8歳 / 日向家B
副題:行き当たりばったりが良い結果を生むこともある

 コゼツとネジの戦いは、始終コゼツの優勢だった。わたしのようにコスい手を使うこともなく、仮にこの組手にルールがあったら違反することのない正攻法で、コゼツはネジの攻撃をいなし続ける。
 コゼツはなかなか自分から殴りつけたり、突いたり、蹴りこもうとしなかった。恐らくこれが正統なる手加減なんだなあと思いながら、ネジの表情が不遜なものから段々真剣身を帯びていく様子を眺めた。

「……お前、っ、手加減してるな…っ」
「ボクはサエと違って体術はそこそこできるんだよ」

 一旦間合いを取って、息を整え合う。
 コゼツは相手の呼吸と呼吸の合間を狙って攻撃を仕掛けてくるので、いつもこっちの息が乱されて初手をしくじる。今回も、ネジの呼吸と呼吸の絶妙なタイミングで、前触れもなく地面を蹴った。
 何度か手を出し合って、長い連続攻撃で息が上がったネジの隙をつきコゼツが腹を蹴り上げた。パン、なのか、ドン、なのか鈍い音がしてネジの身体が少し飛び、地面に倒れた。

「わーすごい、コゼツネジに勝ったよ!」
「4歳だよ?」
「いやいや日向だよ?それもネジは今の日向で一番才能あるんだから」

 あら?ハナビちゃんの方があるんだっけ?
 わたしは、いやーお見事お見事と手を叩こうとしたが、コゼツが倒れ伏すネジに向かって歩み寄ったのを見て少し嫌な予感がした。

「……コゼツさん?」

 もう組手は終わりだ。わたしが審判だと決めていたわけじゃないが、誰がどう見ても終わりだ。
 だが、コゼツは、腹を抱えて上体を起こし、苦しそうに息をするネジにやにやしながら近づく。ネジは歯を食いしばりながら顔を起こして、こちらに近づくコゼツの表情を見て少し怯えるような目をしたあと、奮える足で立ち上がった。

「コゼツ、続けるの?あんたの勝ちなのに」
「ん?」
「……くそっ!」

 顔を背けてそう吐き捨てるネジは、涙声だ。コゼツは、自分の間合いの2倍程度の距離を保ったところで立ち止まり、肩幅ほど足を開いた。

「でもさぁ、こいつは全然気に入らないって顔してるし」

 いやどう見ても怯えてる顔してますよ。

「でも……ネジは4歳だよ?」
「でも日向なんだろ?」

 ネジはさっきのコゼツの攻撃がモロに腹に当たって、かなり痛いはずだ。コゼツって、アカデミーのときはまともに喧嘩を買わないし、相手もしないはずなのに、どうして今回ばかりはこんなにやる気なんだろう。
 そもそも白ゼツってこんな好戦的な性格じゃなかったはずだ。一体誰の影響で………………わたしか。育ての親か。

「もう一回やろうよ」

 コゼツはネジに笑いかけた。

「オレは、負けた……」

 ネジは、噛みにくいものを無理矢理奥歯ですり潰すような言い方をした。

「ボクだってサエに負けたことある。でも今は、通算700対130くらいで勝ってるよ。ネジはさぁ、強いんだから、一回くらい負けたっていいじゃん」
「ダメだ!オレは……日向たるもの負けは許されない!!」

 ネジは吠えるように言った。なになに?コゼツの暗殺教室始まった感じ?ころせんせーならぬゼツせんせーですか。

「それは大事な時だろ?任務みたいな。10回戦って9回負けても、残りの1回をその大事な時に持っていけば勝ったようなものじゃないか」

 薄っすら涙を浮かべながらコゼツを睨んでいたネジだったが、段々と表情から険しさが取れていく。

「君は1回負けたけど、あと2回ボクに勝てば勝ったも同然だよ」
「そんなことは言われなくても分かってる!」

 ネジは再び足を開き、掌をコゼツに向けた。コゼツは鼻で笑って同じく構える。
 ……なにこれ?男同士の友情かな??今何か、育まれたよね?それでわたしは省かれたわけですが。
 2人が構えたままちっとも組手を始めないので、自分に要求された役割を読んで「忍組手、はじめ!」と号令をかけた。
 その後2人は4本組手を取り、最後の一本をネジが取った。ずっと観戦に徹していたから特に分かりやすかったのだが、ネジの成長スピードは凄まじい。3本目にして、1本目よりも明らかにコゼツの動きに対応していた。わたしは興奮して立ち上がり、二人の周りをぐるぐる回りながら、「ネジ―!頑張れー!」「ネジそこだ!いけ!」云々、サポーターのように応援し続け、その度ネジに「うるさい!」「気が散る、黙れ!」と怒鳴られた。辛い。
 2人とも体術が得意なことと、集中した密度の濃い組手を5本連続してやったせいで、最後の一発は両者息が上がり疲労が目に見えていた。コゼツは足技が得意で、特に膝蹴りが上手いことに気付いたのだろう、ネジは、曲芸師のように宙返りして顔面を狙ってくる膝の動きを読み、顔を左に逸らして避けた。宙に浮いたコゼツよりも一歩早くネジが体勢を立て直し、鳩尾に掌底を突き出した。

「カッハ、!」

 なんとか背中からは倒れなかったものの、ふっ飛ばされて、片膝立てて勢いを殺したコゼツは脂汗をかいて何度もせき込む。

「やめ!勝者、日向ネジ!」

 ネジは肩で息をしながら蹲るコゼツを見る。

「……オレの負けだ」

 ネジが苦々しく言う。コゼツはまだ片膝を地面につけたまま、手を上に差し出した。

「1−4でお前の勝ちだ。だが、次は必ずオレが勝つ!」
「へぇ。まあいいや、とりあえずはい、手」
「なんだ?お前を助け起こす義理はない。元々勝手に人の家に入り込んだ癖に――」

 コゼツは、親指と薬指、小指を折り曲げて、残った二本指を揃えて差し出したが、ネジの反応が芳しくなく諦めて地面につけた。
 そうか、ネジはまだアカデミーに入っていないから、忍組手を知らないのか。それじゃあ仕方ないなと思う反面、ネジに対して和解の印を要求したコゼツが少し面白かった。そもそも日向家に来てからのコゼツはずっと意外性を発揮していて面白いのだが。
 荒い息を吐きながらまだ向き合ったままの2人――1人は蹲り、1人は立っている――の間に一陣の風が吹き込む。刹那、その空間に静かな声が響き渡った。

「――和解の印を結びなさい、ネジ」
「う、うわぁぁぁあああ?!?!」

 ぎょっとして後ろを向いた。全く気配を感じさせないまま、日向ヒザシが真後ろに立っていた。

――そして冒頭へ戻る。

「ここがどこだか分かっているのか。日向一族の屋敷に無断で忍び込むなど……いくら子どもでも許されん」

 泰然とした態度でまずわたしに忠告したヒザシが、次に視線を向けたであろうネジに言葉を紡ぐ前にまるで悲鳴にも似た声が上がった。

「父上……!申し訳ありません、わたしは負けてしまいました」
「ネジよ、謝ることではない。先ほどの忍組手、見事だった」
「いいえ!」

 喉から可愛らしい高温をきーきー上げて、瞬く間に父親の元に駆け寄ったネジを、ヒザシは優しく労わる。その眼差しの儚げな様子を見ていると、ああ確かにこの人はヒアシではなくヒザシだと思った。

「だがまだ組手は終わっていない。ネジ、この機会に忍組手について教えよう。……君はそこで待っていなさい、後で話がある」

 ネジを伴い、まだ地面に片膝をついているコゼツのもとに歩く途中で彼はチラリとわたしを見てしっかり釘を刺した。うえぇ、後でするお話ってどういうのでしょうかね…怖いよ〜〜……。
 コゼツは尻をパンパンと叩いて起き上がり、再び対面するネジと審判の位置に立つヒザシを交互に見やり、その後所在なさげに立っているわたしに視線を送った。そのまま彼の言う通りにして、という意味で顎をしゃくる。

「忍組手とは忍がアカデミーで教わる一本組手のことた。それにはいくつかルールがある。まず最初にお互い片手印を見せ合い、これが”今から相手と戦う”というスタートの合図だ。」

 ヒザシは自分で片手印を示してネジに見せた。

「忍組手ではしばしば、忍術の禁止や武器の使用禁止などの制限をつけて戦うことが多いな。そして、審判の号令またはどちらかが急所を突いたら勝敗が決する。お互い敵同士ではなくなるので、和解の印を交わす」

 ヒザシはネジに片手印を作るよう促した。
 ネジは躊躇いながら従い、ヒザシの誘導に沿って同じようにして片手印を差し出したまま待っているコゼツに手を差し伸べる。コゼツは鼻で笑って、ネジの指に自分のそれをクロスさせ、ぎゅっと握った。
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