7歳 / 奈良シカク
副題:朝布団の中で二度寝する幸せに勝るものはない

 今年中のアカデミー卒業、つまり下半期に卒業試験を受けて3月の卒業式に出ることを目標に、猛練習が始まった。
 チャクラがなく、筆記テストも少々危ういコゼツと違い、わたしは苦手な体術と幻術をマスターすれば十分全体1位を取れる位置にいる。アカデミーは通常12歳で卒業するとはいえ、イタチのように優秀な生徒は飛び級に飛び級を重ねることもあるのだから、わたしだってその前例に乗っかることができるはずである。
 元々、わたしの一週間のスケジュールはこうだった。

月火木金
…朝練 / ランニング&ダッシュ
 昼練 / 友だちと忍組手
 夜練 / 手裏剣術&忍術練習

水曜日
…朝昼 / 平日と同じ
 夜練 / 筋トレ

土日(アカデミー休み)
…半日どっちか / 親の手伝い
 残り / 忍組手(コゼツと)

 そこをどう強化するか考える。
 わたしの成績が良い分野は忍術だったので、最初はそこを伸ばそうとしたが、やはり一人ではどうにもとっかかりがなくて難しい。また、もしも卒業試験を受けるとなると問題になるのは得意分野ではなく苦手分野だろうと思い、体術と幻術の克服に専念することに決めた。
 毎回の体術の授業では上手な生徒の動きを観察し、図書館で借りた『忍の基礎体術』や『忍組み手の極意』などの本を参考に、沢山練習した。最初はうまく相手に踏み込めなかったり、どういうイメージで急所を狙えばいいのか分からなかったが、同じクラスのハナや年上の先輩たち、地味に仲良くなった下忍の男子らに相手をしてもらって、少しずつそれらしい動きができるようになっていった。その人脈を広げていく中で、なんと3つ上のクラスに薬師カブトが、今年入学してきた中に山中フーが在籍していることを知ったりもした。
 しかし、まあ大概の相手はコゼツだ。

「脇が空いてるよ…ッ!」
「ぐっ!」
「またボクが勝ったね」
「あ、……もう…ハァ……殴りたいその笑顔」

 コゼツはわたしより既に体術が上手くて、いい練習台になった。それに他の男子と違って、彼は容赦なく蹴りこんでくるのでこっちもやり返し甲斐があるってもんだ。最近は妙に大人しいコゼツだが、その時ばかりは悪役に恥じぬいい笑顔を浮かべていたのもムカついた。
 また、幻術に関しては向き不向きが強く、苦手な人はとても苦手らしいが、女子は元々幻術に強い人が多いと知った。原作を読んでいて、幻術といえばうちは一族みたいなイメージがあったがそういえば『サクラは幻術向き』(byカカシ先生)とかいう死に設定があったなと思いつつ、それじゃあ飽きずに毎日幻術の耐性を高めていけばと思い、基礎訓練を欠かさなかった。相手に幻術をかけたり、幻術の耐性を高める訓練には一つ有名な基礎練習があり、それが鏡の前で自分に幻術をかけ続けるというものである。それを教えてもらったので、体術の練習で身体が疲れたときには鏡をみつめて幻術の練習、と、交互にして繰り返した。
 苦手な二科目は徐々に克服していった。
 因みに、コゼツはわたしと一緒に練習するときもあれば、フラッとどこかに消えて、授業中突然戻ってくるときもあった。先生が黒板に基本フォーメーションの説明だの地形戦を生かす作戦プランだのを書いているときに突然教室の扉を開けて入ってくることがしばしばあったので、授業態度が悪いことで有名になった。



 そして上半期の成績表を渡され、わたしは歓喜した。7歳クラス27人中、体術は3位、幻術は5位、他は全て1位。全体成績では27人中2位だ。
 これなら今年の下半期が終わったあと卒業試験を受けられるかもしれない。そう思って、成績表を持って先生のところにお喋りに行ったわたしを、しかし担当中忍は優しく諫めた。

「サエさん、そんなに焦らなくてもいいんだよ。サエさんは知識も忍術センスも悪くない、このまま行けば順当に12歳には卒業できるから」
 
 おおお〜〜〜。マジかい。
 それじゃあ遅いよ!12歳でやっと下忍じゃ時すでにお寿司だよ!……なんていう心の叫びを口に出すことなど勿論出来ず、わたしはペコちゃんのように舌を愛らしく(当社比)出してみたりしてその場を辞退する。今年中に卒業試験を受けたいという意思をさりげなくアピールし、先生にはちゃんと伝わったはずで、それを受けてこの回答ということは、きっと無理矢理受けても落ちるだろう。
 いやー…………凹む。センター利用全滅したときほどではないが、困った。わたしはちゃんと忍術の理論も理解しているし、苦手だった科目も克服したのだが、一体何が足りないっていうんだろう。もしかして7歳クラスではなく12歳まで含めた全員中1位にならなきゃいけないのだろうか。そうすれば飛び級で卒業できるのか?
 夏の蒸し暑さに火照った頭で、わたしは炎天下の道路を歩いた。8月26日のことであった。


「今日バタバタしてるね、何かあるの?」

 約10ヶ月の努力も虚しくアカデミーを今年中に卒業できる見込みがないわたしに気を遣っているのか、コゼツが朝食時に親に話題を振った。コイツは普段まともな会話をしようとしないというか、まともに会話が続くような話題づくりをしないので、少し意外に思うとともに恥ずかしくなった。
 自分はたった4ヶ月で何を凹んでいるのか。いやでもやっぱり凹むよな〜〜だって上半期の成績クラス全体で2位だよ…。

「コゼツって結構鋭いのね。今日はヤクミさんが挨拶に来るのよ」

 女の子らしい姉の声色は嬉しそうに弾んでいる。コゼツは、最初は姉の言う”挨拶”の意味を考えていたのか「ふーん……」と手ごたえのない反応だったが、何かピンと来たらしく、どこから仕入れてきた知識かあのお決まりのセリフを口にした。

「娘さんを俺にくださいってヤツ?!」
「あはは!うん、そういうヤツ」

 仕事で朝早くに家をでる父が、まだ物音立てずに寝ているのはそういう理由か。でもそのうち母が、仕事がないからって今日は別の意味で大事な日なんだから!とかなんとか言いながら起こしにいきそうだ。

「ごちそうさま。お弁当ありがと」
「……今日も練習行くのね。サエにもあの人に会って欲しかったけど」
「フン、ヤクミさんよりわたしの方が強くなってやります」
「ふふふっ……」
「まったく、サエちゃんまだそれ言ってるの?」
「いいよ、いいよ。忍になるんだもんね、頑張って!」
「はーい…」

 あからさまに元気がないわたしを、姉と母は笑みを浮かべて流しつつも目を合わせて訝しむ。コゼツは味噌汁を飲み干し、今日はコゼツが食器を洗う係なので急いで全員の皿を回収して台所に立つ。

「先行ってていーよ」

 珍しい。いつもは”先行かないでーー!待っててー!”って言うのに。
 気を遣わせているんだな、と改めて感じた。わたしは、ありがとうと言って一人早く家を出た。

「はぁ……なんか疲れたな…髪切りたいなぁ。前行ってた美容院好きだったなぁ……」

 萎えぽよ〜。
 前世(前の世界の人生を終えたつもりは毛頭ないので、この言い方は不服だが簡単なのでこう略すこととする。そもそもミュゼの全身脱毛コースだってまだ2年分くらい残ってるし、大学院だって合格したばっかでこっちに来たタイミングというものをわたしはずっと遺憾に思っていたがその不満については割愛する)では、学校で思ったような成績が出せないとか、試験に落ちたとか、そういうときのために塾があった。
 塾。木の葉には駿台も河合もない。『あっこの術進研ゼミでやったところだ!』もできない。じゃあどうするか?

「弟子入りだ……」

 ナルト的成長の手段、弟子入り。
 これだ、と思った。自力でできる努力は一応やったし、もう他人に頼ってもいいはずだ。
 じゃあ、誰に頼むか?
 わたしの得意な忍術はまだ分からない。どれも満遍なくできるし、逆にレベルが上がるとどれもできない。体術と幻術方面はダメだし、残るのは……座学?でも決して地頭がいいわけじゃないしなー。
 ため息が出る。6歳の11月以降ため息をつく頻度が格段に上がっているけど、出てしまうものはしょうがない。
 まずは得意分野を教えてくれる人がいいなあ。誰かいないかな、そういう、相手の素養を一発で見抜くような、あー例えばシカマルみたいな人。

「…………」

 その後しばし逡巡したのち、誰のツテがあるわけでもなくアポも取っていない状態で、奈良家の森方面に足を向けた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -