6歳 / 姉がうちはに嫁ぐらしい
副題:いつから本編が始まったと錯覚していた?

 姉がうちはに嫁ぐらしいです。
 人生終了のお知らせでした本当にありがとうございました。

「…………………………ハァ」

 姉から衝撃的なことを聞かされた次の日、死にそうな顔をしてアカデミーに行き帰ってきた夜八時、わたしは布団にくるまっていた。
 普通にサボりたかったわ。朝六時に目覚まし止めたあと、今日はこのまま休んじゃおうかなぁって思った。でもわたし今6(+22)歳だからね。今の同い年の人たちって余程のことがなきゃ仕事休まないからね。だから、仕方なくアカデミーに行きましたよ。ただ流石に朝練とかする気にならなかったから、コゼツに、今日はやらないって言って一人教室の中ぼんやりと宙を眺めてた。
 これが大学在学中だったらなぁ。わたし大学でも部活に入ってて朝練あったんだけど、凄く嫌なことがあってめちゃくちゃ朝練したくない日があって、部長に腹痛なので休みますって連絡して、コーヒー淹れて、テレビつけて、ジップとか見ながらブランケットにくるまって”美味しいもの食べに行きたいなぁ”とかぼんやり考えながら”そういえば明日レポート提出日じゃね死にたい”って呟いたのに。それで部長が、朝練タコる奴多すぎってことで静かにキレてて、その日の夕方クソほどしごかれて、サボるのも大概にしないとなって反省するんだよね。それで、夕練終わってシャワー浴びて図書館寄って足りない資料かき集めて、朝四時くらいまでかけてレポート書いて、またコーヒー飲んで部活トレーナー着てスッピンで大学行く。
 それが”6年前まで”の生活だった……。

「サエ、具合悪いの?」

 母が扉の向こうから声をかけてくる。
 ユキさんはいい母だ……勝手にドアを開けないなんて…うちのお母さんとかさぁ、何も言わずに当たり前の顔でうちの部屋入ってくっからね…。

「入るわよ」

 あ、入ってきた。

「大丈夫…ちょっと気持ち悪いだけだから」

 そう言って布団から顔をだすと、珍しいものを見るような顔で母がコップを持ってわたしを覗き込んでいる。

「はい、レモネード作ったわ。ここに置いておくから、身体を起こしてから飲むのよ。零すと布団がなくなるわよ」
「うん」
「………コゼツが心配してたわよ。あの子いっつも能天気なのに、今朝は”サエが元気ないんだけど、なんでかなぁ”ってわたしに聞いてきたりして。可愛いわね」

 うん。コゼツは可愛い。
 布団が温かくて、その温かさを身体にもっと纏いたくて、モゾモゾ動いていいところを探す。

「……お姉ちゃんがいなくなっちゃうの、寂しい?」

 あんたはお姉ちゃん大好きだもんねえ、と続ける母さんの口調が笑っている。

「母さんも、あの子からその話聞いたとき大喧嘩したの。あんたは部屋で勉強してたから、気付かなかったかもしれないけど……どうしてもあの人と一緒になりたいってきかないから」

 ああ、コゼツが言ってた喧嘩ってそのことだったのか。

「…結婚するのが早すぎるってこと?」
「それもあるけれど………。ええ、そういうこと。まだ16じゃない?これからもっといろいろな人に出会って、それから決めても、お母さん遅くないと思う」

 母が何に躊躇って、言葉を飲み込んだのかわたしには分かった。
 うちは一族だからだ。

「あの子は昔からそうだったわ。親の言うことなんて全然聞かない。わたしが言うことを、素直に受け入れたことなんて一回もないの。頑固で、なんでも全部自分で決めちゃって……今働いている洋服屋さんだって、お母さんはもっとちゃんとしたお店でちゃんとした服を作って欲しかったのに、流行ってるのかなんだか知らないけどあんな変なお洋服……」

 なるほど…昔の母も姉もかなりの堅物だったようだ。確かに今姉が働いている店は、少々洋風で、前の世界でも十分売っていそうなデザインの服を作っている。こちらの世界の大人から見たら、斬新で、前衛的すぎるデザインなのだろう。

「あなたが生まれる前は、それはもうよく喧嘩したものよ。でも遅くに授かったあなたが可愛いのか、あの子一気に大人びて、わたしたちに無理な反対をしなくなった。大人になったなぁって思ってたら、今度は結婚」

 おお……。わたしがこの家に転生した理由に納得した。
 この人わたしの本当のお母さんにそっくりだわ……。
 母は深いため息をついた。

「それでもね、小さいときから働いて、一生懸命この家を豊かにしようと人一倍頑張っていたのは、わたしがよく知ってる。あの子はすごく一生懸命で、頑張り屋さんで、我慢強い子なの。わたしが一番知ってるのよ。だから……」

 ちょ、待ってお母さん泣かないで。

「だからね、あの子がね、……っ優しくていい人だっていうその人のことも、お母さん信用してるし……っ…あの子が結婚したいっていうなら、応援してあげようって決めたのよ……っ」
「お、母さん……」

 あまりに我慢ならず、布団から顔を出して上体を起こした。母さんはエプロンで目頭を押さえて、鼻から漏れるような奇妙な高音を出して泣いている。
 泣かないでぇぇ!!もう分かったから泣かないでぇ!わたしまで色々、感極まっちゃうから!!!前の世界のお母さんのこととかも、思い出しちゃうからぁ!!!
 母は泣き終わると、布団の脇からよっこいしょと立ち上がった。

「まあ、そういうわけだからあなたも受け入れなさい。大丈夫よ、会いたくなったらいつでも会いにいけばいいんだから」

 立ち直り早い。母は笑って部屋から出て行った。
 ……さて。
 一度布団から出てしまったのでもう一度入る気にならない―――なんてことはなく、もう一度布団の中に潜り、顔の半分くらいまで布団を被ってわたしは考えた。
 このまま何もせずに毎日を過ごしたら、姉は確実にうちは一族静粛で死ぬだろう。うちは一族は、自分たちの優秀な血筋を外に出すことを好まない。日向一族ほど厳格にその眼を縛ってはいないが、婿入りする場合ならともかく嫁を迎えるとなれば確実に、姉はうちは地区に住むことになる。イタチに殺される。
 わたしはそこで思考が止まっていた。
 その次を考えようとすると、吐き気がこみ上げてきて前後不覚に陥り、心臓がぎゅっと握りつぶされるような感覚で苦しくなるのだ。

「…………」

 姉が死ぬのを受け入れる――――うわあああん!いやだそれは無理だ!
 だが姉を死の運命から救うとなると、わたしは一体どれだけの人と戦い、どれだけの命が積み上げられた覚悟を上回らなければならないのか、想像もつかない。姉を助けたいだなんていう一個人の単純でお気楽な望みでは、とても追いつかない、考え及ばないくらい深いところで、”あの事件”は起こったのだ。
 わたし程度がどうにかできるようなものならば、イタチが、シスイが、ヒルゼンが、とっくにどうにかしている。どうにかできなかったからああなったのだ。それに手を出そうだなんて、なんて畏れ多い。

「うえぇ……」

 吐き気がして布団を出た。



「サエ、お昼食べたら屋上に行こうよー」

 アカデミーでの昼休み、ハナから教えてもらった宿題を解いていたわたしはコゼツに誘われて顔をあげた。

「屋上?アカデミーの屋上って、鍵かかってて入れないよね?」
「ボクのこと忘れたの?壁をすり抜けて向こうから鍵を開ければいい」
「えー危険だよ……空から誰かが見てるかもしれない」

 根とか。

「じゃあ外の壁を伝って上に上がろう」
「お、おう………」

 つまりわたしがあなたを背負って壁を走るってことね。できるかなあ。
 足の裏にチャクラを溜めて一定量を放出するというコントロールは、この前ようやく自主練の最中成功したばかりだ。背中に重りがあるとコントロールを変えなきゃいけないので、不安がある。
 しかしやってみると成功した。コゼツの両足を両手で持っているので、足が壁から離れたらあとは地面に一直線に落下してしまうとヒヤヒヤしたが、なんとかフェンスを跨いで屋上のコンクリートに足をつけることができた。

「やばい……はぁ〜焦った…汗やばい」
「大成功!」

 コゼツはイエーイ!とジャンプして喜んでいるが、しかし一体何の用でここに呼び出したのか分からない。わたしはフェンスにもたれかかってコゼツに聞いた。

「それで?周りに聞かれたくない話があるんでしょ?」
「それがあるのはサエの方だろう?」

 ワントーン低い声でコゼツが言う。思わず隣の横顔を見る。

「ユズリハが結婚すると何か都合悪いの?」
「その話か……」

 まあそうだよね。一体何の用でって、この話しかない。

「―――都合が悪いどころじゃないよ。運命がクソすぎ」
「それじゃあ前のときみたいにどうにかすればいーじゃん」
「それができたら………、悩まないよ」
「そんなに難しいの?ボクのことも使っていいんだよ?」
「コゼツを使っても難しい……。そもそもまだ、お姉ちゃんのことをどうこうするか考えてない。コゼツ云々どころか、何も考えてないの。考えるのが嫌で思考停止してる」

 淡々と呟いて黙った。コゼツも黙っていて、二人して、アカデミーの庭で遊ぶ子供らを見下ろしている。誰かが”屋上にサエちゃんたちがいる!先生!屋上にー!”って叫んでいる。
 今日は天気がいい。お母さんが出してくれた冬の上着が温かいお陰で、冷たい風が吹きすさぶ青空の下でも心地よく居られた。

「ユズリハが死ぬんだね」

 コゼツがいつもの調子でにたにた笑いながら聞いた。わたしは頷いた。

「じゃあ先にボクが食べてあげようか」
「はぇ?」
「だって死ぬまで待っていられないんだろ?どうせなら辛いのはすぐ終わった方がいいってマダラも言ってた」
「コゼツって優しいのか残酷なのか分からないやつだね」
「最近死体食べてないし……」
「お前そっちが本音だろ」

 コンビニスイーツ定期的に取りたくなる病か?わたしと同じヤツじゃねーか。
 姉の死体なぁ。ぼんやりと、あの柔らかい餅のようなほっぺとピンク色の頬、健康的な笑みを浮かべる姉の死体を思い浮かべてみる。
 ふむ、改めて姉の死体について想いを馳せると、わたしの精神は一直線に鬱の谷底へ落下していった。まず、うちは一族滅亡の夜が明けて、暗部の人たちがかき集めた死体が安置されている場所に遺族が集められる。そこで死体袋を開けて中身を確認し、泣き叫ぶ人々。その声を部屋の外で聞いて震えながら泣き出す母と、その母の肩を寄せて押し殺した声で何かを囁き力強く抱きしめる父、大丈夫ですかといたわりの声をかけて暗部の人たちが母だけ一旦外に出す。悲壮な顔をした父と、ああわたしはどんな顔をしているのか分からないが、淡々としたわたしが死体袋の前に近づく。
 そこは血と消毒液と生肉の変なにおいが立ち込めている。死の冷気。そして、ジップが開いて、中には目を瞑ってやけにのっぺりとした顔の、姉の死体がある。父が荒い息を吐いて涙を流し、姉の顔を両手で包み、その場にゆっくりと膝をつく。わたしはこうなるのを知っていたことを何度も何度も心の中で繰り返して、その場に立ち尽くすのだ。
 わたしは前の世界で死体に触ったことがある。父方の祖母の葬式で、最後の挨拶をするときにそのホッペに触ったのだ。肌は冷たく土気色だった気がするが、照明のせいだったような気もする。冷たくて、でも思っていたより柔らかかった。いつも頑固で誰とも仲良くできないおじいちゃんが突然大声で叫びだして、泣きだして、お母さんがおじいちゃんに縋り付いて、何やら訴えながら泣いていた――。

「うっ………ウゥー」

 ウゥー。
 突然、猫の鳴き声みたいな変な声が鼻から漏れてギョッとした。誰かと思ったらわたしだ。わたしは泣き出していた。

「ううう……ひっ…」

 フェンスにもたれかかる手の上におでこをくっつけて、わたしは泣いた。隣に立つコゼツは、わたしを見つめているだけで何も言わない。
 頬から伝う涙が、ポチリ、ポチリと灰色のコンクリートに染みになっていく。わたしはずっと下を向いていたので、コゼツが、わたしの肩に触れようと手を伸ばし、それをひっこめる様子が見えなかった。

 わたしは姉を諦められない。
 この日、東雲サエは覚悟を決めた。
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