03

結論から言うと、私は一週間足らずで烏野高校排球部の一員として馴染むことが出来てしまった。楽しそうで何より、と沙良に笑われてしまうほど、私から出るのはバレー部に関することばかりらしい。無意識というのは恐ろしいものだ。

もともと周りの空気に影響されやすい私は、あっという間にあの明るい空気に飲み込まれた。

「今年も例年通り、GW合宿があります。」

主将の一言により、部員が一斉に騒めき立つ。

「今年も来たなぁ、この時期が。」
「合宿!合宿あるんすか大地さん!」
「おー、1年は当たり前だけど初めての合宿だもんな!毎年この時期は合宿するんだぞー。」
「よっしゃ、バレーすっぞ!!」

合宿か。中学の時も合宿はあったけど、私は泊まらず家に帰っていた。だけど、家から遠い烏野では無理だな...。

紬は少しばかりの不安を胸に残しつつ、合宿へ向けて改めて気合を入れる部員一同を微笑ましく眺めていた。部の中で唯一の同性ということもあり、すっかり打ち解けた潔子さんも居るし、きっと大丈夫だ。

「紬ちゃんごめんね、私いつも合宿は泊まらずに家に帰るんだけど……大丈夫?」
「えっ!?」

……やっぱり不安です、GW合宿。

◇◇◇


「「シャースッ!!」」

体育館に部員たちの声が響く。雰囲気からその気合いの入り具合がバシバシ伝わってきた。「絶対に春高にいく」と言っていた西谷の言葉を思い返し、アップを始めるみんなの姿を見つめる。

「紬ちゃん、私たちも頑張ろう。」
「ハイッ!」

部員たちが気合を入れているのを悠長に見つめている暇はない。マネージャーの仕事だって、盛りだくさんだ。

まずは干してあったビブスの取り込み、終わったらアイシングの氷の準備、ドリンク作り。烏野は部員の人数が多いわけではないけれど、潔子さんと2人でやるには仕事量がギリギリだ。手分けしてバタバタと走り回っているうちに、体育館の中ではミニゲームが始まろうとしていた。

「潔子さん、こっちも終わりました!」
「じゃあ、スコア取るから得点板お願いしていいかな?」
「はい!」


「先輩、それ代わります!」
「おー、大丈夫だべ、すぐそこまでだし。」

ちょうど菅原先輩が得点板をカラカラと引いているところだったので声を掛けると、にかっと太陽のような笑顔を向けられた。なんというか…、菅原先輩は、いつもふわっとしている。
1年2人組に合わせて巫山戯ていたかと思うと、突然ふわりと柔らかい笑顔をこちらに向けてくれたりする。そんな先輩に助けられることが、とっても多いのだ。

「ありがとうございます。試合、頑張ってくださいね!」
「おーっ!頑張れる気がしてきた!サンキューな。」

ここでいいべ、と足を止めたところでお礼を言う。すると、先輩はくしゃりと私の軽く頭を撫でて、コートに向かって行った。

髪がぐしゃぐしゃになるとか、距離が近いとかよりも先に、思ったより手が大きいんだなという一言が頭を巡った。ハッとして恥ずかしくなり両手で頬を抑える。赤くなっていないだろうか。
幼馴染や親にされるのとは全く違うそれのせいで、心臓の音が煩かった。

「じゃあ私、先に食堂行ってますね!」
「よろしくね。私もこれ終わったら向かうね」

何戦目かのミニゲームを終え、練習はそれぞれ技術強化へ移った。申し訳ないけれど、残りのことは潔子さんにお任せして、私は食堂で晩御飯作りだ。

部員全員分のご飯を作るのはなかなか慣れないけど、栄養バランスを考えたご飯を作らなければならない。まだまだ足手まといなことも多いけど、ご飯、ということであれば少し役に立てるかもしれない。
なんて言ったって中学時代、健気に栄養バランスについての勉強をしたからだ。

あの時の私、グッジョブ。
なんて、よくそんな呑気なことを考えていられたな。数十分前の私よ。

「量、エグい……」

一人で育ち盛りの高校生(ましてや腹ペコの運動部員)のためにご飯を作るというのは、案外ハードだった。にんじんの皮を向いては切って、を繰り返していくうちに、なんでもできるような気分になってくる。これぞにんじんハイ。
暫くして潔子さんもやってきて、2人がかりでなんとか完成まで持っていけた。

「それにしても紬ちゃん、すごく知識あるね。勉強とかしてたの?」
「少しだけ、ですけど。幼馴染も同じくバレーをしていたので、少しでも役に立ちたいな、と思って。」
「そっか。本当に頼りになるよ。」
「お役に立てて、よかったです。」

潔子さんに褒められた私の頬は、ゆるゆるになっていた。

「うおー!腹減ったー!飯飯!」
「超いい匂いがする……」

静かだった部屋に、賑やかさが戻る。少し離れていただけなのにその賑やかさが恋しくて、私もすっかり侵食されてしまったのだなと心の中で笑った。

「ご飯、できてます!」
「遠藤ちゃんが作ってくれたのかー!旨そー!」
「あ、えっと、潔子さんと、2人で」
「でも、献立考えたのは紬ちゃんだよ。ちゃんとバランスよく食べてね、みんな」

突然聞こえた菅原先輩の声に、わかりやすく心臓が跳ねた。先ほど頭を撫でられた時のように、ぶわっと顔に熱が集まる。自分の心臓に、そんなに単純だったのかと突っ込みを入れた。
冷静に、落ち着いて、しっかり答えられただろうか。心と身体が分離したようなこの感覚は、一体何か。

「うまい!」
「紬、お前天才だな!」
「よかった!」
「うん、旨いな。」

く、黒川さんにも褒められた!単細胞な同級生のストレートな言葉と、普段無口な先輩からの『うまい』は、想像以上に私の心を浮つかせた。
多くの量を作るのは勿論大変だったけれど、私も役に立てて嬉しいなと素直に感じた良い日になったのだった。

私の心配はここからだった。
一通りの片付けやマネ業を終えると、潔子さんは身支度を始めた。

「じゃあ、私帰るね。明日はまたみんなが起きる頃に来るから。……澤村、菅原、東峰。紬ちゃんのことよろしくね。」
「「「うっす!」」」

大天使潔子さんが、おうちに帰ってしまわれた。お見送りは笑顔でできたけど、内心不安でいっぱいだ。広い部屋に一人で寝るのかぁ、寂しいな…。

「遠藤、大丈夫か?不安だろうけど…。」
「だ、だ、大丈夫です!」
「あんまり大丈夫じゃなさそうだな。何かあったら言ってくれな」

澤村先輩が心配そうに私を見る。無駄な心配を掛けるわけにはいかない!
先輩の父親のような安心感のおかげで、少し落ち着きを取り戻した。ありがとうございます、大地さん。
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