に入れる予定のイプ4」
「オーケー、何体か新しく作っておくよ」

 ノートに書かれた文字を、脳に刻み込もうとするようにじっと見つめながらコゼツは足を組み直す。ふわあ、あくびが出る……身体がバキバキだ。

「はい」

 また手が上がった。なんか、あれだな、めっちゃキツく突っ込んでくる教授に挙手されるとびくびくした頃を思い出すな……。

「はいコゼツ君」
「サエは【1】のときどこにいるの?」
「わたしはコゼツの中に入って日向家の屋敷近くで待機して、必要に応じて土に潜って一気に潜入する。本当はずっと床下とかに潜んでいたいけど、多分気配を感じ取られると思うから」
「なんで?ボクは感じ取られないってさっき、」
「これは仮説なんだけど……白眼はチャクラを色で見分けるでしょ。つまりコゼツはチャクラがないから色がなくて、土や壁と同じ気配だけど、誰かのチャクラを吸収するとその色に染まると思うんだよね。わたしが中に入ったらわたしの色になるから、土の中にいても途端に気配を察知される」

 コゼツは歯噛みして、少し笑みを浮かべながら頭を傾げた。

「なるほどね」

 どうやら質問ラッシュはここまでらしい。これも6歳の11月から数えて10回目だが、なかなかどうして作戦会議の様相を呈してきたもんだ。

「じゃあ、結論!ヒザシが一人で死ぬかどうかに、作戦成功がかかってる。今できることはヒザシを拘束する手段を調べ、入れ替え用もしくは盛る用の薬を盗むこと。よって情報収集お願いします」
「りょうかいでーす!」

 続けて、「【4】も同じくらい山場なんだけど…」と言おうとしたところでまたあくびが出そうになり、一旦飲み込んだ。あああもうだめだ。バン、と机をたたいてスッと立ち上がるとコゼツがぎょっとした。今日はぱっとしない。わかるよ、作戦会議しててもなんかいつもみたく「これ」っていう案が出ないもん。きっと疲れてるんだ。寝ろってことなんだ。

「もう今日は疲れたから……これは明日にする。してもいい?」
「ボクが決めることじゃないし」
「明日にします!」

 高らかに宣言して部屋に戻った。「今日はやけに悩んでるね」と言われたが、ぐう、としか返せなかった。おやぷみぷみ〜〜〜って言ったら凄い目で見られたけれどベッドに入ったら3秒で寝落ちた。



 翌朝、コゼツに揺り動かされて目を覚ました。

「サエ、入れたよ」

 コゼツが、就寝中のヒザシに近づき中に入ることに成功したのだ。彼が熟睡する午前三時あたりに布団の真下に近づき、寝間着から肌が出ているうなじのあたりから侵入したらしい。

「ありがとう……成功したんならわざわざ起こさないでいいよ…失敗したならすぐ起こしてほしいけどさ………」

 まだ6時にもなっていない目覚ましをねめつけながら言うと、コゼツはわざとらしく「えぇ〜ボク睡眠欲とか分からないなぁ」と言う。
 その後、ルーティーンワークをこなしながらも、日向ヒザシに使う薬について情報を集めた。またシータシリーズから、記憶精査関連の術を見つけたかもしれないと報告を受け、夜、木の葉図書館併設の文献書庫に忍び込み、該当する文献を漁ったがわたしの求めるものではなかった。コゼツにはその後三回報告を受け、全てわたしが直接見に行ったが、不発に終わった。

「これからもこの調子で調べて。見つかったら教えてね………」
「寝るの?」
「うん……」
「もうあと2時間で朝だよ」
「うるさい……朝練はなし、7時に起きる…………コゼツも寝なよ…」

 徹夜慣れしているので、徹夜がダルいことも知っているが、徹夜明けをどうやってうまく乗り切るかも知っている。わたしは布団にくるまって朝練をカットし、目覚ましを7時にセットした。連日連夜の睡眠不足で身体が悲鳴を上げていた。
 12月に入り、霧隠れの使者が来訪する日程が正式に12月28日だと発表されると、木の葉新聞は大々的にそれを報じた。長年続いた敵対関係がついに終わるというその決定は、九尾事件のせいで戦後感がなかった木の葉の里に、穏やかな風を運んできた。道行く人々の顔つきや、夕飯のときに出る話題からは、新時代が始まる予感がした。
 日向家かかりつけ医の中に入り込んだイプ4の報告によると、日向一族は点穴から自由にチャクラを放出できるので、忍が一般的に使う睡眠薬や筋弛緩剤は使用できないらしい。日向家はとにかく秘密主義だったので情報を集めることに苦労したが、Aレベルの任務報告書や忍術集を漁るうちに、敵に幻術をかけられ錯乱した日向の忍に薬を打って動きを拘束した例や、病院で手術する際日向家の者だけ特別な麻酔薬を遣っていることなどが判明した。

--これだな……。『油目紫蘇麻酔薬』と、『白眼点穴阻害薬』が欲しい。

 ライトで文献を照らしながら、コゼツの中に入ったままイプ4に話し掛ける。

--了解。両方とも見たことあるよ、こいつがよく出入りする部屋にある。
--どこ?
--木の葉病院の中の、なんだろ、この人がよくいる診察室の奥の部屋。鍵がかかってる戸棚の中。

 コゼツの中に入ったまま、他の個体と会話することができるのは便利だった。いちいちコゼツを介さなくてすむのだ。でも、コゼツが『もう準備できたよ。話しかけて』って用意してくれないと、任意で相手を選ぶことはできなかった。
 土の中を潜って家に帰り、床から自室に戻るとぐったりとベッドに倒れた。慢性的な睡眠不足だったが、これで一旦情報取集は終わりだ。コゼツも物凄く眠そうにあくびして、お互い言葉もそこそこに眠りについた。



 睡眠不足週刊が終わって、いざ改めて白眼取引計画フェーズ1について考えてみて、はっきり決めたことがある。
 『ヒザシの自死が一人でない限り――(i)になった時点でこの計画を中止する』

「へぇ、あんなに悩んでたのになんで?」

 地下室の余りの寒さに凍えたわたしたちは一つとてもよい案を思いつき現在実行中である。「地下室寒い」「でもこの作戦を誰かに聞かれるわけにはいかない」「つまり、暖かくて誰にも聞かれないところで話せばいい」「つまり?」………つまり布団の中である。
 コゼツと一緒にベッドに入ると、大きな毛布は小学生二人をすっぽりと覆い隠した。温かい。むしろ子ども体温で暑いくらいだ。

「なんかね、作戦を細かく立てすぎるのはよくないらしい」
「一理ある」
「臨機応変に行動できるのは、その人にそれだけのポテンシャルと引き出しがあるからであって、わたしたちはまだ両方が欠けてるでしょ。だから、危険な状況になったら作戦をやめるっていうのも賢い選択だと思う」

 この作戦の本当の目的は、雲と取引することじゃない。
 姉を助けることだ。
 本命を生かすにはまず囮の作戦を本気でやること――これを忠実に守るために今まで兎に角成功することだけを考えてきたが、あくまで白眼取引計画の目的は『第三勢力の箔をつけること』。今失敗して、取り返しのつかない程木の葉に警戒されたり、コゼツの特異体質が上層部にバレでもしたらとんでもない。

「悪く考えすぎないことにしたの。この作戦は、あくまで完璧にできてこそ意味があるけど、実行しなかったからってそこまで本筋に影響があるわけじゃないでしょ。だから、(ii)のパターンだけを想定して動くから」
「りょうかーい」

 コゼツの膝小僧がわたしの太ももに当たった。「暴れないで」と囁くと、「ボクの右足が布団から出てるんだよ」と更に足を折り曲げてこっちにくる。仕方なくもうちょっと後ろ側に下がって、場所を譲ってやったら、今度はわたしの背中にひんやりした空気が触れる。

「これって第11回作戦会議に入るの?」
「ベッドの中で発表はしないから、無し」
「フン、そうなんだ」

 そうだよ。
 クスクス笑うと、小さな声でコゼツもクスクス笑った。
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