ゾルフ・J・キンブリー、『紅蓮の錬金術師』。

なまえがかつて彼の部下だったと知ると、大抵は嫌悪の目で見られる。
だがその後すぐにソレは哀れみの眼差しへと変わるのだった。
誰も彼も、あの男の下で働くのはさぞかし大変だっただろうと同情するらしい。

現在、なまえはその高い事務処理能力を買われて、軍関係者が多く利用する施設に勤めている。
正確には彼女はもう軍人ではないのだが、キンブリーが投獄された後、上層部からただ放逐するには惜しいと判断されたせいだ。
何でも彼女の働きぶりを大総統がいたく気に入っていたのだとか。
元々文官だったとは言え、異例中の異例の転職だと言えるだろう。

「はあ……」

思わず溜め息をついてしまい、慌てて表情を改める。
幸いにも目の前の男はかけらも気づいていない様子で、相変わらずヘラヘラとしまりのない笑いを浮かべて話し続けていた。

「それで、僕はその女に言ってやったんですよ。僕のママならそんなマネはしないってね。だって、僕のママは──」

さっきからずっとこんな調子だ。
あまりにも本人と母親の自慢話が続くため、なまえはその大半を聞き流しているのだが、この男は一向に構わず延々と喋り続けているのだった。

(あーあ……早く帰りたいなぁ……)

なまえはまた溜め息をついた。

いま目の前にいる男は中央司令部の少将の息子で、今までもしつこく言い寄られていてやんわり断り続けていたのだが、今回は殆どゴリ押しで、せめて食事だけでもと押し切られてしまったのだった。
ボクのパパは凄いんだぞ!と、親の権威をふりかざして好き勝手に振る舞っては尻拭いをして貰うタイプの典型的なお坊っちゃんだ。
しかもどうやら超のつくマザコンらしい。
正真正銘の不良物件である。

「お話中失礼します」

不意にギャルソンの制服を着た男が声をかけてきた。
何だか顔色が悪い。
慌てている──というか、怯えているようだ。

「何だ君は!失礼じゃないか!」

少将の息子がムッとして睨みつける。

「も、申し訳ありません。実は、その……」

「ああ、ここにいたのですか」

聞き覚えのある男の声が耳に届き、なまえは我が耳を疑った。
そんな馬鹿な、と声がした方向へ目を向ける。
──こんな所にいるはずがないのに。
だが、彼はそこにいた。

「迎えに来ましたよ、なまえ」

白いスーツに、白いコート。
胸に押しあてるようにして白い帽子を持ったキンブリーが、にこやかな笑顔を浮かべてギャルソンの背後に立っていた。


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