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結果、わたしたち2-4の順位は惜しくも2位に終わった。第3走者の子からバトンを受け取った時、わたしたちの順位はなんと最悪の2位だった。最悪、という表現はよくないとはわかっているけど、本当に1位の子とギリギリのタイミングでバトンを渡されたのだ。

正直、心臓が痛すぎて吐くかと思った。

緊張して仕方なかったのだけど、バトンを受け取った時には頭は真っ白だったからただひたすらに走った。頑張ってな、っていう菅原先輩の声を思い出したら少しだけ心が軽くなって、やっぱり先輩は魔法が使えるのかもってバカなことを考えたりした。
1位だった1組の子も陸上部に所属していて、当たり前だけど私よりも運動神経もいいしもちろん脚も早い。私では追いつけるわけもなく、差が開いてしまって次の子にバトンを渡すことになってしまった。

「惜しかったねぇ」
「…うん」
「でも紬、頑張ったね!」

戻ったら沙良がニコニコで出迎えてくれたけど、やっぱり私は何もできなかったなと思う。結果発表まで終わったところで、全部優勝する!と意気込んでいた高橋さんが寂しそうな顔を浮かべているのを見て、やっぱりもうちょっと頑張れたんじゃないかと後悔した。


次の競技はおまちかねの借り物競走だった。今年もいろんなドラマが生まれるのかなあ。
今年は3年生男性陣たちがみんな出場するようで、潔子さんと一緒に応援しようと約束をしている。なので、3年生のところに向かっているのだけど、運よく目の前に菅原先輩と澤村先輩を見つけた。今日は同級生といる先輩をたくさん見れて幸せだなあ、なんて思っているとぱっちり目が合う。

「お!遠藤ちゃん」
「おー、リレーお疲れ」
「さ、澤村先輩も見ててくれてたんですか…」
「二人でバッチリ見たべ」

片手を上げてひらひら手を振る先輩の元に足が勝手に進んでいく。先輩二人は優しい笑顔で私を見下ろし、応援していたと言った。コケなかっただけ良いけど、走っている時は変な顔しているだろうしやっぱり恥ずかしい。

「ナイスファイト! なんか逞しかったよ」

ぽん、菅原先輩の手が私の頭に乗った。優しくてあったかい手に目を細めると、先輩も優しく口角を上げる。逞しい?と思ったけれど、たった一つのそれだけでモヤモヤしていた心がすっかり晴れていて、やっぱり自分って単純なんだなと笑った。

「せ、先輩たちも頑張ってください!借り物、」
「おう!」

爽やかに集合場所に向かっていく先輩たちの背中を見送った後、私も潔子さんの場所に向かう。今年はどんなお題が出るかなあ、と私はすっかり元気を取り戻していた。

***


潔子さんのクラスのテントにお邪魔しながら借り物競争の行方を見届ける。1年は日向が『身長が高い人』というお題を引いて、すっごく嫌そうな顔をしている月島を半ば引きずりながらゴールしていた。次会ったときにいじってやろうと思ったけれど、あれは多分本気で嫌われるやつだ。

「あ、次菅原だよ」
「本当ですね」

すみません、今年も最初から気づいていました。去年も同じように潔子さんの横で菅原先輩の応援をしていて、ここまで来た先輩に指名されて一緒に走ったっけな。そういえばあの時は今日のリレーよりも心臓がうるさかった気がする。

「よーい!スタート!」

体育委員生徒の声が響いて、菅原先輩が走り出す。先に到達した生徒たちはどんどん周りに散り散りになっていった。先生を無理やり連れて行く人、気恥ずかしそうに女子生徒を連れて行く人、もはや引きずるように友達であろう男子生徒を連れて行く人。

「おっと!2組斉藤くん!引き摺られているー!?」

実況している放送委員の人が本気で実況するもんだから、それも相まって笑ってしまう。

「あれ、菅原」
「?」
「こっち、くるね」
「…きてます、ね」

デジャブだ。菅原先輩は、去年と同じようにこちらに向かってまっすぐ走ってくる。
紬は、もしかして…とバクバクする心臓を抑えるのに必死だった。いや、違う。2年連続なんてそんなことあるはずがない。きっと相手は潔子さん。綺麗な人とか、同級生の女子とか、きっとそう、そういう感じのお題。

「遠藤ちゃん!」
「ッはい!?」

走って目の前までやってきた菅原先輩は、私に向かって手を伸ばした。

「一緒に来て!」
「えええっ!」
「いってらっしゃい。」

信じられない、嘘でしょう。頭が真っ白になってワタワタしているうちに、痺れを切らした先輩は私の腕を掴んで無理やり立たせた。咄嗟に潔子さんを振り返ると、いつもと同じように爽やかな笑みを浮かべて私に向かって手を振っている。

菅原先輩に捕まれたままの手は熱くて、まるで私のものではないようだった。手を引かれるがまま足を動かすことしかできず、見つめたままの潔子さんからはどんどん離れていく。

「…す、がわらせんぱっ……」
「ふは、がんばれ!」
「っひい……!」

そうだ、私はリレーを走り切った後だった。既に筋肉痛がきているのか鉛のように重い足を必死に動かす。悲鳴を上げる心臓は走って心拍数が上がっているだけなのか、菅原先輩に手を引かれたままだからか。きっと後者なんだろうなと思う。

自分達が何位なのかはわからなかった。遠くに聞こえていた歓声がふと舞い戻って、気づいたらゴールテープを切っていた。私たちは体育委員に促されるまま、走り終わった後の列並ぶ。

「はぁ、は…」
「お疲れ、サンキューな」
「いえ…びっくりしました」

肩で呼吸をする私の背中を優しく撫でた先輩は疲れすぎだろとくすくす笑う。しょうがないじゃないですか、身体重いんだもん。
膝に手をついたまま先輩のことを見上げると、にっこり笑みを浮かべてこちらを見下ろす先輩と目があった。色素の薄い髪の毛が太陽光に照らされてキラキラ輝いている。あぁやっぱり、先輩のことが好きだなあ…。

「そういえば、今年のお題はなんだったんですか?」
「あー……」

潔子さんのいるテントまで二人で歩きながら、そういえばと尋ねる。先輩は、珍しく歯切れの悪い口調で私から目を逸らした。

「……内緒」

小さく笑った先輩は、人差し指を自分の口元に当ててつぶやいた。その仕草がなんだか艶っぽくて、鎮まりかけた心臓がまたバクバクと煩く鳴り出す。お題がなんだったのかは気になって仕方がないけれど、先輩の仕草にキュンとしすぎて食い下がってしまった。

潔子さんのところに戻ると、去年と同じようにいきなり写真を撮られた。その写真はすぐにグループラインに送られてきて思わず口元が綻ぶ。今年もゲットしちゃった、ツーショット。そっと保存ボタンをタップして、また一つ増えた宝物ごとスマホを握り締めた。
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