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大きな学校行事の一つである体育祭を終え、不安だったテストを終え、バレー部は春高代表へ向けて部活にまっしぐらだった。部活時間も増え、休日の練習も増えた。それに加えて個人で自主練を続けてきたのだから、予選よりもだいぶ力がついているはず。


10月25日 仙台市体育館。

宮城県の高校計16校が、たった1つの県代表枠を争う。その中には強豪白鳥沢や、因縁の相手である青葉城西も含まれている。宮城県で1位にならなければ、全国には行けない大事な試合。

「お、かわいいこ発見〜」
「! じょうぜんじ……」
「烏野……あれ?あのメガネちゃんはいないの?君も連絡先教えてよ。」
「いや、あの、」

紬に声をかけたのは上善寺高校の選手だった。高身長の威圧感には慣れているものの、金髪とかチャラそうな相手には耐性がない。ビビりながら一歩後ずさるけれど、その人は何にも気にしていないように連絡先を聞いてきた。しかも、一歩、また一歩と距離を縮められる。

「スマホ?まだガラケー?」
「…えっと、私、」

困ったなあ。断るにも、この人全く人の話に聞く耳を持っていない。私は完全にその場の雰囲気に気圧されていた。

「ちょっと!なーにしてんの」

グッと身体が後ろに引かれたせいでバランスを崩し、声の主に背中から衝突した。聞き馴染みのある声がして咄嗟に振り返ると、やっぱり白地にミントグリーンのジャージ。

「ハ?青城の及川?」
「ドーモ。ウチのに何か用?」
「……ウチの、じゃないだろどう考えても」
「そっか。“オレの”だった」

いわばバックハグ。抱きとめられた上にしっかりと腕を回して抱き締められているので、私は身動きが取れず目の前にいる上善寺の選手を見ることしかできない。彼の興味はすっかり私から徹くんに移っていて、彼のことだけを見ていた。

「ふーん、まあいいや。じゃあマネちゃん、一回戦ヨロシクね」

遠くの方で、同じく上善寺の黄色いジャージを纏ったマネージャーさんが「こら!辞めなさいって言ってるでしょ!」と声を上げているのが聞こえた。ウチの部員たちをまとめるのも大変だと思うけど、あの手の面倒さも大変そうだ。心の中で上善寺のマネさんにお疲れ様です…と声をかけると、やっと徹くんは私の身体を解放してくれた。

「紬はここにナンパされに来たんですか」
「…な!違うに決まってるでしょ!」

刺々しい言葉を投げられたので咄嗟に言い返すけど、徹くんの顔はムッとしたままだ。私が本気で部活に取り組んでいないとでも言いたいんだろうか。さらに付け加えようとしたけれど、徹くんは私の手を取ってどんどん進んでいく。冷たく向けられた背中に、言葉が詰まった。

「……まあ、せいぜい頑張んなよ」
「! …そっちも、頑張ってね」

さっきまでいた体育館の入り口から応援席に入ったところで、徹くんは掴んでいた手を離した。ぽつり、と呟くように言った言葉はしっかりと私に届いている。ちょっと照れたみたいなこの声色は、ちゃんと応援してくれてる印だ。

青城はきっと勝ち上がってくるんだろう。また、戦いたい。あの時の、いつまでもずっと見ていたいと思わせてくれるような試合をもう一度味わいたい。烏野が前に戦った時よりもずっと進化しているように、青城もずっとずっと強くなっているんだろう。

「間違った。頑張ろうね、徹くん」

私はみんなみたいに、徹くんみたいにコートには立てないけど、一緒に戦ってるから。そんな意味を込めてそう言うと、彼は一度だけ振り返って私に笑いかけた。
そういえば徹くん、ぶっきらぼうだったのに烏野の応援席まで連れてきてくれたんだな。

◇◇◇


伊達工vs白戸の試合は伊達工のストレート勝ちで終わり、とうとう烏野の初戦が始まる。

「烏野ー、ファイ!」
「「おーす!」」
「おーすっ!」

応援席から仁花ちゃんと一緒にミニ円陣で参加。そういえば入り口で声を掛けてきた上善寺の選手はキャプテンだったようだ。キャプテンであれか…ともう一度マネさんに心の中で一礼。
そしてパンフレットを見ると、上善寺は3年生がすでに引退しているから2年生中心のチームなんだと分かった。威圧感が凄すぎて気づかなかったけど、同い年なんだ…。

「うわ、足で上げた!」
「足!?」
「なんか変なリズムだね…」
「リズム…?」
「相手の攻撃に惑わされてるって感じ、かな」

隣にいた仁花ちゃんがギョッと声を上げた。去年までは一人だったから、隣に仁花ちゃんがいてくれるのが嬉しくて色々話してしまう。

上善寺の攻撃は、まさに自由って感じだ。型にとらわれないプレー。
でも、日向の横幅目一杯を使ったブロードが決まり、烏野も全然負けていない!それにまだ、あの速攻を使っていない。

「! 澤村先輩!」

超速攻が決まったのはセット中盤手前。上善寺のボール捌きは実際読みにくいけれど、それを冷静に判断した澤村先輩がAパスを返し、飛雄が「ここだ!」と判断したのが私にもわかった。いや、正確にいえば飛雄のセットは相手チームには絶対に悟らせないほど巧妙なものだけど、いつも練習を見ている私は「ここだ!」のタイミングだと思った。

状況が変わったのは17対19で烏野が2点リードの時。ネット側で飛んだ飛雄の画面にボールがあたり、鼻血を出した。応援席もコート内もざわつく中、飛雄の代わりにコートにはいった菅原先輩に目を奪われてしまうのは仕方がないことだと思う。

「私、行ってきます!」
「お願い」

仁花ちゃんが飛雄についてくれると言うので、私はその場に残ることになった。仁花ちゃんに教えながら書いていたスコアボードを膝の上に乗せ、コート内の状況をあらためて整理する。
飛雄が出る時に、日向も一緒に交代になった。代わりに入ったのは、最近田中や菅原先輩と一緒に合わせて練習をしている成田くん。きっと、このタイミングだ。

「オーライ!!」
「チャンスボール!」
「…今だ!」

烏野コートに入ったボールを、菅原先輩に向けて西谷がきれいに返した。スパイカー全員の助走時間も距離も確保できている。今、だ。

パッ、と先輩の手から離れたボールは、東峰先輩の方に伸びる。ダァン!と深い音を立てて上善寺コートに叩きつけられたボールは、大きくリバウンドしてコート外へ飛び出た。

「シンクロ攻撃、きれいに決まった…!!」

合宿中、何度も練習していたその攻撃を見ていたから、胸がいっぱいになってしまう。握っていたスコアボードの紙がくしゃりと歪んだのを感じて慌てて手を離した。

1セット目を先取した烏野は、勢いのまま第2セットも6点差をつけてタイムアウトを迎えた。
いわば“あそび対決”であるこの試合は、やっぱり土台がないとうまくいかないものなのだろうかと見ていて思う。澤村先輩や東峰先輩のどっしりとした土台があるからこそ、飛雄と日向の速攻が存分に発揮される。ソレがあるかないか、なのかもしれない。

後半、少し雰囲気の変わった上善寺に追い上げられたものの、烏野の勢いは止まらない。最後は烏野に感化されたであろう上善寺のシンクロ攻撃がアウトになり、セットカウント25対20で烏野の勝利だった。烏野、二回戦進出!
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