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10月。高校3年間で3回しかないビッグイベントのうちの2回目がやってきた。そう、体育祭だ。
去年はどうにかして運動を避けられた私だったけれど、今年は仕組まれてガッツリ競技に参加させられてしまった。

「…最悪」
「ほんと、なんでそんな運動神経ないわけ?」
「ひどい…!」

今年もみっちゃんにヘアアレンジをしてもらいながら項垂れかけている身体を必死に起こす。私のことを知っているクラスメイトは去年よりも多いはずなのに、運動部のマネージャーだからという理由だけで出場競技をクラス対抗リレーにさせられてしまった。

「はい、できた。頑張ってね!」

今年は編み込みツインテールにしてもらった。と言っても私がリクエストしたわけではないけど、走らなきゃいけないからという理由でみっちゃんのおすすめヘア。

「そういえば、菅原さんに聞かれたよ」
「? 何が?」
「紬がなんの競技に出るか」

開会式は全校生徒グラウンドに集まって行われる。いつものメンバーで連れ立ってグラウンドに向かって歩いている中、力が言った。“菅原さん”という言葉に過剰に反応した自分が恥ずかしくて、気まずさが滲まないように平然を装う。

「え、まさか…」
「うん、言ったよ。クラス対抗リレー出ますよって」
「いやあ!無理、醜態を晒すに決まってる!」
「応援来てくれるってさ」

私の応援に来てくれるのはもちろん嬉しい。でも、それはリレーじゃなくて玉入れにして欲しい。
だってリレーなんて自分のせいで最下位になりかねないし、最悪コケてボロボロになる可能性だってある。本当に許せない!運動部のマネージャーだからって運動神経良いわけじゃないんだから!!


騎馬戦、1年の綱引き、私の出番である玉入れと順番に終わっていく。昼前最後の競技は部活対抗リレーだった。
今年の部活対抗リレーは1・2年中心にメンバーが組まれている。今年も一緒に応援しようと潔子さんに言ってもらえたので、やっちゃんも誘って3年生の応援エリアに向かった。

「潔子さーん!あ、先輩たちも」
「あ、紬ちゃん今年もかわいくしてるんだね」
「えへへ、やってもらいました!」

潔子さんがいると教えてくれた場所には澤村先輩、菅原先輩、東峰先輩たちが既にいた。私を見つけた潔子さんは、今年も髪の毛がかわいいと褒めてくれて表情がゆるゆるになってしまう。今年も写真撮らせてください!ってお願いして、やっちゃんとも一緒にスリーショットをゲットした。

ほくほく嬉しい気持ちを抱えて、2年のグルチャに撮ったばかりの写真を貼り付ける。待機列に並んでいる田中と西谷がスマホを見た時の反応が楽しみで、また口角が上がった。

「おーいお前ら!頑張れよー!」
「「ウィッス!!」」

今年は3年生が走らないからちょっと寂しいなと思ったけれど、今年のバレー部も全校で一番面白かったと思う。最初の方はしっかり優勝争いをしていたのに、日向と飛雄がいつものように競争を始めてしまってリレーという競技ではなくなっていた。笑いは根こそぎ持っていったけど、失格になって笑ったな。

「はー、面白かった」
「本当にウケるな」

潔子さんが隣に座っていたはずなのに、いつの間にか隣に座っていたのは菅原先輩だった。びっくりして一瞬固まっていると、不思議そうに顔を覗き込まれる。

「あ、そういえば遠藤ちゃん、リレー出るんだろ?」
「! 忘れていて欲しかったです…」
「さすがの俺もそこまで阿呆じゃねぇよ」
「そういうことではなく……」
「応援いくから頑張ってな」

恥ずかしいからやめてください、とは言えなかった。見られるのは嫌だけど菅原先輩が応援してくれるなんて、嬉しいに決まっている。…それに、私たちはまた来年もあるけれど、菅原先輩たちは3年生だからこれが最後の体育祭だ。
それを改めて実感して胸が締め付けられる。菅原先輩がいる体育祭は今日が最後だ。


そして刻一刻とその時は近づいてくる。“地獄”の時間が。
自分のクラスの応援エリアに戻った紬はその場で項垂れていた。先ほどまで盛り上がっていたのが嘘のように口数が少ない。周りにいる飯田、縁下、木下はその姿にいつ触れようかと様子を見ているところだった。

「元気だしなよ、紬」
「ほんっとに走りたくない」
「一瞬だって」
「…その一瞬がつらい。」

沙良と木下くんが口々に励ましの声を掛けてくれるも、テンションが上がることはない。

「コケるって思ってたら本当にコケるよ」
「……力の鬼。」

ピシャリと冷たい声で呟いたのは縁下だった。それはごもっともなんだけど、最悪のケースが頭によぎってはみるみるテンションが落ちていく。

「クラス対抗リレーに出る人は西門に集合してください!」

体育委員の声がして、沙良に手を引いて立ち上がらされる。このまま逆方向に逃走してやろうかと思ったけど、後ろから3人に監視されていたので渋々西門に向かった。足取りは重い。こんなんで走れるのだろうか…とも思うけど、ここまできたらもうやるしかない。

応援するから、と言ってくれた菅原先輩の顔を思い出したら少しだけ心があったかくなった。そばにいなくても、話をしていなくても先輩のことを思い出すだけでちょっと気分が軽くなる自分は相当ちょろいなと悔しくもなる。だけどいっか、今回ばかりは頭の中の先輩の力を借りようと思う。

なんとかお願いして出来るだけ目立たない、失敗しても影響が少ないポジションをお願いした私は第4走者だ。1位とか2位で来られるのが一番怖い。できれば3位とか、なんなら抜かされる心配がない最下位とかがいいな…。

「頑張ろうねっ」

第2走者の高橋さんは、陸上部のエースだ。きらきらの笑顔で声をかけられてしまうと、こんなことしか考えていない自分の心が申し訳なくて眉を下げることしかできなかった。できればプレッシャーのない順位でバトンがもらえますように。
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