8歳 / 道
副題:RUSHの砂石鹸はザラザラするけどいい匂い

 また春が来て、アカデミー生活3年目に入った。
 去年の下半期の成績は27人中1位がわたし、16位がコゼツだ。コゼツは体術だけが飛びぬけていて忍術と幻術が同じく飛びぬけてドべなのでもう仕方がないと思う。
 なによりコゼツは体術が凄かった。
 休日は半日を親の手伝いに使うので、残りの時間を練習に使う。特に個人練習ができない忍組み手は、二人で空き時間が被るときは必ずやるのだが、そのときのコゼツがやたら強いのだ。
 今までやったコゼツとの勝負を数えていないが、多分トータルでは負けている。白ゼツは諜報能力特化ってこと以外は雑魚なので、思いがけない成長だ。
 今日も、朝早くから第一演習場の隅っこに来て忍組み手に勤しんでいた。なお、審判係がいないので”始め”の合図はない。

「じゃ、7本目ね」
「ハーッ…ハーッ…はい!」

 この”はい”は敬語のはいじゃなく気合いの”はい”。熱くなるとついつい部活の癖が出てしまう。
 お互い指を二本立てた片手印を相手に向ける。
 どちらからともなくその手を下ろす。

「…………」

 じわじわと間合いを図りながら互いに隙を伺う。
 わたしは目を見開く。イメージとしては、真っすぐ静かに流れている川に突然鳥が飛び込むような感じ。
 フッ!と強く息を吐き腰を低く落とし、後ろ脚を張って一気に踏み込む。

「!」

 前足で素早く地を前に蹴り、2歩で距離を詰めてみぞおちを狙う。コゼツも同時に踏み込みわたしの顎を狙って拳が飛んでくる。首を傾けてそれを避けるがわたしの拳も斜めに流される。一気に縮む距離、後ろに会った右足を素早く裏回し蹴り、コゼツの顎を狙うがそれを腕が弾き、互いの身体がまた離れる。
 わたしが足を地につけたときにはコゼツの身体が前を踊っている。顔面に繰り出される蹴りを両手で受け止めそのまま足を掴んで引き倒そうとするが、素早くその腕を軸にしてコゼツの身体が宙に浮く。

「ッ!」

 ヤバイ、と思う間もなく膝蹴りが背中を直撃した。
 かはっと空気の塊を吐いて腕の力が抜け身体が前に倒れる。倒れる力でバク天し、そのままコゼツの顎を蹴り上げ地面に着地、視界から外れたコゼツをもう一度捉えるべく後ろを向くが、そのときには顔面に膝が迫っている。

「づっ……!」

 鼻を強く打って後ろに吹っ飛んだ。どこかが切れて鼻の中が生ぬるい。地面に背中から叩きつけられるが、ギリギリポーチからクナイを出して構える。体勢を立て直す間もなくそのクナイが弾き飛ばされ、眼前に鋭利な先端が突き付けられる。

「……またボクの勝ち!」
「〜〜〜っハァー…………」

 クナイの先端が引いて、その代わりに二本の指が差し出された。
 和解の印を交わして、わたしはコゼツに引っ張り起こされる。この感じ既視感あるなあ。カカシとオビトの戦い、回想と今を交互に挟むアニメの演出最高だったな〜……。

「ううううコゼツ強い…」
「忍組手じゃあサエよりボクだね!」
「くっそー!悔しい!!」

 鼻血をタオルで拭いながら地団太を踏んだ。コゼツは本当に体術がうまくなった。アカデミーじゃ負けなしなんじゃないか?会ったときは真っ白でひょろひょろのモヤシ野郎だったのに、今じゃこんなに健康的になって…白いのは相変わらずだが。

「よし、次、次!」
「いや、血が止まってからにしようよ」

 わたしはやる気満々なのに、鼻血とコゼツが抑制してくるせいで、仕方なく日陰の草むらに腰を下ろした。
 春って、ときどき地面から湯気出てんじゃないかって思うくらいぽかぽかと暖かい。気温はまだ十℃台なのに不思議なものだ。春霞で白く濁った山の稜線を眺めながらわたしは息を整えた。

「もう止まったよ」
「まだだよ」

 コゼツは鼻で笑う。コゼツの足の近くに、一本だけはぐれてしまったようなシロツメクサがひょろりと生えていて、彼はそれをむしり取った。そして胡坐をかいた足の間の、アリの巣の中に突っ込んだ。

「白ゼツって、普段は土の中にいるけど季節によって居心地に違いってあるの?春は冬より暖かい?」
「ふぅん、そうだね〜……地表近くなら温度の違いはあるよ。春はざわざわしてて、冬は静かだ」

 コゼツは、腰を下ろしている周辺の地面を、ぽんぽんと叩いた。

「へー、おもしろ〜い」
「……それより、背中気をつけなよ。アカデミーでも言われてるでしょ、相手から目を離すなって。サエ自覚あるよね」

 痛いところを突かれた。わたしはサッと視線を地面に落として、フカフカ茂る芝生の葉の一枚を眺めながら頷いた。

「分かってるよ。次は空けない」
「さっきももうちょっとで折れるところだった」
「それは調子乗りすぎ。わたしだって、咄嗟に斜めに受け流したから痛みとかはなかったよ」

 実は結構衝撃があったことは悔しいので言いたくなかった。そして、背中を狙うのは実際腹や顔を狙うより危険なので、コゼツはあまりやりたがらないことも知っていた。
 コゼツはシロツメクサをひょいっとその辺に投げ捨てて、わたしの顔を覗き込む。

「鼻血止まんないね。病院行く?」
「こんなんで行ってたらきりがないよ。大丈夫だってーコゼツ優しいなぁ」

 両手で口元を隠し、ふふふーと笑って照れたフリをしてやったら、コゼツはちょっと眉を下げて「だって」と言ってはにかんだ。お前…ガチで照れるなよこっちが恥ずかしいわ……。


 コゼツの別個体'sは現在5体いる。そのうち固定枠のαβγトリオ以外に、この前双子の兄が殉職したオメガ2、そして新しくコゼツが作ったデルタ1だ。
 そのデルタ1に、わたしは今新しい長期任務を言い渡している。それは根の本部基地の捜索、そして見つかったらそこに常時潜伏することである。
 原作通りに話が進んでいるとはいえ、根を監視しておくのに越したことは無い。もしものために、慎重に、ゆっくりと時間をかけて根の内部を把握しておきたいと思ってのことだ。
 そしてデルタ1が捜索に出かけて一ヶ月が経ったころ、お風呂から上がって全身から香る柑橘系の甘酸っぱい匂いに包まれながらわたしはベッドの上でごろごろしていた。本当は柔軟体操中なんだけど、最近アカデミーの友だち――初音ミク(仮)に教えてもらった雑貨屋さんでとってもいい匂いの石鹸を見つけて、お母さんに初のおねだりをして買って貰って、今日早速使ってみたら案の定癒されて、つい柔軟のことなんて忘れてしまったのだ。

「すぅぅぅ……ハァーー………」

 いい匂い!
 わたし、石鹸が好きです。前世では、オーストラリア土産のココナッツ石鹸とか、ヨーロッパ留学中の友人に貰ったイギリス臭(とは)する石鹸とか、サボンジェムのクソ高いけど綺麗な鉱物石鹸とか、あとはRUSHとか、兎に角無駄に石鹸を集めていた。こんな食えもしねー脂肪酸の塊に金をかけるよりは焼肉だ!肉を持ってこい!!って思ってたんだけど、使い始めたらハマったよね。
 というわけで、疲労に優しいいい匂いに囲まれて柔軟体操をするわたしを、簾の向こうでコゼツがどう思っていたかは知らないが、彼も彼で犬塚ハナに借りた動物図鑑を眺めながら同じく柔軟をしていた。

「サエ〜、デルタ1が報告有るって」
「ん〜〜〜?」

 開脚前屈で床とごっつんこしていた最中そんな報告を受けて、頭で理解するより早くデルタ1が姿を現した。

「ひさしぶりー!」
「ん、久しぶり〜」

 ひらひらと手を振ると、彼は同じくひらひら両手を振りながら床の上に頭だけ出して話し始めた。まとめると、根の本部を探そうと地下を虱潰しに彷徨っている最中に、里抜けした大蛇丸が残したと思われる研究施設を見つけたらしい。幾つかは暗部や根の人も見つけていない、誰も手つかずの状態らしく、彼が残していった謎の研究資料や機材が置いてあるのだそうだ。

「なるほど。今何かするっていうのはないけど情報ありがとう。引き続き根の本部基地探しつつ、そこの場所を誰かが見つけたかどうか定期的にチェックして」
「オーケー」

 彼は親指を立てながら床の中に沈んでいった。

「大蛇丸かー。大蛇丸はやだな……」

 偏差値70越え?IQ200越え?のオネエ蛇野郎か……。どう考えてもわたしの手に余るので大蛇丸に目をつけられるのは勘弁願いたいけど、そのやっていた実験とやらはとても気になる。できればコゼツのことも調べてほしいけど、そのためにどんな犠牲も厭わないところが社会人失格だよね。
 社会人ならね、目的達成することだけじゃなくて、そのために守らなきゃいけない予算とかルールとか期日とか、そういう擦り合わせもしっかりした上で尚且つミッションクリアしなくちゃだめだよ。こっちだってそりゃ無限の金と無限の時間でやりたいようにやりたいけど、そうもいかないわけじゃん?それが社会で生きていくってことじゃん!ちゃんと国やら会社に研究費出してもらうために自分たちの研究の多視的必要性をアピールしなきゃいけなくて、その為には最低限のルールくらい守って欲しいよね。
 そういうのが出来ない人はいくら有能でもなぁ……。

「………大蛇丸はずるいからダメ」

 そういう煩雑な枠組みを取っ払ってでも欲しいと思われるような天才が大蛇丸だったことを思い出して拗ねた。この天才忍者め!!!
 わたしはしばらく大蛇丸について考えを巡らせていたが、柔軟体操も十分やったので打ち切りにして、風呂上りのホカホカな身体がさめないようにお半纏を着てコゼツに声をかけた。この半纏は、母がコゼツとの色違いで縫ってくれたもので、かつて姉も着ていた半纏の最新版である。所謂姉が1.8.0だとしたらわたしのは1.8.1。母の技術は日々進歩してより高性能なお半纏を生み出しているのに、我々の作戦会議の遅々として進まないのは残念なことだ。アップデートはまだなのか。

「よし、第6回作戦会議はじめまーす」
「了解」

 簾をめくって向こうのスペースに足を踏み入れると、コゼツは開いていた動物図鑑をパタンと閉じた。
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