02

「なあ紬、頼むよ!」
「頼む遠藤!このとーりだ!」
「「潔子さんのために!!」」

「……考えておくよ」

どうしてこうなったのか。最近の私は、ことあるごとに男子生徒に追いかけ回されている。バレー部のマネージャーをしてくれないかという誘いは、あれからほぼ毎日続いた。初めは控えめだったそれも、日を増すごとに遠慮というものが消え去っている。もとより、あの二人の辞書には“遠慮”という文字がないのかもしれないけど。

彼らの言う潔子さんとは、男子バレー部のマネージャーをしている先輩のことらしい。二人曰く相当な美人さんなんだとか。後輩ふたりにそこまで慕われるマネージャーさんに興味が湧かないといえば、嘘になる。

「…はぁ、」
「遠藤さん、いつもごめんね」
「あぁ、縁下くん…。縁下くんからも、二人に諦めるよう言ってくれると嬉しいんだけど…」

自席で溜息を吐いた私に、困った顔をしながら話しかけてきたのは、同じクラスかつ男子バレー部の縁下くんだ。私が高圧力二人組に追いかけ回されるようになってから話しかけてくれるようになって、今ではなんとなく二人の父親のような雰囲気を纏っている。
ちゃんと辞めろって言ったんだけどさ…、と彼は苦笑しながら頭を掻いた。まあ、そうだろう。想像はつく。

「まぁでも、遠藤さんがマネージャーになってくれたら、俺も嬉しいな。」
「縁下くんまで……」
「だってバレー、嫌いなわけじゃないでしょ?」

曖昧に頷くと、彼は察したように笑いながら席に戻っていった。やっと1人の時間を取り戻した私は、ぼうっと窓の外を眺めながら、先程の問い掛けの答えを探す。

バレーを、嫌いなわけではないんでしょ?
その答えは「Yes」だ。

だけど、私がバレー部のマネージャーをしていたのは、元々私がバレーボールを好きだからではない。幼い頃から仲の良かった人たち、いわば幼馴染がバレーを始めて、私はそれに引きずられるようにマネージャーになった。小学生の頃に少しだけチームに混ざってやったことはあったけど、そもそも運動のセンスがなかった私はプレーヤーには不向きだった。
そのまま中学に進学した私は男子バレー部のマネージャーになり、幼馴染と、チームメイトと、全国制覇を目指した。

勿論マネージャーの仕事は本気でやっていたし、バレーのルールだってばっちりだ。少しでも役に立ちたくて、トレーニングの仕方とか、栄養に関することとか、私にでもできそうなところは勉強したりもした。マネの仕事は大変だけど嫌なわけじゃない。寧ろ、楽しいことも、仲間との絆を感じられるのも好きだった。
だけど、私がマネージャーを続けられたのは、きっと、彼が、彼らが居たからだ。

だから、“烏野”で、マネージャーを務められるかどうか、分からない。自信が無い。


「分からないなら、やってみれば?」
「…え」

先ほどまで食べていたお弁当をしまい、購買で買ってきた菓子パンを頬張りながら、沙良は当たり前のように私に告げた。それはあまりにも突然心に入り込んできて、噛み砕けないままの私はぱちくりと瞬きを繰り返す。

「やる前から結果が分かることなんて、そうそうないでしょ。基本的に、全部やってみなきゃわかんないじゃん?」

マネージャーどうするの、という何気ない一言から始まったこの会話は、いつの間にか妙に緊迫した空気を含んでいた。探りながら、言葉を拾い上げていくような感じ。この空気が私にとっては少し居づらくて、逃げ出してしまいたくなった。
それでも、沙良は目を逸らさずに此方を見つけて、続けた。それは、ごくごく当たり前のことだった。

「できるとかできないとか、分かるとか分かんないとか、どうでもいいよ。ちょっとでもやりたいなら、飛び込んでみたら?」

にこっと朗らかな笑みを浮かべた彼女に促されるまま、私は頷いていた。

◇◇◇


「じゃあ今日は見学と、仮入部ってことでいいかな?」

だいぶ遅れた入部届の提出に、主将さんとマネージャーさんは驚きを隠せていなかった。ゴメンナサイ、とすぐに尻込みしそうになったけど、背後に高圧力二人組のキラキラした笑顔が見えて、また逃げられなくなった。二人の言う通り先輩マネさんはとてつもなく美女で、キラキラとエフェクトが付いて見えた。
こうして私は、烏野高校排球部に、0.5歩踏み入れたのだ。

「あれ、君どこかで……」

一通り説明を受けたあと、体育館の端に寄って早速部活見学を始めた。キュッとシューズと床が擦れて鳴る音とか、バシンっていうボールを叩く音とか。懐かしくてつい耳を澄ましてしまう。
ぼーっと遠いところに行きかけてしまった私に声をかけたのは、先輩らしき人だった。

確かにその声は聞き覚えがあって、入学してからの各場面を頭の中で繰り返す。

「……あ、クラス掲示で、」
「あぁ!あの時の1年生か!」
「その節はありがとうございました」

「いえいえ。俺、澤村大地、2年。よろしくな!」
「遠藤紬です!1年4組です。よろしくお願いしますっ」

やっぱり先輩だったか、とピースが合わさる。あの時ちゃんと敬語使っていたんだっけ?急に冷や汗をかいてしまったけど、澤村先輩は「さっき聞いたから名前くらい知ってるよ」と柔らかく笑ってくれた。第一印象が最悪だったわけではないと分かって胸を撫で下ろす。

「あれ、もしかして遠藤ちゃんって、大地がビビらせた1年生?」
「おい、スガ…!」

ぴょこん、と澤村先輩の陰から顔を覗かせたのは、グレーの髪と泣き黒子が特徴的な人。口調的に澤村先輩と仲が良さそうだから、2年生と見た。スガと呼ばれたその人は、澤村先輩を揶揄うようにニシシ、と笑う。
先輩なのに、何故かあどけなさがあるその表情に釘付けになってしまった私は、他のところから名前を呼ばれてハッとなった。

「し、清水先輩!」
「ふたりとも、紬ちゃん困ってるでしょ。そんなに囲まないであげて」
「おぉ、スマン。分からないこととかあったら聞いてくれな」
「よろしくなー、遠藤ちゃん。」

ドリンク作りをするという清水先輩を追いかけながら二人に頭を下げると、ひらりと手を振ってくれた。聞いたところによると、あの人は菅原先輩といって、やはり澤村先輩や清水先輩と同じ2年生だった。セッターをしているらしい。

……同じポジションか。
どうしてもそのポジションにはあの人の面影が浮かんで、かき消すように頭を振るのだった。


「じゃあ、紬ちゃんはずっと強豪校でマネージャーしてたんだね。」
「いえ、それほどでは…1つ上の先輩と、1つ下の後輩にすごい子が居たので、私の代はパッとしないとか言われてて。」
「うちもね、昔は強かったらしいんだ。すごい有名な監督が居たんだって。」
「そう、なんですね。」

ドリンクを作りながら、清水先輩は部内のいろんなことを教えてくれた。2年生は他にも東峰先輩というWSさんがいること。主将の黒川さんは中学の時から注目されていた実力者であること。(今日は委員会でお休みらしい。)もう卒業してしまった前主将の田代さんの言葉に感化されて、今の2年生たちは頂点を目指していること。

そのどれもが熱の篭ったエピソードで、聞いていた私の胸までグッと詰まるようだった。
舞台が変われば、バレーに対する見え方も変わってくる。それでも、目指す場所は皆同じなんだと改めて感じたのだった。


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