8歳 / 雲隠れの里
副題:ノーベル賞的な感じで大蛇丸賞を作ってもいいレベル

 大蛇丸の研究施設跡からくすねてきた文書と空の眼球保存瓶は、地下室の天井に隠し扉を作りその中に置いた。いつも家の周りを見張っているコゼツβ(ベータ)にそこを見張らせて、もしも誰かが地下室に降りてくるようなら袋に入れて飲み込むように指示を出したので、日中も安心だ。ベータは、『これ全部を飲み込むなんて嫌だし、絶対気持ち悪くなるから、連絡したらすぐに飛んできてよ』としつこく繰り返した。
 文書のいくつかはアカデミーに持参し、授業中の副業にと軽い気持ちで読んでみた。使われている言語はここの世界のものと同じなので、前世のように電子辞書片手に英単語を検索し続ける必要がなかったのは良かったが、その代わりに多くの忍文字が使われていてその殆どは未履修のものだったので何も分からない。板書しているフリをしながら、腕の中で『大蛇丸実験集〜時空間忍術編』と名付けたそれを捲り、3ページ目まで読み進めたわたしは、ゆっくりとそれを閉じた。
 AHAHAHAHAHA!!!すっげ〜〜〜意味不明。何書いてあんのか全然わかんない。論文検索サイトで抄録を見比べながらなるだけ易しいものを選んだつもりが、半分くらいまで読み進めてみたらクソ重かったことに気付いたときみたいな絶望感。英語じゃないだけマシ?いやそんなことはない。
 これは今読んでも意味がないかもしれない……。
 小学生が学術論文を読むようなものだ……当たり前のことだけど、当たり前のことにがっかりしすぎな人生だけどほんとキツい笑える!面白い!自分がやろうとしていることがもうなんか面白い!!!大学院行かなくてよかった!!!(???)仮に先送りにしたとしても、いつかはこれを読み解いて完全穢土転生の術式開発まで漕ぎつけなければならないわけだから、こんなんでもちまちまと毎日読み進めるべきなのだろうか?いや、でも難しすぎる。
 小さくため息をついて栞を挟んだ。これは云わば参考書の一冊にすぎず、これからコゼツたちが見つけてくる本を山ほど読まねばならないのだから、慣れだと思って耐えるべきかもしれないがすげーやだ。大蛇丸……やはり天才か。

「では、アカデミーの授業で最初に教えたフォーメーションを覚えているかな?誰か分かる人?」

 先生が笑顔で手をあげると、互いに囁き、頷く生徒たち。誰かが挙手してはきはき答えるのを横目に、発色の良い緑色の葉がキラキラと輝く庭の木々を眺めた。



 さて、わたしが大蛇丸の研究施設から持ち出してきたもう一つのアイテム、眼球保存瓶。アレを見たときに咄嗟に浮かんだとある作戦がある。
 わたしは来る5年後に起こるとされているうちは一族虐殺の夜を回避したくて、そのために起こる対立の抑止力となる第三勢力を作ると決めた。三つの勢力を同じバランスで保ち、まずは均衡状態に持っていき、その後”どっち”に転ぶのか決められるような決定権(=力)を持ちたいのだ。
 そのためには、今はコゼツとわたしのみだが、わたしたち勢力が木の葉隠れにとって脅威であると思わせる必要があった。その箔をつけるために、日向ヒナタ誘拐事件と雲隠れを利用しようと思った。あの日向ヒナタの誘拐と、その結果失う日向ヒザシの命、この事件の黒幕が実は雲隠れじゃなかった、という事実を作ることはできないだろうか?と考えたのだ。

「…………サエって実はあんまり頭良くないよね?」
「は?うざいコゼツ表出ろ」
「だぁってさぁ、もうちょっといい案なかったのー?」
「仕方ないじゃん思いつかなかったの!うおんうおん!!」

 コゼツがしらーっとした目でわたしを見ている。そんな作戦成功するわけないじゃんと言いたげだ。

「なんだっけ、それって前言ってた、日向宗家が攫われる事件だよね。雲隠れがボクらの口車にのるわけないだろ……今は木の葉と同盟締結のために動いてるんだよ?そんな謎の組織と手を組んだりしたら、雲と木の葉の関係がもっとこじれる」
「って思うじゃん。既にこじれまくってるんだよ、雲とは。それでも、ヒルゼンは今までの因縁は水に流して平和のために折れますって言うの」

 7月18日、第8回作戦会議で今地下室にいます。親はまだわたしたちが帰ってきてることを知らない。

「雲にはボクらと組むのになんのメリットがある?」
「違うの、まず、今後起こるあの事件で元々雲は利益を得ることができないんだよ」

 日向ヒナタ誘拐事件のあらすじはこうだ。
 木の葉に同盟締結のために来訪した雲隠れの使者は、日向ヒナタを誘拐しようとしたが父ヒアシに見つかり殺される。すると雲隠れは、同盟締結の使者を殺した木の葉に対して自分たちのやったことは棚に上げて怒り、”代わりに日向宗家の死体を要求する、さもなくば宣戦布告”と脅し、二里間は一触即発の状態となる。
 どうしても戦争を回避したかった木の葉は、白眼をタダで渡すわけにはいかず、ヒアシの双子の弟であるヒザシの死体をヒアシのかわりに差し出す。実質木の葉は痛みだけを飲んだ結果となったが、戦争は回避された。
 日向一族の宗家と分家、そこにある呪印の存在。
 それを知ってか知らずか、雲隠れは白眼を手に入れるために宗家当主日向ヒアシの死体を要求したのだ。だから結局のところ、この事件は双方とも利益を得ることなく終わる。
 こう説明するとコゼツは、ぽけんとした顔をして「ん?それでどういうこと?」と首を傾げた。

「だから、戦争にこそならなかったものの雲と木の葉の間には禍根が残るじゃんね。その禍根を貰う代わりに、本来雲が手に入れることができなかった白眼を渡す。つまり、わたしたちが先にヒザシの死体を偽物と入れ替えておいて、眼を取って、雲がヒザシの身体から白眼を取り出せないと分かったところで交渉を持ち掛けるの。”眼を手に入れる為にわたしたちと組んでいたっていう事実を後付けで作って貰えるなら、白眼渡しますよ”って風に」
「……白眼と引き換えに、雲が作る”因縁”を取引するのか」

 コゼツはからかうような笑みを少し消した。

「そ。雲隠れってどういう里何だろうと思って、ちょっとだけ調べてみたの。まず、ビンゴブックに載っている抜け忍の出身里は雲隠れが最も少ない。そして、色々な国に対して方法を選ばない強襲や裏切りを行って、何度も小競り合いを起こしてる。自里を富ませ、仲間を大切にし裏切者を許さず、他国に対してはなんでもする里。実利主義なんだよ」
「クソ野郎のにおいがする」
「わたしもする。……まあ感じ方の違いってやつ」
「ウーン、でもそれじゃあ、一応手を組むことになるボクらも危うくない?奴ら、自里にとって得か損かで動くんだから、ボクらとの約束をいつ反故にするかもわかんないよ」
「そこでですよ」

 雲隠れは、木の葉が差し出した偽物の死体を引き受けて、騙されたことに気付かず里を出る。本来なら、自里に戻ってから白眼の能力が封じられていることに気付いても、木の葉は雲の要求の通り従っただけだから追及しにくい。

「里から十分離れたら、本物のヒザシを持ったわたしたちが彼らに接触してその場で呪印の説明をするでしょ、木の葉のやり口のことも全部バラす。そして交渉が成立したら白眼を一個渡す」
「なるほど。残りは約束が満期になったら渡すのか」
「うん。白眼の研究は木の葉も随分やってきたみたいだけど、結局その秘密の殆どを解明することができなかった。雲も、研究のためというよりは強い忍に移植して国力増強に使うと思うんだよね……まーこれ想像だけど。一個よりは二個欲しいと思う」

 霧隠れの青のように。
 貴重な眼を入手したらまず何をするか?というと、術発動の仕組みやその性能の解明だ。そして余分があったら研究のために解剖したり培養しようとするだろうが、一個しかないのだとしたら誰かに移植して戦力の多彩さに回すだろう。
 一個よりは二個。横暴で、戦力のためなら強欲になる雲隠れならば、絶対二個欲しがるはずだとわたしは踏んだのだ。

「ツッコミどころが多すぎるし、その計画最初から随分難易度高いよね」
「そこはどうにかする!」
「ボクがだろ???ボクがだよね?」
「うむ」

 コゼツは、口をあんぐりと開けて嫌そうな顔をした。

「この人、マダラ以上に白ゼツ遣いが荒いよ……」
「いやー何分マダラより弱いもんで〜〜」
「たいぐうのかいぜんをようきゅうする!」
「へへへ」

 マダラんちみたいなホワイト企業(?)じゃなくてごめんな。労基はないから観念して大人しくこき使われやがれください。
 誤魔化して笑うと、コゼツはモナリザみたいに口を半分だけ釣り上げ笑った。
 コゼツにはそう冗談を言ったものの、この作戦はかなり成功確率が高いのではないかとわたしは期待していた。雲隠れの抜け忍の少なさは兎に角尋常じゃないし、暁にも雲出身の忍はいなかった。抜け忍が少ない理由が、里を抜ける前に始末しているからか、抜けた後迅速に追いかけて抹殺しているからかは分からないが、内部の結束が強い里だということは原作の雷影やカルイ小隊の様子を見ていて感じるところがある。
 また、人柱力がビーであることを知っている忍も多く、里全体で尾獣と人柱力を守る体制が整っておりそういう意味では柱間の理想した里に近い姿を保っていた。しかし雷影は、五代目砂影我愛羅がナルトのため五影会談を呼び掛けたときは自国に被害がないからとスルーしたにも関わらず、またナルトが土下座しカカシが口添えしたとき触れた白眼の件も棚に上げておいて、弟をサスケに殺されたという一方的な都合ばかりは主張するふてぶてしい傲岸さもあった。
 つまり四代目雷影とは、雲隠れを体現したかのような人物と言っても差し支えないのではないか?仲間を大切にし、裏切者を許さず――その代わりに周囲の里に憎しみをまき散らし我慢を強いる。それが雲隠れの里。子どもらを信じて託す火の意思や自己犠牲を重んじる木の葉の里とは相性の悪そうな、でもきっと雲には雲なりのやり方があるのだと感じる一本筋の通った里である。
 そもそも、白眼を手に入れたいがために平和条約締結のために来訪したフリをしてヒナタを誘拐し、その使者が殺されたからと難癖をつけヒアシの死体を要求なんて、雲のやっていることの方がよっぽど強引だ。確かにヒルゼンの最近の言動を見ていれば、戦争回避のためにどこまでだったら要求をのんでくれるかな、と思う気持ちはわかるが、それにしても大胆すぎる賭けだ。
 そんな賭けをしてでも白眼が欲しい、それくらい三大瞳術は貴重なものなのだろう。しかしそうすると、また新たな疑問が湧いた。第三次忍界大戦が終わり、忍五大国がそれぞれ平和のために軍縮の動きを進める中、何故雲隠れは頑なに軍備拡張を押し進めるのか?また、今回木の葉が本当に戦争する方を選択したら、彼らにはその準備があったのか?そこまではまだ分からない。

「……雲は要求を呑むと思うに5万ペリカ」

 少ないかな。

「失敗したらただではいられないよ。サエは里抜けしたらやりにくいんじゃないの?」
「それならそれで、里の外から姉を救う手立てを考えるよ」

 わたしは言い切った。

「まだ下調べが足りないから、雲についてもっと情報を入手する。細かく計画練り終わったら次の会議を開きます」
「りょーかーい!」

 コゼツの元気な声を締めにして、作戦会議は終了した。
 ”雲隠れは実利主義だから、謎の組織と取引をして後々木の葉と因縁深まるデメリットより、白眼を得るメリットを優先するはず。”
 この仮説に絶対という確信を持てないことがむず痒く、さっさと細かく詰めていきたいところだが、ここは思い込みで突っ走らずに冷静に雲隠れについてもう一度調べて成功率を把握しなければならないと思った。コゼツが少々疑ってかかっているのも、一重に雲隠れという里についてわたしの見通しが甘いからだろう。
 イプシロンの調べだと、雲隠れと締結する予定である平和条約の草案を、今木の葉上層部が話し合っているらしい。雲隠れの使者の木の葉来訪予定日が決まれば、ヒナタ誘拐までもう秒読みのはずだ。それまでに、できるところまで調べて計画を詰めなければならないと思うと、心が休まる気がしなかった
 しかし、急かすようなその鼓動は寧ろ僥倖と言えた。休んでいる暇など最初からないのだと教えてくれる。わたしの”あの夜”は、もう始まっているんだから。
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