「ぐ、紅蓮の錬金術師……ッ!!」

一瞬で蒼白になった少将の息子が立ち上がった拍子に、ガタンと派手な音を立てて椅子がひっくり返る。
なまえは信じられない思いでキンブリーを見上げた。

「少佐…脱獄したんですか!?」

「人聞きの悪い。出所したんですよ」

キンブリーは紳士然とした態度を崩さずにしれっと言ってのけ、相手の男へと歩み寄った。
革靴の軽やかな音が響き、歩みにつれて一つに束ねられた長い黒髪が背で揺れる。

「そういうわけですので、残念ですが彼女の事は諦めて下さい」

にっこり笑ったキンブリーにギュッと握手をされた男は、バシッと音をたてて光が走るのを見た途端、「ヒッ…!」と息を飲んだ。
更に自分の手首に腕時計に似た時限爆弾が巻き付いているのを見て、あられもない悲鳴をあげた。

「これはほんのお詫びです。ああ、お釣りは結構ですので」

恐慌状態に陥って叫び続ける男をそのままに、キンブリーはなまえの腕をとってさっさと店から出て行く。
それからきっかり10秒後、ポンと破裂した腕時計からは、二人分の食事の代金には少し多い金額の現金が舞い散ったのだった。

騒然とするレストランから出たキンブリーは、通りの反対側にあるホテルへとなまえを連れこんでいた。
事情を尋ねる暇もあったものではない。

「私が留守にしていた間に悪い虫がついたと聞きましたが……なるほど、確かにあれは害虫ですね。爆破しても美しい花火にはなりそうにない。どうせ浮気するのなら、もっとイイ男にしたらどうです」

出口を塞ぐようにドアを背に腕組みしたキンブリーに切れ長の鋭い瞳でジロリと見下ろされ、なまえは頬を膨らませた。

「仕方ないじゃないですか、父親の権力を盾に失職までちらつかされたら、食事ぐらい付き合うしかないでしょう」

「食事だけで済むとでも?」

やれやれと呆れた風に言ってキンブリーが組んでいた腕を解く。

「こんな事をされるかもしれないとは思わなかったのですか?」

「え──あっ」

ベッドに押し倒されたなまえは慌てて起き上がろうとしたが、そのまま体重をかけてのしかかられてしまった。
冷や汗を浮かべてキンブリーを見上げる。

「少佐、あの…」

「今は中佐ですよ」

「中佐っ、う…嘘…ま、まさか……」

「そのまさかです」

なまえを宥めるように、男の手がほのかに色付いた彼女の頬を撫でる。
キンブリーの顔に浮かぶのは、愛しい女を意地悪く愛してやることを心底楽しんでいるとわかる嗜虐的で魅力的な笑みだった。

「なまえ、何か私に言わなければいけない言葉があるのでは?」

「う………ええと──お、お帰りなさい…?」

「よろしい」

頬を紅潮させたまま小さく呟いたなまえに、ご褒美のキスが落とされる。
もうどうにでもなれと完全に諦めたなまえは目を閉じてキンブリーの首に腕を回した。
結局彼には逆らえないのだ。


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