6歳 / 忍術アカデミーB
副題:その日をよく覚えている

 朝起きたとき、目を閉じたまま携帯を探す癖が漸くなくなった秋のある日。
 食べ物の秋!スポーツの秋!そして!!!音楽の秋!!!!!

「くそがああああああ!!!」

 夏フェスが大好きだったわたしとしては、うだるような暑さと森の涼風が交差する夏をどうにか我慢して(我慢も何もこっちじゃどこでもフェスなんかやってない)やり過ごし、秋になったはいいものの、やっぱりキツかった。

「音楽……音楽が聴きたい……うっ…ううぅ………」

 レポートや勉強のときは音楽を聴かないタイプの人間なので、毎日の通学時間と毎晩寝る前の一時間が音楽の時間だった。だから夜になると、耳にイヤホンを埋め込みたい衝動に駆られて仕方がない。骨の中にまで響くような重低音やシンセサイザーの高音、ハイテンポなリズム感。ああ懐かしい、ああもう一度聴きたい。
 秋の涼やかな風が吹き込むのがまたそれを助長する。そんなわけで、1人部屋の布団の上でゴロンゴロンしていると、父の仕事の手伝いを終えたコゼツがガチャッとドアを開けて入ってきた。

「おっつかれ〜〜〜〜うぃ〜〜〜〜〜〜」
「えぇぇ?泣いてるんですかァ?」

 そして当たり前のようにわたしの方のスペースに入り、机の椅子に座る。この椅子は大工のお父さんが木から作ってくれたもので、キャスターは着いてないけど木目がとってもいい雰囲気。可愛くて好きだ。

「さっき、台所でユズリハとユキが喧嘩してた」
「え。意外、あんまりしないのに」
「うん。うーん、双方険悪というより、ユズリハがユキに何かを主張してた感じだったな」

 コゼツは机に置いてある戦術基礎の教科書を手に取り、パラパラとめくる。先ほど発狂するまでわたしが読んでたやつだ。

「それで?音楽がなんだって?」

 話しかけ方が雑なんだけど。

「音楽が聴きたい…………」
「音楽っぽいのもたまにやってるじゃん。道端とか居酒屋とかで歌ってる人」
「あー演歌ね。演歌じゃやなの、ポップかロックかR&Bがいいの」

 そう、演歌じゃやなのだ。

「おーぼーえーてーないこともー!たーくーさーんーあっただろー!」
「えっ」
「だれもーッ!かれもーッ!シィーーールエェット!!!」
「………」
「ウィーアーファンティングポピーポー……あれ?ファイティングビーバー?あれっ?!」
「…………………」

 なんということだ。
 わたしはガチで瞼の裏が熱くなった。
 ナルトといえばこの曲、学生のカラオケでとりあえずこれ歌っておけば皆分かるの定番フロウのGO!!のサビを忘れてしまった。もう泣きたい。

「ゼーツゼツゼツゼツゼツゼーーツ」
「ファッ?!」

 涙蒸発した。待って何その歌。

「だって歌が聞きたいっていうから。歌ってあげた」
「いや……イヤイヤ…その歌は誰が?今つくったの?誰の何の歌なの???」
「マダラ!」
「マダラさん?!?!?!」

 オイじじい!!!暇持て余しすぎ!!

「雷の国は忍術以外の技術が栄えてるって言って、見に行って、帰って来たら歌ってた」
「あ、そうじゃん……あ、あーー…雲隠れ…………フム…」

 思わぬところでド忘れしていた大事なことを思い出してむくっと身体を起こす。マダラとゼツのお陰で睫毛には一滴の涙も残ってない。雷の国、雲隠れのビーはめちゃくちゃ近代っぽいセットで一人ライブやってたじゃん…!!!
 その後、あのノートに大きな文字でこう書き殴った。
 『目標・任務で雲隠れに行く!!!』


 毎日朝練と夜練をして、土日は家の手伝いが終わるとすぐに演習場に行って、わたしは来る日も来る日もコゼツと一緒に練習し続けた。中高大と運動部に所属していたかいがあり、メニューを決めて自分の成長に合わせて練習するスキルにおいては既に一定の習熟度を満たしていたので、そこいらの下忍中忍に比べても効率は良かったはずだ。
 しかし、どれだけやってもイタチの驚異的な成長スピードには追いつく気配はないし、クラスの中でも名の知れた一族の子らにも叶わないし、強いて言えばその他よりちょっとだけできてるかな?くらいのレベルだ。みんな同一地点からスタートする小学校を経験してきただけにびっくりするくらい、既に大きな差がついていた。
 でも、今はそれでいい。きっとナルトたちが下忍になった12歳頃には、十分下忍としての技術は身についているはずだから。

「ハナ、昨日の座学で出てきた特殊動物のとこ、ちょっと教えてくれる?」
「ん?あんた、動物のことをあたしに聞いてくるなんて、見る目あんじゃん」
 犬塚ハナは教室にまで連れ込んでいるメス犬の喉を撫でながら、ニヤッと笑って見せた。おおう、やっぱりこの子はキバの姉だ。


――その日をよく覚えている。

――路傍に揺れるピンク色のコスモスが、強い北風にぶたれて横なぎに倒れていた。
 それは一輪、また一輪とその花びらを落とし、すぐそばに迫った冬を迎えんと、急ぎ種を実らせていた。

 コゼツと一緒に遅くまで居残り練習をしていたわたしは、もう日がどっぷりと暮れて夜の帳が下りるころ帰宅した。
 九尾事件で一部が崩れた家は、外壁の半分が父により補強されてレンガと木の継ぎ接ぎになっており、まるでハウルの城のような風情があった。前の北欧っぽい雰囲気も好きだったが、今のごちゃっとした感じも趣があって可愛い。

「ただいま!」
「ただいまぁ」

 どうやら父も母も姉も、全員家にいるようだ。
 平日の夕飯が5人揃うことは珍しく、わたしは何かあるのかな〜と思いつつ手を洗いながらコゼツの”うんこでたよ”宣言を聞いていた。
 そう、とうとうコゼツってうんこでたらしいよ。
 わたしはもうこの話題飽きたっていうか、汚いし、今日も練習疲れたしで、なんかもうリアクション取る元気なくてフーンって流したのだけど、コゼツとしてはずっと気になっていたことをついに体験できた興奮でめっちゃ盛り上がってた。手を洗えって言ってんのに、ボクってもしかして、数ある白ゼツの中で唯一排便した個体じゃない?!ねえこれ世紀の大発見じゃない?!って凄かった。手を洗えよバイキンつくだろ。
 リビングに入ると温かいスープを配膳する姉から少しいい匂いがする。香水かぁ…うふふ………、……うちの姉とお付き合いできるなんてどこのどいつだ。そういえばわたし知らないんだよなぁ。確か一年くらい前から付き合ってね?結構長い気がする。

「何ニヤニヤしてんのよ、サエ」
「べっつに〜〜?」
「サエは大好きなおねーちゃんを掠めとろうとしてる男に狙いを定めてるんだよ」
「えっまさか…寝取り………?」
「どういう思考回路だよそっちじゃないよ」

 コゼツと姉が自前の天然節を爆発させている。ちげーよコゼツお前ふざけんなそしてお姉さんやめてください。

「いやでもやぶさかではないな」
「エッサエちゃん……?!」
「息の根を止めてやる」
「これこそ家族専用暗部」

 暗部って、監視するだけが任務じゃないからね。暗殺戦術特殊部隊だからね。
 なんて冗談を交わしながら夕食が始まって、わたしは父の仕事の具合とか、コゼツに対する母の小言とかを聞きながら、美味しいツミレ汁を味わっていた。
 そういえば今日の授業で初めて分身の術を習ったんだけど、分身と影分身の違いはチャクラがあるかどうからしい。
 分身の術は、チャクラがないだけでなく実体もないため、当然誰かが触ったら気付くし術も発動できない。でも影分身はチャクラを”等分割”するため、影分身体は触ることができるし術も発動できる。ただし、影分身体が消えるとその分のチャクラもなくなってしまうため、術者が持つ全体チャクラが一気に減る。
 多重影分身が禁術とされているのは、チャクラを沢山分割してその影分身が全部消えると、本体は一気に自分の持つチャクラの殆どを失うことになるからだ。多重影分身の術では、作り出す影分身の数を自分でコントロールできない。コントロールできないということは、全部で100のチャクラを持つ人が、誤って100の分身体を作ってしまい、その全てが消えたとき、その人には1のチャクラしか残らないのだ。
 チャクラが完全に枯渇すると人は死ぬ。
 それがこの世界のルールである。
 よって、多重影分身は禁術となっているのだ。

「二代目火影ってすごいなぁ……」
「なんだ急に」
「アカデミーで勉強してて、二代目火影様って色々な術作っててすごいなって思ったの」

 この術ができるまでに、影分身体のコントロールができずにチャクラを細かく分割しすぎて死んだ人っているんだろうか。

「…………」
「え、なに?お姉ちゃん」
「ううん。あのね、わたしサエに言わなきゃいけないことがあるの」
「え、なに」

 やたらわたしを見てニコニコしている姉が、改まってそんなことを言うので、箸をおく。

「それに――…お父さんにも」
「ん、俺?」

 まさか自分に話が振られるとは思わなかったのだろう、気が抜けた顔をするスグリ。お父さんのこういうとこって密かに萌えだよね。可愛い。
 しかしわたしとお父さんってどういう人選だ?お母さんは入ってないの?ハブなの??
 姉、ユズリハは箸をおいて、手を膝の上に置く。えっえっマジじゃん。マジのやつじゃんこれ。なんだろうな、なんの話だろう?
 ……あっ!
「あああ!!!」
「ハイボクわかったー」
「こらこら二人とも、お姉ちゃんに話をさせてあげなさい」

 いやわたし分かったわ!!!分かった!えっマジ?!ちょっ……いやでもこれしかなくね?!だってお父さん相手でしょ、これってあれでしょ結婚…系でしょ?
 コゼツもニヤニヤしてる。ははぁお前にもこういう直感ってあったのね。植物の癖に、てか最近までちんこどころかうんこの穴もなかったくせにマーませちゃって全く。
 姉は照れくさそうにはにかんで、隣に座る母に目くばせして、母はさっさと言いなさいよみたいな呆れたような、でも嬉しそうな顔をして、今度は私を見る。

「わたし、今結婚を見据えたお付き合いをしています」
「ほらぁああああ!」
「当たってた!ボク当たってた!」
「えっ……」

 3人の反応は三者三様。
 わたしはコンビニの前にたむろする不良のような顔で後ろに反り返り、コゼツは空気読んでるのか読んでないのか分からないような陽気さで喜び、父は一瞬呆けたあとに、笑っている。
 なるほどねー、母さんは知ってたわけね。ちぇっなんだよそんなに話が進んでたのかよ。

「…そうかー」

 父は、そうか、と言って、次の言葉を決めかねているのか色々と迷っている。そりゃ迷うよね、だって16歳だよ?高校生が結婚するとか宣言して来たらやめて〜〜〜ってなるでしょうよ普通。

「えっでもさでもさ、お姉ちゃんまだ16じゃない?早くない?」
「すぐに結婚するわけじゃないから……でも、その、来年には考えていて」
「そうか…。よかった」

 ”よかった”なの?!それでいいの?!あ、でもここ戦争終わったばっかのナルト世界だからなぁ……。
 父がやっと出した言葉、”良かった。”
 わたしは、わたしの実の両親に結婚の報告をしたことがない。だから、ユズリハの父スグリの反応は、とても新鮮で、面白くて、暖かくて――心に沁みた。ああ、わたしもあの人たちにこの報告をしたかった。このスグリのような顔をする”お父さん”、そしてこのユキのように笑う”お母さん”が見たかった。
 柄にもなく前の世界のことに思いを馳せてしまったせいで涙まで出てきた。コゼツに、ウワこいつ泣いてる!とはやし立てられて姉が慌てて、その場は一気に沸き立つ。

「で、相手はどこの人なんだ?お前は知ってるんだろう」
「ええ……」

 はぁ、そっかあ、お姉ちゃんが。
 でもそれじゃあわたしお姉ちゃんの子どもとかも見られるのかな。それはそれで楽しみだ!えへへ、でも守らなきゃいけない家族が増えるなぁ。

「うちは一族の、うちはヤクミさんっていう方なのだけど」

――ギュ、と何かが軋む音がした。




――その日をよく覚えている。
 わたしの本当の人生が回り始めた、この冬の始まりを。

≪序章:幼少期 / 完≫
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -