5歳 はじめてのおつかい
 あのさあ、ホームセンターにヤマト隊長……テンゾウっぽいのいる。

 ホームセンターっぽいところに来た。今日はスグリと一緒のお出掛けだ。なぜかというと、ついに九尾事件対策に作っていた防空壕のことが親にバレたのだ。
 仮お披露目会に立ち会ったユキとスグリは大層喜んでいた。スグリは「やっぱり僕の子なのかなあ」と恥ずかしそうに照れていたし、ユキは「あんたって昔からこう、素っ頓狂なところがあるのよねえ」と呆れた。二人の反応があまり驚いていなかったのでちょっとがっかりしたけど、よく考えれば当たり前だ。家の真下でゴソゴソやってて気づかないわけがない。しかも、わたしとコゼツが寝てる時にスグリが色々点検していたらしい。家の地盤がやばそうになったらコッソリ補強するつもりで見てたよ、と後でスグリが教えてくれた。

 木ノ葉の里には実は結構いろんな店がある。ホームセンターもその一つで、戦争が終わった直後で里外からも客がいた。店といっても敷地の半分以上は屋外で、様々な角材・木材が横倒しになって積まれていた。
 そして父が一生懸命あれじゃないこれじゃないと選んでいる一方その時、わたしはめちゃくちゃ目が死んでいる少年を発見したのだ。不思議な顎あてを見てすぐにピントきた。
 えっとー、テンゾウって今何してるんだっけ?何歳だっけ?大蛇丸のところで実験体やってたのっていつだっけ?もうそんな昔の話は忘れてしまいました。だって何年連載してると思ってんの?15年だよ!アニメやってたのだってわたしが小学生のときだよ。

「また”知り合い”?」

 コゼツにこっそり聞かれてこくりと頷き、目線でテンゾウの方をチラッとやった。チラッ。すると視線に気づいたのかこちらを見たので、二人してスッと視線をずらして背中を向けた。

「アイツ気付くの早いよ。忍?」
「うん」
「強いの?」
「たぶん。エリートっぽい感じ」

 まだ視線を感じるので頑張って無視しているが……面白すぎて笑っちゃう。だって木材売ってるとこにテンゾウいるってさ…お前木材生やせるじゃん!買う必要ないじゃんメイドイン自分でしょ?あ、もしかして卸売業者?買い物客じゃなくて売る方か!

「何がそんなに面白いんだよ…ボクにも教えてよ……」
「んふふふ、帰ったらね」

 実はテンゾウの趣味は”建築関係の本を読むこと”なのだが、好物と言えばサスケのトマト/おかかのおにぎり、ナルトのラーメン、サクラのあんみつ?しか覚えていないわたしには知る由もないことであった。



 5歳になる頃になんとか防空壕は完成した。しかも、スグリと彼が所属する『木ノ葉の里大工協会』の有志の尽力により空調OK非常食完備の完全な地下室になっていた。なんということでしょう、あんな真っ暗な洞穴が、木材の香り溢れる安全な地下室に早変わり…!あとはもう妖狐九尾が来るのを待つだけである。
 スグリはこの地下室を”子供部屋が欲しい”というわたしの要望だと受け取ったらしい。わたしがよく使うローテーブルや本棚を持ち込んで、暖かみのあるランプシェードを天井からつるしてくれた。インテリアコーディネーターかお前はって思った。

「ノートにシャーッてやるやつボクもしたい」
「え、なんのこと?」

 コゼツが言うのは、どうやらわたしがノートに書いた箇条書きに、”済”の意味で潰している線のことらしい。
 「いいよ」と言ってペンを貸すと、覚えたてのかっちりした筆遣いでペンを握り、ぐりぐり線を引いた。あざとい。
@九尾事件で家族を守るための防空壕を掘る。
A覚えている限りの年表の作成。


「作ってもらったのはいいけどここちょっと暑いね」
「サエ、わがまますぎる!ボクとスグリがあんなに頑張ったのに……」

 コゼツが愕然とした顔で非難した。出来上がりには感謝してる!!でも暑い。感謝は”気持ち”であって”事実”じゃない。そう思ったけど黙ったまま梨を食べた。今日はユキが実家の豆腐屋さんから梨を頂いたとかで、おやつに梨を出してくれたのだ。
 梨!梨は1人暮らしにとって非常に高価な果物である。水分しかないくせにアホみたいに高くて、しかもたいして栄養がない。秋のフルーツってのはだいたいそういうもんで、スーパーの果物売り場で巨峰や梨や桃の前でうろうろするだけしてバナナしか買えないのが常である。それに比べて冬はみかんやリンゴやバナナが買えるから素晴らしい。心なしか栄養も多く含まれているような気もする。

「冬の果物って栄養価高くない?」
「寒いから蓄えてるんじゃないの?」

 コゼツが機敏に反応した。コゼツはわたしのフリを5割くらい無視するのに、こういう植物や動物についての会話には参加したがるのだ。

「なるほど……そういうことか!!」
「今度調べてみようかな」
「コゼツって植物と喋れたりしないの?」
「逆にヒマワリがコスモスと喋ってるように見える?」

 否定の仕方もうまくなってきた。コゼツはシニカルに笑って梨をしゃりしゃりかじった。しばらく二人でくだらない話をしていたけど、コゼツがスグリに呼ばれて喜んで出て行ってしまったのでわたしも河原に散歩に出かけた。夏の終わりは夕暮れが綺麗だ。

 この頃になって知ったことだが、スグリは孤児院育ちだ。「”産業孤児院”って言って、身寄りのない子どもを引き取って育ててくれるんだ。ぼくはそこで大工の技術を学んだんだよ」と以前夜ご飯の時に教えてくれた。
 スグリはほぼ休みなく朝から晩まで働いていたが、ユキもユズリハもほぼフルタイムで働いている。木ノ葉の経済状況や二人の収入がどういったものなのかわたしにはあまり分からない。なんせ前世ですら正社員として働いたことがない身ゆえ仕方がない。ただ、話を聞いていくと木ノ葉の孤児事情がわかってきた。
 たぶん、スグリは他の二人と比べて時給が低い。時給というか、働いた時間や技術に対して払われている額が少ない。それはスグリが”産業孤児院”育ちの”木ノ葉の里立大工協会”所属だからだ。産業孤児院というのは、その上にある協会の資金援助で子どもを育てる。子どもに幼い頃から技術を学ばせて労働力として使い、大人になったら協会に所属させて次の子どもの為に働く。スグリは身寄りのない自分を育て、技術を与えてくれた孤児院に報いるために仕事をしているのだろう。スグリの給料から控除されたお金が同じ境遇の子どもを助けるからだ。
 わたしはなんとなく、実家の老舗豆腐屋に寄り付きたがらないユキのことがわかる気がした。スグリが東雲姓なのは孤児だからで、平民の中ではちょっといいとこの家に産まれたユキに婿入りした。でも、もしかしたらユキの両親はスグリとの結婚を反対していたのかもしれない。ユキが、実家の豆腐店ではなくわざわざパン屋で働いているのも実家と不仲だから??……まあ、パン屋で働いてるのはスグリがパンを好きだからか。

「あの子のこと育てようって言ったのはスグリなの」

 以前、ユキがポツリと話したことがある。図書館からの帰り道で、コゼツはスグリと一緒に現場入りしていて不在だった。

「コゼツくんのことよ。”孤児院に入れるのが悪いっていうわけじゃないけど、オレは引き取ってやってもいいと思ってる”って」

 スグリってユキと一緒にいるときは”オレ”って言うらしい。わたしは「そうだったんだ」と相槌を打った。

「孤児院にいたの知ってるでしょう?やっぱり色々、大変だったみたい。あの人は義理堅いし……口も堅いからあんまり話さないけど。自分だけの家族が欲しかったって、昔言ってたよ」

 ユキの愛おしそうな声が印象的だった。 



 九月に入った。
 不仲説漂う東雲豆腐店ですが、所謂”はじめてのおつかい”をすることになった。某有名番組のアレはだいたい日中にやるが、夕飯の豆腐がきれていたことに気付かなかったという母のうっかりにより急遽決まったおつかいだ。わたしが豆腐を買って帰路につくころには空は赤く染まりつつあった。

「わたしがいたところではね、子供が初めて1人でおつかいに行く様子を記録してそれを大人がリアルタイムで見ながら爆笑するっていう娯楽番組があったんだよ」
「何それ、楽しいの?」
「楽しいっていうか、子どもが頑張ってるところを見るのは本当微笑ましいというか……わたしはあんまりバラエティ見なかったけど」
「楽しんでないじゃん」
「ネット世代だからね」
「ネットってなに?」
「網だよ」

 と、そんな和気あいあいとした話をしているところ、道に迷った。

「…………」

 いや〜はじめてのおつかい、さすがです。もうね、ちゃんと取るとこ取ってる。シナリオ進んでる。

「迷ったの?」
「別に迷ってないよ???」

 薄い黄色い瞳がくいっと弧を描いている。カァ〜〜〜こいつ元の道知ってますわ。完全に後ろからついてくるバンの中で幼児の行動を観察してる顔です。悪い顔だわー。
 東雲豆腐店までの道のりは直線距離にして500mほどだが、道が曲がりくねっているので1km弱はある。今までユキと一緒に来たことはあったけど、一人で来るのははじめてだった。正確には二人だけどコゼツはペットみたいなものなので数えない。図書館に続く道さえわかればこっちのもんだというのに!ええい、コゼツのニヤニヤした顔が鬱陶しい。
 とりあえず左側に笹薮があるので、この笹薮道から遠ざからないといけないはずだ。少なくとも今まで豆腐店や図書館に行くときに笹薮なんか見たことなかった。わたしは来た道を戻ろうとして、「戻ろう」と言った。
 そのときだ。
 ほんの一瞬だった。足を止めて、後ろを振り向こうとしたら誰かに口を押さえられた。

「っ!」

 えっ、と声を出す間もない。左側の笹薮に身体がぽぉんとひっぱられた。驚いて見開かれるコゼツの瞳。その姿が遠くなり身体が横倒しになった。腹がつぶされている。違う、腹に腕が回って誰かに抱えられているのだ。

「ンンン―――ッ!」

 えっ、何?誰、誘拐?なんでわたしが?
 またたく間に木の上の方に飛び上がり、誰かに抱えられたまま笹薮の中を走っている。忍者走りだ。ナルトでよくある木の上をぴょんぴょん走りながら飛ぶやつ。あっ指から豆腐が入った袋が落ちる…よかった危ない。
 首を回して周囲を見渡したらコゼツを抱えた人もみえた。少し安心だ。でも誰がこんなことを、なんで、思考が千切れてまとまらない。どれだけ身体を動かそうとしても身動きできなかった。腕は信じられないほどがっちりとわたしを掴んでいて、まったくびくともしない。声が出ない。このまま木の葉から出ていくのかな?もうすぐ九尾事件のはずなのに、ああ、防空壕掘っておいてよかった。コゼツと一緒でよかった。

「うわぁぁぁっ?!」

 後ろから男の声があがって、わたしを抱いていた人は木の上で止まった。うまく身体が動かせず、もぞもぞと抗ってようやく首を回すと、コゼツを持っていた男が白いスライムのようなものに包まれて慌てている。

――胞子の術だ!

 五影会談の時に白ゼツが使った、人のチャクラを吸ってその身体からゼツの個体を出す???術。身動きを封じるのが目的なのかチャクラを吸うのが目的なのかよく覚えていなかったけど、白いゼツが沢山でてきてバランスを失った男が木から落ちるまでの一連の動きが見えた。

「クソッなんだ?!」

 わたしを抱えていた男が舌打ちして身体から腕を離した。そのとき直感で、意識を奪われると思った。この世界って手刀があるので、”恐ろしく早い手刀…俺でなきゃ見逃しちゃうね”が通用する。コゼツ逃げろ!と心の中で叫ぶのとほぼ同時くらいに、衝撃と共に宙に舞った。
 空、笹、空、地面、視界が回る。どこか固いところに着地して、「うぅ、」と呻いた。誰かの腕の中にいる。目が回ってよく分からない。とりあえず豆腐の入った手提げだけは無事だ。

「―――!」
「ッがぁ!」

 男たちの怒号と、悲鳴、鋭い刃物のような摩擦音と衝撃音。段々意識がしっかりしてきてやっと、深緑色の服を着た人に抱っこされているとわかった。深緑色の服――上忍ベストだ。
 黒髪の青年だった。知らない顔の男が斜め下の方を見ている。木々の隙間から漏れる茜色の夕日に、木の葉の額当てがきらりと光っている。

「あっ、コゼツ!」

 ガバッと身体を反転させると「あー動くな動くな」と声が降ってきた。わたしを抱えた男は木の上に立っているようで、木の下には先ほどわたしたちを攫おうとした(?)男たちが無造作に倒れている。そして上忍ベストを来た男が子ども――コゼツの肩に手を置いて立っている。
 助かったんだ、とそこでやっと理解した。

「感知続けろ!」
「クリア!」
「クリア!」

 戦闘はわずか一分もせずに終わり、わたしは男に抱えられたまま地面に降りた。マンションの三階くらいの高さから飛び降りたのに綿の中に埋もれるような静かな着地だ。

「君、名前はいえる?何かされたかな?」
「東雲サエです、あっちは弟のコゼツ。なにもされてません」
「そうか。まあ目立った外傷もなさそうでよかった」

 終わったはずなのにまだ心臓が口から出そうなくらいどきどきしていた。わたしは「はい……はい…」と殊勝な返事しか言えずに、珍しくコゼツと手を繋いだ。コゼツはちら、とわたしを見たけど何も言わなかった。

「この人が病院に送ってくれるから、ついていくんだよ」

 黒髪の青年に「ありがとうございました」を言って、そこにいた男のうちの一人がわたしたちを病院へと送ってくれた。病院に着くころにはもうだいぶ口数も戻って元気になっていたが、男は診察が終わるまで待って家に送り届けてくれた。てかあの一瞬の間に豆腐落っことさなかったわたし凄くない??いざとなると身体が固まるのかな。あの誘拐犯は豆腐の袋持ったままでもよかったのだろうか。そもそもなんでわたしとコゼツが狙われたの?!?!?

「ありがとうございました!!!!」
「俺たちが近くにいてよかった。外を出歩くときは気を付けるように」

 結局家まで送ってもらった。わたしは空気読めてないんじゃないかってくらい元気にお礼を言うコゼツの隣で、一緒に頭を下げた。夕日と逆光になった男の肩には、団扇のマークがあった。
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