8歳 / 日向家C
副題:八卦六十四掌って一部の中の技で一番かっけーよな!

 ネジはその後、わたしたちが勝手に敷地内に入り込んだことや、無断侵入した癖にそんなに強くないから心配ないことをヒザシに訴えた。ヒザシは頷き、家政婦の女を呼んでお茶を用意させわたしとコゼツを家に上げた。
 さっき言っていた、”話”とやらをやるんだろう。話ってつまり説教のことぞ、説教は嫌ぞ!……と少々怯えて身体を強張らせていたわたしは、畳が敷き詰められた部屋に正座して家政婦さんが出してくれたお茶とお菓子を前に言い訳を一生懸命考えていた。

「さて、君たちはこの家に何の用だ」

 ヒザシはしばらくコゼツの顔を見て答えを待ったが、うんともすんとも言わないシカトっぷりを受けクソガキ2名の主導権が誰にあるのか考えを改めたのたのだろう、わたしに視線を移した。ネジは最初からわたしを見ていたが、邂逅時のように睨むことはしてこない。

「あ、の……日向の人に体術を教えてもらいたくて、入り込みました。勝手に敷地内に侵入し、大事なお子さんと組手までしてしまって、すみませんでした」

 ネジは大好きなお父上の隣ですまし顔をしていたが、”大事なお子さん”のくだりで何故か悲しそうな顔をした。

「なるほど……。日向流柔術のことを言っているのならば、あれは実子相伝の秘伝体術で、尚且つ日向の持つ白眼ありきの代物だ。教えることはできない」
「いえ、日向に伝わるものではなく、普通の体術です。わたしは今アカデミーに入っているのですが、体術が少し苦手で、どうやったらうまくなるのか考えていました。木の葉で体術の上手い人は誰なのかと先生に聞いたら日向一族だとおっしゃっていたので……」

 苦しい言い訳だったが、ヒザシは、ふむ、と顎に手を当てて頷いた。ネジは眉をピクリと動かし、何か言いたげな眼差しを向けてきた。

「……残念だが、今、弟子を取る余裕はない。仮にこのような無礼がなかったとしても、君たちに手ほどきすることはできない」

 方便とはいえ弟子入りを断られたのは二度目だ。わたしは「はい……すみませんでした」ともう一度謝った。

「もう謝らなくてもいい。侵入者があったという事実は看過できないが、あいにくネジにとって脅威ではなかったのだから」

 ヒザシは、口角に少し皺を寄せて薄っすら笑みを浮かべ、ネジは少し誇らしげに目を逸らす。

「しかし、秘伝忍術や瞳力を持つ家に忍び込むというのは、とても危険な行為だ。ここが分家だったから良かったものの、もしも宗家の家に――まあ、宗家はそう簡単に侵入できないだろうが、宗家だったら厳罰ものだ。君たちのご両親の立場も危うくなりかねない」

 わたしの両親は忍ではないからそうでもないのでは?と思ったが、そもそも忍里において忍関連のゴタゴタ、特に分家を作ってまでその眼の秘密を守っている家柄の良い日向家関連罪となると、とても重くなる気がする。項垂れて、目を瞑った。

「いいか、もう二度と馬鹿な真似はしてはいけない」

 ヒザシは目尻をキリッと上げて念入りに言い伏せた。一度として謝らないコゼツの態度が眼に余ったのか「君もだ」と念を押し、わたしも眼で訴えると、コゼツはすみませんでした〜とふざけきった声をあげた。殴った。
 儚い笑みを浮かべて、ヒザシは頷き、

「この件は不問にする」

 と言い”お話”は終わった。
 その後ヒザシに誘われて、屋内の稽古場で手合わせをしてくれることになった。ネジは憤慨していたが、コゼツに「またボクとできるよ?嬉しくないの〜?」と煽られてムキになった。

「弟子は取れないが、この後ネジに稽古をつける予定でいた。そこに2人加わったところで変わらないだろう」

 外出用の服から道着(忍服かもしれない)に着替え、いざ板の間で向かい合うと、彼の印象はまた変わった。1つの道を究めた人間だけが持つ、ひりつくような洗練された空気に気圧されて、いつものようには全く動けない。
 ヒザシとやりあうときのネジは、さっきわたしたちと戦ったときとは違い、興奮と前傾姿勢は鳴りを潜め、代わりに父に対する憧憬の念と切歯痛憤するような表情が前面に出ているようだった。

「なかなか悪くない動きだ。本当に体術が苦手なのか?」

 4回目のわたしの番が終わり、息切れと体力切れで膝に手をついた。

「は……はい、っ、はぁ、コゼツとは、毎日やってますが、負け越しています」
「でもアカデミーでは上位の方だ。このまま精進しなさい」
「っ、はい」
「よし!次ボク〜〜!」
「お前、父上に失礼だぞ!」

 超ノリノリで前に進み出るコゼツに、ネジが噛みついたが、その眉毛は最初に比べて大分八の字になっていた。コゼツに対する苛立ちやムカつきより、呆れと不安が先んじているらしい。
 コゼツ、めっちゃ楽しそうだな〜……ヒザシさんもコゼツには「少しレベルを上げよう」とか言ってるし…あんな無礼千万色白野郎なのになんで気に入られとんねん。そもそもコゼツには、ヒザシに別個体を近づけて反応を見ることと、あわよくばヒザシの中に入るっていうミッションがあるんだけど忘れてないだろうか。
 そして……1人10本ずつくらいやっただろうか。日向ヒザシ相手に、一時間弱ぶっ続けで組手をするのはとても体力が持たず、3人ともバテ始めたのを見計らってラスト1本の号令がかかった。最後の1本はヒザシとわたし、そしてコゼツとネジだ。
 ヒザシがいつから勝負を観戦していたのか分からないが、ネジとコゼツの1本目のときはいなかったから、たぶん2本程度だろう。

「はぁぁぁぁぁぁああ!」

 丹田から絞り出されるような気合いと共に、二人の攻撃がぶつかり合う。コゼツの体術は元々、持ち前のバランス感覚が仇となり少々我流になってしまっていたが、それをこの稽古で修正してもらったらしく無駄な動きが減っているように見えた。また、ネジも攻撃の手が減り、曖昧なものがそぎ落とされ重量感のある一発が目立っていた。
 勝負はコゼツの勝ちで終わった。ネジは悔しがっていたが、最後にはちゃんと和解の印を結び、すがすがしい顔をしている。これが4歳児ってんだから将来が恐ろしい……。2人の間には確実に何かしら育まれている。これってあれじゃん?ナルト的に言う『繋がり』ってやつじゃん。コゼツお前親しくなる相手間違えてねぇ?

「さて……最後の一本だ。殺す気でこい」

 腰を低く保って掌を前に、日向流柔術の構えを取るヒザシに相対する。
 体術のみで相手を殺すビジョンがないのでそれは無理ぽい……なんて思ったが、素直に「はい!」と声を出した。
 わたしが腰を落として「ふぅぅぅぅ、」と息を吐くと、彼の両足が広く縦に開かれて薄紫の白眼から儚げな匂いが消える。

「――…ッ!」

 合図はなかった。深く腰を落として相手の懐に飛び込み、中段に一発、かます前に上段を狙い掌底が飛んでくる。それを左手で受け流し、素早く右腕を引いて距離を少し取り蹴り上げる。足がはたかれて、次の攻撃を出す前に深く素早く踏み込まれ、強烈な掌底が身体に届く前にギリギリのところで後ろに飛ぶ。
 自分よりも大きな身体、長いリーチ、そしてどう足掻いても勝てない熟練の相手に、一体何ができるのか?まるで”本当のわたし”の状況を暗喩されているようで、妙な笑いがこみ上げた。部活を彷彿とさせるような爽やかな熱と、忍の歩む険しい道のりを予感させる冷たさが、喉元から波になって交互に押し寄せてくる。腹の中で渦を巻くように練り上げられ、喉元まで競りあがるそれを一旦飲み込んで、床を蹴る。

「はっ!」
「ごッ……!」

 勝負はあっけなく終わった。
 いくつか手を出し合う間に、体力切れで脚の筋肉が思うように動かず、胸部に掌底が直撃した。気道がぺしゃんこに潰されたような圧迫感に呼吸が止まり、一瞬フワリと身体が浮いて、そのあとドシン!と床に叩きつけられて、組手は終わった。

「げっほ、ゲホゲホ、けほっカハッ」
「スタミナ切れだな。もっと足腰を鍛えなさい」

 やっぱそうですよね!悔しい気持ちと、実力のある人に稽古をつけてもらえたという充実感がないまぜになって、笑いがこみ上げる。身体を起こしながら、返事をしようとして口を開いたとき、喉の奥から血の匂いがした。

「?……は、グッ…ゲホッ、かはっ!」

 あ、やばい吐く、なんて思って口を押えたけれど、出てきた液体は思っていたのと違った。口内に鉄のような味が充満し、生臭さが鼻をつくのと同時に、赤いドロッとしたものが口から零れた。

「!」

 手に血がついている。服にはついていないが、綺麗に磨かれた稽古場の床板に赤くびちゃびちゃと血が落ちている。
 腹を押さえながら手を見て、床を見て、呆けているうちにヒザシが駆け寄ってきた。

「大丈夫か。すまなかった、強く当てすぎた」
「い、いいえ、わたしが避けなかったのが悪いんです。大丈夫です、痛みはないです」

 本当に痛みはあまりない。確かにさっきから少し気持ち悪く、腹の方が変な感覚だったが、緊張のせいだと思っていた。
 すぐ医者を呼ぶと言い出したヒザシを慌てて抑えて、あんまりことが大きくなると面倒だったので丁重に断ったが、既に付き人を呼んでおりこっちの意思を聞かずに押し切られてしまった。もとはと言えばこっちが勝手に侵入し、謝罪のために作った適当な嘘を間に受けられて稽古をつけてもらい、その結果修練不足で怪我したので百万%自業自得だっていうのに本当に申し訳ない。

「サエホントにしょぼいね」
「お前……姉弟だろう?少しは心配したらどうだ」

 ヒザシに服を捲られて、腹部の様子を確かめられているわたしを眺めながら、ネジはむつかしい顔をしている。隣の部屋に移動させられながらわたしは胸中でグッとこぶしを握った。物凄く嫌われている筈のネジに、心配されたぞ!血吐いてよかった!
 ヒザシが呼んだのは、日向家かかりつけ医であり同じ日向一族の血が入った分家の青年だった。青年が胸部に手をあてて、医療忍術でシュワーっとサクラちゃんみたいに治してくれるのを間近で見て感動している間に、もう一人の医師から説明を受けてヒザシは首を傾げた。

「骨はなんともないですね。腹部の内臓だけが損傷していました」
「……おかしい。さっきのわたしの攻撃では、そんな傷はできないはずだ」

 ヒザシはわたしの傷がお気に召さないらしい。イヤほんと恥ずかしいからやめて??まさかこんなに軟弱だとは思わなかった、みたいな言い方やめて?ごめんね!ただの掌底で血吐いたりしてごめんねもう放っておいて下さい!!

「あの、この傷は本来――……」
「……なに?」

 医師がヒザシに耳打ちしている。ふと、2人の姿が見えないなと思ったら、稽古場でドン!ドドッ!と踏み込みの足音がした。アイツらまた組手やってんの?!もうさぁ、あの二人って、もしかして仲良しなんじゃね?好敵手と書いてライバルと呼ぶアレになっちゃってんじゃね??
 そのとき、今治療してもらっている箇所に受けた傷についてふと思い当たった。

「あ!あの、ヒザシさん。もしかして、今の傷じゃないかもしれないです。さっきネジくんとコゼツが組手する前に、わたしも一本やったんですが、その時に……」
「ネジが?」

 ヒザシが驚きで目を見開いた。エッそんなに驚くような傷ですか。

「あ、すみません分からないんですけど――」
「いや、恐らくその時だろう。信じられない、あの子が……」

 そんなに驚くような傷ですか?!?!ネジどんだけ殺す気で掌底したんだよ怖いよ!!これに懲りたらもう二度と日向家に無断侵入しませ……イヤするわ。むしろするための下準備が今日の訪問だったわ。
 わたしの言葉を聞いたあとのヒザシは、今日一番、彼の感情がはっきりと表れたような顔をしていた。何か危機的なことでも起こったのかと不安になるくらい眉を顰めているのに、口元は綻んでいて、眼は輝いている。しかし、その輝きは、見間違いかと思うくらいすぐ引っ込んでしまって、辛苦の影が覆った。ヒザシは「そうか……」と渋い声を絞り出して、辛そうに瞼を下ろした。
 その後、青年医の名腕によって腹はあっという間に完治し、わたしはユニバーサル白眼ランドをさよならした。コゼツがいやらしい表情で、バイバイ、と手を振ると、ネジはヒザシの後ろに隠れてムッ口を引き結び、腰のあたりで小さく手を振り返した。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -