8歳 / 雲隠れの里A
副題:深夜テンションのまま重要な決定をしない方がいい

 汗の滴る夏、その殆どを自主練に費やしたわたしは、また今年もこんがりと健康的に日焼けしたロリになっていた。両親譲りの栗色の髪は長くのばして緩くウェーブをかけているが、練習中はポニーテールにしているので、一日の殆どひっつめ状態だ。前髪生え際の後退が少々気にかかる8月25日、上半期の成績が返された。
 相変わらず幻術は1位になれずにおり、体術は2位クラス全体では1位をキープ。喜ぶべき成績なのだが、今はぶっつけ本番とんでも計画を成功させることに頭を使っているのでそれどころではない。
 わたしは甘かった。あの晩はちょっと興奮したけど一夜過ぎたら案の定賢者タイム来たよねマジめちゃめちゃ甘々だった本当に……障壁が多すぎるんだよ!!!死ぬ間際の日向ヒザシをどうやって死体と入れ替えるの?!雲との因縁を取引(キリッ)って何よわたしたちと手を組んでいたってことにしてくださ〜いアハハーで素直にウンって言うわけないじゃんわたしの頭大丈夫?!いくら眼の扱い雑だからってグリッて簡単にえぐって大丈夫なの?!

「ハァ〜〜〜〜……胃が痛い」

 やらなきゃいけないことがまた増えた。とりあえずイプシロンシリーズの内訳を決めてそれぞれにノルマを課して動いてもらうことにした。

イプシロン1……日向ヒザシの体内に入り込む
イプ2………日向関連全般の情報収集用
イプ3………ヒザシ家の家政婦体内に入り込む

 わたしが雲との取引作戦で準備することは、睡眠薬か相手の動きを制限するような薬を手に入れることだ。わたしはコゼツに色々な場所に潜入させ、少しずつ時間をかけて情報を入手しているが、実際何かを盗んだり、調べたりするのは全てわたし自身がコゼツオリジナルを入れて行うと決めていた。もしも現行犯逮捕?されたとき、コゼツの別個体が見られたら事態がややこしくなってしまう。

「やべえ…全然成功する気がしないむしろ吐きそう………」

 豆腐メンタルがここにきて総攻撃を受けている。疲弊している。ツヤツヤぷるぷるの絹ごし豆腐が高野豆腐くらい穴だらけのシュワシュワになってる。でもやると決めたのだからやるのだわたしは立ち止まらない!立て!立つんだわたし!

「よ、元気ないじゃない」

 アカデミーの教室で虚空を眺めながら最悪の未来を想い浮かべていたらハナに声を掛けられた。

「ハナ……うん、お姉ちゃんが嫁姑関係に苦悩して実家帰ってこないか考えてた」
「……あんたってほんとシスコン」
「サエちゃん、ヤクミさんはいい人だよ」

 くすっと笑いながらヤクミをフォローしたのはうちはイズミ。イタチの恋人だと仄めかされナルトクラスタが一部騒然となった例の彼女である。

「イズミ、ヤクミさんと喋ったことある?」
「勿論!ヤクミさん、来年から警務部隊長の補佐になるって噂だよ」
「ほえっ」

 MAJIDE?!?!?!
 色々と全てが納得行って、椅子の後ろ脚をかっくんかっくんさせていたわたしはガタンと背をただした。なるほど結婚式のヤクミさんとフガクさんの様子はそういうことだったのか……。

「うちはは大変だねぇ。ウチなんか全然ゆるいよ!な、灰丸!」
「ガウッ!」

 頭の上に犬を乗せてバランスを取りながらハナが言うと、

「そんな、大変だなんて……。でも、そうだね、ちょっとね…」

 イズミは顔を曇らせた。
 犬塚ハナという子は、何も考えていないような能天気な態度を常に取っていて、いつも笑顔で頼もしいが、だからって本当に何も考えていないわけじゃないとわたしは知っていた。めっきり生かせる場面が少ない前世の教訓が、そこでは確かに役に立っていた。ハナはとても、聖職者向きの性格をしていた。
 綿毛を置くように長いまつ毛をそっと伏せると、ハナは一転して優しい声を出してイズミを励ました。

「なんか嫌なことあったら、あたしらに言いなよ」

 イズミは確かによくこのクラスに来るけれど、(それはイタチが元々このクラスだったからでもある)ハナやわたしより一つ年上なので、曲がりなりにも先輩に対して適した言い方ではなかった。
 でもそれが、今のイズミにとってどれだけ嬉しかったか――彼女は弾かれたように顔をあげた。身内の人間に渦巻く不穏な空気の片鱗を感じ取る繊細な9歳の少女が、まるで曇天に差し込む一筋の光明を見つけたような表情を浮かべている。そんな顔見ちゃったら……わたしは顔を綻ばせるしかなかった。心配しなくていいんだよ、大丈夫だよ、って彼女を安心させたいと思った。

「イズミより年は下だけど、わたしも力になるよ。それにコゼツもついてくるかも」

 力になるのは完全に別方向からだけど。

「………コゼツ君って、たまにちょっと怖くない?」

 イズミはちょっと眼を潤ませたあと、誤魔化して笑った。
 彼女の言葉は最もで、上級生や下忍の奴らから喧嘩を売られるコゼツは喜々としてお礼参りに出向くので確かに不気味さがある。わたしは、あの子は子どもなんだよ、と笑って返した。イズミはその後授業が始まるからと別のクラスに帰っていったが、最後に振り向いて、「ありがとう」と言った。
 子ども……本当は子どもじゃない。本当は、わたしと同じ存在はコゼツしかいない。
 見た目は子どもだけど、中身は年齢不詳、それがコゼツとわたしの共通点だ。この世界で、コゼツだけが真にわたしの相棒と言えた。例え、彼が何を思っていたとしても。



 8月に入ってから、休日予定が被る日は毎日行っている忍組手で勝敗を数えることにした。目に見えた方がやってる感あっていいし、コゼツに負け越していることを実感できて上達する。紙に書いた正の字の羅列は、自室の机左側の壁に貼り付けた。
 その紙が早速二枚目に突入した9月の半ばごろ、風呂上りに傷の手当をしていたらイプ2から報告があった。

「雲隠れの使者が木の葉に来る日が決まったみたい。相手側の都合にもよるけど、12月の下旬になりそうだ」
「12月下旬………」

 ちら、とノートを見る。
 木の葉の出生記録を調べたので木の葉生まれの目ぼしい人間の年齢は入手した。それで、日向ヒナタの誕生日が12月27日なんだがそれは何か関係があるだろうか?まさか誕生日に攫われる?いやでもそんな偶然は設定として必要ないか。

「……了解。お疲れ、ご飯でも食べる?」
「別に欲しくないよ」

 彼はフンと鼻で笑って再び床に潜った。別個体たちはそれぞれテレパシーで会話できるのに、なぜかイプ2だけは直接報告に来る。他の連中は全部コゼツに報告するのに、不思議なものだ。

「アイツサエのこと絶対好きだな」
「えーそんなのあんの?全部コゼツと同じ意識でしょ」
「同じだけど違う、って感じかな。影分身同士で喧嘩するのと同じ」
「うける〜……」

 なんだそれ。じゃあわたしのことを嫌いな個体も生まれる可能性あるの??作戦に支障がなきゃいいけど……。
 その後も、イプシロンシリーズの動かし方――コゼツ別個体は白眼で見破られてしまうのか、またどうやってヒザシの内部に入り込むか――などを考えて、その日の作戦会議は終了した。明日は休日で、一日丸ごとコゼツが父の手伝いをしに木の葉の外に出向くので、また図書館に籠ろうと思っている。雲隠れにまつわる本を片っ端から読破するつもりだ。
 11月になっても下準備ができかったら、わたしが直接日向屋敷に赴くしかない。危険な行為だし、怪しまれてしまうかもしれないけど、今はただの8歳児だからごり押しできないかな、なんて考えながら眠りについた。
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