5歳 はじめての妖狐襲来A

 ――六年前、梅雨の時期だった。
 岐阜県の田舎にある我が家の周囲は田んぼと山ばかりで、雨でも降ると全ての音が雨雲にかき消されてしまったように静かだった。家がすっぽり雨に包まれたある土曜日、当時高校生だったわたしは、部活から帰りシャワーを浴びて自室で課題に取り掛かっていた。母親は出かけていて、父親が居間でテレビを見ていた。
 家電が鳴った。わたしが取った。

「はい、――です」
「――さんのお宅ですか?――病院ですが――……」

 当時中学二年生だった妹には少し“ヤンチャ”な彼氏がいた。「――さん中学サボってバイクでニケツしてます」なんていう電話が先生からかかってきたり、二、三日音信不通になって両親が血眼になって探していたら彼氏の兄がバイトしてるゲーセンでたむろしていたりという時期に事故は起こった。
 彼氏と二人乗りしていたバイクが事故に遭い救急搬送されたらしい。
 慌てふためく両親と比べて、「生きてるって、あいつしぶといし」と余裕ぶって車に乗った。本当は頭から血が下がる思いだったのに顔には出さず、絶対に生きているに違いないと、それ以外の選択肢を見ないふりして病室に向かった。あの妹が死ぬわけがないと、そんなことになったらわたしは生きていけないと、本気で思っていた。
今でも思っている。そもそも病院からの電話で『軽傷』と聞いていたのだから“死ぬ”なんてことあるはずがなく、病室の扉を勢いよく開けると勿論妹は生きていた。
 当時のわたしは高校生、妹は中学生、人生の酸いも甘いも挫折も碌に経験しておらず「怖いものなんかない」みたいな態度で生きていたので「武勇伝重ねてんじゃねーよ」と笑って声をかけた。ベッドでぴんぴんしていた妹は、いくらグレたとはいえ両親にこういう類の心配をかける予定はなかったのだろう、神妙な面持ちで座っていたが、わたしを見るとニヤッと笑って「いえ〜い、どーもです」と片手をあげた。お互いイキりが入っていた。

『命に別状はない』――そう聞いていたはずなのに、妹の頭に巻いてある包帯と手足の切り傷に張られたテープ、けろっとした表情、懲りずに病室で携帯をいじる姿を見たらいきなり泣いた。妹はぎょっと目を剥いてわたしを見たっけね。それでいよいよ気まずい顔つきになって、続いて後ろから入ってきたお母さんにこっぴどく叱られた。

 その経験で、わたしは1つ大事な知見を得た。
 どんな人間でも知り合いが死ぬと悲しい。傷ついただけでも凄く悲しい。それが大事な人ならなおさらだ。死ぬかもしれないと考えただけで、普段なら無限に湧く食欲すら消えて、何物も我が睡眠を妨げることはできないと思われていた轟音アラームでさえ必要なくなる。
 わたしは幸運にも、大事な人の死の経験がない。親戚の葬式だって、遠方に住んでいた母方のひいお婆ちゃんと父方の祖父母しか出たことがない。それでも、この世界の多くの人がそれを経験して“普通に”乗り越えているように、わたしだってきっと“なんだかんだ”乗り越えるのだろう。

 本当に大事な人が死んだとき――その死が本人の納得するものじゃなかったとき、若すぎる死だったとき、或いは本人は納得していても周りがついていけないとき――きっと大変だろうけど乗り越えるんだ。どんなふうに乗り越えるのか皆目見当がつかないが、きっとそうなるのだ。
 
その時はそう思っていた。


 東雲サエ5歳です。こんにちは。
 この世界に産み落とされてからこの方、両親と姉だけ守れればいいか〜後は適当に誰かうまいことやってくれるでしょ、なんて上から目線な発言を繰り返していてどうもすみませんでした。
 九尾事件から一週間後、上半身ががれきの下に埋もれる大事故を乗り越え生還してきたスグリが“やっちまった”みたいな気まずい笑顔で母と共に家に帰ってきた。わたしはジト目で彼と、彼の片っぽしかない腕を見た。

「スグリちゃんと生きて帰ってきたじゃん、偉い偉い」
「ああ〜コゼツは優しいねぇ〜」

 父は、コゼツの井草色の髪をわしゃわしゃかき混ぜた。
 折角の家族五人そろっての食卓で、わたしは頑固としてムスッとした態度を崩さなかった。スグリもユキもユズリハも、わたしが行かないでって言ったのに飛び出していって、案の定怪我して帰ってきたことを怒っているのだと思っている。確かにそれはそうだけど、わたしが怒っているのはむしろ自分に対してだった。
 子曰く、『学びて思わざれば即ちくらし、思いて学ばざれば即ち危うし。あと力こそパワー』。儒教の祖も言っているように、力こそ全てである。わたしはどうやら力が足りなかったようだ。本当に人を動かしたいのなら、助けに行こうとする人を引き留めたいのなら、わたし自身が強くならなくてはいけない。女子力だ。女子力(物理)で父に一発腹パンして沈めるくらいの、そう、敬愛するサクラちゃんくらいのイケメン女子力(物理)が必要だったのだ。
 そう思い、その更に一週間後夕食を囲む両親の前でこう宣言した。

「わたし、忍になるから」

 女子力(物理)こそすべて!
 力より愛とか附抜けたことを言っていられるのは、神がかった女子力を持つ千手柱間だけだ。


 
 九尾事件の夜、ひっきりなしに鳴り響いていた轟音や騒音が消えた頃恐る恐る地下室から出ると、東の空は薄紅に染まり朝焼けが見え始めていた。わたしはユズリハとユキ、コゼツと一緒に瓦礫の山となった里を歩き、悲しみに暮れる人や避難所から戻る人々の合間を縫って父の行方を捜した。そして病院で無事を確認して、安心して目尻を赤くするユキといつもより元気なユズリハを見て決意した。
――一刻も早くアカデミーに入って、本格的に忍として強くならなければならない。
 わたしは里のために死ぬつもりは毛頭ないし、火の意思とやらもないし、人々の為に耐え忍び己を犠牲にする覚悟もないわがままゆとり現代人だが、元の世界に帰るまでは今の家族を大事にしたい。いくら本当の親じゃなくたって、四年間もお世話になっていると情が湧く。めちゃめちゃ情が湧いている。彼らの健やかな生活の為なら、怪我必須の鋭利な手裏剣を振り回したり、突き指覚悟で印を結ぶ練習をしたりする修練も甘んじて受け入れよう。

「地下室ってのは得策だったね」

 コゼツがフェンスに寄りかかり、ペシャンコに潰された里の街並みを眺めながら言った。まだ午前中とは思えないくらい活気づいた木ノ葉病院の、その屋上にわたしたちはいた。

「九尾の尾で建物が潰されることはわかってたから。それよりコゼツ、今から徐々に里内の監視が強くなるから、空が見える場所で不用意に潜らないようにね」
「おーけーおーけー」
「……はあ」

 真下を見ると、そこはまだ戦場のようだった。
 ひっきりなしに運ばれてくる怪我人をすべて診るために、病室から待合室へ、そして庭にまでテントを広げて医療忍者が治療を続けている。里の中央から少し離れた北部も九尾の甚大な被害を受けたため、本来戦争で後方支援のために構える衛生拠点が敷かれている様子がここに来る道すがら見えた。道路も寸断されて物資の供給にも難がある。

「……疲労感がすごい」
「ぼくらもずっと地下室で起きてたからね。帰って寝る?」
「違うよ……わたしじゃなくて、お医者さんたち」

 わたしが下にむけて顎をしゃくるとコゼツも下を見た。

「深夜35時の顔だ」
「あ〜」
「レッドブルと眠眠打破の差し入れが必要だな」

 コゼツは首をすくめた。

「レッドブルといえばだけどコンビニが欲しい……!24時間体制でうちは監視するくらいなら24時間営業のコンビニ作れって思う」

 まあ第二部ではもうそれらしい店あったけど。自来也がペインに殺された後、ナルトが自来也と修行中に一緒に食べたパキッて割るガリガリ君みたいなやつ買ってベンチで涙を流すシーンがあった。胸が締め付けられるようなシーンだった。

「こんびにって、いつでもなんでも売ってるっていう店?」
「そうそう」
「夜に買い物に行く人なんていなくない?」
「夜に行くからいいんだよ!夜のコンビニの魅力は半端ないよ。レポートに苦しむ大学生が眠気覚ましに散歩に行くには最適、終電まわってタクシーで帰ってきた社畜もいるけど……」

 コピー機もあるし漫画も読めるし。深夜のコンビニ、楽しいよね。社畜の方々はお疲れ様です社会を回してくださってありがとうございます。
 その後、帰ろうと思って病院内を歩いていたら通りかかった新生児室で、偶然赤ちゃんナルトを発見した。ネジを救い、我愛羅を救い、ペインを許しオビトに共感し、サクラと共にサスケを最後まで諦めなかった世界を変える未来の火影だ。「(うわあああこれがあのナルト…この子が主人公…………)うっ………ぐっ…」と、感動しながらガラスにへばりついていたら少しやつれた様子のミコトさんが、イタチ(幼児)とサスケ(乳児)を連れて廊下を歩いていた。九尾事件で感じた身に迫る危機とスグリの負傷で少し凹んでいたけれど元気になって、ホクホクしながら帰路についた。
 イタチは髪を切ったらしい。この前は髪を後ろで結んでたのに、肩くらいの長さになっていた。まだゴルゴ線もないので正真正銘、フガクの男らしさとミコトの美しさを受け継いだ純粋無垢な可愛い男の子だ。木ノ葉にアイドルグループがあったら絶対に入っていたと思うくらい可憐なうちはジュニアだった。
 小さな命、暖かな温もり、元気な鼓動。
 ダメだ可愛い、命が尊い。わたしなんかには手が届かない孤高の人生を歩む運命を想うと胸が痛い。

「じゃあ帰りましょうか。わたしたしがここにいても、やれることはないからね。家でできることをしましょう」
「はい」
「はーい」

 スグリの部屋に戻ると母が着替えや食べ物などを置いて丁度帰るところだった。ふと、ユズリハがいないと気づいた。

「ユズリハは?」
「あの子、ちょっと用があるって言ってさっき外に出て行ったけど……見てない?」
「見てない」
「ボクも見てない」

 なんだろう、と少し考えたが、まあユズリハにも友だちや親に言えないことの一つや二つあるだろう。わたしは「先に帰ってよっかあ?」とユキに聞いた。ユキは困ったようにため息をついて「そうね。帰ってご飯の支度と家のお掃除と、あと地下室も……どこか壊れているところは修理しないといけないし、ああやだ、やること沢山あるんだから」と言うと、荷物でかさばる籠を肩にひっかけて病室を出た。
 その日、ユズリハは夜遅くに帰ってきた。ちょうどお風呂に入っているときに帰宅の音がして、ユキと何か言い合っているのが聞こえた。ユズリハは今年で15歳――わたしが彼女の歳くらいの頃は、部活で意地悪な先輩たちと微妙な関係を築きつつ同期でレギュラーを争ったり、親のつくる朝食を「いらない」って言って食べずに家を出たり、宿題やってるフリをして友だちとメールし続けて料金を圧迫したりとまあまあ自由に過ごしていた。いかに両親のいうことをよく聞いて健気に働くユズリハだって、そういう年頃なんだろう。



 そうして二週間後、親にも話し了承を取り決意を固めてアカデミーに向かったのだが――なんと4月にならないと入れないということを、任務受付所の上忍に聞いて初めて知ったのである。

「今は戦争中じゃないから、今まで通りの入学ペースに戻ったんだよ。それに、大人は九尾事件の片づけや後処理で大変だからね」

 柔和な顔をした少し剥げた上忍は、ゆっくりとした喋り方で優しく教えてくれた。
 わたしは虚を突かれた気分になったが、お礼を言ってその場を立ち去った。漫画の中ではあまり四季を感じない木ノ葉の里だが、日本ほどはっきりと明確ではないにしろ一応春夏秋冬が巡っている。一瞬欧米形式の秋入学説を推しかけたが、入学式は桜の時期――これが日本の常識木ノ葉の常識だ。

「てことは、次は四月?今が十月だから……半年後だね」
「なるほど〜……まあいいか、焦っても仕方ないし。どうせアカデミー入学は六歳からだし」

 幸か不幸か、わたしの家族東雲家は原作イベントと殆ど関係のない一般人だ。だから、次に彼ら一般人までもが巻き込まれるであろう事件・大蛇丸による木ノ葉崩しまでに強くなっておけばいい。木ノ葉崩しのときのわたしの年齢は18歳……来年アカデミーに入学してもあと12年はある。フン、余裕だぜ。
 わたしはコゼツと一緒に詰所を出て、暇つぶしがてら街を散策することにした。
 今日はユキから初めてのお小遣いを貰ったのでワクワクしている。NARUTOの世界ならではのお土産、あわよくば原作キャラが使っていた小物類などを手に入れるチャンスだ。アカデミーに入るわけだし手裏剣やクナイも触ってみたい、あれって一般人も買えるのかな?
 復興途中なので営業を再開できていない店も数多くあるが、再開したらしたで客が来ないと困るのだ。絶対に誰か商売をやっている、そういう確信を持っている。そう、親の顔より見た自然災害に慣れっこな日本人だから分かる。

「ねえボクもアカデミー入れるかなあ」
「コゼツも入りたいの?」
「うん」

 2歳のときとは見違えるように健康体になったコゼツが、むーんと腕を組んだ。
 健康体というのは主に肌の色や食欲のことだ。医者ではないから厳密な健康かどうかの診断は下せないが、サイ以上に真っ白だった肌が、ほんのりと、本当にほんのりと肌色になりつつある。ピンクっぽい肌色というよりは若干黄色っぽい方の色だけど、黄疸ほどではないのでセーフ!

「でも、確かアカデミーって全員入れるわけじゃなかったような……落ちたらどうしよう」
「ええっそうなの?じゃあボクは絶対無理だな〜〜!」
「なんで?」
「だってチャクラが練れないもん」

 喋りながら歩いていたらいい感じの団子屋があったのでそこに入り、ナルト名物三食団子を注文して(こちらの世界では初めて食べるお菓子だったのでコゼツが手をあげて喜んでいた)席に座る。

「や、チャクラがなくても大丈夫な場合もあるっぽいよ」

 ガイ先生とかリーくんとか。
 まあ、彼らが本当に“大丈夫”なのかは議論の余地があるが……普通チャクラがなかったら忍は諦めると思う。体術オンリーのキャラが偶然あの濃い二人なんじゃなくて、あれくらいメンタルが強くないと“不向き”な環境に身を置けないのだとしたら、コゼツにはかなり厳しい道が待っているはずだ。

「えぇ〜〜〜?忍でチャクラないとか役立たずにも程があるだろ。うんこだようんこ」

 コゼツが、口に含んだ団子から棒を引き抜いてそう言うと、突然威勢のいい声が聞こえた。

「何を言っている貴様らぁぁぁぁ!」

 ドン!!!
 誰かが突進してテーブルを両手で殴ったせいで、団子用の二枚の皿が一瞬浮いた。その瞬間わたしは目を見開いた。

「えッッッ」
「フゥー……いいか?俺が今からとっっってもいいことを教えてやる」
「わーっっ!うそぉ!!!」
「はぁー……またか」
「チャクラがなくてもッッ!忍にはなれるッッッ!!!!」
「ガイだ!マイト・ガイ先生、じゃなかったガイさんじゃないですか?!」

 つるんとした黒いお河童頭。緑の全身タイツに赤紫色の額当て。なによりその暑苦しい熱血オーラ。自称カカシの永遠のライバルにて体術のみを極めた男、最終戦で体術のみを駆使してマダラに一発入れた男、登場時は誰もがネタキャラだと思ったに違いないけど最終話まで読んだ人ならその有難みが分からないはずがない男、木ノ葉の青き猛獣マイト・ガイ(少年版)がそこにいた。
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