7歳 / 奈良シカクA
副題:平等院鳳凰堂近くのみやげ物屋さんで買ったほうじ茶団子また食べたい

 鹿、好きですか?
 鹿って可愛いよね。落ち葉のように赤茶色に白い斑点のある艶やかな毛並み、華奢な脚、黒曜石のようなつぶらな瞳、そしてメスはほっそり、雄は雄大な角。鹿の愛らしさは日本固有の動物の中でも一、二、を争うとわたしは思う。
 そんな鹿さんを、一族挙げて保護・育成・奉りながら生きている伝統ある人たちがいる――奈良一族である。

「ここかな〜」

 街をフラついているところを捕まえたアスマ少年に、奈良シカクさんの家の場所を聞き、わたしは今、突撃!隣の奈良家!をやっている。しゃもじは持ってない。一応持っているだけのお小遣いを費やして、手土産のほうじ茶団子を買ってきたが、シカクさんの苦手なものが甘味だったらどうしよう……ファンブック、ファンブックが来い…!

「こんにちは…」
「あら、可愛い子ね。どちら様ですか?」

 シカクさんの奥さんなのか、気の強そうなお母さんが中から出てきてわたしの視線にしゃがみこんだ。あ、顔はきつそうだけど優しい。

「あの、わたしは東雲サエと言います。アカデミー生です。奈良シカクさんはご在宅でしょうか?」
「はい、シカクは家におりますよ」
「本当ですか!実は折り入ってお話があり、前もってお約束はしていないのですが、不躾ながらお伺いさせて頂きました」
「あら、あら……ご丁寧にどうもありがとう。さあ、中に入って」
「こちらつまらないものですが、わたしの好きなほうじ茶団子です……皆さんで召しあがってください」
「まあ〜!何から何まで礼儀正しくて、良い子ね。お母さんの育て方がいいのかしら…うちの息子がこんな風になるとは微塵も思えないわ……」

 シカマルのお母さんはニコニコしながらわたしから団子を受け取り、最後は少し愚痴なのか心配のようなことを呟きながらわたしを奈良家の中に案内した。突然の来訪でシカクさんがいるとは期待していなかったので、今日は次の来訪の約束だけ無理矢理取り付けようと思っていたのだが、一応手土産を持ってきておいてよかった。
 悪い、アスマ。お前”一体何の用だかしらねーけど迷惑かけんなよ”って言ってたけど……迷惑かけます。あなたの案内なのにすまんねーー。

「あなた、あなたに可愛いお客様が来てるわよ」
「ん?」

 廊下を歩いていくとすぐ中庭に続く縁側に出て、そこの閉じられた障子の向こう側から男の声がする。それと一緒に、小さな男の子の声も。
 あーシカクさん!シカマルと遊んでたんですね!至福の時を邪魔しちゃってすみませんね!!

「今日誰かくる予定はなかったんだが……ん?」

 スッと障子戸が開いて、目が合う。シカマルとそっくりの後頭部でひっつめた黒髪と顎のちょび髭、そして鋭利な刃物に切り裂かれたような二筋の傷。
 木の葉の知将と名高い奈良シカクである。

「東雲サエです、初めまして」

 少し早口だったかもしれない。緊張で詰まりながら、わたしは両足をぴちっとつけて深く頭を下げた。シカクさんは目を見開いて素っ頓狂な顔をしたあと、改めて「は?」と言った。


「ふーん、なるほどなぁ……」

 顎髭をズリズリと掻いてシカクが唸る。先ほどまでシカマルと忍者ごっこをしていた部屋には、まだ幼児特有の甘ったるい匂いが籠っていたが、そこに二つ座布団をしき、わたしたちは向かい合っていた。
 真ん中にはわたしが先ほど持ってきたほうじ茶団子と、シカマル母が淹れてくれたお茶が、めいめいお盆に載っている。黒い漆塗りのお盆に、水浅葱の半月皿がよく映えて美しい。

「お前がアカデミーを早く卒業したいってことと、今クラスで二番なのに卒業試験を受けさせて貰えないっていう不安は分かった」
「はい……」

 緊張する。
 シカクさんが智将キャラだと知っているからなのか、それともこの人が元々強いことが空気を媒介して伝わってくるからなのか、分からないけれど、鋭い眼で見られるとドキッとする。ここに来た理由を説明している間に少しは慣れたけど、何を考えているのか――何を感じているのか分からない人の前にいると団子も喉を通らない。

「それで、なんで俺なんだ?」
「えっ……」
「さっきの話を聞くだけだと、お前がどういう忍になりたいのかが見えてこねぇ。九尾事件があった後だからな、力が欲しい、早く強くないたいって気持ちは分かる。でもそれならもっと適任がいるんじゃねぇか?この里には、俺なんかよりずっと強い忍が山ほどいるぜ」
「……それは、シカクさんが木の葉一の智将だと伺ったからです。わたしはあんまり体術と幻術が得意ではなくて、この前やっとクラス3位になれました。忍術はそこそこいけたけど、まだ自分のタイプとかが分からないので何をすればいいのかもわからず……強いて言えば得意な座学のことを考えて、シカクさんかと」
「ふむ。つまりお前は、自分が頭脳派だと思ってるわけだ」

 …………ん。
 シカクさんの言葉を聞いて、それを飲み込んでいくにつれ顔に熱が集まった。え、別に違うんだけど、でもこの人にそう指摘されるとそうな気がしてきた…。
 なんかこの流れ嫌な予感がする、と思うより早く、シカクさんが言葉をつづける。

「まぁ俺が木の葉一の智将かどうかはこの際置いとこう。今の話を聞く限りじゃお前は頭脳派とは言えん」

 お、おおお……おお!
 顔にじわじわと熱が伝導し、わたしは恥ずかしさに俯いた。なんだこれ。ちょっと辛いぞ。
 いや、別にわたしは自分が特別頭いいとは思ってシカクさんに教えを乞うたわけじゃない。シカクさんなら頭いいからわたしがアカデミー卒業試験受けさせて貰えない理由分かるんじゃないかなって、それでそのついでにこううまいこといって、弟子入りとかさせて貰えないかなーなんつって考えていただけで……。
 忍術はまだよくわからないし、体術と幻術は苦手だから、どこを長所として伸ばせばいいのか分からない。でもわたしはアカデミーに通う他の子と違って精神は大人だから、何か要領よく卒業できる方法があるはずだ。そう思って、それを聡い人に教えてもらいたくてここに来た。
 だって、今は7歳じゃん?7歳に負ける29歳とかあってはならないわけじゃん?!そりゃ7歳の羽生選手にスケートで勝てるかって言われたら笑顔で白旗上げるけど、イタチ君はもう卒業してるから今のアカデミーに羽生はいない。だから、そこの年齢の差でどうにかサクッとアカデミー卒業できないかなって、そういう意味の”頭脳派の師匠欲しい”だったんだけど……。

「いいか。お前は確かに、同い年の他の奴よりも精神的な成長が早いようだ。だが”その差を武器にしたら、いずれ絶対に追い越される”」
「……」
「分かるだろう?お前は賢い。だが、地頭がいいわけじゃない。他の奴が着々と年相応の成長を見せていく中で、お前の”他の奴より熟した精神”はどんどん武器を失っていくことになる」
「はい………」

 うむ。
 わたしは羞恥に耐えながらもシカクさんのいたって真面目な眼差しを受け止めた。言っていることが分かる。なるほどと思った。
 そしてシカクさんの言いたいこととは違う、分かりきっていたはずの大事なことにも気づく。
 わたしが本当に戦う相手は同い年じゃない……。わたしの戦う相手は、前世の自分の人生を足してもまだ叶わないような百戦錬磨の天才、そして老獪たちだ。

「お前が仮に下忍になれたとして、そこで戦うのはお前と同じくらい精神の塾した大人たちだ。そういう奴らの中に入ったらお前の武器はないものと同じになる」
「はい」
「だから、お前には別の長所を探して伸ばす必要があるってわけだ。分かるか?」
「はい……でも、じゃあわたしの長所ってどこなんでしょう」
「焦るな」

 ぐぬぬぬぬぬ!何度も自分に言い聞かせた言葉が、心臓の奥に突き刺さる。
 シカクは、自分の眼を食い入るようにして見つめながら、どこかにヒントはないかと眉を八の字に歪める少女の顔を見て、フッと笑った。笑うつもりはなかったのだが、その悲壮感いっぱいな表情を見るとつい口角が緩んだのだ。

「アカデミーの成績がすべてじゃない。アカデミーってのはあくまでさわりだ。お前が本当に忍術が得意で、体術が苦手かどうかも、アカデミー程度の授業じゃわからねぇ」
「でも……。そうですか?」
「んなもん当たり前だろう。俺んちの秘伝忍術だってアカデミーの枠には収まらないもんだし、俺自身ひでぇ成績だったからなー」

 そりゃお前がテストさぼってばっかだったからだろ。どうせシカマルみたいに、”鉛筆動かすのもメンドクセー”とか言って寝てたんだろ?
 そう突っ込みたくなったがやめておく。

「いいか、焦るな。目の前の問題にだけ取り組むな。肩の力抜いて周囲を見てみろ……気張ってばっかじゃ手に入らねぇもんもある」

 シカマルみあるお言葉に、わたしはついしょんぼりと視線を下に落とした。そんな様子を見てシカクは悠揚と笑っている。そして団子を手に取りもぐもぐ食べ始めたので、ああ話はこれで終わりなんだなと悟った。

「しかしお前7歳なのに偉いなー。これ……誰かに持たされたのか?」
「いえ、両親はこのことを知りません」
「そうか」

 ここで、誰か、と言ったのはわたしが親を亡くしているかもしれないという配慮だろう。
 そしてわたしは奈良家を後にした。シカマル母には気に入られたようで、可愛いわね、いつでも来てね、それにしても可愛いわね、と何度も連呼されむず痒かった。これはわたしの両親の遺伝子が良いせいです…姉もとても可愛いのでぜひ一度家に見に来てくださいって言いたかったがやめた。
 夕日の沈む川岸を歩きながら、やっと緊張がほどけてゆっくりと数回に分けて息を吐く。どこかの家庭からすき焼きの匂いがする。
 弟子入りを断られ、ちょっと恥ずかしい思いもしたというのに妙にすっきりした心持ちだ。確かにわたしは焦っていた。冷静になって考えているつもりでも、一人で頭の中を捏ね繰り回すだけじゃだめなんだ。よくよく考えると、イタチは天才中の天才だったから7歳で卒業できたのであって、わたしみたいな凡人、しかも努力し始めたのも最近の奴がそう簡単に上達するはずかない。担任の先生は成績表では図ることができない、本当の実力を知っているからこそまだ卒業試験を受けるに値しないと判断したのかもしれない。
 それによく考えれば、下忍になったところで最高機密文書は手に入らないのだから、結局コゼツの力を借りることになる。アカデミーをどうしたら卒業できるかではなく、まずは堅実に基礎を固めつつどんな忍術を習得するべきなのか考えよう。勿論下忍になれるならなれるに越したことはないが……。
 焦るな。シカクさんの深みのある渋い声が、胸の奥に重石のように沈んで、逸る心をしっかりと、今に留めてくれているようだった。
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