8歳 / うちはヤクミ
副題:USJのハリポタエリアにもう一度行ってから転生したかった

 厚手の大きなコートをすっぽりかぶって、脚をしゃんと突っ張って、道路を歩く少女がいた。両手にはビニール袋を二つ、長ネギや白菜、サツマイモ、納豆などがぎゅっと詰まって半透明の袋から透けてみえる。
 少し足を速めて近づいた。合皮の靴とコンクリ―トが擦れる静かな足音は、真昼間の住宅地に響かない。もっと近づく。5メートル、3メートル。

「久しぶりー……」

 丁度右手にぶらんと下がるビニール袋の横に並んだ。

「きゃっ!」

 ユズリハはびくっと肩を跳ね上げる。

「もう、びっくりしたぁぁ。なにー、いきなりそんなとこに現れないでよね、もう…はぁ……サエちゃん昔っからそういうとこあるよね」

 ユズリハは一度両手に持った重い荷物ごと飛び上がり、わたしの正体に気付くと今度は胸をなでおろしてまた荷物ごと肩を下ろした。ビニール袋の中でバランスを崩した野菜が、長ネギと牛乳パックの間に擦り落ちるのが見えた。

「なに、もしかして会いにきてくれたの?お姉ちゃん嬉しい〜!」

 ユズリハの素が見えたのは最初だけで、数秒ほどでユズリハ姉通常モードに戻った。わたしは、うん、まあね、となだらかに伸びる道の向こう側を見たまま答えた。

「突然来ちゃってごめん。迷惑だよね?新しいお家に上がってもいい?」
「勿論!全然迷惑じゃないよ、わたしこそなかなか会いに行けなくてごめんね。ちょっと新しいお家に慣れるのに時間がかかっちゃって」

 そうだろうなと思う。
 姉が食材を買ったスーパーは、きっとここに来る前に通りかかった大型店だろう。うちは地区の中にも八百屋があるはずだが、その袋の中には、野菜や肉・魚以外にも乾物やアイスクリーム、コーヒーや緑茶なども見えたので、わざわざ地区の外まで出たのだ。ヤクミさんと二人暮らしなのに、どうしてそんなに買う必要があるんだってくらい沢山買い込んでいる。

「沢山あるね。片方持つよ」
「わたし力持ちだから、大丈夫だよ!」

 ユズリハはムキッと肘を折り曲げるポーズを取った。
 いや絶対重いわ、1人暮らし経験者のわたしに言わせれば、牛乳の1リットルパックにサツマイモ5本、白菜1/2、魚、肉がそれぞれ300gずつ入ってる時点で右側の袋はキツイ。左側の袋は良く見えないが、乾麺と、何やらクリームチーズのようなものとリンゴが4つ覗いている。しかもこれからうちは地区の中の新居まで歩くんだから。
 わたしは無理矢理袋をひっぺがそうと姉の右手にかじりついて、負けじと拒否する姉とその後しばし格闘した。紺色の垂れ幕が見えてくる頃には、結局根負けした姉から袋を奪い取ってズンズン歩く少女がいた。

「サエちゃんすごい!力持ち〜〜!」
「もう8歳だよ?全然余裕だって」

 わたしの握力は53万です。

「そうだよねー。アカデミーはどう?楽しい?忍になれそう?」
「楽しいよ!イズミとイタチってわかる?うちは一族の」
「うん、わかるわかる!」
「その子たちとも喋ったし、それに初音ミク(仮)と、あと犬塚ハナって子とも仲良くなったよ。コゼツもうまくやってる」

 わたしはそこでやっと左上を向いた。きっとユズリハは、わたしが顔を見ていなくてもわたしの方をみてるだろうなと思った。そしてやはりそこには、斜め下を向き話を聞きながらそっか、そっか、ととても嬉しそうに笑うユズリハの顔があった。
 垂れ幕の下を潜って石畳の続く敷地内に入ると、団扇の家紋があちこちに見えてまるでディズニーランドならぬうちはランドだ。隠れうちはを探してね!紺地に朱色の家紋を背負う人があちこちにいて、また建物の色味ともよく合っていて美しくて、なんだかここの空間そのものが文化遺産みたい。ただ、明らかに忍であろう人間でも額当てを額に装着している人間は数えるほどしかいなかった。
 道行く様々な人に挨拶されながら石畳を歩き、途中で右に曲がると林が見えた。その林の方に向かって、なだらかな細い斜面を上がった右側にある瓦屋根の家がそれだ。姉はポケットから鍵を出してガラガラと玄関扉を開けた。

「いらっしゃい」
「お邪魔しまーす……」

 ふむ、新居って聞いてたけどそんなに新しい感じじゃないな。むしろ文豪とか住んでそうな空気がある。……ああそうか、新築じゃなくてただの新居、だもんね。
 靴を整え綺麗に磨かれた廊下に上がり、姉についていってそのまま台所に入って、手を洗った。

「レアチーズケーキを作ってあるから、一緒に食べよう」
「えっやったー!」
「やったね、作っておいてよかった!じゃあ紅茶を入れるから、ちょっと待っててね」

 うっっしゃやったぁぁ〜〜〜〜〜!!!お姉ちゃんのケーキ!あぁうんお姉ちゃんのじゃなくてもわたしはケーキ大好き!!!特にチーズケーキが好き!
 内心ガッツポーズをキメながら、買ったものを冷蔵庫にしまう手伝いをした。乾物以外を仕舞い終えて、姉がポットに茶葉を入れ三時の準備をするのを眺めていたらふと疑問を抱いた。

「チーズケーキ作ったばっかりなのに、またクリームチーズ買ったの?」

 買ったものの中に某フィラデルフィアみたいな250gがあったことを思い出したのだ。姉はティーカップを出しながら、うん、と頷いた。

「ヤクミさんが好きなの」
「へ〜……チーズが?」
「うん、クリームチーズのお菓子が好きなんだって」

 ぐぬぬ……。
 思わずゲンドウポーズをしたくなるわたしをよそに、姉はお茶のセットを用意してお盆に載せた。この家は和風なのに、ヤクミさんの好物は洋菓子っていう不思議……色々想像しながら居間にお盆を持っていく。まだ居間に行ったことないけど、この辺かなと思って引き戸を開けたら当たりだった。
 小さな庭が見える畳の部屋に、大き目のちゃぶ台が置いてある。クッションが二つあるが、新聞が置いてある席がたぶんヤクミだんの定位置なので、そこは避けて座る。
 ティーカップとポットを並べてお盆を床に置いて、ふうと息をつき改めて部屋の中を見回した。綺麗に掃除されていて感心だ。1人暮らしのわたしの家なんて見たらユズリハ卒倒するんじゃないか?…うーん違うな、優しいから、苦笑いするだけだな。あ、そっちの方が傷つくわ想像すんのやめよ。
 大人しく座っていようかと思ったが、時計がかかっている方の壁に戸棚があったので覗いてみた。本が並んでいる、あとこれはアルバムだろうか?好奇心が疼きソワァ……と身じろぎしたが、他人様の家を勝手に物色するのは気が引けるので、さっと戸棚をしめてまたちゃぶ台に戻った。
 あーあ、このクッションの下とかにゴムあったらどうしよ。……ない。まあそうだよね〜友達の家と違うんだから!ここは天下のうちは家だから!あ?てかこっちの世界も避妊具はゴムかな?んんん?!てかそうか、避妊する必要が……あっ…う……。
 元オタクの性なのか、脳内で勝手にヤクミ×ユズリハのベッドシーンが展開されてわたしは眉根を顰めた。

「………地雷だ…」
「おまたせ〜」

 雑食オタだと思っていたけど、地雷ありました。ヤクユズ地雷過激派です。
 笑顔の姉を見たら、すごくいたたまれない気持ちになって、ケーキが載ったお皿をすごすごと受け取った。



――1週間前。
 雲隠れについて調べものをした後コゼツと第9回目の作戦会議を行い、改めて白眼取引計画を正式に採用することと相成った。しかし、わたしは原作の白ゼツ知識を正確に覚えていなかったので、忍は白ゼツの気配をどれだけ感じ取ることができるのか?また、白眼で白ゼツを看破することはできるのか?という不安をどうしても解消できず、また強引にヒザシらに近づいて取り返しのつかないことになってしまうことを恐れて、イプシロン1にヒザシへの接近命令を出せなかった。よって、イプ1の『日向ヒザシの体内に一定期間潜入しチャクラを吸収する』はサエ的任務達成難易度Sクラスに指定されて、単体で成功させるのは難しいという結果が出た。 
 第9回作戦会議を開いたのが10月17日、わたしは、11月に入っても他に妙案が出なかった場合直接日向家に突撃すると決めた。つまり、ヒザシにイプ1を埋め込むことができるような何らかのヒントを得るために――日向を訪問する理由を作る必要が出たわけだ。考えなければならないことが沢山あって、結構頭が疲れていた。
 頭痛にバファリン!早めのパブロン!ってな具合に洗面所でウーと眉間を抑えていたそんなある日、歯磨き粉をつけすぎて口の周りを泡だらけにしたコゼツが、

「ユズリハの家に行ってきなよ」

と言い出した。今から日向家にイプ1を送り込まなきゃならないってときに、何を言っているのかと、わたしは呆れた。しかし、

「大好きなおねーちゃんの様子でも見てくればまた新しいアイデアが浮かぶかもしれないじゃん」
「愛の力で?」
「そう愛の力で」

 うちは一族かとセルフつっこみしたくなったが、コゼツの言うことも最もだ。連日自主練で身体に負担をかけ、たまの休日は図書館に籠っていたんじゃ休まる時がない。まるで高校三年の7月、インハイの練習で毎日バシバシ練習して帰宅したら明け方まで受験勉強をしたあの頃を彷彿とさせて、少しノイローゼになっていた。あんなきっつい経験は人生一度で十分だこの野郎。そして両方ともあまりいい結果が出なかったという教訓付き。
 そう自分を納得させたから、今日姉の住まいを訪ねた。そして外をふらついて、姉と喋っているうちに、わたしはその言葉をコゼツにかけて欲しかったのだと気づいた。

「美味しい〜!」

 やばい美味しい〜〜〜!ンーお姉ちゃん美味しいですペロペロ!お姉ちゃんモグモグ……じゃなかったチーズケーキ超うまいです!
 濃厚なクリームチーズの絶妙な甘さと隠し味のレモンが混ざり合って飽きの来ない味を生み出している!クッキーを砕いてバターと混ぜた下地がしょっぱく舌触りに変化を生み出している!うまーいこれは……ぐう聖!ぐう聖の味です神懸かり的!

「サエちゃんチーズケーキ好きなの?知らなかったなー」
「うん、チーズケーキ一番好き!」

 うちの家では母の実家の豆腐屋さんから貰ったおからで作ったドーナツが定番で、それ以外にもどら焼きとかたい焼きとか、全体的に餡子ものが多い。
 東雲家の餡子は粒あんなのでわたしの好みだ。でもやっぱり前世の習慣で考えると、チーズケーキ、モンブラン、シュークリーム、ガトージョコラが食べたかった。セブンのチーズフロマージュ、いっつも包み紙について食べにくかったんだけど解消されていますか?どうですか、そっちの皆さん。

「お姉ちゃんあんまりお菓子作らなかったよね。ヤクミさんのため…?」

 一口、フォークで切って口に運ぶ。

「あぁー、うん、そうかも。ヤクミさん、意外と甘党でね、結構甘味処に連れて行ってくれるの。だから以前……結婚するちょっと前かな?作って持っていったらすごく喜んでくれて」
 
 今まで、恋人の話をするときは照れてはにかんでいたのに、目の前の彼女は無邪気にほほ笑んでいる。それは恋と呼ぶにはもう無垢が過ぎていた。貞淑な妻というワードが脳裏をよぎり、わたしは胸の奥にストンと落ちるようなスッキリとした心地で彼女の今を理解した。
 姉にとって、春先のシロツメクサのような恋は、サンサンと輝く太陽のような愛を通り過ぎて、思い出へと変わったのだ。彼女の生き方はもう全く新しいスタートを切っていた。
 元々姉の皮膚は油分が足りずカサカサして、頬骨の高くなっているところには少し赤いブツブツができていたが、ヤクミのところに嫁いでからは少しずつ肌の荒れがなくなっているようだった。嫁姑関係に苦しんで肌荒れしてないかなーなんて思ってたけど杞憂だったようだ。嬉しいんだか悔しいんだか、寂しいんだか、複雑な気持ちを飲み込むように、わたしは最後の一切れを口に運んだ。

「あー、なくなっちゃった」

 コゼツのようなことを言いながら空っぽになったお皿を見つめた。ごちそうさまでした、と両手を合わせる。

「また作るから、食べきてね。サエちゃんなら、いつでも大歓迎だよ、うーんと嬉しいんだから」
「本当?じゃあわたしも作って持っていくね」
「わあ、いいね、いいね!持ち寄って食べよう」

 どぅわあああ尊い…。
 お皿を下げる姉の後ろ姿を見ながら思わず両手を合わせていたら、玄関扉が開く音がした。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -